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上洛の壱


 夜も深々と更け、わしらは京に向かう東海道新幹線の指定席に座っていた。

 窓の外はるか遠くには富士の山。黒々とした空にかすかなシルエットを確認できる。


 などと小旅行気分を味わってみたいものの、もちろんそんな状況ではない。


 わしと三原以外の全員が15歳程度の精神年齢しか持っておらんため、各々冷静に新幹線の到着を待つなど不可能じゃ。

 いらだちをあらわにする者、焦りを隠せない者。

 それぞれが華殿をさらわれたという現実に、負の感情を帯びながら耐えておる。


 そしてそれは、大人の精神年齢を持ち合わせたわしも同じじゃ。

 いや、わしの場合は少し勝手が違うかもしれんな。

 これからわしらがすべきこと。華殿を救うにあたり、手に入れるべき情報や戦うべき相手は決して少なくはない。

 大いなる焦りを必死に収め、わしは脳の底深くで思考を続ける。

 しかしながらそんなおかしな心理状態が影響してか、京都駅に近づくにつれてわしの武威センサーがざわめき始めていた。


 そしてそんな心境はわしの警戒心をも最高潮に高ぶらせる。

 そもそも怪しい。この車両、わしらは指定席をとったんじゃが他に客がおらんのじゃ。


 最終便ゆえ? いや、東海道新幹線ともなれば、たとえそれが今日の最終便だとしても数人の客ぐらいおるじゃろう。

 じゃあ何故じゃ?


「うーむ……」


 わしが腕を組んで不審がっていると、吉継が話しかけてきた。


「のう、三成?」

「なんじゃ?」

「人気(ひとけ)が無い」

「あぁ、そうじゃな。この時間じゃ。たとえ東海道新幹線といえども、こういうふうに空いている時もあろうぞ。多分……」

「いや、そうじゃない」

「なにがじゃ?」

「勇多がな……その……ちょっと気になっておると言うておるんじゃが?」



 おう? 勇殿が提案じゃと?

 それは助かる。こういう時の勇殿の直感は頼りになるからな。


「ふむ。どうしたのじゃ?」


「これ……敵の罠って可能性はないか? 京都駅に着いた途端、いきなりこの車両ごと襲われるとか……?」


 !!!!!!!!


 それ正解じゃ! いや、今名古屋駅を過ぎたばかりだから京都駅はわしの武威センサーに収まっておらん。

 ゆえに正解はどうかは今の時点で断定できんけど……勇殿の直感! あと、わしの脳裏に付きまとっておる違和感!

 これ、ほぼ間違いなく敵襲の予兆じゃあッ!!


「皆っ! そろそろ武器を用意してっ! 京都駅での敵襲に備えないと!」

「え?」

「ん?」

「マジ?」

「わ、わかった!」


 わしの言に冥界四天王が素早く反応する。といっても冥界四天王は主に四肢を使って戦うので、それぞれがストレッチを始めるだけ。

 一方であかねっち殿とよみよみ殿は武器を使って戦うタイプなので、無言で各々の武具を取り出した。

 もちろんわしもバットケースから金属バットを取り出し、その輝きを確認する。

 バットにへこみがないのを確認しながら、わしは小さく舌打ちした。


「ちっ……」


 くそっ、おそらく宮本武蔵たちはまだ車で東名高速を移動中。ゆえに新幹線で移動しておるわしらの方が京都へ先回りできるかと思ったけど、それは甘い算段じゃったわ。

 まさかすでに新幹線の一車両を乗っ取っておるなんて。

 どこから情報が漏れたのじゃろう……?


 いや、敵はこの国の隅々まで諜報員を巡らせておる。

 そんな諜報組織としての一面もあることだし、わしらが堂々と新幹線の切符を買っておったのを敵に見られたのじゃろう。

 それゆえの罠じゃ。


 まぁよい。わしには武威センサーがある。

 京の都に乗り込むことさえ達成すれば、そこから先はこちらに有利な市街戦となろうぞ。


「そろそろかな……」


 座席の上で金属バットをぶんぶんと振り回しながらわしはそうつぶやく。

 超高速で移動するこの新幹線という乗り物。それはつまり十数キロに及ぶわしの武威センサーをも高速で移動させ、京都駅及び京の都全体をとんでもないスピードでわしらに接近させるのじゃ。


