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上洛の参


 日の本全土を見渡しても、これほどに古風豊かな街はない。

 寺社が多く集まり、それぞれが重厚なる時の流れを匂わせておる。


 そんなかつての日の本の首都、京都。

 今更ながらにいい街じゃ。特に我々のような時代を超えた転生者にとっては、心に来るものがある。


 しかしそれは表向きの姿。

 今この街は戦いの風が吹き荒れておる。

 新田殿が言っておった。「京都陰陽師勢力が真っ二つに割れている」と。


 それはつまり武威や法威を操る陰陽師の諜報員たちが敵味方に分かれて、すでに激しい争いを始めておるということ。

 その争いは夜の闇に紛れながらも、わしの嗅覚に血の匂いを届かせる。


 まぁ、わしらの立場からすれば、誰が味方で誰が敵なのかはっきりわからんという問題もある。

 わしら新幹線を利用することでめっちゃ早く、そして無理矢理この戦場に乗り込んできた感じだからな。

 部外者感が否めないのじゃ。


 でも誰が味方で誰が敵でも関係ない。

 わしらの目的は“華殿の奪還”のみ。

 それさえ無事に達成できれば、あとは陰陽師勢力同士の戦いを見守るもよし。またの場合、三原がどちらかの勢力に加担したいと言い出したならそれを手伝うもよし。

 いかんせん、やはり情報が不足しておる状況なので、今後は柔軟に対応していくつもりじゃ。


「……ほッ! ほッ! ほッ! ほッ!」


 新田殿と別れ、わしらは京都市内の小道を駆け足で移動していた。

 京都駅での対新撰組戦。それから半刻とたたずに今度は対柳生一族戦。

 さすがにわしらも武威を温存しておかなくてはならないから、武威による跳躍移動を控えなくてはならないのじゃ。


 なので普通に京都市街を駆け足で走っておると、ほどなくして京都市内にある下鴨神社の入り口が見えてきた。


「光成? もうすぐ鴨川に着く。敵はどの辺にいる?」


 わしの斜め後ろを走っておった三原がそう問うてきたので、わしは武威センサーに意識を向けながら答える。


「こっちじゃ。こっちの方向に1キロほど離れたところじゃな」

「そうか……そっちの方向というと……鴨川公園のあたりか……?」

「ほうほう、なるほどな」


 そしてわしらは目の前の十字路を右へ。

 小道をくねくねと曲がりながら目的の場所に接近し、鴨川を挟んだ対岸に移動する。

 んで、ここでわしらは川辺の物陰に一度身をひそめた。


「あそこじゃな。三成よ? どう攻める? さっさと突撃するか?」


 わしの隣でまたまたいつの間にか勇殿と入れ替わっておった吉継が、もう待てないといった感じで話しかけてきた。

 しかし人質奪還作戦というのは人質の身の安全を確保するため、いろいろと事前調査をしておくべきじゃ。


「まぁ、待て。吉継よ。慌てるでない」

「しかし敵はあんな風に広場のど真ん中で陣取っておるだけじゃ。罠らしい罠も見当たらんし、敵はただわしらをおびき出したかっただけのようじゃぞ?

 さすればこのまま敵陣に乗り込んで力でやつらをねじ伏せるべきじゃ」


 相変わらず鋭いな、吉継は。

 でも突撃前に鴨川殿の居場所ぐらい確認しておいてもよかろうぞ。


 そう思ったわしはここで視線をジャッカル殿に移し、話しかける。


「ジャッカル君? 双眼鏡ない?」

「うん、あるよ」


 ちなみにジャッカル殿は齢15を過ぎた今も、時間を見つけては例のショッピングモールにて客足調査を行っておるらしい。

 その時に客の人数を数えるため、日本野鳥の会の会員さんのごとく双眼鏡を使うことがあるとかないとか……。


「はい、これ」

「うん、ありがとう」


 わしはジャッカル殿から双眼鏡を譲り受け、それをのぞき込む。

 時間的に周囲が暗いため、双眼鏡の向こう側はあまりはっきりと見えん。

 しかしながら運のいいことに敵はいくつかのたいまつを煌々と照らしておったので、縄に縛られたまま集団の中心付近に座っておる鴨川殿を確認することができた。


「左から3つ目のたいまつの下……あそこに鴨川さんがいるね。無事みたいだ」


 んで、こういう時にリーダーシップを奪い取るのがあかねっち殿な。


「よし、じゃあ行きましょう。みんな、準備して?」

「おっけー!」

「うぇーい!」

「わ、わか……った……」


 あかねっち殿の言にそれぞれが答え、各々武器の確認や準備運動を始める。

 1分ほどの時間をそれらに費やし、あかねっち殿が小さな声で短く言った。


「戦闘開始!」


 あのさ。まぁ、その……別にいいんだけどさ。

 今回はここまでわしが結構リーダーシップを取って来たし……わしら別に明確な上下関係があるわけじゃないから本当に構わないんだけどさ。

 でもやっぱりそういう大事なセリフはわしが言いたかったんじゃよなぁ。

 まぁ、別にいいんだけど……。


 何はともあれ戦じゃ。気を取り直していこうぞ。


 どん!


