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最終決戦の弐


 あぁ、寝起きからいろいろあったせいで、どうも頭が混乱しっぱなしじゃ。

 とりあえず現状を把握しなおそうぞ。


 時間は……左手首に縛り付けた腕時計を確認してみれば、おっ、寝入った時から数えて4時間ほどたっておる。気づけばお日様も高く上り、残暑の気配が周囲の空気に少しの熱気を漂わせておる。

 ふむふむ。武威センサーに引っかかる周囲の仲間の武威に意識を向けても、各々の武威も回復は十分。


 んで、問題はカロン殿の能力じゃな。


 わしが起きる直前までの流れは何となくわかる。

 勇殿が周囲を警戒し、しかしながら鳥さんたちの声が聞こえたと主張するカロン殿が、1人起きていた勇殿にその旨を伝える。

 いや、カロン殿もわしら同様眠りについておったはずだから、騒がしく会話する鳥さんたちの声によって目覚めたというのが正解じゃろう。


 そして勇殿はわしを起こすことにした。

 索敵能力の類を持たない勇殿の警戒有効範囲はせいぜい数十メートル。対してカロン殿のそれは狭く見積もっても数百メートルに及ぶじゃろう。

 カロン殿が任意の鳥さんを飼いならし、その鳥さんに周囲の敵位置情報を探るよう命令できたりするならば、それはもはや上空から見渡せる限りへと有効範囲が広がる。

 とはいえ、カロン殿の手法はわしのように武威の有無を確認するものではない。


 まぁ、今回はこのような人気のない山林区域でわしらの寝場所を目指す殺気満々の集団がおったので、それをわしらに対する刺客と特定できたわけであるが、それもある種偶然といえよう。

