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前哨戦の壱


「みんな! 警戒態勢! 康君の警備に入って!」


 携帯電話の通話をそのままに、わしは冥界四天王に臨戦態勢の準備を促す。

 対する冥界四天王は事態を飲み込めず、驚いた様子で声を返してきた。


「え? あ、うん」

「わ、わかった」

「でもなんで急に?」

「どうしたの?」


 ここら辺はまだまだわっぱじゃな。

 思考の瞬発力が少し遅い。


 ――と思ったけど……わしの次の言で、4人は事態を理解した。


「敵襲! 華ちゃんがさらわれた。僕は敵を追跡するから!」

「え? マジで?」

「わかった!」

「お、おっけー!」

「気を付けてね!」


 そして冥界四天王は4人揃って康高の元へと移動し、その四方を囲む。

 いや、ここらへんの判断力の高さはむしろわっぱ離れしておるな。

 わしについて行くとも言わず、康高を守るという各々の役割をしっかり理解しておる。

 余計な駄々をこねないあたりが立派じゃ。失礼、冥界四天王よ。


「うん。じゃああとでね!」


 とはいえゆっくりと冥界四天王を褒めている場合ではない。

 なのでわしは短く返事を返し、部屋を出る。

 にょろにょろさんたちの住居が並ぶ建物を飛び出し、空中跳躍移動の準備に入った。


「ふん!」


 そして背中から武威の羽根を出し、第1歩目の跳躍へ。

 その1歩で上野にある動物園を飛び出し、近隣の住居の屋根へと飛び移る。

 さらには次の跳躍へ……と同時に武威センサーに意識を集中した。


 しかし武威センサーに意識を集中しておったわしの心にいら立ちが生まれ、わしは思わずつぶやいてしまった。


「くそ……!」


 わしとしたことが恋バナごときに夢中になってて、戦闘の気配を見逃すとは……!

 いや、夢中にはなっておらんかったけど! だけど、心に隙が生まれたのは確かじゃ。


 しかもじゃ。華殿の反応がない。


 殺されたか?


 ――いや、それはない。

 さっき吉継が“さらわれた”と言っておったからな。そこらへんを間違えるような吉継ではない。


 何かのために華殿はさらわれた。そして生きている。

 これだけは断言できる。


 そこまでを理解し、少し安堵したわしは跳び続けたまま携帯電話を再度耳に当てた。


「吉継よ! 華殿の行方は!?」

「わからん。華代を乗せた自動車が南西の方へと逃げ去ったとしか……!」

「うむ。相手は車で逃げ去ったのじゃな?」

「そうじゃ。わしはこれから兼続と左近に連絡を取る。三成は一度こちらへ来い」

「今向かっておる。もしかすると相手は首都高に乗ろうとしておるのかもしれん。されど首都高ならいざ知らず、東名あたりの高速道路に乗られたら厄介じゃ。吉継よ。その前に敵を足止めするぞ!」

「おうよ」


 しかし、華殿の反応がないのはおかしい。

 ん……? そういえば昔、冥界四天王の4人が呪符のようなもので武威をカモフラージュしておったな。

 武威の反応を抑える――つまりは武威を封じる呪符じゃ。

 それを体に張り付けられたら?


 たとえ華殿であっても武威を封じられたらただのおなご。重ね、その次の瞬間に気絶させれば華殿であっても容易にさらうことは可能じゃろう。


 そうじゃ。“容易”なんじゃ……宮本武蔵ともなればな。



 しかし相手は単独犯ではないはず。

 基本的に“人間をさらう”ということは、それを運ぶ係とその追手を迎撃する係が必要じゃ。

 よって相手は複数人。

 吉継も“車に乗って逃げた”と言っておったし、運転手役も含め最低2人以上の人数が関わっておると読める。


 よーし。だいぶ見えてきたぞ。

 じゃあ再度武威センサーに集中しようぞ。


「……」


 意識は華殿の一軒家城周辺。いや、すでにそこにはおるまい。

 なので意識はより南西へ。ついでに武威センサーの範囲をその方角へと伸ばしてみた。

 この時代は自動車なる高速移動手段がある。まだ23区から出たとは考えにくいけど、相手がわしの武威センサーの有効範囲から外れる前に敵を補足せねばならんのじゃ。


「ん。これか……?」


 結果、わしは首都高を走る1台の車に目をつける。

 数百という反応が首都圏内に点在しておったが、臨戦態勢の武威を放ったまま移動しておるのはこの反応だけじゃ。

 臨戦態勢で移動中の4人組。明らかに怪しいんじゃ


「見つけた! でもやはり車で首都高を走ってるっぽいぞ! あと、もうすぐそちらに着く! 吉継よ? このまま追撃戦に入るがいいな!?」

「よし、行こう! 今ならまだ間に合う!」

「あかねっち殿とよみよみ殿は?」

「その2人ならすでに屋敷の電話から収集をかけておる。そろそろ……おぉっ! 今2人がこちらに来たぞ! 三成の屋敷の屋根の上じゃ!」

「あぁ、3人が見えた。じゃあ電話を切るぞ!」

「あぁ、グッドラック!」


 吉継よ!? どこで覚えた、そんな英語を!?

