甲相駿三国同盟の締結が終わってから数日たったある夜、わしは康高を上野の動物園にいる雪斎殿のところへ連れて行った。
警備状況は関ケ原勢力の面々150人態勢。動物園の各所に点在させ、わしの武威センサーも十分に広げておる。
このような警備の元、康高は雪斎殿から教えを受けることとなっておるんじゃ。
ちなみに勇殿たちは受験勉強があるため、ここには連れてきておらん。そもそも雪斎殿と康高の会合に勇殿たちは無関係だからな。
わしはというと第1志望の公立校に模試のA判定を勝ち取っておるし、さらにはその高校の推薦枠を取る予定だから余裕じゃ。
雪斎殿が武威の声で康高にあれこれと教えを説いておるのを、わしは雪斎殿の胴体を枕にしながら横たわり、ちんたら参考書を読みながら見守っておる。
地理の問題を1問また1問と解いておると、わしの脳に雪斎殿と康高の会話が流れ込んできた。
『次は、人心の掌握についての話じゃ』
『雪斎さまぁ? “じんしん”ってなんですかァ? あと“しょーあく”って?』
『うむ。つまりは、“周りの者たちと仲良くする”ための方法じゃ』
『へぇー』
あっ、雪斎殿? その能力、康高は生まれつき持っておるぞ。
なんだったら都内の小学生でもトップクラスに数えられるほど、人心掌握術に長けておると思う。
しかもその能力を無意識に発動してるから厄介なんじゃ。
今この動物園に点在して警護を行っておる関ケ原東西諸軍の武将たちですら、康高に会う時はにやけ顔を隠せんぐらいだからな。
『そうなのか……? ……じゃあ、人心掌握の術についてはいいだろう。それじゃあ、次は……』
おっとすまん、雪斎殿。わしの後頭部が雪斎殿の胴体に触れておったせいで、わしの思考が2人の会話に割り込んでしまったな。
講義の邪魔になるから、“思考の会話”から外れようぞ。
『失礼する。終わったら康高を通じて声をかけてくれ』
雪斎殿がわしに気をつかいながら話を進めておることに気付き、逆にそれに気を使ったわしは雪斎殿から少し離れることにした。
これでわしは2人の思考の会話から外れることとなる。武威を薄く広げておるが故、2人の会話もわずかに聞こえてくるが、それは仕方のないことだとしてわしは部屋の壁に背をかけることにした。
そして再度参考書をじっと見つめ、その内容を頭に入れる。
今現在読んでおるのは地理の問題じゃ。
なんでもかつてアメリカの西海岸には“シリコンバレー”なる一大工業地帯が生まれ、それが今も世界のIT・半導体事業を牽引しておるそうじゃ。
うーむ。いつかアメリカをも手中にしてみたいものじゃな。いや、アメリカだけでなく、世界中をひれ伏させてみたい。
わしのIT技術と父上のWEBネットワーク技術……よし、頑張ってみよう。
いや、その前に国土交通省じゃな。
国交大臣の力でこの国の道路事情を改善し、タイヤの摩耗減少に効果のあるアスファルトを日の本中の道路という道路に敷き詰めねばなるまいて。
と、わしが将来の淡い夢を高校受験の参考書に重ねておると、ここでわしの携帯電話が鳴った。
めずらしい。こんな時間にクロノス殿からじゃ。
「やっほー!」
「うん、やっほー。どうしたの?」
「いや、康君の様子を見に来たんだけど、警備に捕まっちゃってさ。俺たち4人、そっちに入れるようにしてくれない?」
ふと気が付けばわしの武威センサーの中、クロノス殿たち4名の反応がすぐ近くまで来ておる。
つーかこの4人。康高のことが気になっておるようじゃな。
くそ。スポーツ推薦組は余裕じゃな。
「オッケー。じゃいったん切るね」
「よろ!」
そしてわしは通話を1度切り、脇に置いておいた無線機に手を伸ばす。
「警備のD班? その4人をここに通してくれ」
「了解」
おっと。警備のD班は利家殿がリーダーだったな。間違ってタメ口を使ってしもうたわ。
でも利家殿は何も文句を言わずにただ短く返事を返すのみ。くっそ、この関係性がなかなかにやりにくいんじゃ。
でもまぁよい。あの4人ですらそう簡単に通すわけにはいかないという利家殿の思惑が感じ取れたからな。
ふむふむ。今日も康高の警備は順調じゃ。
などといった感じでわしが利家殿の仕事っぷりに感心しておると、しばらくしてクロノス殿たちが部屋に入ってきた。
「やっほー!」
「うぇーい!」
「おっ、光君勉強してんの?」
「あれ? 光君も推薦枠とるんじゃなかったっけ?」
んでもってわしの勉強姿を不思議そうに見てくる4人。
こやつら、万が一という言葉を知らんのか?