 なので京都駅に敵が待ち受けておるとしても、その把握はホーム到着の数十秒前になる。

 もちろん京都駅に待機しているであろう敵戦力がどれぐらいなのかを認識できるのもそれと同時になるため、ここは満を持して準備をしておかねばならんのじゃ。


 と思ってわしもストレッチなど始めようとしたら……


 わしの予想以上に新幹線は速かった。


「おい! 敵が……敵がやはり京都駅で待っておる!」


 わしの武威センサーに高速で侵入してきた敵の反応。それは京都駅のホームにたむろする臨戦態勢の武威反応を持った総勢25の敵兵であった。


「やはりな……数は?」


 若干慌てるわしに三原がそう問うてきたので、わしはバットを握る手に力を込めながら答えた。


「25じゃ!」


 いや、26かな? うーん、そこらへんの小さな誤差はどうでもいいか。


「この静かな武威! 敵は明らかに法威も操っておるぞ!」

「当たり前だ。京都陰陽師の諜報員だからな」

「そ、そりゃそうだけど!」


 三原とそんな会話をしている間にも京都駅がすぐそこまで接近し、そしてわしは皆に下知を出す。


「みんなァ! 敵は窓を割って侵入してくる可能性もあるから両サイドの窓にも警戒して!

 前の入り口は僕と勇君が守る。あかねっちとよみよみは後ろの出入り口から入ってくる侵入者を相手して!」

「オッケー!」

「う、うん……わか、わかった」

「うぇーい!」

「よっしゃー! みんなぁ、気合入れてくよー!」

「しゃー!」

「へいへい、かもーん!」


 わしの下知にそれぞれが答え、新幹線も速度を落とし始める。

 京都駅のホームの端が窓の外に見えてきたあたりで……しかしながらここで三原が余計なつぶやきを放ちやがった。


「25……となると、相手は……“新撰組”のやつらか……?」


 おいぃぃぃいぃ! マジか!? マジでこの敵は新撰組なのか!?


 新撰組……幕末の京都にて暗躍したかの組織。

 あのにっくき徳川幕府の配下の者どもとあって、表向きはわしの嫌いな輩どもだけど……実はわし、新撰組の大の隠れファンで……そんでもってなんだったらこれを機会にサインなどをもらっておきた……


「……歴史の波に飲み込まれた、かわいそうなやつらだ……」


 三原ァ! ここでそんなかっこいいセリフはいらんのじゃあ!

 そうじゃなくて! そうじゃなくて、敵が本当に新撰組だとしたら是非とも交戦を避け、あわよくば共存の道を目指せな……



 がっしゃーん。



 もちろんこういう時に想いを踏みにじられるのがわしの運命(さだめ)じゃ。

 敵との停戦交渉とサインを貰う交渉をしようとしたわしが慌てて「待ったぁ!」と叫んだものの、それとほぼ同時に車両の窓が割られ、敵が車内に攻め込んできた。

 そしてすぐさま始まる乱戦。

 それぞれの打撃、斬撃その他もろもろの攻撃が車内を埋め尽くし、新幹線の座席が豆腐のように破壊されていく。


 しかしそんな乱戦が始まって数秒、わしの耳に衝撃が走った。


「お前たちだけで片付けろ。いい修行になるからな」


 そう言い残し、三原が乱戦から逃げやがったんじゃ。


 おいいぃぃいいぃ!

 こんな時に教育かッ!?

 時と場所を考えろよ!


「うらぁ!」

「ふっ! くっ! えい!」

「とう! せい! やッ!」

「死ねーッ!」


 しかしながら三原を再度乱戦に引き込もうとも、それは新撰組のやつらにはばかれる。幾重にも重なる攻撃がわしに襲い掛かり、わしはそれらをスタッドレス武威にて必死に回避し続けた。


 そんなピンチにも陥りながら、わしは忘れない。視界の隅、三原のやつがわしに衝撃の一言を残した後、敵の攻撃をひらりひらりとかわしながら割れた窓ガラスの向こう側に消えていきやがった。

 その背中、マジで忘れねェからな……


 などと三原に対する愚痴を言っておる場合じゃない!

 敵味方入り乱れる乱戦が本格化し、新幹線の車両もその原型をとどめないほどに破壊されていった。

 んでじゃ。わしはここで皆に新たな下知を出す。


「みんなぁ! 散開して戦おう! 囲まれたままじゃこっちが不利だ!」


 わしの下知に四方から了解の返事が返り、小さな輪っかだった戦線がにわかに広がる。

 破壊空間の拡大と比例するように戦闘の激しさも増し、わしは敵の攻撃をかいくぐりながら駅のホームへと移動した。


「よし……!」


 んでもってここから反撃じゃ。

 わしのスタッドレス武威はある程度の広さがないと効果を発揮せんからな。駅のホームぐらいの広さがある場所へと移動してから本領発揮なんじゃ!


「うらぁッ! とう! えい! やーッ!」


 駅のホームにわしの勇ましい叫び声が響き、その勢いそのままにわしは敵を倒し続ける。

 たとえ相手が新撰組といえども、雑兵ごときに遅れを取る石田三成ではない。


 と思ったけど……


「土方歳三……いざ参る!」


 鬼の副長キターーーッ!

