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最終決戦の伍


 京都二条城。本丸御殿の奥。

 平時は一般客の観覧すら入れようとはしない場所。

 狭い廊下を進んだ奥にある8畳ほどの小さな部屋に奴はいた。


 宮本武蔵。いわずと知れた剣豪じゃ。


 いや、今となってはただの敵。

 やっかいで憎らしく、1秒でも早くぶっ殺したいただの敵じゃ。


「悪いがそこをどけてもらう。今のわしらが昨夜とは違うということを身をもって体験してもらいながら、おぬしには黄泉の国に後戻りしてもらうぞ」


 なぜじゃろうな。わし、普段こういうセリフを言うようなキャラじゃないのじゃが。

 でも目の前のこの男が華殿をさらった実行犯と考えただけで、腹の臓物が沸騰してるんじゃないかってぐらいに熱い。


 いやいやいやいや。いかんいかん。

 わしはあくまで冷静に。


 一瞬失いかけた冷静さを無理やり取り戻し、わしは金属バットを構える。

 いや、ここは一呼吸置こうぞ。


「虎之助殿……こっちに……」

「ぐっ……すみません」

「気にするな。十分助かったぞ」

「それなら……よかった……」


 さっきまで先頭切って虎之助殿とやりあっていた都合上、宮本武蔵と相対する今もわしは最前列におったのじゃが、目の前にうずくまっておった虎之助殿を支え上げ、後方へ運んでやることにした。

 その間に武蔵も背後へと退き、部屋の中心にて両の手に持った武器を構える。


 うむ。あの場所じゃな。あそこの畳をめくれば、地下へと続く入り口があるはずじゃ。

 と警戒がてら武蔵の動きをわき目で確認しつつ、わしは虎之助殿を少し離れた廊下の壁に座らせた。


「ご武運を……」

「うむ」


 んで、再び皆を通り過ぎて最前列に躍り出ようとしたその時……


「ん?」


 わしは両肩をカロン殿とミノス殿に抑えられた。


「ん? なに?」

「いや、光君は待機ね」

「そう、ここは力を温存する係……」


 “係”って……学校か?

 いや、そうじゃなくて。


「え? あ? えェ!?」


 戸惑いながらそれらの手から逃れようとするものの、今度は前におったジャッカル殿が前を向いたまま話しかけてきた。


「ここは俺らがやるよ。うちら4人とあかねっちとよみよみで。大丈夫、余裕で勝てるから」


 言の最後は武蔵に聞こえるようにわざと大きめの声で。

 その挑発を受け、武蔵の表情に若干の怒りと武威のさらなる放出を感じたけど、ジャッカル殿はひるむ様子もなく、背中をこちらに向けたまま言を続けた。


「敵はまだいるはず。あの地下通路の向こうにね。だから光君と三原コーチ、あと勇君はまだ力を残しておかないと。

 あと、こいつを倒した後にうちらがここ守らないと、後ろの兵たちが光君たちを追うことになるじゃん? だから僕らがここを守る」


 ちなみに今こうしてジャッカル殿が作戦の提案をしている最中もわしらの背後には敵兵たちが追いつき、最後尾におるあかねっち殿やよみよみ殿が狭い廊下をふさぐ感じで敵との戦闘をし始めておった。


 前には宮本武蔵。後ろにはまだまだ十分な数の敵兵たち。


 ある意味挟み撃ちにあっているとも取れるけど、そんな状況でわしらに待機を提案してきたジャッカル殿の度胸もなかなかじゃな。

 しか、前方におった勇殿が冥界四天王と入れ替わる形でいつの間にかわしの横に移動し、そんなジャッカル殿の提案に賛成の意を示す。


「三成よ。ここはこやつらに任せようぞ。塚原卜伝に明智光秀、そして松永久秀。まだ敵は多い。

 背後からの追撃もなかなかに激しい状況でそれらを相手にするのはちとしんどいからな。こやつらにここで敵の追撃をせき止めてもらうんじゃ」

「え? あ、いや……でも……」


 あっ、吉継に代わってたわ。いや、そんなことより――敵は宮本武蔵。どう考えてもこちらの総戦力で潰しにかかるべきじゃ。

 というのがわしの案なのじゃが、やはり吉継はあくまで吉継じゃった。


「大丈夫じゃ。こやつらだけで十分倒せる。こやつらを信じてやれ」


 この状況でそういう言い方するのが卑怯じゃな、吉継は。

 もちろん吉継自身も冥界四天王の戦力と昨夜相対した時の武蔵の戦闘能力を冷静に分析・比較したうえでの発言なのじゃろうし、そこらへんの分析能力は信じておる。

 あと吉継の直感というか、そういうものもこの戦いの結果において冥界四天王に軍配を上げておるのじゃろう。


 だけどさ……やっぱちょっと心配なんじ……


「過保護か! 親バカか!」


 納得がいかないので、なかなか首を縦に振ろうとしないわしに対し、吉継がここでわしに暴言を吐きよった。


 つーか、親バカって言われたーッ!

