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最終決戦の拾


「何しに来た?」


 わしらを囲む敵兵のさらに向こう側。この二条城本丸を囲む塀の上に姿を現した寺川殿に対し、無線機を通してわしは話しかける。

 対する寺川殿は、悪だくみをしておる時に醸し出す若干ハイテンションな口調で無線に答えてきた。


「そんな言い方しなくてもいいじゃない! 最後の戦いを彩りに来たのよ!」


 明光を腕に抱いておるのじゃろう。あやつのいとかわいい泣き声も無線の向こうから聞こえてきておる。

 でもじゃ。そんな風に明光を危険にさらすような真似、さすがの寺川殿もしないと思っておった。


 だけどこの状況……まぁ、赤子を抱いておるのはいいとして、わしらから見て寺川殿はわしらを囲む敵兵のさらに向こう側。しかも敵が寺川殿に対して無警戒なんじゃ。

 このシチュエーションから感じられるのじゃが、寺川殿が真のラスボスっぽい。

 いや、ギャグの類ではなく、マジでそんな気がするのじゃ。

 寺川殿の登場で少しの静寂が流れるこの戦場。わしらと相対する敵兵の1人がにやけながらわしらにこう言ってきたしな。


「くっくっく。ねね様がご到着だ。どうだ、石田三成? 身内から裏切られた感想は?」


 あっ、やっぱそうみたいじゃな。

 ここに残っておる敵兵――いや、“反三成派”といった方がいいじゃろうか。

 それを真に統率しておったのは寺川殿だったのか。


 とはいえ最初から寺川殿がこのような乱戦を計画しておったとは考えにくい。何かと忙しい立場だし、明光の育児でそれこそ本当に忙しい身だからな。

 ゆえに考えられるのは、この戦の途中から寺川殿が反三成派に与し、それどころかすぐさまその反三成派を統率する立場になったということじゃろう。


 しかし奴らはわかっておらん。

 この城を取り囲むさらに多くの武威反応。

 それが戦国武将や源平勢力。その他もろもろ、わしがこれまでに仲介や新規事業開拓を手伝ってきた勢力たちなのじゃ。

 そのような勢力まで寺川殿――つまり反三成派に助力するメリットはない。


 ゆえにこの状況は寺川殿の企み。

 なんか敵兵がかわいそうになってきたけど、いつまでも周囲の戦国武将たちを待たせておくのも申し訳ない。

 なのでわしは敵兵の言には答えずに受け流し、無線に向かって話しかけることにした。


「あぁ……そういうのもういいから。わかったから。わかったからさ……この城を取り囲んでる武将たちの存在をこやつらに教えてやってくれ。

 いつまでも寺川殿に騙されたままじゃ、こやつらがかわいそうじゃ」

「え? もうバレたの?」

「バレたも何も……ちょっと考えればすぐにわかることじゃ……あと、わしの能力を甘く見すぎじゃ。多少の個体識別はできるし、城の周囲の武威反応に意識すれば、それらの勢力がどこの誰かぐらいすぐにわかる。わしに敵対するメリットが全くない勢力ばっかりじゃ」

「ぐーぅ……さすがは佐吉ね……こんちくしょう……つまんないわね……」


 珍しく寺川殿が本気で悔しがってるっぽいな。

 でもじゃ。次の瞬間、寺川殿が左手を上げると同時に、この城を取り囲む塀の向こう側に多くの旗が立ちあがった。

 それに気付き、今度は敵兵たちがうろたえ始める。


「こ、これは!?」

「なぜこの城が取り囲まれている……?」

「どういうことですか、ねね様ッ!?」


 うーむ。寺川殿の野郎、裏切りに次ぐ裏切りをしよったか。


 つーか今分かったわ。

 軒猿を差し向けたのも寺川殿。反三成勢力のメンバーに怪しまれないようにといった理由じゃろう。

 しかもじゃ。その後、おそらくは寺川殿の指示で京の都各地に点在していおった敵勢力たちがわしの元に差し向けられておる。

 逆に、これによってわしらは京都市内を安全に移動し、やや戦力の落ちた二条城への突入と、そして地下室への侵入を楽に成功させることができた。

 森で寝ておったわしらの居場所がなぜバレたのか。それについてちょっと気になっておったけど、新田殿か鴨川殿を経由する形でわしらの居場所が寺川殿に伝わっておったのじゃろう。

