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最終決戦の陸


 息をのむように眼前の戦いを見守ること、およそ5分。

 長いようで短く、しかしながらわしらがここへ来た真の目的を考えると、やはり長く感じてしまうその時間をわしはじっと待っていた。


 クロノス殿とミノス殿とジャッカル殿。それとついにあっちの世界へ一歩踏み込んでしまったカロン殿。

 この4人の猛攻を――じゃなかった。5匹の小さな援軍を含めるとさらに多くを相手にし、それでも武蔵は巧みな戦闘を続けていた。


 恐ろしいほどの武威が込められた日本刀と木製バット。

 その2つの武器だけで、これだけ激しい攻撃の嵐をさばいておるとなると、やはりその強さは尋常ではない。


 天与の才か、鍛錬の結果か。


 こやつは間違いなくその両方を持ち合わせておる。恰幅の良い体型から察するに、現世においては若干の鍛錬不足とも見受けられるけど、前世から持ってきた努力の日々は今も活きておる。

 地下へと続く入り口を守るため、その入り口の蓋代わりとなる畳半畳ほどの位置から全く動くこともなく戦い続けるその隠された強さも含め、わしにそう思わせるほど宮本武蔵の強さは凄まじい。


 しかしながら、わしは戦闘に加わりたい衝動を必死に抑える。

 ここは力を温存する場面。

 ジャッカル殿たちにそう言われ、挙句は吉継からもそのように指示されてしまっては従うほかないのじゃ。

 なので心の衝動が全身の筋肉に伝わり、両手両足が意思を持ったかのようにプルプルと震え始めておったが、わしはそれを無理やり抑え込む。


「長いな……」


 わしの感情をくみ取ってくれたのか、はたまた思っていたことをついつい口に出してしまっただけなのか。

 わしの隣に立つ三原もわしと似たような表情でそう呟いた。


 だけどじゃ。そろそろじゃ。


「まぁ、待て。義仲殿よ。そろそろ決着がつく」


 わし同様焦りを隠せない様子の三原に、吉継がそう言いながらたしなめた。

 んでなにが“そろそろ”なのか。

 それについてはわしも知っておる。


「吉継? 吉継もあやつの弱点に気付いておるな?」

「おうよ」


 わしの言に吉継がすぐさま答える。

 そのやりとりを聞いた三原が少し不思議そうな表情を浮かべたけど、そんな三原に説明がてらわしは言を続けた。


「あやつの弱点、それは体力の無さ……結構な武威とそれを巧みに操る法威の技術を持っておったとしても、それを支える身体の持久力が低いのじゃ」


 そうじゃ。昨夜首都高で対決したとき、あやつは早々に息を切らしておった。

 恰幅の良い体つき――それはつまり相当な脂肪を身につけておる証拠じゃし、つまるところやはり現世における鍛錬を怠っておったのじゃろう。

 またの場合、“剣豪”という類の侍がそもそもそういう短期決戦に限定された強さのみを求め、こういう戦場には対応しきれない体なのかもしれん。

 そこらへんはようわからんが、結局のところ武蔵のそういう体型が持久力に大きく影響しておる。


 しかも相手はあの冥界四天王じゃ。

 サッカーをしておるせいなのかは知らんが、戦闘開始当初から同じクオリティの激しい攻撃を今も続けておる。

 わしが吉継と連携するならば、動きに強弱をつけたりするのじゃが、こやつらはその“弱”の部分をまったく行わずに全力レベルの激しい攻撃を続けることができる。


 加えて、どこで覚えたのじゃろうな。いや、4人でこのような強敵と戦うことが楽しいとか、そういう理由かもしれん。

 焦るわしとは対照的に、冥界四天王は武蔵相手にリスクを負った無理な攻撃などはせず、半笑いを浮かべながら相手をじわじわと追いつめる戦い方を選んでおった。

 虎之助殿がとったヒットアンドアウェイ戦法と似ておる感じじゃな。


 でも、ジャッカル殿たちの戦い方はもっとねちっこく――武蔵の嫌なところをしつこく突いていく感じで、マジねちっこいわ。


「はぁはぁ……げほっ……はぁはぁはぁ……くそ……」


 そしてほどなくしてその時は訪れた。

 武蔵が息を切らし、立つことすらままならないといった様子でふらふらし始める。

 もちろんそれすらも無視するかのように冥界四天王の猛攻は続き、その状態になってなおそれらの猛攻をしのぎ切っておる武蔵も流石といったところじゃが、冥界四天王は今だ四肢健在。勝負は見えてきた。


 んでこういうタイミングにおいて、平気で不文律を破るのがわしらという一味な。


「三原よ?」

「ん?」

「勝負は見えた。でも武蔵がいつまでもあそこに立っていると邪魔じゃ」

「そうだな。じゃあ俺があいつをどかしてやろうか?」

「うむ。頼む」


 宮本武蔵VS冥界四天王。

 そういう戦いであったはずなのに――相手もそういうものだと思っておるはずのところに突如三原を投入するという、一種のルール破り的な案をわしが提案し、三原も悪い顔でそれに同意する。