 わし、冥界四天王の親ちゃうわ! いや、ある意味これまで親目線でこのわっぱたちを見てきたけども!

 でもさすがに相手も14、15になって、戦場でもそれなりに頼りになる存ざ……


 ……


 ふむ。そうじゃな。そうなのかもしれん。

 クロノス殿を筆頭として各々の戦闘力。そして洗練された4人のコンビネーション。

 そういうのを考えると、やはり彼らは十分なほど頼りになる存在じゃ。

 わしが心配しすぎなのかもしれん。


「……うむ。そうじゃな。ならば、宮本武蔵は4人にまかせ……」


 とわしがやっとの想いで納得すると、その言を皮切りに……というか、よくわからんタイミングでありながらも、4人示し合わせたかのような動きでジャッカル殿たちが突如宮本武蔵に襲い掛かった。


「うらァ!」

「死ねーッ!」

「ぶっころーす!」

「死ね死ね死ね死ね!」


 あっ、これ。ジャッカル殿たち、わしの意見とかどうでもよくて、最初っから4人で武蔵と戦いたかったっぽい。

 空腹のライオンさんが獲物を前にして我慢できなくなった感じじゃ。

 あと彼らの叫び声に若干品の無さがうかがえるのはいつものこととして……。


 先陣はやはりクロノス殿。どこかで敵から奪ったであろう槍を狭い部屋の中でぶんぶん振り回しておる。

 でもその威力やスピードは華殿に負けるとも劣らず。

 周囲の柱まで切り刻み、その柱が支えていた天井が崩れ落ちてきても、その木材や瓦も含めて破壊しつくしておる。


 んでそのクロノス殿の斬撃と宮本武蔵の攻撃をかいくぐるように移動し、武蔵の背後へとうまく回り込んだミノス殿。

 例によってもうすでに敵の返り血でびしょびしょだけど、いったいどういう戦い方をすればあんなに血を浴びるのじゃろうな。


 まぁ、返り血と井伊家の赤備え云々の件はよいとして。

 やはりこの4人のリーダーはジャッカル殿じゃ。

 クロノス殿とミノス殿の動きをよく見ながら、2人の斬撃の隙間を埋めるように攻撃しておる。


 んで……問題はカロン殿な。

 戦闘開始当初は皆と一緒に動き出したけど、部屋が狭くて動きにくいと感じるや否や3メートルほどわしらの方に向けて後退し、左手を口に当てて何やらぼそぼそと呟いておる。


 体調不良か、またはすでに重い怪我を……?


 と一瞬心配してしまったのじゃが、真面目に心配したわしがアホじゃった。


「カロン君!? なにかあったら無線の方に!」


 クロノス殿が暴れまくったせいで部屋の壁や襖はすでに姿を消し、天井すらどっかに四散して空が見え始めたこの元八畳間にて、カロン殿以外の3人と、あとわしらの後方であかねっち殿とよみよみ殿が叫び声をあげながら戦っておる。

 なので伝達事項があるならば無線を通すという事前の打ち合わせに沿うよう、わしがカロン殿の背中に話しかけたら、カロン殿が怪しい笑みとともに振り返った。


 左手の指から飛び立つ5匹のオオスズメバチの姿とともに。


「さっき二の丸の庭にいた女王蜂と友達になっちゃったんだよね。んでその子の手下を5匹だけ借りてきたんだ。今この子達に指示出してたとこ」



 いーーーやーーーッ! 蟲使いじゃ! 蟲使いがここにおるー!

 なんかどっかのアニメか漫画で見たことある“蟲使い”がここにおるーッ!



 てゆうか、おぬし動物の声が理解できるだけじゃなくて!?

 意思の疎通も? てゆうか動物って、虫も含まれるの!?

 いや、そうじゃなくて! オオスズメバチ!? 友達!?

 しかもそのハチさんたち、カロン殿の武威が込められてねェ!?


「うっそ!? マジで……!?」


 危うくキャラ崩壊しそうになったわしじゃが、無理もない。

 わしの両隣を見れば、わしもろとも待機組になっておった三原や吉継もひきつった顔をしておる。


 もうさ。あれじゃ。

 さっき陰陽師の存在がファンタジーだとかぬかしておったけども、今日のファンタジーMVPはカロン殿に決定じゃ。

 これから地下に入り、陰陽師によるどんな術が待ち構えておるか知らんけども、間違いなくカロン殿がMVPなんじゃ。




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