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遠征の肆


 日本の行政の中枢。内閣総理大臣が執務を執り行う厳格な建物の一室で、わしは緊張の極みに至りながら椅子に座っていた。


 呼吸さえも凍り付くような感覚。

 静かでいて、炎のように熱い。

 そのような錯覚を感じさせるほどの気配を放つ人物が目の前におる。


 そう、これこそが信長様の放つ威厳じゃ。


 つーかな。あの後利家殿を仲介する形で、雪斎殿の件を信長様に報告するようお願いしたんじゃ。

 織田家にとっても悪い話じゃないからな。


 しかし利家殿の携帯電話に電話してから数分後、信長様から直接電話がかかってきおったんじゃ。

 んで、今すぐ首相官邸に来いと。


 人使い荒いなこんちくしょう。


 ――いや、そうではない。

 これこそが信長様の持つスピード感。これについて行けないと織田家ではやっていけんのじゃ。


 というわけで夜遅くにもかかわらず、わしはすぐさま頼光殿一行とともに首相官邸へと赴いた。


 だけどじゃ。

 首相官邸に赴くと、なぜか三原がいたんじゃ。

 あと揃いも揃って各大臣を受け持つ織田家の家臣団が、全員集合してやがる。

 夜中なのに……みんな家帰って寝ろよ、とわしが思うのも無理はない。


 しかもじゃ。柴田の親父殿が例によってものすごい殺気をわしに向かって放ち、それに気づいた頼光殿たちが同様の殺気で威嚇しておる。

 なにより勉強をないがしろにして動物園に行っていたことがバレちゃったため、三原からの殺気がすごい。


 それらもろもろの事情のせいで緊張感が半端ないけど、何はともあれ今日の報告じゃ。


 いや、その前に三原に言い訳せんといかんな。


「……上様?」


 緊張した面持ちでわしは口を開く。

 対する信長様はいつもの冷笑を浮かべながらわしの言に答えた。


「ん? どうした?」

「そちらの源義仲に……あの……先に言い訳をさせてくださいませぬか? 今日勉強をサボって動物園に行ったわけを……その……あの……」


 本来なら信長様を前にしてこんな主張はありえん。

 だけどこの5年間わしも頑張ったし、それだけの我儘を信長様に言えるだけの関係性も築いたのじゃ。


 まぁ、こういう無礼なお願いをすると、例によって織田家臣団からのひんしゅくがすごいけどな。


「貴様……上様の御前でそのような……?」


 そしてわしの体に襲い掛かる武威と殺気。

 内閣を構成する二十数人の閣僚たちからそれらが一気に放たれたけど、わしはそれに耐える。

 つーかこんなもん、慣れてしまえば蚊に刺されたほどのわずらわしさしかない。

 なぜならわしは全開放した華殿の武威をしょっちゅう身に浴びておるからな。


 もちろん信長様はそんな部下の武威や殺気にも気づいておるし、それらを受けながらも平然と座っているわしの度胸にも気づいておる。

 ふっふっふ。華殿もたまには役に立つな。


「かまわん。貴様が先に義仲の殺気を収めよ。くっくっく」


 ほら、信長様も笑いながらわしの願いを聞きとどけてくれた。

 じゃあここからは気を取り直して――三原に謝罪しようぞ!


 と思ったけど、次のわしの一言がちょっとマズかったらしい。

 あかねっち殿をまねて正々堂々と言い訳しようと思ったんだけど、それが三原の怒りに触れてしまったんじゃ。


「三原! すまぬ! わしら、動物園でめっちゃ楽しんできてしもうたわ!」


 次の瞬間、わしに襲い来る高速の飛び膝蹴り。

 しかしわしもそれを武威と法威を駆使して何とか防御する。


「ぐぬぬっ……ちょ、落ち着いてくれ三原……」

「ああん? 何を落ち着けと? みぃーつーなーりぃー? 俺言ったよなぁ? 受験勉強を加速させろって」

「わか、わかっておる! わかっておるから……」

「じゃあなぜそんな遊び惚けている? ああん? しかも動物園だぁ?」

「そ、そうじゃ。上野の動物園じゃ。いと楽しか……じゃなくて。三原? わかっておる。わかっておるから、その……膝の圧力が……ぬぉおぉぉおぉ」


 どうでもいいけど、わしに膝蹴りを防御されてもなおその力を緩めずに……そして鬼の形相で睨んでくる三原はまじで鬼の様じゃな。

 その発言もチンピラのごとき気配を漂わせておる。

 これ、めっちゃ怒っておるな。


 じゃあ、そろそろちゃんと説明しないと。


「今日が唯一のチャンスじゃったのじゃ! それぞれ部活やサッカークラブを引退し、定期考査が終わったこのタイミング!