 そう考えると納得じゃ。


 つーかな。そもそも寺川殿が反三成派になるわけがないんじゃ。

 なぜなら現世においてわしがやっておること。各地の勢力を経済的に結び、平和裏に日本を統一するという動きに対し、寺川殿が反対することなど今までなかった。というか反対するなら直接わしに行ってくるだろうし、それならそれでわしはそういう活動を辞める。

 母親の言いつけを守る子供の立場ということ。わしは絶対に寺川殿に逆らわん。

 前世でわしにとっての母親代わりだったねね様。その恩も含め、わしと寺川殿はそういう関係じゃ。


 最悪の場合、このタイミングで寺川殿が本気でわしのこれまで活動を否定し、反三成派になれと言われたらわしもそれに従う。

 まぁ、わしが“反三成派”になったら、それもそれで訳の分からん状況になるけどな。


 ゆえに寺川殿はただの味方。虎之助殿と同じく敵側に助力すると見せかけて、わしらの行動を陰ながらサポートしてくれておったと考えるのが普通じゃ。

 あっ、それともう1つ。


「おにーぢゃーん! だずげにぎだよーう! ぼぐもおにいぢゃんどいっじょにだだがうよーうッ!! ぼぐがおにいぢゃんを守るーッ!!」


 寺川殿からの無線に雑音のごとく聴こえてくる康高の声。こんなもん聞かされては寺川殿を疑う余地などない。

 つーか康高まで連れてきやがった。あんのババァ。


「んで、どうするつもりじゃ? 寺川殿率いる反三成派の諜報員どもとこのまま戦えばいいのか?」

「くっくっく。嫌味は言うもんじゃないわよ。でもそうねぇ。一応ここに集まっているのが反三成派になった諜報員たち。集めておいたわよ。思う存分戦いなさいな」


 ほら、やっぱり。寺川殿は誰が味方で誰が敵かも定まらぬこの戦いの混乱を、あえてわしらの敵側に回ることで敵兵力の分散と集中をコントロールしてくれたというわけじゃ。

 ならばこれで問題なし。わしらは戦国武将勢力によって退路を断たれた目の前の敵兵どもを相手に思う存分戦うだけ。



 と思ったけど……



 ここで軽く事件発生じゃ。



「おにーぢゃーん! ぼぐもぞっぢいぐよーッ!」



 何を思ったか、寺川殿の脇におった康高がそう叫びながらこっちに向かって走り出したのじゃ。

 しかも――どでかい旗を両手で持ちながら。


「や、康君!?」


 その動きに、クロノス殿やミノス殿。さらには倒れておったその他のメンバーも焦りながら叫ぶ。

 寺川殿がこちら側の人間だと敵に気付かれた今、敵にとっては康高の命もわし同様に極上の抹殺対象じゃ。


 しかもじゃ。康高がなぜか持っておる大きな旗をよくよく見てみれば、それは葵の御紋のマークの上に『大一大万大吉』の文字が描かれておった。

 康高が作ったのじゃろうか? 三つ葉葵と文字のクオリティはかなり低いけど、その気持ちだけで十分じゃ。

 つーか、嬉しいことしてくれるやんけ。


 ――じゃなくて。


「おっ、おい!」

「ちょっと待て!」