 ヤバい! はようサインをもらいた……落ち着け、わし!


「ちっ……よりによって……」


 そうじゃ。乱戦の最中、偶然にも土方歳三とサシの勝負になってしもうたんじゃ。

 当然のことながらサインをねだる余裕などない。


 土方の左腕に持った刀がすさまじい斬撃となってわしに襲い掛かり、わしもそれに負けじと応戦する。

 駅のホームを行ったり来たりしながらお互いの武器をぶつけ合っているけど、めっちゃ強いわ。


 しかもじゃ。

 そんな激戦の最中、ふと気が付けばいつの間にかみんなは敵を片付けていた。そしてみんなして駅のホームの椅子に座りながらわしらの戦いを観戦しやがっておる。


「光君、がんばれー!」

「そーれ、がんばッ! がんばッ!」

「がんば! がんば! がんば! がんば!」


 なんつー安っぽい応援じゃ。

 そんな応援してるぐらいならこっちも手伝えよ……と。

 そう願いたくなるのも無理はない。


 いや、待て。近藤勇や沖田総司は? もう倒しちゃったの?


 うーむ。わしの仲間たち、なんという成長速度じゃ。

 いや、そもそもやつらも戦国乱世に名を馳せた武将たち。かつ、そんなやつらが三原や頼光殿たちから訓練を受けたとなれば、これは当然と言えば当然の結果なのかな?


 そうじゃ! あの中にはわしの大親友もおる。

 せめて……せめて吉継だけでも……


「吉継! こっちに来て少し手伝え!」

「だめじゃ。勇多が頭の中で言うておる。“光君はそんな奴に負けない”って。だから諦めて1人でそやつを倒せ」


 こんちっくしょー!


 頭に来たわしは、ここで投げやりな作戦を決意する。

 腰のベルトにぶら下げておいた拳銃を手に取り、バットを脇の下に挟んだ。

 もちろんじっくり集中して拳銃に武威を流し込む時間などない。


 平たく言えばあの時の2、3割の時間だけ武威を集中しながら流し込み、んでもって拳銃の威力もあの時の2、3割にでもなってくれたらいいなぁと。

 まじで“物は試し”じゃ。

 こんな時にそんなことやってる場合じゃないけど、だって相手が強いんだもん。

 わしの金属バットを無難に防御し続けておるんじゃもん。

 だからここは起死回生の一撃が必要なんじゃ。


 いや、むしろ“鬼の副長”たる土方歳三とここまで互角に渡り合っておるわしもなかなかのものじゃな。

 金属バットによる攻撃と、スタッドレス武威による回避。これだけで土方と戦えるなんて、三原に鍛えられたわしの武力もなかなかの……なんて自分を褒めてる場合でもない!


「ふん!」


 わしは乱打戦を一時諦め、敵と距離を取る。

 スタッドレス武威で左右に不規則な移動をしつつも拳銃の安全装置を外し、次の瞬間にはその動きを止めた。


「ふはははははははッ! 拳銃ごときで俺の武威を貫けると思うなよ!」


 相手がそう叫ぶわずかな時間だけ、わしはやんわりと拳銃の内部構造をイメージし、その拳銃に武威を流し込む。

 ――そんでもって1発、わしは拳銃のトリガーを静かに引いた。


 ずきゅーん!


 結果、わしの放った弾丸は敵の武威を貫き、挙句はその左胸のあたりに大きな風穴を……いや、土方の武威によって威力をそがれた弾丸は鈍い音をたてて土方の左胸のあたりにぶつかった。

 そう、“ぶつかった”と表現するぐらいの威力じゃ。なるほどな。あれぐらいの時間の集中力じゃと、これぐらいの威力になるのじゃな。

 ふむふむ。勉強になったわ。


 でもさすがに貫通とまではいかなかったか。じゃあ今度は徐々に威力を上げていって……じゃなくて。


「ぐっ」


 土方が割と重めの一撃を左胸にくろうたため、苦しそうな表情とともに体勢を崩す。

 わしはというとその隙を見逃したくはなかったので、再度スタッドレス武威を駆使して一気に距離を詰めた。


 そして防御すらままならぬ土方の頭部に向けて一本足打法のフルスイングを一振り。


「ふんッ!」


 わしの一撃を側頭部に受けた土方は驚愕した表情と苦しそうな感情を武威に混ぜながら、力なく倒れこんだ。


「はぁはぁ……か、勝った……」


「おーいえーッ!」

「光君やるじゃーん!」

「うぇーい!」

「ナイスバッティング!」


 最後、ジャッカル殿たちの安っぽい賞賛の言葉を受けながらも、わしは土方歳三を倒すことに成功した。




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