 皆が集まれるのが今日しかなかったのじゃ!」


「ほう……続けろ……」


「分かってくれ! 皆まだ遊びたい盛りのわっぱじゃ。今後、勉強に関しても皆がしっかり精進するようわしが目を光らせておく!

 だけど今日だけじゃ! 皆夏休みの受験勉強も頑張ったし、その褒美の意味でも気晴らしがてら動物園への進軍を進めてみたんじゃ!

 わしが大人の目線からそう判断したんじゃ!

 だから今日だけはわしの顔に免じて許してやってくれ!」


 ちなみに先週ゲームセンターで遊んでいたことは三原には内緒じゃ。


 でも――さて、ここまで言えば三原も怒りを収めてくれるじゃろう。


「むぅ……それならば仕方ない。今回は許そう」


 ほらな。

 わしもだいぶ三原のことが分かってきたわ。


 ちなみにこのやりとりを見ていた信長様は大爆笑。三原が落ち着いた様子で元いた席にもどり、信長様からは「相変わらずただの子供を演じているんだな」と言われた。

 それに対してわしは短く「ははッ!」と返すのみ。


 しかしことは急を要するため、わしは無理矢理本題へと入ることにする。


「お時間頂きありがとうございます。では本題へ……。

 先程利家殿を通してご報告した通り、本日上野の動物園にて我が弟康高の前世である徳川家康の師、太源雪斎の転生者と出会いました。大きなヘビでした」


「ならばすぐにそのヘビに護衛をつけよう」


 話はえーよ!

 いや、落ち着け。これこそが信長様の持つスピード感。遅れてはならんのじゃ!


「これから武田、今川との接触に入ります。その名も“新・甲相駿三国同盟”。それがしの予想が正しければ相当に強固な同盟が結ばれるかと」

「ふむ」

「もちろんその同盟を利用して織田勢に敵対する気など毛頭ございません。むしろ織田勢もこの三国同盟に立会人的な役割として入ってもらえないでしょうか?

 さすれば織田勢にとっても悪い話ではないかと?」

「ふむ」


 わしの言に対し、信長様は短く答える。

 いや、数秒ほど何かを考えこむ素振りを見せ、そして信長様が再度口を開いた。


「よきにはからえ」


 うーむ。さすがじゃ。

 利家殿から聞いたであろう話。そしてたった今わしが伝えた話。

 これだけの情報から三国同盟に関わる上での織田家のメリット・デメリットを計算し、メリットの方が大きいとみるや否やその旨を短い言葉に乗せて返してくる。


 これこそが信長様。

 いやはや、やはり信長様は一味も二味も違うな。


 と思ったのもつかの間。


「さすがは“サル”の懐刀。よいぞよいぞ。あの世でサルが喜んでいる姿が目に浮かぶわ」


 信長様が突如殿下の名を出しつつ、わしを褒めてきよった。


 くっそ。卑怯じゃ。

 そんなん言われたらわしの号泣スイッチが入ってしまうわ!


「えぐ……えぐ……」

「だから泣くなと言っているだろう? 貴様はいつになったらそれを我慢できるようになる?」


 つーか信長様、明らかにわしの想いを知ってて、わざと殿下の名前を出したよな。

 こういうところはずるいんじゃ。

 でも泣いておる場合ではない。話を進めようぞ。


「えぐ……ひぐ……と、ところで甲斐の武田はどんな業界で暗躍しておられるのでございましょう?」


 この点はわしもよく知らん武田家の内情じゃ。

 でも三国同盟を成立させるに先立ち、そういうのは知っておかんとな。

 信長様なら国の情報網を使ってそういうのは調査済みじゃろう。


 まぁ、わしの隣にいる頼光殿だって日本の公安・警察庁・警視庁に顔のきく人物じゃし、そっちに聞いてもいいんだけどな。

 この質問はちょっとした世間話的な会話じゃ。


 しかしながら泣き顔を必死に隠しつつのわしの問いに、信長様から予想外な答えが返ってきた。


「日本では珍しい、国産の銃火器メーカーだ」


 ぶぁっはっは! あの武田家がよりにもよって銃火器の業者とは!?

