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上洛の伍


「陰陽師勢力の内紛じゃ」


 頼光殿からの問いを受け、わしは短く答える。

 案の定、切れ者の頼光殿はわしの答えを即座に理解し、間髪入れずにさらなる言を返してきた。


「ほう、京都府警が騒がしいとの連絡がありましたが、まさかそんなことになっているとは……?」

「あぁ、お巡りさんのパトカーが街中を走り回っておる。そちらにも迷惑をかけるな」


 今宵はそこらじゅうで殺し合いが行われているはず。

 というかわしらが一番敵を殺しているような気がするから、なんだったらわしら殺人事件の重要参考人としてすでにめっちゃ捜索されておるのかもしれん。


 いや、頼光殿は何を隠そう警視庁と警察庁のトップに君臨する実力者じゃ。

 そう考えると、そこら辺は頼光殿がフォローしてくるだろうから、わしらはお巡りさんに対して余計な警戒など必要ないじゃろう。


 と考えるのが普通じゃ。“普通”ならばな。


 しかし今回は別じゃ。混乱が混乱を呼び、ここ京都は敵味方すら判別できない乱戦の場となっておる。

 それゆえの懸念。

 たった今頼光殿は言った。「何が起きているのか?」と。

 それはつまり頼光殿は今回の件を把握できておらず、言うなれば京都府警が頼光殿のコントロールから外れておるということじゃ。


 最悪の場合、ここ京都のお巡りさんは陰陽師勢力の息がかかっておる可能性だってありうる。

 それが明智方の息なのか、対抗勢力の息なのか。それすらわからん状況じゃ。


 ゆえに京都府警のお巡りさんという勢力に対しても油断はできん。

 ということを頼光殿に伝えると、あっちも悲しい顔をするだろうから、ここは別の切り口から会話を続けてみようぞ。


「じゃあ、私どもも早速そちらへ向かいます」


 なのでわしの言に意気揚々と参戦を表明した頼光殿を、わしは少し違った視点から止めることにした。


「いや、今回の件は陰陽師勢力内の内紛じゃ。出雲勢力の頼光殿は足を突っ込まん方がいい」


 しかし、わしの知っている頼光殿はあくまで好戦的な男じゃった。


「いえ、行きますよ。あなた方のお力にならないと……?」

「いや、やめとけ。おぬし出雲神道衆のトップじゃろ? 顔がバレたらマジでヤバい。今度は陰陽師勢力と出雲勢力の大戦争へとつながる。

 だから今回はわしらだけでこの件を片付ける。そうじゃな。おぬしたちには寺川殿の警護を頼みたい。そこに康高がおるんじゃ。

 東京にも陰陽師の敵対勢力諜報員がおるじゃろうし、そんな奴らから狙われないよう、一応康高たちを守ってやってくれ」


 んで、ここまで言ってもひかないのが頼光殿な。


「え? あ、いや……匿名で参戦するのはどうでしょう? こう、黒装束に身を包んで……そして目出し帽などで顔も隠しつつ……?

 それならば私たちがその戦に介入しても問題ないかと?」


 不審者か!? なんで警察組織のトップがそんな恰好する必要あるんじゃ!? おかしいじゃろ!

 つーかどんだけ戦いたいねん!


「あっ、そうだ。京都府警に敵の息がかかっている場合もありますね。大阪府警と周囲の県警に対京都府警戦の戦闘準備をさせておきます」


 おぉーい! お巡りさん同士で戦わせる気か? それもダメだって!


