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会合場の壱


 股間の火傷に耐えること5日。ついに甲相駿三国同盟の締結日が訪れた。


 会場は都内のホテル。結婚式の披露宴などに使われる大きな部屋を借り、そこに甲相駿の3勢力と信長様の勢力の面々が大きな正方形を形作るように着席させる。


 上座にはわしの勢力と信長様たち。左右を挟むように後北条さんとこと今川さんとこの人材が並び、武田勢はまだ姿を現しておらん。


 北条さんとこのメンバーはもちろん氏康殿に氏政殿。そこに氏康殿のご子息にして上杉謙信公の養子たる上杉景虎殿――つまりは寅之助殿のことなんじゃが、彼にも後北条勢力の一員として参列してもらっておる。

 さらには氏康殿の孫であり、氏政殿のご子息たる氏直。

 他にも後北条を支えた勇将が数名おるが、注目すべきはわしが手塩にかけて育てた氏直じゃろう。


 いや、その前に“数名の勇将たち”について意識を向けねばなるまい。

 5年前に起きた鎌倉源氏との争い。頼朝殿率いる鎌倉源氏と執権北条勢力から壮絶な攻勢を受けてなお生き残っただけのことはあり、数名の武将たちはなかなかの手練れぞろいじゃ。

 こんな戦力が残っておるんなら……そう。5年前のあの日、寺川殿の助けを求めに来るんじゃねぇよ、といいたい。

 いや、源氏はもっとすさまじい戦力を持っておったし、あの時の後北条勢が助けを求めに来るのもわからんでもないけどさ。


 あの時氏康殿たちが寺川殿の長屋に押し入って――しかもゲームなど始めよったせいで、あの頃わしが必死に育てておった紫電改の兵装が……いや、今はそんなこと思い出しておる場合ではないな。


 ん? そういえばよくよく見てみると、後北条さんとこの出席者は若々しいメンバーが目立つな。

 十代後半と見受けられるメンバーが3人ほどおる。

 んじゃそれらのメンバーはここ5年で育て上げた者たちなのじゃろう。うんうん、いいことじゃ。


 んでじゃ。そんな若々しい武将たちを束ねる感じで、氏直がどっしりと威厳を放って座っておる。氏直自身も二十歳に迫るぐらいの若人なのにわしの言いつけを守り、この列席者を前にしておろおろする気配を匂わせておらん。

 いい感じに育ったもんじゃ。なんだったらわし好みのいい感じの武将に育ち過ぎてしまって、それもそれで将来不安だけどな。

 まぁ、氏直には“わしと康高には絶対に逆らわない”という催眠術を深層心理深くに植え付けておるので大丈夫じゃろう。



 さてさて。そんでお次は今川勢。

 こちらもその名を全国に轟かせたかの有名な勢力じゃ。しかも現代の今川勢は他の勢力とこれといった抗争を行ってはおらんという。

 それがある意味“タイミングを見計らっている”というふうにも受け止められるし、戦力が十分に保存されておるだけあって決して油断はできない存在じゃ。

 ちなみに今川家の戦力は島津と同じぐらいかのう。この会合は各勢力最大10人という人数制限を課しておるのじゃが、絞られた人材を見てもやはりそれなりの手練れが出席しておる。


 そしてその総大将たる義元殿は世間のイメージと違い、ぼさぼさのロン毛にガタイの良い偉丈夫じゃ。

 きっちりヤンキー系の綱殿の体格と、売人系たる卜部殿の髪型を足して2で割ったような外見じゃな。

 誰やねん、義元殿が京都かぶれの公家っぽい外見だとか言いやがったやつは! ぜんっぜん違うやんけ!

