目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
最終決戦の肆


 二条城から南東へおよそ150メートル離れたビルの屋上。

 わしらは建物の淵に伏せ、身を隠しながら二条城の様子をうかがっていた。


 わしの隣に仰向けておるジャッカル殿の手には双眼鏡が黒光り、それで二条城の城内に散らばる陰陽師勢力の敵たちを観察しておる。

 同時にわしも武威センサーを広げ、二条城から発せられるおびただしい数の武威反応に意識を集中させる。


「華ちゃん……いないねぇ」


 双眼鏡を覗きながらそう呟くジャッカル殿に、わしは小さく頷く。

 武威センサーに華殿の反応はなし。おそらくジャッカル殿たちがかつて使用しておった呪符のようなもので、強制的に武威を抑え込まれておるのじゃろう。

 武威さえ抑えれば華殿はただのおなご。あとは手錠なり手枷足枷なりで簡単に拘束できるからな。


 にしてもこの距離まで近づいても、華殿のかすかな反応さえ感じられん。

 よほど制御の効いた呪符を使っておるのか――または華殿はすでに……。


 いやいや、縁起でもない。

 鴨川殿が言っておったな。華殿から武威を奪うには少なくとも3日程度の儀式が必要じゃと。


 それゆえ現時点における華殿の無事は確信しておるが、この距離になってもわしの武威センサーに華殿の反応がまったく感じられん。

 うーむ。ここら辺はわしもあまりよく理解しておらん陰陽師の術の話なのじゃが、ファンタジーめいたあやつらのことじゃ。華殿を拘束する術に何かしらの工夫が込められておるのじゃろう。それこそ二重三重に手の尽くされた厄介な手法でな。


 んで、それならばそれはそれで華殿を拘束しておる怪しい術とやらがわしの武威センサーに反応してくれるかとも思ったけど、それも皆無じゃ。

 つまりわしらはこれから二条城に乗り込むにあたり、あの城に待ち構える敵と戦いながら同時に華殿の居場所を突き止め、そして城を全員無事に脱出するというなかなかに困難な戦を強いられることとなる。


 しかもそれらをこなしながら京の都各所に散らばる敵集団――つまりはここに来るまでにやり過ごしたいくつかの敵兵たちが戻ってくる前に退散すべきという、それこそ一刻一秒を争う困難極まりない戦いじゃ。


「でもさ、その場所は虎之助さんが知ってるんじゃない?」


 ジャッカル殿が呟いた後、武威センサーに集中しながらそんなことを考えて表情を険しくしておったわしの雰囲気を察し、いつのまにか吉継と入れ替わっていた勇殿がわしを勇気づけるように新たな言を渡してきた。


 このタイミングでこの発言。

 勇殿というか、吉継というか――いや、今は勇殿が表に出てきておるから勇殿としておくけど、やはりわしの親友たる存在じゃ。

 なのでわしはふらりと脳裏をかすめた不安要素を、頭の隅に追いやることにした。


 つーか……ふむ。そりゃそうじゃな。

 やり手の虎之助殿のこと。わしへの連絡がないことが逆に虎之助殿のスパイ活動の順調さを示唆しておる。

 もちろん二条城の本丸と二の丸の間にある庭にて、虎之助殿の武威反応は確認済みじゃ。

 スパイ容疑をかけられ虎之助殿まで拘束されておったら大変だけど、当の本人はどこぞの警備員さんのごとく城の庭をうろうろしているようだから、わしとの繋がりはばれてはおらんようじゃな。