「う、裏切りだァ! 徳川家康のガキも裏切ったぞーッ!」


 その旗の意図に気付いた敵兵が、康高を取り押さえようと一気に動き出す。

 それとほぼ同時にクロノス殿とミノス殿も、康高を助けようと動き出しておった。

 けど今度はわしがその2人の肩や腕をむんずと掴み、2人を止める。


「ちょ……光君? 何をッ!?」

「あのままじゃ康君が危ないよ!?」


 しかしわしは首を横に振る。


「大丈夫。康君を見てて。絶対に大丈夫。康君は絶対にここに来るから」


 わしの目は真剣そのもの。そんな瞳で訴えられたら、さすがの彼らも動くのをやめ、疑心暗鬼な感じで視線を前に戻す。

 その頃にはこちらに向かって走っておる康高が背中から武威を放出し、それを法威で操り始めた。


「んな?」

「くそ、この動きは!?」

「いいから捕まえろ!!」


 敵兵たちが驚くのも当然。しかしわしが冷静になっておるのも当然。

 そうじゃ。今康高が見せておる動きはわしの授けた究極の回避術、“スタッドレス武威”じゃ。


「あ、あれは……」

「み、光君の動きと同じ……」

「そう。康君にはいざという時のために僕の“スタッドレス武威”を教えてあるんだ。こういう戦場にいても、せめて自分の身は守れるように。

 だから大丈夫。見ててごらん。康君は無傷でここに来るから」


 わしは自信満々な声とともにクロノス殿たちにそう伝え、彼らを抑えていた両手の力を抜く。

 クロノス殿たちも半ば呆然といった様子で康高を見守り、ほどなくしてその康高がわしらの元にたどり着いた。

 ここに来るまでの途中、康高の身に襲い来る何十、何百という攻撃を完璧に回避しつつ……


「おにーぢゃーん! ぼぐぎだよーッ! おにーぢゃーんのどごにぢゃんどぎだよーぅ!」


 顔は涙と鼻水でびちょびちょ。よほど怖かったのじゃろうな。

 しかしながらそんな恐怖にも負けず、とびっきりの根性を見せた康高は、兄としても誇らしい。


 そう思って両腕を広げたわしの胸に康高が叫びながら飛び込んできた。


「うん。よくやったね」

「ぞーだよーぅ! ぼぐがんばっだよー!!」

「うんうん。よく頑張った。よし、それじゃあ康君? みんなの真ん中に立って、その旗を高く掲げようか」

「うん。ぼぐこのばだをががげるぅ! みんなを応援ずるーッ!」

「そうだね。その旗は僕たちの旗だ。命より大切に、その旗をしっかり守るんだ。できるね、康君?」

「でぎるーッ!」


 そして康高は地下への入り口のちょっと前に移動し、泣きながら旗を左右に振り始める。


 これにて我が軍の士気は上昇。残った戦力は少ないけど、さぁ、最後の戦いと行こうぞ!



 ――と思ったけどさ。もう1つ、面倒なことが残っておったわ。


 しゅん……


 いざ戦闘を……と思って武威を強めたわしの背後に、静かな着地音とともに現れた5人組。目出し帽に上下黒のスーツといったやや不釣り合いなコーディネイトで現れた変質者……いや、もはやこれは犯罪者の格好とみなしていいじゃろう。