「い、いや、ちょっと待ってくれ、頼光殿……というか少し落ち着いてくれ。そしてわしの話を聞いてくれ」


 その後、およそ5分。戦いに参戦したいと陳情する頼光殿を説得し続け、わしは何とか頼光殿を諦めさせることに成功した。


「では……ご武運を……何かあったらすぐに連絡してくださいね? 絶対ですよ?」

「あぁ、ありがとう。恩に着る。では」


 最後にそんなやりとりを済ませ、わしは電話を切る。


 と思ったらすぐさま上杉景虎たる陰陽師の諜報員、虎之助殿から着信があった。


 あーぁ、めんどくせぇな。


 と思ったけど……


「おっつー……」


 なんか本当に面倒くさくなったので、だらけた挨拶で虎之助殿との会話を始めてみたら、予想外の答えが返ってきた。


「おっ? ご機嫌ですね。ところで私は今、中京区の御金(みかね)神社というところにいるのですが……」


 くっくっく。

 何を隠そう虎之助殿はわしの息のかかった陰陽師勢力の一員。その虎之助殿がすでに京都に来ておると。

 これ、確実に朗報の類をもたらしてくれるパターンじゃ。

 ふぇっへっへ。わしの人脈はこういうところでも活きていてくれておるのじゃよ。


「おぉ、そうか! それは助かる。信頼のおける陰陽師勢力の諜報員は今のわしらにとってとても重要じゃ」

「ん? その言い方ですとやはり義仲様はそちらに?」

「あぁ、わしらと一緒に行動してくれておるから、逆に敵の情報が得られにくい状況なんじゃ」

「ふっふっふ。そうでしょうそうでしょう」

「くっくっく。虎之助殿のその反応は……つまり……?」

「えぇ、私は今表向きは“反三成派”に属していることになっています」


 おい! ちょっと待て! “反三成派”ってなんやねん!

 あと三原がこちらにつくと踏んで、手早く敵側に潜入してくれておるのはさすが上杉景虎たる虎之助殿の頭の切れ具合だけど!

 いや、だから“反三成派”ってなんやねん! そういう言い方すんなや! わしがこの内紛の主導者みたいじゃろうがァ!?


「そ、そうか。それは助かる……」


 だけど強く言えないわし。

 上杉景虎たる虎之助殿はわしの大好きな上杉家の一員でもあるからな。


 それはそうと会話じゃ。虎之助殿の言に一瞬凹んだわしの心境に気付いたかは知らぬが、虎之助殿はいつものフランクな雰囲気で会話を続けてきた。


「ですからお互いが戦場で出会っても、表向きは敵対勢力同士。そのように演技をお願いしますね?」

「あぁ、わかっておる。そういう演技は得意じゃ。皆にも伝えておく……だから……」


 だから、やっぱり“反三成勢力”という言い方はやめてくれ。

 それじゃわしらVS陰陽師勢力の戦いをしておるように聞こえるじゃろ?