 なので確信が持てないカロン殿は、勇殿を通してわしに武威センサーの発動を促そうとした。


 ここまでの流れに問題はない。


 唯一、わしの知らなかったカロン殿の能力を事前に勇殿が知っておったとなれば、それはそれで一大事じゃ。

 なんかわしだけのけ者にされておる感じになるからな。


 でも木々の間を走る勇殿の背中を見てみれば、若干の戸惑いもその武威から感じられた。

 というかさっき勇殿がわしを起こした時、勇殿自身の表情にも困惑の色が見て取れた。

 ゆえに勇殿も今さっき初めてカロン殿の能力を知ったということで間違いなかろう。

 うん、間違いなかろう。わしだけのけ者にされておったわけではない。断じてない。


 それはさておき、何故カロン殿がそのような能力を持ったかという、わしの大いなる疑問を払拭せねばなるまいて。


「カ、カロン君ッ!」


 森の中で枝々を跳び移りながら、わしは前を行くカロン殿に向かって叫ぶ。計9人が高速で移動をしておるため、自身の耳に届く風切り音も含めて諸々やかましいのじゃ。

 なのでカロン殿の耳に入るようわしが結構大きめに叫ぶと、前を跳んでいたカロン殿が大木から伸びる太い枝に着地し、移動をやめた。


「ん? どうしたの、光君?」


 わしもその隣に並び、バランスを崩して落下しないよう周囲の木の枝をむんずとつかむ。


「どうしたの? ――じゃなくてさ。さっきの話……その能力って……?」

「ふっふっふ。気になる?」

「うんうん。気になる気になる!」

「えー、どうしようかなぁ」

「なんで!? 早く教えてよ! 早く! 早く!」


 面白半分でわしを焦らすカロン殿。でも、そういうノリは15歳の会話じゃな。

 敵との距離がものすごい速さで縮まっておるけど、その前に憩いのひと時って感じじゃ。


 いや、そんなことしておる場合じゃない。


「――じゃなくて! 戦いが迫ってるから! 簡潔に! 早く! これ、一応戦力把握の一環だから!」


 と、わしがカロン殿を急かしてみたものの、カロン殿はここでなぜか遠くの空を眺め始めた。


「あのさ……よく考えたら、光君ならいちいち説明しなくても理解してくれると思うんだよね」

「ん? どういうこと?」

「いや、俺の能力の件……」


 本当に焦らしすぎじゃ、カロン殿……。敵が……迫ってきておるんじゃ。

 って思っていたら、カロン殿の口から思わぬ人物の名前が飛び出した。


「俺、まだ前世の記憶が十分に戻っていないから、これはあくまで“推測”なんだけどさ……。

 前世で雪斎様から教えを受けたのは……康君だけじゃないと思うんだ……」


 太原雪斎……その名前が出てきたことで、わしの思考は一気に加速した。


 徳川家康たる我が弟、康高の前世における幼少期の師。そして今も再び康高にあれこれと教えを授けておる重要人物じゃ。

 まぁ、現世における雪斎殿は上野にある動物園に飼われておる大きなにょろにょろさんだし、しょせん体温調節もできない変温動物だから、威厳もひったくれもないけど……。


 でもじゃ。その名前が出てきたことでもう1つ浮かび上がる重要事項がある。

 雪斎殿に“武威を用いて思考を繋げる”という能力があること。


 これ、別に“人間同士”にのみ当てはめることができるとは限らん。

 しかも“武威の届く範囲、または触れ合うことで繋がる”という条件だって、絶対に必要な条件とは限らん。

 そういう特殊な能力は個人差もあるだろうし、例えば鳥さんやその他動物たちの鳴き声を耳に入れることで、カロン殿の特殊な武威能力が発動し、その空気の振動を人間の言語に変換する。みたいな仕組みになっておると考えることもできる。


 というか、おそらくそういう仕組みで働く能力じゃ。

 うーむ。わしの武威センサーもそうだけど、いまだ全容解明とはいかぬ武威の可能性……いと侮りがたし。


「なるほどぅ……そういうことか……」


 そこまで思考したところでわしはぼんやりと納得した気分になり、そう呟いた。


「まっ、たまたま俺だけ雪斎様のそういう能力に似たやつを会得できただけなんだろうけど」

「たまたまって……いや、それでも十分すごいよ、その能力……」

「ん? ということは説明はこれでオッケー?」

「うん。なんとなくわかった」

「ふっ、やっぱり光君は頭いいね」


 んで限られたキーワードからそこまでを理解したわしに対し、カロン殿からお褒めの頂いた。


「んじゃ、敵が迫ってるから話はここまで。光君? 戦いに集中しよッ!」


 そういってカロン殿は再度跳躍を開始する。

 わしの武威センサーによると、敵との距離はおよそ300メートル。確かに余計なことを考えておる暇はない。


 でもじゃ。ここまでの会話の流れで、わしはある1つの可能性を見出していた。

 あれ? この勢いでカロン殿の前世が誰なのか聞き出せそうじゃね? とな。

 なんかよく覚えておらんけど、徳川四天王の中にやたらと効率よく戦場を行き来して、信長様から「背に目を持つごとし」と褒められた輩がいたような……。

 でもこういう手法で索敵能力……というかあれじゃな。わしみたいに戦場全体の流れとかを把握する能力を持ったやつならば、そういう活躍の仕方もできるかもしれん。

 うーん。誰だったっけ? 本多忠勝たるクロノス殿以外の四天王……。

 よし、やっぱ聞いてみようぞ。


「ふーん。じゃあカロン君、前世では今川家の雪斎様に会ってるんだね?」


 なのでわしはカロン殿の背後をぴったりとマークしながら、ものすっごい自然なつぶやきっぽくカロン殿に問うてみた。


「うん。そうらしい。けどまぁ、俺の前世の記憶ではまだ前世の康君が生まれていないから、康君が人質として今川家に行った時の記憶も今の俺には、まだ……おっと、これ以上は秘密ね!」


 おしぃ! こんちくしょう!

 いや、絶対今のセリフにヒントが隠れているから、後でネットで調べようぞ!

 つーかわし、徳川四天王に関してはトラウマ的に怖……じゃなくて、めっちゃ嫌いだったからやつらのことあんまり調べてこなかったけど、この戦を無事乗り越えたら今一度ちゃんとやつらの歴史を調べておこうぞ。

 康高がおる以上、現世じゃこの4人との関わりも今後ずっと続くじゃろうし。

 うん、それがいい! 絶対そうしよう!