 あかねっち殿の掛け声に合わせ、全員が武威を用いた跳躍移動を開始する。

 最初の跳躍が全員ほぼ同時だったため、周囲にちょっとした衝撃波が生じた。


 そして我々は空中へ。

 鴨川を眼下に望みながらの跳躍の最中、ふと三原が話しかけてきた。


「よし。今度は俺も手伝うか……」

「そうしてくれ!」


 マジで! いや、割とマジでじゃ!

 勝手に戦場から離脱するような真似、本当にやめてくれ。


 と心の底から願ったけど、わしの思いは少しずれた感じで叶うこととなる。


「じゃあ、誰を相手してくれるんじゃ?」


「……じゃあ、そうだな……俺が十兵衛を引き受ける」


 もっと強いやつを受け持てよ! 宗矩とか宗矩とか宗矩とかぁ!

 また教育かッ!? いい加減にしろよ! 華殿の命がかかっておるんじゃ!


 くっそぅ。あったまきた。

 今回はわし、絶対に弱い敵ばかりを狙ってやる。もう決めたわ。

 土方とサシの勝負を強いられるようなあんな状況はもう御免じゃ。

 だから絶対に楽な相手を選んで戦ってやる。

 ふっふっふ。わしの武威センサーにはこういう使い方もあるのじゃ。


「そ、そうか……」


 まぁ、いざとなったら三原がわしらのピンチを救ってくれるはず。

 そう願いながらも、わしは諦めと悪だくみの混ざったおかしな心境で鴨川の対岸に着地する。

 敵との距離はおよそ30メートル。わしの他にも次々と着地を決めたので、大きな着地音が周囲に連続して響き渡る。

 もちろん敵はその音に気付き、臨戦態勢に入った。


「敵襲! 敵襲!」

「よくも来たな! 石田三成の一味よッ!」

「ガキが調子に乗りやがって! 返り討ちにしてくれるわ!」


 こんな感じの叫び声が敵側から聞こえ……しかしながらわしらは一気に敵陣へとなだれ込んだ。


 んでじゃ。みんなは敵陣の中心部――つまりは鴨川殿のいる場所に向けて攻め始めておるけど、わしはここでその塊から離れた。

 乱戦が始まる中、わしはスタッドレス武威を用いてその破壊空間の端っこに移動する。

 案の定、そこには武威が弱めの敵が集まっておった。


「三成無双じゃ!」


 自分でもよくわからん掛け声を発しながら、まだ幼さの残る柳生の使い手たち、または年老いた者に狙いを定め、それらの敵を順調に討ち果たしていく。

 しかし、みんなから離れたことが大きな過ちじゃった。


 まずは突如としてわしの耳に入ってきた驚きの言葉……。


「貴殿が石田三成殿かぁ!? 法威の操作技術においてはこの国屈指の実力者として名高い、あの三成殿なのかァ!?」


 え? マジで?

 何その誉め言葉……わしってマジでそんなにすごいの? 有名なの?

 おいおい、どうするよ……? そんな風に褒められるとこっちとしても嬉しいかぎりじゃ。

 さすればこちらとしてもその問いに答えてくれようぞ!


「いかにも! 我こそ石田三成じゃ! かくゆう其方は何者じゃ?」


 だけどさ……。


「我が名は柳生宗矩! いざ尋常に勝ー負ーッ!!」


 ぎゃーっ!

 宗矩じゃ! よりにもよって柳生宗矩に目をつけられてしもうたぁ!


 おい! 三原よ!? どこじゃ? どこにおる?

 ここに柳生最強とうたわれる宗矩がおるんじゃ! 三原にはぜひともこやつの相手をしてもらわねば!


 と思ったけどさ。視界の隅で乱戦のはるか彼方におる三原を見つけてみれば、あやつはあやつで隻眼の武者と戦っておる。

 あれ、たぶん十兵衛じゃな……。

 むこうはむこうで手一杯っぽいから……うーん……マジでわしがこやつの相手をするの?


 しかもじゃ。お互い名乗りを上げたせいで、なんか周囲の敵がわしら専用の一対一っぽいスペースを作りやがったんじゃ。

 そういう配慮はいらんのじゃ! ……いらんのだけど……これ、もう逃げられなくねェ?


「ぐぬぬ……」


 時すでに遅し。

 柳生宗矩がものすごい武威を発しながらわしに襲い掛かってきた。

 もちろんわしも手加減などしておる余裕などない。後悔しておる余裕もない。


「がっ! はッ! ぐおッ! やッ! とうッ! ごえッ!」


 わしはスタッドレス武威を駆使してなお防戦一方。

 もちろん先程の対土方戦のように拳銃を使うという手もある。

 しかしじゃ。距離を取って拳銃を使用しようにも、宗矩がそれを許してくれないのじゃ。


 剣客特有の間合いとでもいうのかな? 普通相手が距離を取ったらお互い一呼吸入れるものじゃが、この男、わしが引くとここぞとばかりに追撃をしてくるんじゃ。

 よぼよぼのおじいちゃんのくせに距離を詰めるその速度もめっちゃ速いし。


 くそっ、どうするか。


 と思ったら。


「殺す、殺す、殺す、殺す……」


 めっちゃ怖い表情のクロノス殿が割って入ってきた。

 どうやら対新撰組戦で新幹線が破壊された心の傷から立ち直ったらしい。

 立ち直ったというか……立ち直るのを通り越してめっちゃ怒っておる。


 敵討ちを取ろうとしておるのかな?