 と伝えようとしたら……やはり虎之助殿も切れ者じゃった。


「ところで本題です」

「むぅ、本題?」

「えぇ、先程華代さんを乗せた車がこちらに到着したとの情報が入りました」

「おぉ! 本当か! して場所は?」

「私が得た情報では“二条城”。そこでなにやら儀式を行うとのことです」


 ここでわしは頭を抱える。

 華殿が捕まっておる場所とはつまり、明らかに最終決戦となりうる場所。

 おそらくそこに宮本武蔵や塚原卜伝がおるじゃろうから、激しい戦いが予想される。


 それが二条城だと。


 うわぁ……世界遺産やんけ。と。


 いや、ちょっと待て。

 今の二条城は確か家康が立て直したといういわく付きの建物のはず。

 じゃあ豊臣派のわしにとってはなんのしがらみもなかろう。


 そこまでを理解し、わしは少しテンションを上げる。


「そうか、わかった!」

「はい。でも気を付けてください。相手は宮本武蔵と塚原卜伝。それだけでも手ごわいのに、明智光秀と松永久秀も敵側にいるのです。

 いったいどんな罠が仕掛けられているか……」

「うむ。そうじゃな。忠言ありがとう。して他には?」

「いえ、今のところ以上になります。まぁ、三成様の武威センサーがあれば、他の敵を避けて二条城に侵入できるでしょうからそこは心配ないかと。

 また何か情報が入ったらお伝えしますね?」

「あぁ。もろもろ頼む。それじゃあおやすみなさい」

「えぇ、ではでは」


 そしてわしは虎之助殿との通話を切る。

 わしとしてはもうちょっと敵の内情を事細かに聞いておきたい気もしたけど、虎之助殿は敵方に侵入しておる立場じゃから、長々と電話などしておれんのじゃ。

 虎之助殿もそれをわかっておるから重要な情報にのみ絞ってわしに伝えてくれた。


 でもその情報は決して軽くはない。


 それはそうと、今の会話の内容を皆に伝えないといけないな。


「みんなぁ、ちょっと聞いてー」


 虎之助殿が敵側に潜入してくれていること。そして華殿が捕まっている場所。

 わしはこれらを皆に伝え、もし戦場で虎之助殿に出会っても、虎之助殿を攻撃してはならないということを伝えておく。

 特に“戦場で我を失う”という超怖ぇ性質を持つことが判明したクロノス殿には念を押しておいた。


 んで休憩じゃ。


 華殿の“儀式”とやらが終了するまで3日の猶予がある。

 それならば、やはり今宵は体を休めて武威の回復をすべきだと思うんじゃ。


「みんなぁ、ここで野宿するよー!」


 運のいいことに季節は秋の始まり。

 少し肌寒い気もするけど、野宿できんほどではない。

 それに京都市内のホテルや旅館を借りようにも、どこに敵方の息のかかった人物が潜んでおるかもわからん。

 熟睡中に襲われないためには、やはりこういう何でもない雑居ビルの屋上などが野宿には最適なんじゃ。


「そうだね。ここで寝るしかないね」

「その前に腹ごしらえしないと」

「じゃああそこに見えるコンビニでも行ってくる? 光君? お金」

「あっ、うん。じゃあジャッカル君とカロン君に買い出しお願いするね。全員分のお弁当と飲み物買って来て。1万円で足りるかな?」

「ほいさ」


 ちなみに今出した1万円はわしら関ケ原勢力の資金から排出される必要経費な。どうでもいいか。

 まぁ、そんな感じでジャッカル殿たちが購入してきてくれた食料で各々腹を満たし、眠気が襲ってきたメンバーから次々と眠りについた。



 そして1時間後。



「三成よ。起きておるか?」


 よく知っている声に眠りを妨げられ、わしは目覚めた。

 つーか気持ちよく寝てたんじゃ。起こすなよ、吉継よ。


「ふぁーあ……寝てたわ。どうしたんじゃ?」


 しかしながら、寝ぼけ眼で顔を上げればそこには真剣な表情の吉継――じゃなかった。勇殿の顔があった。


「話がある」


 ほう、吉継にそんな真顔で言われては、断ることはできんな。


「わかった。だけど今しがた待て。まだ寝ぼけておるゆえ……うーん。1、2分ほど時間をくれ」

「あいわかった」


 そしてわしは軽く背伸びをする。

 背伸びをしながら周りを見渡せば、ジャッカル殿たちはぐーすかと寝息を立てて爆睡しておった。

 唯一、三原が屋上の手すりに背をかけて寝心地悪そうな眠りをしておるけど、あの態勢はおそらく警戒のためじゃな。

 深い眠りを避けているだけで、やっぱり三原も起きてはおらん。


 そこまでを確認し、わしは吉継に問うた。


「他のメンバーには言えないことか?」

「あぁ、もちろん」

「勇殿は?」

「すでにわしの脳内で眠りについておる」

「そうか……わかった。それにしても、相変わらず便利な脳じゃな」

「そう褒めるな」


 いや、別に褒めたわけじゃないけど……まぁいいか。


「じゃあ皆を起こさぬよう、場所を変えようぞ」

「うむ。三成? あっちの建物の屋上はどうじゃ?」

「そうじゃな。あそこへ移ろうぞ」


 そんな会話を済ませ、わしと吉継はほんのちょっとだけ武威を放出、2人同時に静かな跳躍をする。

 20メートルほど離れたマンションの屋上に着地し、お互い向かい合った。


「んで……なんじゃ?」

「この戦のことじゃ」


 ほうほう。

 吉継がわざわざわしを起こしてまで話したいことが、この戦いについてじゃと?

 そりゃまぁこの戦はいろいろと不明確な点が多いし、わしとしてもいろいろと不安なことがある。

 それを吉継が意見してくれるというのじゃろうか?


 それはわしとしても非常に助かる。

 今更ながら、この男は戦の天才。あの殿下に「百万の兵を預けて指揮させてみたい」とまで言わせた男じゃ。


 その天才的な感覚が何かを吉継自身に伝え、こうして2人だけの会談となった。

 そのアドバイスたるや、わしにとって必ずや有益なものとなろう。


「うむ。この戦、なかなかに混乱しておって、わしとしてもおぬしの助言が欲しいと思っておったところじゃ」


 だけど……


「華代というおなご、何者じゃ?」


 わしの予想とはかなりかけ離れた問いが襲い掛かり、わしは少しの間固まる。


「な、何者って言われても……」


 うーん。華殿は華殿じゃ。

 わしと勇殿の幼馴染で……あと“武威残し”というとてつもなく強力な戦力で……。


 吉継はおそらく華殿が“武威残し”として生まれた経緯についても勇殿から聞いておるはず。

 だから吉継はそういうことを問うてきたわけではないのじゃろう。


 かといって戦力としての華殿についてどうだと言われれば、先に述べた通りとてつもなく強い、としか言いようがない。


 しいて言うならその巨大な武威も、どちらかというと上半身より下半身の方により強力な放出の傾向があり、それもあってか華殿の蹴りは地を割り、空間を切る。

 もちろん足もめっちゃ速い。


 わしがあえて言えることはそれぐらいじゃ。

 だけど華殿の普段の訓練を見ておれば、この程度のことは吉継だって簡単に分析してしまうはず。

 じゃあ一体質問の意図はなんなんじゃろうな……?