 さすればここは虎之助殿にも期待しておこう。


 とはいえ、最良・最悪の可能性その他もろもろを思案しておくのもそろそろ終了じゃ。

 重要なのはいざ敵陣へと突っ込んでからのとっさの判断。

 先も言うた通り、一刻一秒を争う戦いになりそうだから事前のシミュレーションよりはそういった思考の瞬発力が必要なのじゃ。


「ふーう」


 皆がコンクリートの床に這いつくばって遠くを見つめる中、わしはここですっと立ち上がる。

 さてさて、では敵陣へ。

 二条城にはおよそ300の敵兵。それぞれがなかなかに鍛錬された武威を持ち、おそらく法威の扱いにも長けておるじゃろう。

 そんなところへわずか8人で突っ込もうというんじゃ。わしらの行動は正気の沙汰ではない。


 でも、そうせねばならぬ大きな理由もある。


「おっ? 行く?」


 わしの動きに気付いたのは右に寝そべる勇殿と反対側、わしの左側にて突入の瞬間を待ちわびている様子のミノス殿じゃ。

 なのでわしはミノス殿に怪しい笑みを送りながら言を返した。


「うん。それじゃ行こうか?」

「よっしゃ! 行くぞー!」

「おーいえー!」

「はいはい! テンション上がってきたー!」

「暴れまくってやるぜ!」


 もちろんわしの一言で冥界四天王はこの通り。


「みんなちゃんとまとまってよね! 華ちゃん見つけるまでは好き放題暴れないで冷静に攻めるよ!」

「い……古より語り継がれし、ぶ、武の化身……よ。我のし……四肢に、は、華ちゃんを……救う力を……!」


 あと、やっぱりこのタイミングでリーダーっぽい発言をしたあかねっち殿にちょっと嫉妬しつつ、それと連戦で疲れているせいなのか、または最終決戦を前にしてテンション上がったせいなのか――よみよみ殿が少しおかしな言を発したけどまあよい。


「三成……卜伝の野郎は俺に任せろよ?」


 そして最後は三原。剣聖とうたわれる卜伝さんとの間に何があったがはわからぬが、珍しく三原がいきり立っておる。


「わかっておる。その代わり宮本武蔵はわしらにやらせろ。んじゃ……出げ……あっ、いや。ちょっと待って」


 ……ってその前に。1つ忘れておったわ。


「先に……おいしょ、おいしょ。みんなにこれ渡しておかないと」


 そしてわしは背中に背負ったリュックの中をごそごそと。

 右手をリュックの底の方に伸ばし、少し頑丈めの紙袋に入ったブツを取り出した。


「おっ! それは最新兵器だね!」


 新幹線の件から完全に立ち直っている様子のクロノス殿が瞳を輝かせながらわしの手をのぞき込み、他のメンバーも「おぉー!」っといった感じで嬉しそうに反応した。


「うん、親機がなくても端末同士で双方向通信できるイヤフォン型の小型無線機。京都に来てもこっちゆっくりで充電できる機会があるかわからなかったから、フル充電のまま今までしまっておいたんだ。

 だけど今回は使おう。はいこれ、みんな1つずつ持って」


 そう言いながら、わしはそのブツを三原を含めた全員に渡す。

 何を隠そう、これは今回のような大乱戦が予想される戦に備えた重要な装備じゃ。敵味方の怒号が飛び交う戦場で味方の声のみを拾うこの兵器は非常に役に立つじゃろうというわしの期待を込めた逸品じゃな。


「小型だし、通信距離は100メートルぐらいだから離れすぎに気を付けてね。あと、バッテリーは1時間ぐらいしか持たないからそこにも注意だよ。

 あっ、電源スイッチは2回押しておいて。ペアリング設定は済ませてあるし、それでみんなの端末は受信状態になるけど、誰かに連絡取りたいときはさらに1回電源ボタン押してから話す感じで。

 んでそうじゃないときはもっかい押して受信だけ。でないとみんなの叫び声とかが全部無線に入ってきて必要な会話が聞き取れなくなるからね」


「オッケー!」

「りょうかーい!」


 もちろん皆デジタル時代の申し子なので、これぐらいの操作説明で十分じゃ。


「んじゃ次」

「おっ、なになに? 光君、まだなんかあるの?」


 またしてもクロノス殿が食いついてきたけど、もう1つの装備はガムテープじゃ。


「ほい。これで無線機を耳にしっかり張り付けて」


 これはわしらのような武威使い特有の問題なのじゃが、わしら武威使いが人知を超えた動きをしたりすると、イヤフォン型の無線機などすぐさまどっかに飛んで行ってしまう。

 音速を超える戦闘機の外装に自身が両腕の力のみでしがみついておると想像してもらえばわかりやすかろう。戦闘機がちょっと両翼を振っただけで、並の人間などいとも簡単に振り落とされる。

 この小型無線機がそのようにならないため、ガムテープで耳にがっちりと張り付ける必要があるんじゃ。


「なるほどね。そりゃそうだ」


 全員がわしの意図をすぐさま理解し、無線機をガムテープで固定する。

 その作業が1分ほどで終わり――そしていざ開戦じゃ!


「よーし、お待たせ! じゃあ……」

「みんなぁ! とつげーきッ!」


 もちろんこういうタイミングでの重要なセリフは、あかねっち殿に割り込まれた。

 いや、べつにいいけどさ……。


 どん!

