目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
上洛の肆


 柳生一族から鴨川殿を救い出すや否や、わしらはすぐさま近くの雑居ビルの屋上に移動した。

 言わずもがな、これから集まってくるであろうお巡りさんに捕まるのを防ぐためじゃ。

 わしらが戦った後の鴨川公園、ある意味とんでもない殺人現場になっておるからな。

 1秒でも早くその場から退散する必要があるんじゃ。


 というわけでわしらは鴨川公園の近くに見えた雑居ビルの屋上に移動し、それぞれが武器の手入れや傷の治療を始める。

 といっても今回もやはり皆軽度な切り傷や打撲のみ。もちろんクロノス殿は無傷で先程の乱戦を生き残っており、そんなクロノス殿に助けられたわしもこれといった傷は負っていない。


 もうさ……わしらって日の本屈指の武力集団になっておるんじゃなかろうか、と錯覚してしまうのも無理はない。

 だってさ、あの新撰組と柳生一族に連戦連勝をこなしたんじゃぞ? これ、15歳程度のわっぱ集団としては出来過ぎじゃろ。


 あっ、いや……今回は一応三原も戦ってくれたな。

 そう考えると――宮本武蔵や塚原卜伝もおることじゃし、集団戦という条件に絞ってみればわしらは頼光殿たちにだってまだまだ遠く及ばんし。

 上には上がいるということを忘れてはいかんということじゃ。

 一応、今敵に捕まっておる華殿はもちろんのこと、クロノス殿だって単独でその高みに近づきつつあるっぽいけど……うむ。まだまだ油断はできん。


「……クロノス君……」

「ん? なに? どうしたの?」


 そんなことを考えながら恐怖の表情でクロノス殿を見つめておったわしは、ついついその名をつぶやいてしまった。

 その言にクロノス殿が反応したけど、わしの口からでたセリフはたった一言だけ。


「お見事……」

「おっ! ありがと! ふっふっふ! なんか俺、さっきまで凹んでたんだけど、暴れまわったらちょっとすっきりしたよ!」


 対柳生一族戦をただのストレス解消に利用するあたり、やはりクロノス殿は只者ではない。

 でもクロノス殿がそう言いながらわしに見せたのは無邪気な15歳の笑顔。

 こんな笑顔を見せられては、徳川四天王としてのクロノス殿を警戒する余地などない。

 だからまぁ、これは……今回の件は、そうじゃな。クロノス殿の件は嬉しい誤算としておこうぞ。


 それはそうと鴨川殿じゃな。いろいろと聞きたいことがあるんじゃ。

 なのでわしは忙しそうに動く皆を横目に、鴨川殿に近づいた。


「鴨川殿。改めて聞く。怪我はないか? 無事か?」

「はい、助けていただき、ありがとうございます」

「うむ。それはよかった」


 そしてわしは深く頷く。

 見た感じ鴨川殿は怪我の類を負っているようではなく、もちろん拷問の痕も見当たらない。

 さすれば気兼ねなく問いかけようぞ。


「じゃあすまんが……いろいろと聞きたいことがある」

「えぇ、私もお伝えしたいことが多々あります。捕まっていた時に、柳生の人たちがしゃべっていたのをいろいろと聞きましたので……」

「ほう。敵方の内情を? それは助かる」


 柳生もやはりただの“剣客集団”じゃな。

 人質の前でぺらぺらと余計なことをしゃべっておったようじゃ。

 武将や忍の類ならば万が一に備え、そういう会話は慎むべきと心得るところじゃが、そのような心得に欠けておったのじゃろう。


 まぁ、あちらにとっては敵であるわしらを葬り去るつもりだったんじゃろうから、鴨川殿の前でわざわざ情報を秘密にすることもないと踏んでおったとも考えられる。

 でも勝者はわしら。結果、鴨川殿を通してそれらの情報がわしらに渡ることとなる。

 ならば鴨川殿が耳にしたという情報を聞き出し、それを十分に活かさせてもらおうぞ。


「じゃあ、まず問いたい。京都陰陽師勢力の中で一体何が起きているのじゃ?」


 その頃には戦の後処理を終えた他のメンバーもわしらの周囲に集まり、皆真剣な顔で鴨川殿を見つめる。

 しかし大いなる期待を持って放ったわしの問いに対し、鴨川殿からは少し残念な答えが返ってきた。


「わかりません。諜報員が2つの勢力に割れ、激しい戦いに発展しているとしか……」

「むッ?」

「あっ、でもその片方のリーダーはわかっております。リーダーというか2人なんですけど……明智光秀の転生者と、松永久秀の転生者が手を組んでこの争いを引き起こしたと」

「その2人については新田殿から話を聞いておる」

「そうですか……。ちなみに柳生一族は明智・松永派についておりました」

「じゃろうな」


 ちょっと待て。その程度の情報じゃどうもこの戦の全体像が見えてこないぞ?

 もっとこう詳しい話は聞いておらんのじゃろうか?

