いや。ちょっと待て、と。
この行為をそんな一言で済ませるなんて、人としてありえん。
と、わしが憤るのも無理はない。
しかし華殿は傷心中のわしから視線を外し、周りをきょろきょろと見渡す。
周囲に残ったのは100人近い陰陽師たち。
「た、対象が脱走したぞ!」
「大丈夫だ。我々と奴らの間には武威の防壁がある!」
「そ、そうだ! この防壁があればやつらもおいそれと手出しはできまい!」
「いや、防壁の強度をさらにあげるぞ! 皆の者ッ! 防壁用の陰陽術を再開しろ!」
それぞれが困惑しながら――そして華殿に対して相応の恐怖心を発しながら、好き放題叫んでおる。
だけどやつらを守る武威の壁も、華殿にとってはちょっと堅めのガラス程度にしかならんかった。
「ふんッ! ふんッ!」
右と左に一撃ずつ。華殿が武威の壁に向かって蹴りを放ち、それだけで武威の壁はあえなく消失する。
「ぎゃー!」
「防壁がッ! 防壁がァー!」
「逃げろー! 全員ここから逃げろー!」
うん。陰陽師のやつらはもちろん混乱し始めるけどな。
こっから先は目も当てられぬ虐殺ショーの開幕じゃ。
「お前様? 全員……殺ってもいいよね?」
混乱がにわかに広がるこの地下室で、華殿が静かに問うてきた。
「あ、うん……」
なのでその問いにわしが涙声で答え、そして華殿が動き出す。
どうやら部屋の奥の方にも出入り口があったらしく、陰陽師たちはわしらが入ってきた入り口と奥の方の二手に殺到始めておったけど、華殿は両方の脱出口を行き来しながらすさまじい速さで陰陽師たちを殺害していった。
今度は数分どころか20秒程度でその作業を終え、華殿は再度わしの前に戻る。
「お前様? しっかりして!」
いや、誰のせいで放心状態になっておると思っておるのじゃ?
「なんならもう1回してあげようか? うふん」
なんという色気のない誘い……いや、そんなことを口に出そうものなら、今度はわしの頭がスイカ割りされかねん。
なのでわしは必死に心を奮い立たせ、同時に体も立ち上がらせた。
「だ、大丈夫。それよりうたよ? 怪我はないか? 具合は?」
「うん、大丈夫だよう!」
わしの問いに答えながら体のストレッチなど始める華殿。
いや、無事で何よりじゃ。
しかしながら華殿の救出に成功したことで、新たな問題がわしの背に圧し掛かる。
地上で戦っておる皆の者。今度はそっちが心配じゃ。
なのでわしはできる限り短い言で華殿に現状を伝えることにした。
「今あかねっち殿たちが地上で戦っておる。そこに倒れている勇殿と、あと地下室への入り口からここに来るまでの間に三原も倒れておる。
わしはまだ動けるけど、わしは勇殿、うたは三原を背負って地上へ行くぞ。1秒でも早く皆の援軍に行かねば」
「了解ッ!」
華殿がすぐさま動き出し、わしも地面に伏しておった勇殿の体を持ち上げた。
今更だけどよく考えたら、さっきの濃厚なちゅっちゅシーンさ。吉継に見られなくてよかったわ。
あの光景を見られていたら、絶対に一生弄られるネタじゃ。
「ぐっ……」
「気づいたか? 吉継よ」
「僕だよ……勇多だよ……」
おっと、いつの間にか吉継と勇殿が入れ替わっておったわ。
吉継もさぞ疲れたのじゃろうな。せいぜいゆっくり眠れ、吉継よ。
「あ、ごめんごめん。んで勇君、大丈夫?」
「うん、なんとかね……でもこれ以上戦うのは無理っぽい……武威がすっからかんになっちゃった」
「そう。でも大丈夫。華ちゃん復活したから。これからみんなを助けに行くけど、そこまで僕がおんぶして運ぶよ。揺れるけど我慢して」
「わかったぁ……」
そしてわしは勇殿を背負う。
勇殿も両腕にわずかな力を込め、わしに振り落とされないよう気を使ってくれた。