 いや、今は悠長にそんなことを聞いておる場合ではない!


 わしは電話の最中にも吉継たちの姿を100メートルほど前方にとらえ、そこへと近づく。

 携帯電話の通話を切り再度吉継たちの方へと視線を戻すと、吉継たちもわしの姿を見るや否や武威を発動し跳躍移動の準備に入っていた。


 んで、わしは無事に3人と合流する。


「すまぬ。戦闘の気配に気づかんかった」


 3人揃って街の屋根を飛び移る移動を開始してすぐに、吉継が謝ってきた。

 けれどそれも無理はない。勇殿の城と華殿の城は直線距離にして200メートルほど離れておるからな。

 その距離で犯行に気付くなど武威センサーを広げたわしぐらいじゃ。

 しかもわしだって武威センサーを広げていながらその戦いに気付かなかった。


 これはつまり、宮本武蔵なる者がそれほど静かに犯行を終わらせたということ。


 静かに、そして素早く。


 吉継は“戦闘”と表現しておったけど、なんだったらそれは“隠密奇襲”とも言えよう。

 わしの一軒家城の周囲の警護に就いていた関ケ原勢力の面々を音もなく倒し、そして華殿を拉致。

 それだけでも油断ならん敵だとわかるが、敵は法威も操っておる可能性もある。


 だからこその“宮本武蔵”。やはり侮れん。


「気にするな吉継よ。わしだってそうじゃ」


 そしてふたり視線を合わせて小さく頷く。次の瞬間には大きなビルを迂回するためにお互い左右に分かれたが、コンマ数秒の後にはビルの迂回先で再会した。

 この状況ではお互い反省しておる場合ではない。それをお互いしっかりと理解しておるゆえの、我々のアイコンタクトじゃ。

 つーかこちらも高速道路を走る車並みの速度で敵を追っておるし、もうターゲットに追いつきそうじゃ。


「あそこじゃ! あそこの首都高の下り車線に敵がおる!」

「あいわかった。気を引き締めていくぞ! 兼続と左近もじゃ!」

「了解!」

「わ……わかった!」


 ふむ。ついに追いついたぞ。華殿を乗せているミニバンタイプの車じゃ。


 と次の瞬間、わしに向けて日本刀が回転しながら迫ってきた。


「うおッ!」


 ちなみに日本刀はその車から放たれたもの。とはいえ、わしはそれを簡単に回避するだけではない。

 ここらへんはわしのねじ曲がった性格を表しておるのじゃが、ただ攻撃を受けるだけでは納得いかんのじゃよ。

 あわよくば反撃を。寺川殿にはよくそれを返り討ちにされたけども、それがわしの性分じゃ。


「えい!」


 なのでわしは回転する日本刀の動きをよく見極め、それを上手くキャッチしつつお返しにとばかりにその日本刀を空中から投げ返した。

 もちろんわしのコントロールは抜群じゃ。


「とう!」


 結果、わしが放った刀は高速で移動しておる車の左後輪に突き刺さり、車は制御を失いながら路肩のガードレールにぶつかる。


「ふっ。奇襲返しは成功じゃ!」


 わしはにやりと笑いながら首都高の道路上に着地し、吉継たちも少し遅れてわしの背後に着地した。

 目の前30メートルほど離れたところに例の車。後ろは道路上に突如現れたわしらのせいで、多少の交通事故と渋滞ができ始めておる。


 だけどそんな一般人の迷惑など関係ない。


 この国で最強なんじゃないかってレベルにある華殿。

 その華殿をいとも簡単にさらった“宮本武蔵”。

 これぞ、転生者社会の行く末を左右するってレベルの大事件だからな。

 それはつまり、言い換えると“日の本そのものを揺るがす大事件”ともとれるし、そんな状況では一般人に気を使ってなどおれんのじゃ。


「さて……敵はどうくるか……?」


 わしらは立ち止まったまま、低く構える。

 それぞれが武威・法威ともに最大限の警戒態勢を整えておると、それが終わるのを待つかのように車の後部スライドドアが開いた。


「ふーう。そう簡単にはいかないか……」


 見た目も雰囲気も重厚な……でも一見そこらへんのサラリーマンと間違えそうな。なんだったら、そこらへんの会社の重役と間違えそうな。

 そんなスーツ姿の男がそう言いながらゆっくりと車から降りてきた。





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