 わしも三原もやっぱり悪い人間じゃ。ふっふっふ。


 でもやっぱり華殿を少しでも早く救い出したいので、ほぼ勝敗が決したこのタイミングならわしらが地下への入り口に進んでも、冥界四天王、そしてわしらの背後で戦っておるあかねっち殿とよみよみ殿も大丈夫じゃろう。

 わしは耳元につけた無線機を通して、ジャッカル殿たちに話しかける。


「三原コーチにちょっと武蔵をどかしてもらうね。僕たちそろそろ地下に行こうと思うんだけどさ。武蔵がいつまでもそこにいると邪魔だから」

「お、りょーかーい!」


 なので、この案はいともたやすく決定。

 ジャッカル殿の快諾も得て――次の瞬間三原がとんでもない速さで跳躍した。

 時を同じくして武蔵の周りを縦横無尽に動き回っていたジャッカル殿たちが一瞬だけ攻撃の隙間を開け、そこに三原が飛び込む。

 そしてわしが過去に何度も受けたことのある三原の飛び膝蹴りじゃ。


「ぐッ!」


 それをくろうた武蔵の首が折れたんじゃないかって角度で後方へ曲がり、さすがの武蔵も後退する。

 もちろん三原とほぼ同時にわしと吉継も動き出しておったので、少し遅れて先ほどまで武蔵が立っておった位置へと移動した。

 足元の畳をひっくり返してみれば、そこには虎之助殿の言葉通り、古い木製の蓋のようなものが姿を現す。


「これじゃな!? ふんッ!」


 わしがその蓋を足で蹴破り、さっそく中へ。

 梯子のようなものもぶら下がっておったが、そんなもんをいちいち使うわけがない。

 自然落下の速度で縦に5メートルほど降りた後、わしが横に移動すると、吉継や三原もすぐさまわしの脇に着地した。


「武運を祈るよー!」


 頭上からジャッカル殿のものと思われる声援が聞こえ、わしも軽い感じでそれに答える。


「はーい! じゃ、またあとで!」


 そして3人揃って走り出した。


 んでじゃ。地下に入ったことで気づいたことがある。

 ご丁寧にもLEDの照明が等間隔で備え付けられたこの抜け道。幅2メートルほど、高さも3メートルほどのなかなかに立派な通路なのじゃが、その奥から不可思議な気配を放つ武威反応をビンビンと感じる。

 わしの武威センサーはさすがに地下深くまで索敵することができんけど、この空間を漂う武威の流れに意識を集中しつつ、わしは走りながら少しの安堵を心に感じた。


「空間に漂う武威……華ちゃんのが混ざってる……」

「おぉ! そうか! さすれば、この先に華代がおるのじゃな!?」


 そう、わしらがここへ来た理由。華殿の救出。

 その可能性をより強くするこの武威反応に、わしの少し後ろを走っていた吉継も嬉しそうに言を返してくれた。

 三原もわしの言を聞いて似たような感情じゃろう。


「じゃあ、さっさと助けに行くぞ。光成? 速度を上げろ!」


 ほらな。最後尾を走っておった三原も早く華殿の無事を確認したい一心でわしの走りをせかしておる。


「わかった。こっちじゃ!」


 三原の言に対し、わしは足に込める武威を強め、移動速度を上げる。

 やっと華殿に――と思った次の瞬間。


「どけ! 光成!」

「吉継! 伏せろ」


 嬉しそうな言を発しながら一番後ろを走っていた三原が突如叫び、武威センサーで前方の異変を察知していたわしも吉継に指示を出す。

 わしと吉継が地に伏せ、三原が凄まじい速度でわしの前に飛び出した。


 そして地下通路に響く金属音。

 前方から日本刀のようなものが横回転をしながら飛んできて、三原がそれを手持ちの小型ナイフで防いだのじゃ。


 一気に高まる緊張感。


 そう――わしらのおった位置よりさらに30メートルほど前方。やつはいた。


「塚原卜伝……ついに出たか」


 伝説の剣豪。その強さたるや宮本武蔵や最盛期の柳生宗矩にも引けを取らない。

 “剣聖”とうたわれ、現代においても語り継がれるマジな強敵じゃ。


 それにしてもこんな狭い地下通路で出くわすことになるとはな。てっきり華殿が囚われている最終決戦的な場所に待ち構えておると思ったのじゃが。

 うーむ。わしのスタッドレス武威は狭いところが苦手じゃし、不覚といえば不覚じゃな。


 でもじゃ。卜伝の登場とともに、1人凄まじい殺気を放ち始めた人物がおるのじゃ。


「くっくっく。ついにこの時が来た……光成? 勇多? ここは俺にやらせろよ? くっくっく」


 三原じゃ。

 つーかなんでそんなにやる気満々なんじゃ……?