 どん!

 ばッ!

 がんッ!


 それぞれが一気に武威を放出。各々、二条城近隣の建築物の屋上を移動して、城への突撃を開始した。

 そして突入の最後に先頭を走っておったクロノス殿が二の丸御殿の南に位置する“唐門”なるきらびやかな門の両扉を思いっきり蹴破った。


 いや、だからそれって多分世界遺さ……まいっか。



「敵襲ーッ!!」


 もちろんそんなド派手な侵入は敵に即座に気付かれる。てゆーかクロノス殿の蹴りも結構な破壊力だったので唐門は四散し、その破片が二の丸の壁に散弾銃さながらの破壊力で突き刺さっていった。


 これほどの破壊と轟音があれば武威センサーや視認をしていなくても、敵はわしらの侵入に容易に気づくことができる。

 んで、それも作戦の1つな。まずはここに敵の戦力を集める算段じゃ。


「敵襲ー! 敵しゅーうッ!」

「三成だァ! 石田三成がここにいるぞーッ!」

「そいつを倒せーッ!」


 などな、唐門付近にいた敵兵が好き放題叫び、しかしながらやつらには冥界四天王が襲い掛かる。

 即座に乱戦が開始され、なんとなくな相互理解でいつのまにか突撃の第2波を担っていたあかねっち殿とよみよみ殿にも敵兵の攻撃の余波がたどり着いた。


「うらァ! はッ!」

「せいッ! とう!」


 それらの戦いの中で、皆は順調に敵を打ちのめしてゆく。

 でもな。それじゃダメなんじゃ。


「光君! 今のうちに!」

「オーケイ!」


 早速ジャッカル殿から無線が入り、わしも答える。

 最後尾におったわしを守る感じで小さな防衛線を構築してくれた皆に少しの感謝をしつつ、わしはさらなる意識の集中を武威センサーへ。

 今度の武威センサーは範囲を絞る代わりに、より微細な武威反応にも気づくことができる特別なやつじゃ。


 しかし……


 ……


 ……


 ここまで接近しても、やはり華殿の武威が感じられん。

 それを不思議に思いつつ、わしは目の前に広がる激しい攻防戦の左側――つまりは北西の方向に向かってスタッドレス武威を発動しながら移動することにした。


「吉継! ついてこい! 本丸に向かうぞ! あと三原も!」

「あっ、光君? 今僕に代わってるから」

「じゃあ勇君! 行くよ!」

「うん!」


 珍しいな。吉継がこんな状況で勇殿に体の主導権を譲るなど。

 なにかの勘でも働いたか? いや今はそんなことどうでもいいな。


 北西の方向。二の丸と本丸の間に広がる庭園に、虎之助殿がおるんじゃ。

 相手もこちらに気付き、数人の仲間とともにこちらに向かってきておる。


「まずは虎之助殿と合流じゃ」

「だな」

「そだね!」


 そして十数秒の移動と戦闘を経て、わしらは虎之助殿と10メートルほどの距離まで近づいた。


「んッ? おわッ!?」


 と思いきや、虎之助殿がいきなりわしに襲い掛かってきた。


「ぬッ! くッ! とう! うらッ!」

「せい! はッ! やッ!」


 にわかに始まる虎之助殿との一騎打ち。察しのいいことに、三原と勇殿が他の敵兵を相手してくれておるが、わしが驚きを隠せないのも無理はない。

 てっきり虎之助殿は合流するや否や、こちらの仲間として行動してくれると思っておったからな。


 でもじゃ、これには必ずや理由があるはず。手加減しておるであろう虎之助殿の軽い攻撃がそれを物語っておる。


 ならばじゃ。虎之助殿にかかっておる仲間からの疑惑の目は、こちらからつぶしてあげようぞ。


「おーのーれーッ! わしを裏切りおってェ!」

「くくくッ! だまされるほうが悪いのですよ!」


 などと、それっぽい言を放ち合うわしと虎之助殿。

 もちろんわしも金属バットに込める力を抑え、束の間の茶番劇に興じる。

 わしの勝手な評価じゃが、演技派として名高き虎之助殿の演技がマジでおもろい。


「なぜ華殿を狙ったァ! わしらが一体何をしたのじゃあ!?」

「あなたは調子に乗りすぎました。我々陰陽師にとって脅威となる前に滅ぼしておくべき存在となったのがあなたの罪です」


 ぶぁーはっはっは!