 などとわしはここで決意を新たにしつつ、いざ戦闘へ。

 視線を前に戻して次の枝に着地しようとしたら、わしの視界にわしめがけて高速で接近してくる小さなナイフのようなものが認識された。


「おわッ!」


 しかしナイフの速度は大したものではない。

 わしは空中で態勢を整えながら、手に持ったバットをナイフの予測軌道に合わせて鋭く振り抜くことにする。


「こなくそッ!」


 結果、そのナイフのようなものはわしのバットと高い金属音を発しながら明後日の方向に飛んで行った。

 つーか今のわし、カロン殿と語り合っていたせいで、他のメンバーより若干移動が遅れる感じになっておったのに、敵はあえて最後方におったわしに狙いを定めて攻撃してきおった。


 やっぱあれじゃな。わし……こういう風に考えるのはものすっごい嫌だけど、今のわしって敵にとって重要人物――それこそ“三成派”と呼ぶにふさわしい勢力の頭と認識されておるらしい。


 いや、待て。それよりさ、今のナイフ……ナイフというよりはむしろ“クナイ”っぽくね?


「みんなぁ! ストップ!」


 長年チームの4番を任されてきたわしの選球眼は誤魔化せん。

 いや、さっきのナイフはどちらかというと、空中でバッティングフォームを構えたわしにとってストライクゾーンから若干アウトローに外れ気味の軌道だったのだけれども、それを犠牲フライを打つかの如くごとくライト方向にすくい上げる感じで打ったわしはやはりチームの打点王にふさわし……じゃなくて!


 クナイ? この時代に? サバイバルナイフとかじゃなくて?


 ……


 ……



 くそっ! まさかまさかの対忍者戦じゃ!


「ん? どうしたの?」

「もう敵があそこにちらほら見えるよ?」

「強敵でもいるん?」


 わしの叫びにそれぞれが素早い反応を示し、一同は即座に移動を止める。

 でもこのタイミングで皆を止めたわしの意図には気づいておらんので、それぞれから疑問を投げかけられた。


 しかし、次の瞬間には敵のおる方角から十数振りにもなるであろうさらなるクナイ。それらがわしめがけて一斉に飛んできたので、わしは1つ1つ丁寧に金属バットで防御しつつ、皆に向かって叫びを続ける。


「敵は忍者だ! かすり傷でもやばいから武器持ってないメンバーは下がって! 僕と勇君とあかねっちで応戦するね!

 大丈夫! そんなに強い敵はいないから! でも勇君とあかねっち? 敵に囲まれないように気を付けて!」


 ちなみにわしは金属バットで、勇殿はプラスとマイナスのドライバー。

 あかねっちは幼少期から習っておる剣道の流れで、日本刀を手にしておる。

 あとはまぁ、こぶしを覆う総合格闘技用グローブを金属製のプレートで強化しつつ、脛(すね)や足の甲にも同様のプレートを仕込んでおるよみよみ殿も敵の攻撃を防御しきれる可能性があるけども、そこは万が一を考えての人選じゃ。


「お、おっけー!」

「わかったッ!」

「わ、私は……いや、ここは私も譲る……ね……」

「でも、後ろからサポートするから!」


 あと敵が忍びの類と伝えただけで、血気盛んな冥界四天王が文句も言わずに待機を受け入れたのは、もちろん彼らがこれといった武器や防具を持たず、四肢を駆使して戦っておるからじゃ。

 それとわしらの共通認識として、忍びは使用する武具に毒を塗ったりする。かつての時代は現代のように即死するような強力な毒は手に入りにくかったものの、この時代の毒となれば話は別じゃ。即死性の化学物質はコネと金があればいくらでも手に入る時代じゃ。


 だからこそ冥界四天王は反論もなくサポートに回った。もちろん前線で戦うわしらの背後から敵に向かって石など投げてくれるだけで、十分助かる。


「いや、毒を仕込んだ武器ごとき、大した問題じゃない」

「僕も行くよ」


 唯一、この戦場で圧倒的な強さを持つ三原と……あっ、あともう1人、戦場でかすり傷一つ負ったことがないという伝説をその身に宿すクロノス殿が前線への参加を申し出た。


「オッケーッ! じゃあ5人で行こう!」


 わしは打ち合わせの最後にそう叫び、いざ戦闘開始じゃ!