 つーか眼光鋭きその表情たるや、上座に座っておられる信長様にも引けを取っておらんのじゃ。


 ……うーむ。この今川勢の発する気配たるや、完全にわしの想定外じゃ。

 てっきり今川ごときは簡単に丸め込めると思っておったんじゃが。


 まぁよい。こちらは信長様の精鋭10名にわしの関ケ原勢力から10名。わしと勇殿、そして農業三騎衆に冥界四天王。さらには頼光殿もわしの勢力の一員として参加してくれておる。

 いざとなったら武田勢と今川勢をまとめて相手にしても太刀打ちできる戦力なんじゃ。

 そんな戦力を見せつけながら交渉を進めれば、かの今川家といえども強気には出れんじゃろう。



 それはそうと会合の開始予定時間から20分が過ぎても武田勢の姿が見えんな。


「遅い……」


 ほら、信長様がしびれを切らしておられる。

 というか時間に厳しい信長様のことじゃ。そろそろ怒りが頂点に達し、しかもその矛先がわしに向かう頃合いじゃな。

 さて、ならばわしは言い訳の準備をしよう。

 と思って立ち上がろうとしたら、遅れて武田勢が部屋に入ってきた。


 しかしじゃ。ここで1つ問題が発生したわ。

 部屋の入り口からどよどよと入ってくる武田勢の面々。


 1、2、3……あれ? 24人いるんだけど……?


 噂に名高い武田二十四将全員が揃って姿を現したんじゃ。

 ちょっと待て、と。

 なぜじゃろう?


 いや、わしは武威センサーにより、武田勢がこのホテルに近づいてきておるのを肌で感じておる。だから武田勢が24人揃ってこのホテルに入ってきたことも認識済みじゃ。

 しかしその面子が全員この部屋に入ってくるなど……?


 もちろんこの部屋の外の廊下にはそれぞれの勢力が、余った戦力を待機させておる。

 ある意味そっちの方が一触即発っぽい雰囲気で危ないけど、それはそれ。この会合に出席する人員は大将含め10人までと、各勢力にしつこく通知しておいたんじゃ。


 なのに武田勢のこの横暴。これが小さな問題ではないことぐらい明白じゃ。


「……24……多いな……」


 武田勢の人数を数え終えたであろう三原が小さくつぶやき、わしの隣に座っていた勇殿が吉継と意識を切り替える。

 いつもニコニコ顔の華殿もその表情を険しくし、他のメンバーも警戒態勢に入った。

 その気配につられるように織田勢や今川さんとこ、そして後北条の皆々も警戒心をあらわにした。


 しかし、わしはというと、それと正反対の動きを見せることにした。

 この部屋の外には入口警備のスタッフとして綱殿たちが立っておる。

 彼らが武田勢全員の侵入を許可したということは――つまりそういうことなのじゃろう。

 もしここで戦いが始まっても、わしらが押し切られる危険はないという綱殿の読みじゃ。


「すみません……」


 その時、わしの右後ろの席に座っておった頼光殿が部下の失態を謝るかの如く話しかけてきた。


「構わぬ」


 なのでそれに軽く答えつつ、わしは手元のマイクのスイッチをオンにする。


「それで……ようこそ武田勢の皆様よ。さぁ、そちらの席に座ってくだされ。

 席が足りないゆえ、追加の椅子を用意させます。ホテルのスタッフさん? そちらの方々に椅子を」


 まずな、こういう時にいらだちを見せたら負けなんじゃ。

 いや、この程度の想定外はこれから行う交渉事の全てに影響するほど大きなことではないんだけど、こういう小さな駆け引きでもいちいちいらだってはだめなんじゃよ。


 なのでわしは朗らかな雰囲気を維持したまま武田勢を席に促し、ホテルのスタッフさんも機敏な動きで椅子を運び始める。


 ふぇっへっへっへ。何を隠そう、このスタッフさんたちは頼朝殿から借り受けた源氏の精鋭なんだけどな。

 有事の際、彼らはわしらの味方になってくれる予定なんじゃ。ふぁっはっは!