 武威や法威とは違う何かが三原の背中から滲み出てて、わりとちょっとマジで怖いんじゃが。

 あれじゃな。寺川殿がかつて住んでおった長屋の廊下で初めて三原と遭遇した時の恐怖感に近い感じじゃ。


 でも……こんな雰囲気でこんなことを言われたら首を縦に振るしかあるまい。


「わ、わかった。わしらは後ろで待機しておる。吉継も下がれ」

「お、おう……しかし……義仲殿のあの殺気は……?」

「いいから下がれ。絶対に……絶対に手を出してはならん」

「そ、それはわかっておる……わかっておるけど……」


 勘の冴える吉継はわし以上にこの空気を敏感に感じ取っておるようじゃ。

 でも三原のこの変わり具合についてはわしもわからん。

 わからんながらも、後ろに下がるしかあるまい。


 とはいえ、わかることもある。

 かつて行われた三原対弁慶の戦い。

 あの戦い同様、これは日の本トップクラスの戦いになること。間違いはない。


「くっくっく。まさかこんな場所で貴様と白黒つけることになろうとはな」

「うるせぇ。黙れ、卜伝。今殺すから地獄に落ちる気持ちの準備だけでも済ませておけ」

「はぁ? なめてんのか、くそが。年がら年中ガキどもとたわむれているだけのお前が俺に勝てるとでも?」


 はい、わしらがその“ガキども”じゃ。

 ――じゃなくて、なんでそんなに口悪ろうなってんのじゃ? チンピラレベルの言い合いじゃ。


 でもそんなやり取りをしておる間にも、双方の武威と殺気がぐんぐん上昇しておる。

 いつ殺し合いが始まってもおかしくはない状況じゃ。


 んで言い合いをしながら2人は距離を詰め、その距離が3メートルほどになったところで勝負が始まった。


「ふははははっ。死ね! 死ね、義仲よ!」

「うるせェ! てめぇこそ地獄へ落ちろ!」


 叫び声をあげながら、とんでもなく激しい戦いが始まる。

 卜伝は持参した日本刀。三原は先ほど卜伝がわしらに向けて投げてきた日本刀。

 両者それらを手にとっての戦いから、その武器もほどなくして破壊。

 しかし2人は止まらん。


 武器がなくなったところで、双方のこぶしを用いての、ノーガードの殴り合いじゃ。

 お互い後ろに下がることもなく、自身の安全も顧みず、ただただ殴り合い。たまに蹴りを入れたり――それこそ三原の方は飛び膝蹴りとかも入れておるけど、闘争本能をむき出しにした野蛮な戦いじゃ。


 おいおい。これがこの国トップクラスの戦いか? とわしが疑いたくなるのも無理はない。


 いや、これには何か理由がある。

 珍しく三原も言葉を荒げておる。これ、この2人になんらかの因縁がありそうじゃな。

 つーか、普通に仲が悪かったとか。

 でないとこんなに恨みのこもった拳の往来はできん。


 ……


 とはいえ、わしらはただその戦いを見守るだけ。

 そして三原の背中越しに戦いを見守ること数分。ついにその時が来た。


「……げほっ……げほっ……」

「がはっ……ごほっ……」


 鉄をも砕く重い打撃を身体の各所に受け、それがダメージとして積み重なる。

 お互いの動きが鈍くなり、2人ともふらふらとし始めた。

 もうあれじゃ。1秒でも長く立ち続けた方が勝ちみたいな例のパターンじゃ。


 なのでわしは横を向き、吉継に話しかけた。


「そろそろか?」

「あぁ、そろそろじゃな」


 このやりとり、ついさっきもしたような気がするけど、まぁいいか。


「……」


 わしは固唾を飲んで勝負を見守る。

 実のところ、一刻も早く先へと進みたかったのじゃが、1人の漢としてこの戦いは見守らねばならん。

 というか通路が狭いため、三原が卜伝を倒すまで待つしかないのじゃ。


 もちろん手出しは無用。そんなことをしたら、三原に殺されかねん。

 なのでわしと吉継、2人揃って身動き1つせずに勝負を見守ることさらに3分弱。やっとその時は訪れた。


「はぁはぁはぁ……ザコが……二度と俺の前に顔を出すな……というか……殺してやる」

「げほっ……げほっ……ぐふ……」


 内臓の各所が破壊され、ただただむせながら吐血しておる卜伝に、三原がそう言いながらとどめを刺す。

 とどめの刺し方はR-18指定じゃ。

 だけどこれにて勝負あり。


「よし。行くぞ、吉継?」

「あぁ、いい勝負じゃった」


 ふらふらと通路の脇に倒れ込む三原に親指を立てながらわしはその場を後にし、その時に視界の隅に三原を見てみれば、三原も通路の壁にうなだれながらわしに対して親指を立てた。




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