「ほいっ、ほいっ、ほいッ!」


 刃に毒を塗られたであろうクナイや手裏剣を送りバントの要領で丁寧に防御しつつ、わしは敵との距離をじわじわと詰める。

 ある程度の距離まで間合いを詰めたらスタッドレス武威を駆使した予測不可能な移動方法でさらに接近。最後のとどめは金属バットを一振りじゃ。

 そんな撲殺作業を1人、また1人と丁寧にこなしつつ、ふとわしは思う。


 毒って意外と厄介じゃな、と。

 でも使う側に回ってみたら、それはそれで意外と便利そうじゃな、と。


 いや、待て待て。考えを改めろ、わし。


 今の時点で軽く銃刀法に触れておるんじゃ。あかねっち殿もそうだけど……。

 でもそんな今のわしが薬事法を無視して毒を駆使しようものなら、マジで頼光殿に逮捕される。

 というかそんな評判が広まったら、現世のわしは卑怯者の烙印を押されてしまう。


 ここら辺は侍と忍びの違いなのじゃが、まぁ、そういうことじゃ。

 うむ。さすれば、やはりここは武将らしく正々堂々と敵を殺めていかねばなるまい。


「ふんッ!」


 そして次のターゲットの頭部めがけ、金属バットをフルスイング。

 でもなぁ。

 よく考えたら、敵は陰陽師という名を持ちながらも諜報員を多く抱える、いわばスパイ組織じゃ。

 ならば対忍者戦も考え、こちらも解毒剤の類を準備すべきだったのかもしれんな。


 つーか……うーん。でも、この程度の飛び道具の貫通力なら、今のわしらの武威でも十分しのげる。もちろんジャッカル殿たちの体から発する武威だけで十分防御可能じゃ。

 これは日々の訓練のおかげで現世のわしらが歳の割に強固な武威を持っておるという事情にも由来するんじゃが、これ、毒を危惧せずに全員で戦ってもよかったのかもしれんな。


「よし、最後は僕に任せて」


 そんなことを考えておる間にも敵の数はぽんぽん減っていき、今や残りは1人。

 その1人に聞きたいことがあったため、わしは周囲にそう叫んだ。


「ぐっ、おのれ……」


 生き残りの1人が悔しそうにそうつぶやき、しかしながらその周囲はわし以外の全員が囲んでおる。

 どこかに退路はないかときょろきょろしておったので、その油断をつくようにわしはスタッドレス武威を使って最高速で間合いを詰めた。


「どこを見ておる? ふんッ!」


 そしてわしは敵の胴体めがけて一撃。

 敵はこれで痛みに耐えられず崩れ落ちるが、多少の手加減をしたのでまだ絶命しておらん。


「最後に問おう。おぬしらはどこの忍びじゃ? 伊賀か、甲賀か?」


 忍びを尋問して敵方の情報を探るなど、並大抵のことではない。

 相応の時間と相応の拷問をしてもなお、口を割る可能性は低い。

 それが忍びという者たちじゃ。


 でも、やつらがどういう忍びだったのかぐらいは教えてくれてもいいじゃろう。

 そう思っての問いだったわけじゃが、あれじゃな。聞かない方がよかったわ。


「ぐふっ……そ、そんなに知りたければ教えてやる……」

「うんうん。どこの組織じゃ?」

「我々は『軒猿(のきざる)』……義に動く……誇り高……き……忍び……だ……」



 その忍びが……最後の1人が最期にそう吐き捨て、こと切れた。


 んでわしはとんでもないことをしてしまったという自責の念に襲われることとなる。

 うわぁ、わしの大好きな上杉家が抱えたという伝説の忍び集団やんけぇ……とな。


「マジか……」


 てゆーか、あわよくばわしがいつか部下にしてみたいと思っておった忍び集団じゃ。


「くそ……全部殺しちまった……」


 皆が勝利の喜びに酔いしれる中、わしは頭を抱えながらその場に崩れ落ちた。




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