「ふへ……」


 おっと。思わず笑みが出てしまったわ。

 まぁよい。わしの促した席に座るなり、信玄公とおぼしき人物が言葉を返してきた。


「お、遅れてすまない」


 ふむ。規定の人数を大幅に超えていることについては何も言ってこんのか。

 ならばそれはそれでよい。わしの隣に座っておる勇殿のさらに向こう側から華殿のいらついた舌打ちが聞こえてきたけど……それも……まぁよい。


 それよりも重要なこと。今分かったこと。

 信玄公がめっちゃきょどっておる。

 不安そうに周りをきょろきょろ見渡し、おろおろしながら席に座ったその動きはわしの目を誤魔化せるものではない。


 いや。ちょっと待て、と。

 おぬし、天下に名高いあの武田信玄公じゃろ!? なんで臆病キャラやねん!!

 そんな度量でわしの大好きな謙信公と伝説の合戦を幾度も繰り広げたのかッ!


 おかしいじゃろ! そんな信玄公はいらんのじゃ!


 あと、やっぱりスルーできんわ! 華殿じゃ!

 俗にいう“うじうじキャラ”を華殿が嫌ってるのは前から知っていたし、わしがうじうじしようものなら蹴りの1発をくろうたことも過去に多々あったけど!!

 だけどこの場で早速イライラすんな!

 華殿が暴れ始めたらこの会合が失敗に終わるどころか、この場にいる全員が華殿の餌食になりかねんのじゃ!


 だから頼む! 華殿よ、“少しの間”大人しくしておいてくれ!


「華ちゃん?」

「ん?」

「待て」

「うー……わかった」


 おぬしはわんこか? と。

 いや、華殿に“待て”を指示したわしも華殿をわんこ扱いしておるけども。

 でも華殿はそんなわしの指示をちょっと面白いと感じ取ってくれたのじゃろう。少し落ち着いてくれたようじゃ。


 ならばさっそく会議を……いや、一応聞いておこうぞ。


「信玄公とお見受けする。それがし、前世では豊臣家五奉行筆頭、従五位下治部少輔の地位にあった石田三成にござる。

 此度の会合、各勢力は10名までと言い伝えておったはずじゃが、何故そのような大人数でこの場に来られた?」


 この問いかけも当然じゃ。武田勢に対し他の勢力が警戒心を上げ、いまだ部屋の空気がピリピリしておるからな。

 それを収めるだけの言い分を信玄公から聞き出さねばなるまい。


 と思ったけど……。


「や、やかましい! そのような伝達、いちいち守るわけあるか!」


 いやいやいやいや。ビビりすぎじゃ。

 あと全然言い訳になっておらんけど、本当に大丈夫か?


