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遠征の伍


 次の日の放課後、わしは勇殿と華殿を連れて新宿歌舞伎町へと向かった。

 この国の闇が全て詰まっているといっても過言ではないこの街。

 しかし、わしらが歌舞伎町を訪れたのが夕方だったため、その気配はまだ薄い。


 ――なんちゃって。


 この街、最近は地元の商店街の皆々が治安の改善に努力しておるから、意外と爽やかな街となっておる。


 というかな。前世で死屍累々の光景が広がる戦場跡を幾度となく見てきたわしからすれば、たとえそれが日の本有数の繁華街であっても“平和な街”にほかならんのじゃ。


 というわけでわしらは臆することもなくずんずんと足を進める。

 雨合羽のような髪型をしたホストや、にょろにょろさんのようなメイクをしたキャバ嬢がキャッチをしているのを脇目に歩くと、数分で目的の建物に到着した。


 キャバクラ『Snake The Mamushi』


 もうさ。そのまんまじゃ。

 あれか? 道三殿はネーミングセンス皆無か?


 いや、これこそがこの街で生き残るための極意なのかもしれん。

 一度捕まえた客はマムシのように離さない。みたいな。


 まぁよいか。商売の極意は人それぞれ。むしろそういうもんじゃと思うんじゃ。

 さて、それはさておき侵入じゃ。


「今日ここで会談予定の石家光成です」


 店の前に立つ黒づくめの門番にそう説明し、わしらは店の中へと促される。

 光り輝く内装を施された廊下を進み、さらにはこれまたきらびやかな接客コーナーも先へと進むと、一番奥の客席に座っている人物が目に入ってきた。


「お前が石田三成か?」


 見た目は70代の痩せ型。

 しかし眼光は今だに鋭く、ソファーに座る姿に隙はない。


 そうじゃ。前世では会ったことがないけれど、一目見ただけでわかる。

 この男こそが美濃のマムシと恐れられた斎藤道三殿じゃ。


「うむ。それがしが石田三成じゃ。おぬしが斎藤道三殿でいいのじゃな?」

「あぁ、そうだ。そこへ座れ」


 わしらは短く挨拶を交わし、促された席へと座る。

 どうでもいいけど三原がすでに到着し、しかも道三殿の後ろにおるのが気に食わん。

 なんでやつはいちいちわしらと相対する形で同席するんじゃろうな。

 こっちの味方なんだからむしろわしら側に座れよ。


 とそんな三原の立ち位置にちょっとイラついておったけど、それはそうとして道三殿がわしらのことをじろじろと見まわしながら言った。


「噂には聞いていたが驚いた。本当にまだ子供なんだな」

「あぁ、しかし侮ってもらっては困る。わしは世にいう“記憶残し”。こちらにおる2人もただの転生者ではござらん」

「その噂も知っている。その特異性を十分に発揮し、ずいぶんと派手な活動をしているということも」


 うむ。わしのことは重々承知というわけか。

 それもそれで怖いけど、気を取り直していこうぞ。


 ちなみに今回の会合において勇殿と華殿を連れてきたのには理由がある。

 武威の化け物たる華殿と、大谷吉継たる勇殿。そして今回は仲介役となる三原。


 三原は例によって不思議な立場に立っておるけど、それを抜きにして――。


 わっぱのわしらのみ。

 あえてそんな少数精鋭で道三殿の懐へ乗り込み、わしらのことを道三殿に認めさせる。

 それが噂になり、わしらを含む関ケ原勢力はわっぱも侮れない。という事実を他の勢力にも知らしめる。

 そんな意味合いも含まれておるんじゃ。


 案の定、道三殿を警護するために周囲を取り囲んでおるヤクザっぽい面々も、わしらがわっぱの姿をしておるために肩透かしを食らっておるようじゃ。

 今の段階ではな。

 しかしこれからが本番じゃ。わしらのことを道三殿に認めさせ、さらなる勢力の拡大を図ろうぞ。


 そのためにも……まずは昨日今日の事情を説明せねばなるまい。


「うむ。そうじゃ。わしとしてはできる限り穏便に事を進めておる最中じゃが、さすがは道三殿。いろんな勢力を仲介しておるわしの行動はある程度耳に入っておるようじゃな。今日会合を申し入れたのもそういう類の話じゃ。まぁ、信長様が仲を取り持ってくれた以上、急な会談になってしまったが……」