 虎之助殿! それっぽい! それっぽいけど、それ以上それっぽいセリフを吐かれたら、わしマジで爆笑し……じゃなくて!


 虎之助殿の言の中にうっすらと今回の戦が起きた理由がわかったような気がしたぞ。


 日の本各地におる多くの勢力を繋ぐ。その仲介役となる。

 これによりわしの影響力を強め、同時に戦力と懐具合を恵ませる。


 これがわしがこれまで取ってきた基本的な転生者活動なのじゃが、それが陰陽師の一部勢力の機嫌に引っかかったということじゃろう。

 一部勢力というか――300を超える武威・法威使いがそろったこの城の敵戦力はまじでそんじょそこらの戦国大名戦力を軽く凌駕するものだけどな。


 でも、それも仕方なし。

 わしらは戦国武将。気に入らなければ殺るか殺られるかの争いになるのも覚悟しておる。


 んで、そんなことを考えつつも虎之助殿との勝負は続いておる。

 虎之助殿の戦闘スタイルはヒットアンドアウェイのようじゃな。

 しかし、ヒットアンドアウェイ戦法とは機動力を必要とするもの。スタッドレス武威を操るわしとしても得意な分野じゃ。


 なのでわしから距離を取ろうとする虎之助殿を追撃し、ヒットアンドアウェイの“アウェイ”の方をさせないようにする。

 というかてっきり簡単に倒されてくれるものだと思ったんじゃが、意外と律義にわしとの戦いを続けるな。

 これ以上戦うとわしの武威の消耗が大きくなり、今後の戦いに響きそうなんじゃが。


 それどころか変な違和感もある。

 なーんか……なんじゃろな。こう、虎之助殿がわしを誘っているような気がするんじゃ……。


 そんな違和感を感じ、わしは一瞬だけ動きを緩める。

 三原と勇殿が周囲の敵を一掃してくれていたので、この場での戦いはわしらのみ。

 ならば一度お互い動きを止め、話し合ってもいいと思うんじゃ。


 と思ったけど……


「本丸の方から監視されています。このまま戦い続けてください」


 動きを止めたわしに気付き、虎之助殿がかなりの速度でわしに接近。しかもそのタイミングでわしの耳元で小さく呟いた。


「私を攻め続ける感じで……」


 ……


 ……


 ん? 変態か?


 いや、違う。

 いや、そうかもしれんけど。


 うーん。わからんなぁ。

 マブダチとはいえ、虎之助殿はまさかこのタイミングでそんな癖(へき)を暴露してくるようなキャラでもない。

 でも……今の言は……?

 いや、今は虎之助殿の意図に従って動くほかないのじゃ。


「ぬおぉぉぉ! はぁはぁ……うらーッ!」


 なのでわしはさらに一段階演技の質を上げる。

 それっぽい掛け声に偽りの息切れも入れたりしつつ、虎之助殿を追撃し続けた。



 んで虎之助殿を追いつつも、わしはここで今一度武威センサーに意識を向けることにした。

 気づけば戦闘開始から15分が過ぎ、ジャッカル殿たちのおる戦場ではさらに激しい戦いが繰り広げられておる。

 わしらは二条城の二の丸から本丸に移るあたり。背後の敵は三原と勇殿が対応してくれておるけど、本丸の方からはさらに多くの敵兵がわちゃわちゃと湧き出てきよる。

 このままの勢いでわしら3人だけ本丸に乗り込んでしまったら今度はそれらの敵兵にがっつり囲まれてしまうじゃろうし、それこそこちらの戦力がはっきりと二分されてしまう状況じゃ。


 だけどさ。


「ほかの皆さんもこちらに呼んでください」


 ほんの一瞬、格闘における動きの流れのせいでお互いの頭部が接近したタイミング。

 このタイミングで虎之助殿からまたまたそんな一言。

 相手もわしらの戦力分断を危惧してくれておるようじゃ。


「わかった……」


 なのでわしは小さく頷きながら耳元の無線機に左手の指を伸ばす。


「こちら光成。みんな? 僕たち本丸の方に行くからみんなもこっち来て」


「おーけー」

「はーい」

「わかったァ」

「らじゃー」


「そうね。これ以上離れるのはよくないわね」

「ん……んじゃ、みんな……あっち、い、いこ……?」


 ちなみにジャッカル殿たちもいつもの雰囲気じゃ。

 その声色から察するに、あっちも陰陽師諜報員の手練れを相手に問題なく戦闘中のようじゃな。

 でも少数でこの城に乗り込んでからの戦力二分は本当にまずいので、それを理解しておるあっちのメンバーも素直にわしの指示に従ってくれた。



 んで無線のスイッチをいじり、わしはすぐさま虎之助殿の追撃を再開する。

 もう虎之助殿の意図もうっすらわかってきたので、相手がわしから距離を取ろうとするときは激しい攻撃など行わず、虎之助殿が行きたい方向へ後退できるよう気を使ってみたりもした。