「……華殿は……華殿じゃ……」


 しかしながら、わしが必死に考えて答えてみても、吉継は「ふーぅ」とため息をつきながら首を横に振る。


「そうではない。あのおなごが“おぬしにとって”何者か? という意味じゃ」


 まだわからん!

 吉継よ! いったい何の問答じゃ!?


「……」


 なのでわしは首を傾げつつ吉継の次の言を待つ。

 吉継に正面から見つめられること数秒、その口がゆっくりと開いた。


「華代が狙われる理由もわかる。あの武威は国を傾けるに十分な力を持っておる」


 うんうん。


「そしておぬしがその力をそばに置きたいと思うことも」

「それは違うぞ。もともと幼馴染から今日まで続く間柄じゃ」

「それにしても今回のおぬしはいささか冷静さに欠けておる。

 さっきも言ったじゃろう? 最悪この争いから引く手もあると。

 しかしおぬしは焦りながらも華代を救う手立てを必死に考え、急ぎながら行動しておる。わしの知っておる三成とは違うんじゃ。試しに先程その意を問うてみたら、やはりおぬしはかつてのおぬしではなかった。

 まぁ、ついでに頭を殴られてしもうたけど……」


 吉継を殴ったのはあかねっち殿とよみよみ殿だけど、なんかごめん。心の中で謝っておくわ。


「わしの懸念、理解できるか?」


 ……


 ここでわしは少しの間をおいて、答えることにした。


「このまま華殿を救いに行こうとしても、その企てが叶わぬ可能性もあると?」

「あぁ、そうじゃ。先も言うたように、おぬしは冷静さを欠けておる。そのような体たらくでは、あの強敵に立ち向かうことはできん。ここまではそれでも上手くいった。兼続や左近の転生者たちが奮闘したからな。しかし……」


 マジか……わしってばそんなにひどい状況じゃったのか?


「改めて問おう。華代はおぬしにとって何者じゃ?」


「……」


 もちろんわしは答えることができない。

 華殿……華ちゃん……宇多華代……


「ならばわしから言ってやろう。あの笑顔。普段の言動。成長期も終わりに差し掛かり、その面影もより一層強うなってきた。

 それに……わしら以外の転生者は記憶が時とともに徐々に蘇ると聞いておる。あのおなごにもそろそろおぬしとの記憶が……」


「やめよ! 華殿は華殿じゃ! それ以上でもそれ以下でもない」


 しかし……


「わしは華殿に前世の運命を背負わすつもりはない。吉継よ、頼むからそれ以上の詮索はせずにそっとしておいてくれ」

「いーや、そうはいかん。あのおなごはおぬしになついておる。なついておるというか、むしろ好いておる。当然、おぬしも……」

「は、は、恥ずかしいからそういうことを言うなァ!」

「何が“恥ずかしい”じゃ。いい歳こいたおっさんのくせに! おっさんというより、あの時代ならばもはやおぬしの精神はジジイの域ぞ!」


 ここでわしは両の手で顔を覆う。


「おぬしも気づいておるのじゃろう!? それゆえ焦っておるのじゃろう!? いーや、そうに決まっておる」

「だからやめろってば!」

「決まっておる。だから……」



「今回はわしも全力を尽くす。いざとなったらわしを切り捨ててでも華代を助けよ! これは勇多も同意したことじゃ。いいな!? わかったか!?」



 そして体をゆさゆさと揺さぶられるわし。

 もうどうしたらいいのかわからん状況じゃが、ここで救世主が現れた。


「うるさい。こんな真夜中に色恋沙汰で盛り上がるな。早く寝ろ」


 三原じゃ。三原が助けに来てくれたんじゃ。


「しかし、義仲殿! 今回の三成はいつもより冷静さに欠け……」

「それでいい。今回俺たちは勢いそのままにこの京都に乗り込んできた。時には冷静さを捨て、そういう勢いに身を任せるのも重要だ」


 お、おう。三原よ、ありがとう。


「むーぅ……そう言われれば、確かに……」


 これにて吉継は撃沈。わしらは三原の両脇に無理矢理抱えられ、元いたビルへと戻る。


「しっかり体を休めろよ。でないと……俺の言うことを聞かないとどうなるか、わかっているな?」

「はい!」

「はい!」


 三原のこの言でわしらは眠りにつくことを余儀なくされた。



 うーしっ! 最終決戦は二条城!

 世界遺産の城を舞台にして戦いまくってやろうぞ!



 ――なんてわけあるかァ!



「……」



「……」



 その日、わしは懐かしい顔を脳裏に浮かべながら、寝れぬ夜を過ごすこととなる。




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