「よし! 華ちゃん! 行くよ!」
「うん!」
ちなみに勇殿の手前、何となくじゃがわしはわっぱの言葉遣いに戻しておる。
だって恥ずかしいんじゃもん。これぐらいは仕方なかろう。
もちろん華殿もそこら辺は同感らしく、わしの言葉遣いにとやかく言うことはなかった。
そしてわしと華殿は地下の通路を戻る。
途中三原の体を華殿が小脇に抱え、さらにダッシュ。地上へと上がる出入り口が見えてきたところで、華殿が縦穴を大ジャンプし、わしも続いて大きく跳躍する。
しかし、地上で戦っておった仲間たちは思った以上の劣勢じゃった。
「は、華ちゃんッ!?」
「よか……った。華ちゃん……ぶ、無事で……」
わしらが地下から勢いよく飛び出してきたことにさっそく気づいたのはあかねっち殿とよみよみ殿じゃ。
しかし、地上に出たことで皆の武威を感じ取れるようになったわしの武威センサーには、新たな情報が一気に入ってきておる。
それと周りを直接見まわすことで得られる戦況。
たった今、華殿に話しかけたあかねっち殿とよみよみ殿はすでに戦線離脱。
武威も絶え絶えの状態で、出入り口付近に横たわっておった。
加え冥界四天王についても似たような状況じゃ。
ジャッカル殿とカロン殿が周囲に倒れ込み、動かぬまま。武威センサーにかろうじて反応しておるゆえまだ命までは失っておらんが、早めの手当てが必要じゃと一目でわかる。
そしてまだ戦っておるのが、やはりクロノス殿。そして返り血でバッシャバシャに濡れておるミノス殿。
ミノス殿の返り血云々はスルーするとして、わしらが……いや、華殿の救出とこの戦場への参戦がなかったらすぐにでも全滅しかねない劣勢じゃ。
まぁ、その可能性は今なくなったのだけど、それでも油断はできん。
わしらの周りには今だに60近くの敵兵が残っておるんじゃ。
「ご、ごめん。まだ結構残ってる……はぁはぁ……」
クロノス殿が息を切らしながらそう言ってきたけど無理はない。
弱き者は早々に倒すことができる。しかし時を経るに従い、残った敵は徐々に強さの平均値が上がっていく。
今となっては……そうじゃな。三原や頼光殿の7~8割程度の強さを持つ敵兵がそこら中におるんじゃ。
むしろよくここまで耐えたと思ってしまうぐらい、厳しい戦場だったはず。
でもここからは一気に戦況を覆す。
その第一段階として、地上に出た瞬間に華殿が途方もない武威を放出して敵を威嚇してくれておる。
やつらもさすがにその武威に恐怖し、攻撃の手を止めておった。
ゆえに訪れたわずかな膠着状態。
でーもーなーぁ……。
なんかすっげぇむかつくけど、わしが地上に出たことで武威センサーに新たな反応があったのじゃ。
「ふーう」
その反応を把握し、わしはため息のようなものを吐きながら力なく座り込む。
いや“力なく”というよりは“なんか面倒くさくなった”とでもいった感じじゃろうか。
「くっ、光君も限界……!?」
わしのこの行動に対し、少し勘違いしたミノス殿がそう言い放ったけど、ごめん。そうじゃないんじゃ。
「あ、いや。そうじゃないんだ。そうじゃないんだけどさ……」
わしらの武威反応と、それを囲む敵兵約60の武威反応。
その他にな、この城を取り囲む500近い武威反応があって、しかもその中にはよく知っておる武威の持ち主が数名おるのじゃよ。
ガッ……ピー……ピピ……
その時、わしらが耳に装備しておる無線通信機に、新たな参加者を伝えるノイズ音と電子音が入ってきた。
「ふふふ。お疲れ様、佐吉。みんなも。
どうやら華代ちゃんは無事救出できたみたいね!」
……東京で待っていろと言ったのに……あんのクソババァ……