「はぁ……はぁはぁ……卑怯じゃぞ! 逃げてばかりいないで、正々堂々わしと戦え……!」


 もちろんこういった茶番台詞も忘れずにな。


 そしておよそ5分、後退しながらわしと戦う虎之助殿に誘われ、わしらはそのままちゃっかりと二条城の本丸へと侵入する。こちらにも相応の敵戦力が待ち構えておったが、わし自身は虎之助殿と怒号飛び交う一騎打ちっぽい雰囲気を醸し出しておったため手を出せず、わしの背後をカバーする三原と勇殿に攻撃を仕掛け始めた。

 三原も勇殿もこの状況をしっかりと理解しており、襲い来る敵兵の攻撃を軽くいなす感じで深い追撃は行わず、わしの背後をしっかりとキープしておる。

 そんな感じでわしら4人、二条城の廊下や広間をずんずんと進み、ほどなくして背後からジャッカル殿たちも追いついてきた。


 でも、そもそもわしらはどこへ向かっておるのじゃろうな。

 明智光秀や松永久秀が待ち構えておるのはそれなりに広く、それこそ城主たる人物が居座るような格式高き部屋かと思っておったのじゃが、虎之助殿はそれらの部屋を通り過ぎ、奥へ奥へと退却しておる。


 もしやこのまま本丸御殿を突き抜ける気か?


 と思ったのも束の間。とある狭い廊下の奥、背後に2枚の襖を背にした状態で虎之助殿が足を止めた。


「ふーう。もう隠す必要はないでしょうね。さぁ、この先の部屋です。中央の畳をめくれば地下へと続く階段がありますので」


 なんと! 世界遺産の二条城にそのような抜け道が……!



 ……あるわな。江戸時代初期に作られたといっても、この城は確か家康が上洛したときに使っていた城のはずじゃ。

 ならば万が一に備え、要人を逃す手段ぐらいあっても当然なのじゃ。


「応。ここまでの誘導、本当に感謝するぞ」

「ふっふっふ。いい戦いでしたね、三成様?」

「あははっ。確かに素晴らしい演技の応酬じゃったな!」


 こんな感じで最後にお互い笑い合い、ここで虎之助殿とはお別れじゃ。

 いやお別れする必要もないな。演技とはいえ、わしとそれなりに長い時間戦った虎之助殿もだいぶ疲弊しておる。

 まだわしらの背後には本丸警護役の敵兵がほとんど手つかずの状態で残っておることだし、虎之助殿にはわしらと同行する形で皆に守ってもらおうぞ。


 しかし、そう思いながら虎之助殿に促されるまま足を前に進めたわしは、武威センサーに突如現れた反応に気付き、大きく叫ぶ。


「虎之助殿ッ! その扉から離れて!」


 しかしその言が終わる前に襖の奥から斬撃が放たれ、それが襖を開けようとしておった虎之助殿の右腕を襲った。


「うぐぅッ!」


 致命傷とまではいかないまでも虎之助殿はその場に崩れ落ちる。よく見れば斬撃をくらった虎之助殿の右の前腕がぽっきりと折れておった。

 くそっ、向こうの部屋に敵が待ち構えておったか。

 しかもその敵はわしらが近づく直前まで、その武威を呪符にて抑えこみ、わしの武威センサーから逃れておった。

 そして虎之助殿を襲った一撃を放つために呪符を体から剥ぎ取り、その武威を放出した今となっては、わしの武威センサーが最大級の警戒を伝えてきておる。


「ふぅ。まさか三成さんたちがここまで寄り道せずに来ることになろうとは。やはりあなたを信用しなくてよかった……景虎さん……?」


 人を小ばかにしたような口調と……そして日の本最強の剣豪とうたわれるにふさわしい武威……昨夜首都高で感じたものと同じじゃ。


「ついに出たか! 宮本武蔵め!」


 わしの叫び声に反応し、味方の全員が険しい表情へと変わる。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?