 いや、鴨川殿はあくまで人質だったのじゃ。無理もなかろう。

 ここはわしがしっかりと落ち着いて、鴨川殿の言のかけらをヒントに戦の全体像を組み立てていかねばなるまい。


「そうなると、明智・松永コンビの対抗勢力についてはどうなんじゃ? ん? そもそもわしらもその2人の対抗勢力に名を連ねておる状況なのか?」

「えぇ、華代さんを攫ったのが明智光秀の策謀によるものですので……。他の対抗勢力といいますと……今現在異変を察した諜報員たちが日本全国からここ京都に集まっている段階ですので、誰が味方になるのか、または敵になるのかについては個人の判断にゆだねられている状況です。それが流動的過ぎてこれといった対抗勢力というと……むしろ義仲さんがいるこのチームが1番まとまった対抗勢力なんじゃないかと」


 うぉーい! わしらめっちゃ重要な勢力になっておるやんけ!

 いや、三原の味方をするというか、三原がわしらに味方してくれるというか……なんだったら長年の付き合いだし、もう三原とわしらは運命共同体みたいになっておるし、寺川殿のこともあるし!

 だけど知らんうちにこの戦の中心に飛び込んでしまっておったこの感じィ! なんでわしってばいつもこういうのに巻き込まれるんじゃ!?

 そんなトラブルメーカーみたいなキャラ設定、いらんのじゃ!


 いらんのだけれども……こんちっくしょう! 華殿が巻き込まれておるんじゃ! 仕方ないんじゃ!


 ……いや、ちょっと待て……?

 わしらは華殿がさらわれたゆえ、京都に乗り込んできた。んで知らない間に明智・松永派の対抗勢力の筆頭になっておる。

 でも逆に考えたら、それは全てが華殿誘拐事件の結果。


 ふむふむ。やはり今日のわしは冷静さが足りないようじゃ。

 まずすべきはこの問いだったのじゃ。


「のう、鴨川殿?」

「はい?」

「なぜ華殿はさらわれた?」


 華殿を攫った理由。そして新田殿と鴨川殿が狙われた理由。

 わしらをおびき出すためと考えるのが妥当じゃが、それならば華殿本人を“エサ”にするのが手っ取り早い。

 ゆえに華殿の生みの親となる新田殿まで狙うあたりも含め、今回の肝となりうる理由がそこに隠されておるように思えるのじゃが。


「はい……」


 わしの言に、鴨川殿もより一層険しい表情を浮かべる。

 そうじゃ。やはり今回の件の鍵はそこにあるのじゃろう。


「敵は華代さんの底知れぬ武威を狙っております」


 どういうことじゃ?

 いや、聞いてみようぞ。


「どういうことじゃ? 武威を狙うといっても、華殿の武威は華殿のものぞ?」

「いえ、そうではないのです。華代さんの体から武威を取り出し、それを他者に移す。そんなウソのような禁術を華代さんに施すと」

「え? え? ちょっと待て。その話ぜんっぜんわからん! 詳しく教えてくれ!」

「そのままの意味です。華代さんの武威を他の人物に移す儀式を行うと。柳生の人々も疑心暗鬼な様子でその話をしておりました。しかし、そのために実際華代さんがさらわれた。あの宮本武蔵や塚原卜伝ですら動き出して……。それだけでこの話が嘘や過ちの類ではないとわかります。明智光秀は間違いなく本気です」

「いや、待て。そもそもそんなことが可能なのか?」

「えぇ、可能です。いえ、私も詳しくは知らないのですが……そのような儀式の詳細も陰陽師拠点の地下倉庫に書物として残っていたとか……」


 ……


 ……


 うーむ。これだけははっきり言える。

 ぶぁっはっはっは! そんな話、信じられるか! ……とな。


 でも鴨川殿の表情は真剣。そしてなによりその“儀式”とやらの関係で陰陽術に詳しい新田殿まで目をつけられたという事情にもうっすらたどり着く。

 うーん。胡散臭い話なんだけど、そこらへんを加味するとマジな話のように聞こえてきた。


 じゃあどうするか?


 華殿の命が無事なら問題ないような気もする。でも……華殿が武威を失うということ。それはわしらとの繋がりが途絶えてしまうということにもなる。

 いや、こんな転生者社会から足を洗えるともなれば、それはそれでいいことなのかもしれん。華殿は普通のおなごとしての人生を歩むことができるんじゃ。


 唯一の問題。

 その儀式とやらが施されるとして、その結果“華殿が無事”ならばな。


「それ、華殿の命に係わるなんてことは?」

「もちろん華代さんは死にます。武威は生命の源。それを身体から吸い出されるのですから……」


 おいぃぃぃいいぃいぃッ! そんなこと許せるかぁ!


「今すぐ乗り込むぞ! どこじゃ!? どこへ行けばいい?」

「落ち着いてください。その儀式はなんでも三日三晩の祈祷が必要だとか。それはつまり、少なくとも華代さんの命に3日間の猶予があるということ」

「そんなもん知るかァ!」


 こんな感じで我を失ったわしに対し、ここで三原が慌てて会話に割って入ってきた。


「落ち着け光成……! 新撰組と柳生……2戦をこなしてこちらの戦力もかなり落ちている。ここは1度休息をとるべきだ」

「大丈夫じゃ! わしだけでもそこに乗り込んでやるわァ!」


 そしてわしの頭に突如襲い来る激痛。


 ごん!