「くくっ。あの男はなにかと急く。気にするな」

「さすがは道三殿じゃな。信長様を早期に見込んだ男。信長様のことをよく存じておるようじゃ」

「お前の方こそ、信長からだいぶ信用されているようだな」


 こんな会話をしつつ、まずはわしと信長様が太いパイプで繋がっておることを暗に主張しておく。

 もちろん道三殿もその事実を認めてくれておるようじゃ。

 なのでまずは会話の第一段階終了。

 次は雪斎殿の件と行こうぞ。


「あぁ、嬉しい限りじゃ。それはそうと……そもそも昨夜信長様からの呼び出しがあった理由じゃが……昨日上野の動物園に行ったんじゃ」

「なるほど。雪斎に会ったのか?」


 くそっ! 察しが良すぎるわ!

 信長様といい、この義父子は化け物か!?


 ――いや、ここで気圧されてはいかん。


「そうじゃ。雪斎殿からもおぬしに会うよう促されたわ」

「くっくっく。そういうことか……」

「どうじゃ? 信長様とは上手くいっておるのか?」


 ここでわしはテーブルに出されたオレンジジュースを一口飲み、道三殿の顔をうかがう。

 かたやこの国の総理大臣。もう一方は指定暴力団の会長。

 この2人の関係性――果たしてうまくいくのじゃろうか? いや、それは難しい。


 そんなわしの予想通り、道三殿の顔が少し暗くなった。


「うーん……最近は我々暴力団に対する風当たりが強くてな」


 やはりな。

 たとえ2人が義理の親子だとしても、それぞれの仕事がうまく噛み合うなどあり得るわけがない。

 そして始まる道三殿の愚痴。

 さすればここは行政のプロでもあるわしの手腕を貸してやろう。

 というか信長様は銃火器云々の他に、この件でもわしに仕事をさせたがっておったようじゃな。今気づいたわ。


「じゃあ、わしが信長様と道三殿の仲を取り持ってやろうではないか」

「ほう。石田三成よ。お前にそれができるのか?」

「あぁ、少しの奇策を用いれば、簡単に解決できる」


 といってもわしにできるのはさらなる人物の紹介。しかも紹介できるのは警察・公安を牛耳る頼光殿なんだけどな。


 あっ、場所柄――そして会っている人物柄、頼光殿たちはここには連れてきておらん。お巡りさんのトップが暴力団の会長と会合してたなんて世間に知れたら大問題だからな。


 だから……でも、それならば今度あらためて場を設け、頼光殿と道三殿を会わせてやろう。

 わしらが訓練に利用するあの倉庫ならば、会談の情報が外に漏れる心配もあるまい。


 敵対する勢力だけにその場でドンパチ始まる可能性もあるけど、それが起きたらわしが止めればいいだけ。その会合が上手くいけばこの国の犯罪事情に大きな改革が起きるやもしれん。


「今度別の人物を紹介してやるわ」

「むう。源頼光か?」


 だから察しが良すぎるんじゃ!

 頼光殿の名をわざと伏せた意味がないやんけ!


「そ、そうじゃ」

「それはありがたい。よろしく頼む」


 そしてお互いテーブルの上に出されたコップに口をつける。

 わしはもちろんさっきから飲んでいるオレンジジュース。対する道三殿はアルコールの類を飲んでおるようじゃな。

 わしもそろそろ酒を飲みたいお年頃……じゃなくて、ここからが本題じゃ。


 なんでも道三殿は甲斐の武田家と内通し、武田家が経営する武器メーカーから武器の調達を行っているらしい。


 もうここまでくると本当にこの世の闇の部分だけど、天下泰平を目指す以上わしはそこに切り込まねばいかんのじゃ。


「んで、その代わりと言ってはなんじゃが、道三殿に頼みたいことがある」

「武田家……か?」


 だーかーらーぁ! 察しが良すぎるって言うておるんじゃ!

 あれか? 道三殿は雪斎殿と同じく相手の思考を読み取れるんか!?