 あのさぁ、わしが心の中に描いていた信玄公のイメージが崩れるからそれ以上おどおどするなって。

 マジで凹んできたわ。


 でもこんな信玄公なら簡単に言いくるめられ……ないな。

 信玄公を守るように激しい武威を発している23人の武将たち。奴らの武威が半端ない。

 そろいもそろって超絶危険な人材ぞろいじゃ。おそらくそれに見合った頭のキレも持ち合わせおるのじゃろう。


 しかもじゃ。武田勢は微妙に法威を使っている。

 やはり越後上杉と渡り合っただけあって、法威も習得しておったか。自覚はないようじゃが。


 さて、そんな武田勢と今川勢。

 なんか色々と不安があるけど、会合を始めようぞ。


「わかりました。それで……全員揃いましたな。それでは第1回甲相駿三国同盟会議を始めようと思いまする。

 皆さま、お手元の資料の1ページ目をご覧くださいませ」


 わしの司会によって会議が始まり、それぞれが紙をめくる静かな音が部屋に広がる。

 資料の内容はわしがジャッカル殿と協力し合い、プレゼンテーションソフトを用いて作成したもの。


 まずはこの同盟の主旨についてじゃ。

 今が戦の世ではなく、この国はむしろ世界を相手にした過酷な“経済戦争”の真っただ中にいるということ。

 それを強く主張しておき、日の本の転生者たちが国内で争っている場合ではないことを伝える。


 さらには今川さんとこと後北条さんとこの利権の内容を詳細に聞くことにした。

 ちなみに今川勢力は駿河湾の漁業利権。後北条勢力は今のところ箱根の観光利権のみ……だそうじゃ。

 ふむ。頼光殿が警察権力を駆使して仕入れてくれた事前情報と大差ないな。


 ならばここは攻めに転じよう。

 と、ここまでわしは資料を元に会議を進めておったのじゃが、会議開始から30分が過ぎたところでわしは動き出すことにした。

 手に持っていた資料をびりびりと破り、天井に向けて投げ捨てた。


「んな?」

「……?」

「急に何を!?」


 この流れを計画していたわしとジャッカル殿以外の皆が様々なリアクションを取りながら驚き、しかしわしはおもむろにテーブルの上に乗る。

 んでもって今川勢力の面々に低い声で言い放った。


「それぞれの利権と資金源はだいたい把握した。

 そして……今川家と北条家にはそれを捨ててほしい!」


 ちなみに後北条家には事前に軽く説明はしておる。もちろんわしは氏康殿や氏政殿とも懇意じゃから、後北条家については承諾済みじゃ。

 そして武田家はこの同盟の主軸となる兵器産業をすでに始めておる。ゆえにこの場でこの件について全力を持って説得しなければいけないのは今川家なんじゃ。


「ふざけるな!」


 ふっふっふ。

 わしの言に義元殿が怒り狂い、今川家の面々も武威を放ち始めた。


 だけどじゃ。

 ここでわしも語気を強める。


「国産の兵器メーカーを立ち上げるんじゃ!

 そしてそれを世界に売り込み、この国は巨大な金を手に入れる!

 国が栄え、民は豊かになる!

 これはこの上なく巨大なプロジェクトですぞ!?

 だけどそのためには人材が足りませぬ。各々方の勢力にはぜひともこのプロジェクトに全力を注いでほしいのです!

 それこそこれまでの利権を捨ててまで! このプロジェクトに全力を注ぐぐらいの覚悟で!」


 まぁ、叫んでみたものの、わしは割と冷静じゃ。

 わざと熱意を前面に出し、今川勢を納得させる。

 これがこの会議にてわしが言いたかったことじゃし、ここが肝要どころなんじゃ。


 んでもってわしの語気に押される今川勢。ちなみにこのタイミングでわしはこっそりと味方にハンドサインを出し、隣や背後に座る味方にも武威を出してもらう。

 もちろん華殿の武威がとりわけでかいけど、それも含めての交渉じゃ。


 しかし、ここで思わぬ横やりが入る。


「しゅ、主旨はわかった。だが、こちらとしてもすでに我々が持っている利権を譲り分けるわけにはいかん。

 利益の分配は6:2:2。も、もちろん我々が6だ。い……いいか?」


 ものすごいちっちゃい声で信玄公が割って入ってきたのじゃ。

 ビビりながらも信玄公のその発言は至極当然。

 わしと対等にやり合おうとするどころか、プロジェクトの主導権さえ奪ってしまおうという意志さえ感じられる。


 くっそ。やはり信玄公は信玄公。おいそれと言いくるめられるような輩ではなかったか。

 ビビり具合がめっちゃおもろいけど。


 ――なんて悠長なことを行っておる場合ではない。

 こんな小さな衝突を繰り広げながらわしは無理矢理会議を進め、しかしながらその後もところどころに出てくる信玄公の言は、少しでも利益を上げようとするこちらの思惑をチクリと刺しやがる。

 ヤバい。このままじゃ武田勢力に流れを持っていかれん。


 とわしが険しい顔で交渉を進めていたら、もう1つ事件が発生じゃ。

 華殿がまたいらいらし始めたんじゃ。

 挙句、華殿は会議開始から1時間を過ぎようとしたところでそのいらだちを爆発させ、四角く並べられた会議用テーブルの中心に躍り出た。


「華ちゃん! 何を!?」


 慌てふためくわしに向かって、華殿が言い放つ。


「ごちゃごちゃ難しい話して面倒なんだけど……。あと私、うじうじしてる人嫌いなんだけど……。

 ねぇ光君?」


「な、なに?」



「こんなやつらさぁ……」



「さっさと殺しちゃおうよ」



 華殿がキレた。




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