後ろ髪引かれる想いで三原を置いてけぼり、わしは吉継とともに地下の通路をさらに進む。
要人を追手から守る都合上、この地下道はくねくねと曲がりくねっておるけど、運のいいことに一本道じゃ。
そして一歩、また一歩と足を進めるごとに奥から漂う武威が濃さを増す。
多種多様な武威……いや、武威と法威が混ざったような――おそらくは100人近くが放っておりながらもそれぞれが微弱すぎて、でもそれらが1つの塊となってわしの武威センサーに存在を示しているような。
わし自身今まで感じたことのない、本当にわけの分からん武威反応じゃ。
でもその中には間違いなく華殿の武威も混ざっておる。
普段の華殿の様に化け物じみた武威ではないけど、かすかな華殿の武威反応がわしの元に届いておるのじゃ。
「三成? どうじゃ? 華代の武威はつかめておるか?」
「あぁ、わずかじゃが確かに華殿の反応はある」
「うむ。それなら一安心じゃ」
「そうじゃな。でも……」
吉継と言を交わしながら進みつつ、ここでわしらはおかしな呪符が張られた木製の大きな扉の前にたどり着いた。
「この感じ。この扉の向こうにやつらがおる。吉継よ、気を引き締めていくぞ」
「わかった」
扉の前、わしは吉継に注意を促しながらも金属バットを握る手に力を込めた。
扉を開いた瞬間、その向こう側から敵の攻撃が迫ってくるなど、容易に想像がつく状況だからな。
「一気にぶち破るか?」
「おう。わしが金属バットで壊すから、吉継は向こう側からの奇襲に備えてくれ。もちろんこの呪符が何らかのトラップを発動するという可能性もある」
「うむ。気をつけよ」
「おう」
そしてわしは扉の前に立ち、バットを構える。
もちろんわしの打撃スタイルは左打ちの一本足打法。インパクトポイントが扉の中心となるよう足の位置も計算済みだし、それこそこの扉をライトスタンドに運ぶぐらいの勢いでフルスイングじゃ。
「ふん!」
短く声を発しつつ、わしがバットをスイングすると、呪符付きの扉は粉々になりながら向こう側へと飛び散った。
しかし扉を破壊してもその向こう側からの奇襲はない。加えて、呪符の破壊によるトラップ発動の気配もない。
唯一、金属バットが扉を破壊する瞬間に、「この扉、もしかしてなんかの重金属でできてんじゃね?」ってぐらいのとてつもない重量感を木製の扉から感じたけど、それも含めてわしの一本足打法の破壊力は抜群じゃ。
いや、普通に考えておそらく扉の強度を上げる類の呪符だったんだろうけど、わしの金属バットの破壊力を前にしてその効果は無力じゃった。
だけどじゃ。呪符によるトラップの類がなかったのは一安心なんだけど、わしらは扉の向こう側の光景を目にするや否や、警戒心をさらに上げた。
「ぬっ!?」
「これは?」
地下であるにもかかわらず、バスケットボールのコートほどもありそうな広い大部屋。意外にも上下左右の壁はコンクリートで補強されており、部屋の中は天井に設置された照明のおかげで昼間のように明るい。
そして部屋の両サイドにはひな壇のような段差が設けられ、数十人――いや、百人近くおるやもしれん陰陽師たちがお互い相対する形で並び、胡坐をかいておる。そんでもって両の手も合わせて何やらぶつぶつとつぶやいておった。
そしてそれらひな壇から見下ろされる形でわしらの正面には通路が続き、通路の奥の突き当たりになる位置には2人の人物がいた。
「三成よ? あれが明智光秀と松永久秀か?」
「……のようじゃな」
しかしわしらの視界に入ってきたのは陰陽師たちや裏切り者コンビだけではない。
部屋の中心にはわしらと相対する形で1人の男が立ちふさがり、こちらを見てい――ってこいつ、強くね?
「吉継よ。あの男――安易に距離を詰めるな。やられるぞ」
その時、光秀の左隣の空間にぷかぷかと浮かぶおなごの姿を確認した吉継が足を前に進めようとしたので、わしはそれを制する。
「うむ。確かに……気をつけねば……」
見た目は30代前後。髪は短髪じゃが、短髪にしておるおかげで見えやすい奴の顔には無数の切り傷がついておる。
あと、びっくりするぐらい長い日本刀を肩にかけ、けだるそうにこちらを見ておる。
その体から発せられる武威が、武蔵や卜伝レベルの警戒心をわしの武威センサーに伝えておった。
まさかここでこのような強者に出会うとは?
武蔵に卜伝、その他もろもろの強者はわしやわしの仲間があらかた始末したはずじゃ?
まぁよい。やつが何者でも、倒せばいいだけじゃ。
それよりも……さっきさらっと流してしまったけど、明智光秀の脇に華殿がぷかぷかと浮いておる。
武威を強制的に抑えておるであろう呪符を体中にペタペタと張り付けられ、さらには両手両足に頑丈な枷をかけられた状態で空中にぷかぷかと浮かぶ華殿。
わしらの登場に何の反応も示さないことから華殿は意識を失っておるようじゃが、そんな華殿を2メートルほどもある立方体の武威ががっちりと囲い、さすがの華殿もあれでは逃れられまい。
つーかあれ、華殿を拘束しておるいくつかの種類の武威も何かの陰陽術なのか?