 そんな不審者たちのうちの1人がわしのすぐ隣に近づき、やる気満々といった口調で話しかけてきた。


「ふっふっふ。助けに来ましたよ」

「何を言う? まったく……出雲勢力は手を出すなとあれほど言ったのに……」


 あっ、今更だけどこの5人は頼光殿たちな。

 犯罪者っぽい恰好をしておるけど、れっきとしたお巡りさんじゃ。お巡りさんというか――まぁ、その組織のトップだけどさ。


「とはいっても、寺川さんがこちらに来ると言い出した以上、彼女らを守るように言われた私たちもここに来なくてはいけないでしょう?」


 これを世間では屁理屈という。

 でも来てしまったものはしょうがない。しかも好戦的な頼光殿がこの戦いを周囲から見守るわけでもなく、戦場の中心たるわしらの元に来てしまったんじゃ。

 明らかに戦う気満々。そんな彼らを止める術など――あっ、1個あったわ。


「じゃああっちに戻って寺川殿と……あと、明光の泣き声も聞こえるな。あの3人をしっかり守……」

「大丈夫です。あちらには私の配下を計50名配備済み。この城を取り囲む塀の各所にもそれなりの手練れを配置済みです。ねね様の安全には万全を期しておりますゆえ」


 食い気味で答えてくるあたりがちょっとうざい。

 でも寺川殿に対する警備の規模と――あとここに残る武威と法威を操る陰陽師の諜報員たちに対し、武威の存在を知らぬ戦国武将勢力は若干戦力が劣る。

 そんな状況で敵兵が撤退を決めてしまうと、その退路を塞ぐどこかの勢力に多大な損害が出よう。

 それも見越して、同じく武威と法威を操る出雲勢力のメンバーを城の要所に配置してくれたのはありがたい。

 ありがたいけど――いや、今はそんなことを言い合っておる場合でもない。

 なのでなんか一気にテンション下がりつつ、『まぁ仕方ないか』といった心境で戦闘を再開しようとしたら、今度は若干低い声で頼光殿が追撃してきおった。


「でも……よくお考え下さい」

「ん? なにをじゃ?」

「この戦い。“反三成派”と称する敵勢力をあなたが打ち倒したなら、残った陰陽師勢力の諜報員たちは“親三成派”。それはつまりあなたが今後の京都陰陽師勢力を背負うことになる。違いますか?」


 おのれ。わしが突かれたくないことを……!


「や、やっぱそうなるのか?」

「えぇ。ですから私がここに来た理由もそのためです」


 あぁ、わかっておる。

 京都陰陽師勢力を2分する大きな戦い。その戦いにおいてわしが勝ちを収めたならば、今度はわしが陰陽師勢力のトップに担ぎ上げられるであろう。


 そしてそんなわしと出雲勢力のトップたる頼光殿がともに戦うことの意義……。


「くっそ。なんか上手く頼光殿に乗せられておる気がするぞ……」

「あっはっは。それは勘違いですよ……でも冗談ではありません。

 この国……いや、これから世界を相手にするには、我々とあなた方が密接に連携して、それこそ世界各国を相手に五分以上の諜報戦を繰り広げなくてはならない。そういう時代です」

「くっ、それもわかっておる」

「じゃあ決まりですね。ここは綱たちに守らせます。私と三成様、そして華代さんで目の前の敵を片付けましょう。

 いえ、華代さんはお1人で戦ってもらった方がいいかもしれませんね。では三成様? 私をコンビを組んで戦いましょう!」


 うーわぁ。なんか怪しい壺とか売ってるやつと雰囲気が似てきたぞ。

 明らかに適当な理由をそれっぽく混ぜてくるあたり、これが警察のトップのすることか……?


 でもその案に反対する理由も見当たらん。

 くそ。ならば仕方あるまい。


「わ、わかった」

「理解が早くて助かります。では」

「うむ。行こうか」


「おにーぢゃーん! 頑張れー! それ、がんば! がんば! がんば!」

「それ、がんば! がんば!」



 最後に、康高の応援に背中を押され……さらには勝利を確信して悪ノリを始めた冥界四天王たちにも背中を押される形で、わしと頼光殿は動き出す。

 初めての連携ながらもお互いの戦い方は熟知しておったので、わしらは順調に敵の数を減らしていった。

 一方で、単独で戦っておった華殿も破壊的な強さを存分に発揮し、日が傾きかけた頃にはすべての敵が地面に倒れていた。


「ふーう。これにて終了。さっ、東京帰って、みんなで美味しいすき焼きでも食べましょうかね!」


 最後に全員が集まったところで寺川殿がそう言い……いや、ちょっと待て。おぬしの夫が瀕死の重傷だってば。




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