 くっそ。これだから戦国中期の武将は……。

 ガチの下克上をやりのけた連中は一癖も二癖もありやがるんじゃ。


 でも負けておれん。

 つーかいいように考えれば、話が早くて助かる。そう考えることにしよう。うん、そうしよう。


「そうじゃ。武田家の取次ぎをお願いしたい」

「武田家との取次ぎは一向にかまわんが、それをしてどうするつもりだ?」

「昨日雪斎殿と会ったと言ったな。それはつまり今川家とのパイプができたということ。さらにわしは後北条家と懇意にしておる。

 あとは武田家……これで完成するんじゃ」

「甲相駿三国同盟……か……?」

「そういうことじゃ」


 そしてにやりと笑い合うわしと道三殿。

 頼光殿との時もそうだけど、こういうやり取りがいと楽しい。

 というかこの会合、腹の探り合いになると思うておったけど、意外と軽やかに話が進んでおるな。

 まぁ、相手が暴力団の会長というだけに、それが逆に怖いっちゃ怖いけど。


 しかし当の道三殿は他意もないらしく、少しの笑顔の後こんなアドバイスをしてきおった。


「信玄はもちろん、その部下たちも一筋縄ではいかない連中だから気をつけろ」


 こやつにそのセリフを言う資格があるのか……?

 いや待て。ここは素直に従っておこうぞ。


「分かっておる。5年前の“スクランブル交差点会合”の折、わしに向かって信玄殿一派は殺気の混じった武威を放ってきおった。

 道三殿の仲介がなければ、戦わずにはおられない相手じゃったのだろう」

「ふっ。関ケ原勢力はおろか、源平や出雲勢力まで配下に置くお前だ。それほど恐れるほどのことではないだろう?」


 おっと。ここで小さな誤解じゃ。

 源平勢力や頼光殿率いる出雲勢力は、別にわしの配下というわけではない。

 ただの協力関係じゃ。


 でもどうせだからこのまま誤解しておいてもらおうか。


 ……


 ……


 いや、それはやめておこう。道三殿とはこれからも仲良うやろうというんじゃ。

 それなのにそんなちっちゃな嘘をつくとなると、今後に響く恐れがある。


「いや、源平の2勢力や出雲勢力とはあくまで対等な協力関係じゃ。わしはそんなに大それた男ではない」

「むう。正直だな。なによりだ。その正直さの褒美にこれをくれてやろう」


 そしてなにやら紙に包まれたものを差し出す道三殿。

 って、おい。その言い方ってつまり、今わしのこと試したってことじゃないのかっ!?


 くっそ。やっぱ道三殿も一癖ありやがる。


 でも……さて、この紙包みはなんじゃろうな。


 と、わしは不思議そうな表情で紙包みを空ける。

 その紙包みは勇殿や華殿の前にも置かれていたので、3人揃って紙をびりびりと破いた。


 だけどさ。


「こ、これ。拳銃じゃ。ほ、本物……?」

「あぁ、もちろん。警察には見つかるなよ?」

「見つか……るようなことはせんけど! おいおい、こんなもんをわしにくれてどうするつもりじゃ?」

「護身用に持っておけ」


「わぁ! 鉄砲だぁ!」

「三成よ! これはもらっておこうぞ!」


 ちなみに華殿と、そして勇殿の体を借りた吉継は拳銃をもらって大喜び。

 まだ2人は安全装置の外し方を知らないようなので、嬉しさのあまりこの場で発砲するようなへまはしなかったけど、めっちゃ喜んでおる。

 じゃあ、今度例の倉庫で実弾訓練など……じゃなくて。


「あ、え? うん。それじゃもらっておこう」


 華殿たちに促され、わしも仕方ないといった表情で頷く。

 とはいってもわしら武威使いに銃の類は無意味。

 銃弾を体に受けても、ちょっと痛いぐらいじゃ。どれくらいかというと武威を使っていないときにおでこに全力のデコピンを食らったときぐらいかのう。


 そんなことよりこれ、めっちゃ銃刀法違反だけど――でもまぁ、面白そうだからもらっておこう。


 いや、まて。武威を――そして法威を駆使することでこの拳銃の威力を強化できないじゃろうか。

 こう……なんというか、武威と法威を拳銃にまんべんなく充満させ、銃弾の発射速度を向上させる。みたいな。


 面白そうじゃ。今度試してみよう。


 とわしが拳銃を見つめながら悪い笑みを浮かべていたら、道三殿が口を開いた。


「それが京都の陰陽師勢力に対する対抗手段となればいいのだが……」

「ん? 急にどうしたのじゃ? 京都陰陽師勢力?」

「あぁ、今闇のマーケットでとてつもない金が動いている。そのほとんどに陰陽師勢力が絡んでいるんだ」

「でも……それって? 別にこれと言って悪いことと断定できるわけじゃ……?」

「そうだ。我々転生者にとって悪い動きではなかったのなら問題ない。しかし、それが悪い動きであったなら?」


 会話の最後にそんな話を聞き、わしらは無言で店を後にした。



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