華殿の四方を4人の陰陽師が囲い、両の手を合わせてぶつぶつと呪文を唱えておるが、わしらの左右に並ぶ陰陽師たちとわしらを隔てる壁のような武威といい、やはり陰陽術は不可解な点が多いな。
いや、今はあの男に意識を向けねばなるまい。
この状況でわしらの前に立ちふさがる男。絶対に何かあるはず。
「何者じゃ? 名を名乗れ」
わしが武威センサーに意識を集中し、この部屋に入り乱れる多種多様な武威を分析しておると、隣に立つ吉継がその男に向かって大きく叫ぶ。
対する短髪の男は長い刀をゆらゆらと揺らしながら、面倒そうにその言に答えた。
「我が名は佐々木小次郎……それだけ伝えればいいだろ?」
……
……
おったわ。もう1人、歴史に名を刻む剣豪が……。
まーじかぁー……次から次へとまったく……。
「くっそ……次から次へと……」
めっちゃテンション下げておるわしの横で、吉継も似たような言を吐く。
しかし、この会話で――というかさっき吉継が大きく叫んだことで、華殿が意識を取り戻した。
そして目をきょろきょろとさせながら部屋を見渡し、その中にわしらの姿があることに気付く。
「お……お前様ぁ……ひぐっ……えぐっ……」
そう、わしに対する懐かしい呼び方と、それによって思い出させるかつての時代の妻の姿を匂わせながら……。
「“うた”よ!? 無事かッ?」
華ちゃん。華殿。宇多華代……皎月院(こうげついん)……うた……。
あぁ、そうじゃ。前世におけるわしの妻じゃ。
冷静さを失い、わしに対する呼び方を偽ろうともしていない。妻が……うたがあんな顔で泣きじゃくっておるのじゃ。
わしだって冷静でいられるわけがない。
「えぐっ……えぐっ……お前様ぁ……無事だよう……」
華殿が消え入りそうな声でそう答える間にも、わしは全身に武威を充満させ、動き始める。
妻をあんな風にさせられて、黙っておる夫がどこにいようか。
と思ったけど、その第1歩は吉継によって止められた。
「落ち着け、三成。まずは佐々木小次郎じゃ」
「そうじゃった。くっそ……“うた”にあんなことしやがって……」
なぜじゃろうな。憤るわしとは対照的に、この時の吉継はわしらのやり取りを聞き、少し嬉しそうじゃ。
まぁよい。華殿が自ら無事と言ったのじゃ。間違いなく無事なのじゃろう。
その隣に立つ2人の裏切り者コンビがわしらの侵入も無視して、瞳を閉じたままじっと立ち尽くしておるのが若干むかつくけどな。
「早くやろうぜぇ。弱っちい自称“戦国武将”さん達よう」
その時、自身の存在を無視されておったのが気に食わないのか、小次郎が若干武威を荒ぶらせながらわしらの会話に割って入ってきた。
いや、待て。
こやつ、今わしが視線を明智光秀と松永久秀に向けた途端、その意識を自分に戻そうとしてきたな。
ふむふむ。その違和感はスルーしてやらないぞ。
「……」
なのでわしは小次郎の挑発を受け流しつつ、武威センサーに再度意識を集中させる。
わずかじゃが。そう、本当にわずかな量じゃが、華殿を拘束しておる不可思議な術から華殿の武威が抜け出し、その2人に流れ込んでおるような。
ふーむ。これが鴨川殿の言っておった“華殿から武威を奪う術”なのじゃろう。
んでその術の発動者は?
いや、それは簡単なことじゃ。わしらの両サイドにおる100人近い陰陽師たち。
鴨川殿が“嘘のような禁術”と言っておった。それならばこれぐらいの人数が必要にもなるじゃろう。
逆に華殿を拘束しておる術の方は、華殿の足元におる4人の陰陽師で間違いない。
4人だから“立方体”。
これがもし5人だったら五芒星の魔法陣、みたいな。
ふっふっふ。めっちゃ安易だけど、これ、間違いなくそういうパターンの陰陽術じゃ。
深夜にテレビで放送されるファンタジーアニメを見尽くしてきたわしの勘に狂いはない。
さすればわしらがすべきことはまず小次郎を何とかして倒し、そしてその後4人の陰陽師をどうにかして、そして華殿を救い出す。
よし、これじゃ。これしかない。
と思うじゃろうな。深夜の王道ファンタジーアニメなら……
「吉継よ?」
「ん? 作戦は決まったか?」
「おう。わしがあの佐々木小次郎とやる。おぬしはその間に奥の2人をやれ」
「お、おう……でも、おぬし1人で大丈夫か? あの佐々木小次郎ぞ?」
「大丈夫じゃ。わし1人で倒せるとは思っておらん。でもそこに奇策がある」
もちろんわしの親友である吉継にはこれだけの説明で十分。
わしらがこそこそと作戦会議をしておったのが気に入らないのか? またはさっきの“挑発”を綺麗に無視されたことにいら立ったのか? 小次郎が長い太刀をぶんぶん振り回しながら、こちらに向かって歩き出しておる。
なので、そろそろ時間じゃ。
「行くぞ!」
「おうっ!」
わしが武器を構えながら大きく叫ぶと、吉継も似たような声量でそれに反応する。
とほぼ同時に、まずわしがスタッドレス武威を発動。
できる限り不規則でありつつ、予測不能な動きで小次郎との距離を詰めた。