 吉継がわしの背後に回り、いたーいげんこつをくらわせおったのじゃ。


「ここは義仲殿の言う通りじゃ。三成よ、少し落ち着くのじゃ」


 くそッ! 吉継にそう言われてはかなわん!


 ふーう。ふーう。


「華代というガキ、確かにおぬしにとって大切なおなごかもしれん。しかし、ここにいる皆を危険にさらしてまで助けるべきなのか?

 最悪ここは手を引くという選択肢も……?」


 当たり前じゃ。皆大切な仲間じゃからな。

 でもな吉継よ。その発言は失言じゃ。

 華殿を見捨てるなんてこと、ここにおるメンバーが許すわけがないんじゃ。


 ごん!

 ごん!


「うごぉッ! ぐぉッ! ……な、なにを!?」


 今度はそんなことを口にした吉継が、あかねっち殿とよみよみ殿からげんこつをくろうた。

 それと脳内におる勇殿からも反感を買ったらしく、吉継は頭をおさえてもがき苦しみ始める。


「ぐわぁぁあぁぁ……頭が……割れる……!」


「華ちゃんを見捨てることなんてできるわけないでしょ!」

「そ、そう……だ!」


 ざまぁみろ、吉継よ!


 ――じゃなくて。そんな仲間割れをしておる場合じゃないんじゃ。

 もうさ、わしもだいぶ混乱しておるけど、ここは吉継をかばっておいてやろうぞ。


「あかねっちとよみよみ! ちょっと待って! 吉継は一般論を言ってみただけだから! 本気でそう思ってないから!

 なぁ? 吉継? そうじゃろ?」

「え? あっ……! うん。も、もちろんじゃ……!」

「ほら、ね? だから、あと勇君もやめてあげて! 聞こえてるんでしょ?」


 こんな感じで吉継をかばうわしの言にあかねっち殿とよみよみ殿、そして勇殿の意識が吉継への追撃を諦める。

 いや、あかねっち殿はまだ納得しない様子で両の腕を組みながら怒っておった。

 これヤバいな。


「よ、吉継? ちょ、ちょっとこっちへ。みんな? ちょっと待ってて!」


 なのでわしは無理矢理吉継の腕を引っ張り、隣の建物の屋上へと移る。説教タイムじゃ。


「吉継よ。発言に気をつけよ」

「わ、わかっておる。わかっておるけど……さっきは一般論を言ったまでじゃ」

「わしらの生きておった時代の戦略的な一般論はまずいと言っておるんじゃ! おぬし、気を付けないとあの2人に殺されるぞ?」

「う、うむ」

「おぬしは一般論や正論など言わんでよい。常に直感に従った発言をするんじゃ。それがおぬしと勇殿に天から与えられた役目じゃ! キャラ設定というやつじゃ!」

「キャ、キャラ設定……?」


 おっと。吉継には難しすぎる話じゃったな。


「あ、いや……キャラ設定の件は忘れてもらって構わん。それより、直感じゃ、直感。それがおぬしの長所じゃ! わかったな?」

「うむ。わかった。おぬしにそこまで褒められたら断れん。わしはおぬしの言うべき存在としてあるべきじゃな」

「そうじゃ」


 なんかもうよくわからん会話だけど、まぁ吉継もわしの想いを理解してくれておるようなので、これにて一安心。


 と思ったけど……


「じゃあ逆に……三成よ? 正論と一般論を言うことこそ、おぬしの役割ではないのか?」


 吉継から突如として鋭い切り返しを受け、わしはたじろぐ。

 一瞬たじろいだけど……。


「華殿はわしの大切な仲間じゃ。絶対に助ける! たとえそれがさらなる被害を生もうとも。それがこの時代におけるわしの生き方じゃ!」

「ほう。そうきたか」


 わしが声を震わせながらそう答え、今度は吉継がかすかな笑みを浮かべた。


「変わったな、三成よ」

「あた、当たり前じゃ! 2度目のこの人生、このように生きてきてめっちゃ楽しいわ!」


 そして吉継が右の手を差し出し、わしもそれをがっちりと掴む。

 というわけのわからん友情ごっこをしておったら、あかねっち殿が隣のビルから叫んできた。


「いつまでやってるのー!」

「ご、ごめん。吉継に説教してた。でももう終わったからそっちに戻るね!」


 わしは最後に吉継と頷き合い、そして元いた雑居ビルの屋上に跳び戻る。


「吉継にはきつく言っておいたからもう大丈夫!」


 と言い訳がましくあかねっち殿とよみよみ殿に話しかけておったら、ここでわしの携帯電話が静かにバイブ音を奏でた。


「あっ、電話だ」


 着信の相手は頼光殿。

 そろそろ連絡が来る頃だと思っておったけど、まさにその通りじゃったな。


「もしもし?」


 なので、わしはすぐさま通話ボタンを押打し、携帯電話を耳に近づける。


「何が起きてます?」


 なんかその出だし、デジャブ感が否めないな。

 だれだっけ? 三原だったっけ?




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?