 長篠の戦いで信長様の鉄砲部隊にやられたのがそんなに悔しかったのか!? くわっはっは!


 だけど――それならば面白い将来像が描けるぞ!


 信長様は言わずもがな内閣総理大臣。んでもって武田家は銃火器のメーカー。

 そうじゃ。アメリカから強制的に買わされる自衛隊の装備を国産一色に染め上げる。

 それが可能となる繋がりができるんじゃ。


 なんだったら国産の武器を輸出産業として成長させたらどうじゃろう?


 それが成功したら――?

 軍事産業はとてつもない利益を生むから、この国の国力は増大する。

 信長様の織田勢力にとっても悪い話ではないはず。

 まぁ、それに先立ち信長様には日米軍事協定の一部を変えるため、アメリカと1回バチコンやらかしてもらわんといけないけどな。


 とわしがそのことをお願いしようとしたら、信長様が一足先に口を開いた。


「では……アメリカとひと悶着しなくてはいけないな」


 だから理解が早すぎるってば!

 いや、だからこその信長様で、ゆえにこその信長さ――えぇい! 落ち着け、わし!


 しかし必死に冷静さを保とうとするわしに、信長様の追撃が襲い掛かる。


「では貴様は別に動け」

「ははっ! しかし、“別に動く”というと?」

「新宿歌舞伎町――闇の社会を牛耳る男、斎藤道三と会うんだ」


 え? あ、え?

 わし、まだ道三殿の話はしていないんだけど……なんでまたここで道三殿の名前が……?


「ちょうどその話を義仲としていたところなんだ」

「くっくっく」

「ふっふっふ」


 ここでなぜか笑い合う信長様と三原。仲いいなぁ……。


 じゃなくて――ここでもまさかの繋がりじゃ。


「どうした? 無理か?」

「え、あ、いえ……ただ、ちょうど道三殿の話をこの後上様にしようと思っていたところでしたので……」

「では無理ではないではないか?」

「ははッ! 無理ではございません! そのように!」


 さすれば会わねばなるまい。

 美濃の斎藤道三殿に。


 ちなみに前世における信長様の正妻、濃姫様は斎藤道三殿の娘じゃ。

 だけど現世の道三殿がどういう人物か気になるな。

 いや、聞いてみよう。


「ところで……現世における道三殿はどのような人物でございますか?」

「ぶっちゃけ指定暴力団の会長をしている。歌舞伎町にいるが、東京全域の闇社会を牛耳っているな」


 怖えぇよ!

 いや、怖がっている場合じゃない!


 なんだったら黒づくめのスーツ姿で黒塗り高級車を乗り回しておる頼光殿たちだって、見ようによってはそこら辺のヤクザの若頭ぐらいに見えるからな。


 そんな頼光殿たちとマブダチのわし――うむ、一般人から見れば似たようなものか。


 それにしても……偶然にも、信長様は道三殿の生きる世界を闇の社会と表現なされた。

 転生者社会が裏の社会なら、暴力団社会は闇の社会。

 そういうものじゃろう。ちょっと怖いけど……。


 あっ、でも、そういえば三原も今日新宿に行っておったというし、この件に三原も関わってくれるなら危険はあるまい。

 じゃあ石田三成たるもの、ここは1つ覚悟を決めてその闇の社会に足を踏み入れてみようではないか。


「ふぁっはっはっは!!」


 と、思わず高笑いをしてしまうわし。

 もうさ。やけくそじゃ。


「何がおかしいッ!? 小僧ッ!」


 だけどじゃ。

 信長様を前にして突如笑い始めたわしは柴田の親父殿に怒られたけど、信長様はそんなわしを見て同じように笑っていた。




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