 おぬし、そもそも電車のダイヤマニアであって、電車マニアではなかろう? そこらへんのルールはしっかりしておこうぞ。

 それにその怒りははっきり言ってただの八つ当たりじゃ。


 でもこの状況で味方の助力があれば、わしとしては非常に助かる。


 だけどさ……


「よくも俺のこだまN700系をォ!! 同胞のかたきィ! うらァ!」


 え?! こだまえぬ……え? 今なんて言った?

 もしかして、それ新幹線の車両の名前か何かか?


 それとじゃ! “同胞”って誰やねん!

 おぬしの同胞はわしらじゃ! なんで新幹線の車両ごときに仲間意識を持っておるんじゃ!?


 おいおいおいおい! 本当にしっかりしろよ、クロノス殿!


「待って、クロノス君! ここは2人で戦おう!」


 もちろんクロノス殿に聞きたいことは山ほどある。だけど今は戦闘中じゃ。

 そしてこの戦況においてクロノス殿と手を組んで戦おうというわしの提案も至極当然の案じゃ。


 でもクロノス殿はそんなわしの声を無視して攻めるのみ。


 ところがここでクロノス殿の戦いっぷりがわしを驚嘆させる。

 クロノス殿、武器を持たずに四肢のみで戦っておるのに、勢いそのままに宗矩を押し始めておるんじゃ。


「くッ! なんだこのガキは……? ぬォ!」


 あっ……宗矩の持っていた日本刀が折れた……。

 つーかクロノス殿が真剣白刃どりをしやがって、そのまま左右の手を横へねじり「ぱきんっ!」ってものの見事に刀をおりやがった。


 そしてさらに続くクロノス殿の猛攻。殴り蹴り……そしてまた殴る殴るの打撃……。

 もちろん宗矩はその多くを身体に受け、途中から意識を失っておる。


 でもクロノス殿は止まらない。


 およそ20秒の攻撃――そのわずかな間に数百の重い打撃を放ったクロノス殿。そしてそれを受けて体中がばらばらになりながら絶命した宗矩。


 い、今分かった……クロノス殿、あやつこそが本多忠勝じゃ。間違いない。

 ならばクロノス殿は今後“そういう戦力”として認識しておこう。


 だけどさ……。やっぱこういう時に一癖あるのが冥界四天王な。


「……あれ? 俺は……今、何を……?」


 肉塊となった宗矩をなおも殴り続け……そしてふとした瞬間にその攻撃をやめたクロノス殿が独り言のようにつぶやいた。


 ――って、自覚なかったんかい!

 え? マジで!? マジで無意識にあんな猛攻してたの?

 怖い! 怖すぎる! クロノスどのォ!


「おっ、収まったかな? 光君? 怪我はない?」


 その時、いつの間にか隣に来ていたミノス殿が呆然としていたわしに話しかけてきた。

 でもわしは何も答えない。周囲に散らばっていた柳生の雑魚兵が宗矩の仇を討たんがため、ここぞとばかりにわしらに襲い掛かってきたけど、ミノス殿はそれらの攻撃を綺麗にいなしながらわしを守ってくれた。


「クロノス君が……本多忠勝……?」


 数秒後、やっとの思いで口から出た言葉がこれじゃ。

 んでそんなわしのつぶやきに対し、ミノス殿は笑いながら――そして敵との戦闘を繰り広げながら言を返してきた。


「あははッ! バレちゃったね! そうだよ。でも他の3人についてはまだ秘密ね!」


 そうか。それならあの強さも納得じゃ。

 あと敵の返り血を浴びまくって、全身真っ赤になったミノス殿が“井伊の赤備え”を彷彿とさせるけど……今は詮索を諦めよう。


「あっ、向こうも片付いたみたい。戦闘終了ッ!」


 およそ5分。呆然とするわしをミノス殿が守り続け……と見せかけてミノス殿は順調に敵の数を減らしていった。

 周囲に敵がいなくなり、ミノス殿がそんな言を発する。

 その言に気付きふと視線を移せば、敵を無事に打ち倒しご機嫌な様子でハイタッチなどをしておるあかねっち殿たちが目に入ってきた。


 あっ、今更だけど鴨川殿も無事っぽい。


「そうだね……じゃあ、今度は鴨川さんからいろいろ聞かないと……」


 わしは必死に冷静さを取り戻しながらそう言を返す。


 何はともあれ、こうしてわしらは無事に柳生一族をせん滅することができた。

 あとクロノス殿のことがちょっと怖くなった。





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