滑り止めじゃ。勇殿と同じ高校に入るという条件をしっかりクリアーするためには、勇殿と一緒に滑り止めの私立も受けておかねばならんのじゃ。
さもないとわしが第一志望にしておる推薦予定の高校に勇殿が一般入試で落ちて……さすれば、わしと勇殿で弱小校による甲子園旋風を巻き起こすという夢が――いや、今はどうでもよいな、そんなこと。
「うん。でも私立の滑り止めも受けるからね。一応……」
「ほぅ。光君は勉強熱心だねぇ。いや、勇君と同じ高校行くための勉強ってことかな?」
おっ。察しがいいな、ジャッカル殿は。
「そういうこと。それよりどうしたの? 康君は雪斎さんから講義を受けている最中だよ」
「うん。康君の講義、どうなってるかなって」
なるほど。つまるところ、やっぱり康高のことが気になったからここに来たというわけか。
しかしこの4人まで思考の会話に入ってしまっては康高の講義が上手く進まんじゃろう。
なので4人には“思考の会話”に入ることを遠慮してもらい、壁際に座っておったわしの隣に並んでもらうことにする。
1人、また1人とわしの隣に列をなし――ここで唐突に恋の話が始まった。
「ところでさぁ。誰だろうねぇ、華ちゃんの好きな人って……?」
カロン殿!? おぬし思春期か!?
いや、こやつらは思春期じゃ!
さすればこんな恋バナも淡い青春時代の1ページじゃ。
ならばその恋バナに乗ってやろうではないか。
「いや、わからない。誰だろうねぇ」
とはいえ、わしにもその答えは知らん。
いつもニコニコ。誰に対してもニコニコ。
そんな八方美人気質の華殿に、果たして特定の“誰か”などおるのじゃろうか……?
いたとしたらそやつの素性を調べ上げ、万が一にもわしの目にかなわぬ場合は華殿の未来を汚さぬよう、こっそりとそやつを始末し……
と頭によからぬことを考えておったら、ミノス殿がにやにやしながら話しかけてきた。
「おやおや。石家光成殿は余裕でございますなぁ?」
ミノス殿がうぜェ!
くっそ。精神年齢55のおっさんなのに――いや、だからこそ逆にこういうノリには対応しにくいんじゃ!
ここは適当にごまかしておこうぞ。
「まぁそこらへんは華ちゃんの自由だからねぇ。いつもニコニコしてるし、そのうちいい人見つかるんじゃない?」
「へぇ。光君はそういう分析なんだ? あっ、でもこないだはブチギレてたけどね」
「“分析”ってなにさ? それに、あれは演技だって」
「でもさ……演技なのに、すげぇ怖かったぁ……あれ、華ちゃんが本気でキレたらあんなもんじゃないってことでしょ?」
「そ、そう考えると……そだね」
ふむ。あの時は三原と頼光殿たちがおったからなんとか太刀打ちできたけど、わっぱだけで挑んだとしたら?
たとえそこに“記憶残し”であるわしと“2つ残し”である吉継がいたとしても、わしらなんか一瞬でひねりつぶされるのかもしれんな。
「うひひ。大変だね! 華ちゃんの彼氏になる人は!」
うひひってなんじゃ、ミノス殿?
――ってな感じで、なんかどうにも噛み合っていないような……それでいて冥界四天王の些細な悪意も感じるような……そんなしょうもない会話をしていたら、またまたわしの携帯電話が鳴った。
今度は勇殿からじゃ。
「三成か!?」
おっと、電話の相手は勇殿の体を借りた吉継からじゃったわ。
「そうじゃ。どうした、吉継よ? そんなに慌てて……」
「今すぐ武威センサーを広げろ! 華代とかいうガキの行方を補足するんじゃ!」
おや、噂をすれば華殿のこと? でも華殿の行方って?
それにしても吉継がこんなに焦るのも珍しいな。
「武威センサーは広げておる。あれ? でも華殿の反応がないな。どういうことじゃ?」
「敵襲じゃ! あの華代がいとも簡単にさらわれた! こっちの警備は壊滅状態! 敵は……敵は……」
「敵は“宮本武蔵”と名乗っておったらしい!」