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在城の壱


 夏が過ぎ、しかしながら残暑の厳しい日々が続く季節。わしは一軒家城の自室のベッドでくつろいでいた。


「ふぁーぁ……」


 そんなわしの近くにはよみよみ殿。わしの寝るベッドの端に背を持たれながら、“月刊『こぶし道』”なる空手雑誌を読んでおる。


 そんな15歳の秋じゃ。


 とはいえ、わしらはイチャイチャしておるというわけではない。

 これから例のメンバーたちがわしの城に集まり、“第2回定期テストの結果発表会”なるものを催す予定なのじゃ。

 それに先立ち学習塾の“特進コース”に所属するわしとよみよみ殿が他のメンバーより早く授業を終えるため、2人そろってわしの部屋におるという次第じゃ。


 もちろんわしとよみよみ殿も幼馴染みの関係。部屋で2人きりだからといって、これといった緊張は無用。

 というか石田三成たるわしと、島左近たるよみよみ殿に何の隔たりがあろうか。


「ふぁーあぁ……」

「む? ……えい!」

「痛っ!」


 あくびがてら寝返りを打ったらたまたまわしの足がよみよみ殿の肩に当たり、裏拳をすねに打ち返すという反撃をよみよみ殿からくろうたけどな!


 おい、ちょっと待てよ! と。

 おぬし、わしの家臣じゃろうが! と。


 しかしここでわしがさらなる反撃に出ようにも、それは例によって邪魔される。

 というか学習塾の“基礎学力コース”に通っておる他のメンバーがこの時ちょうど我が城の階段をどこどこと上がり、わしの部屋に侵入してきた。


「遅くなってごめんね!」

「あかねっちが進路指導食らっちゃって!」

「ちょ、私だけじゃないでしょ!」


 などなどそれぞれが挨拶を交わし、そして一同神妙な面持ちで円陣を組む。


「よし、じゃあ今回のテストの結果発表と“三原コーチからのありがたいお言葉”の会議を……始めるぞーッ!」

「おーッ!」


 わしの言に各々が叫び返し、わしの部屋でギューギュー詰めになる感じで座り始めた。



 ちなみにこの会議における進路相談係は三原じゃ。

 弁護士業務で忙しいところ申し訳ないがこういう時は役に立つ人材なので、“基礎学力コース”の受講が終わる時刻をもって我が城に来るよう願いあげておる。

 それぞれが床やわしのベッドに座った後、三原はわしの学習机の椅子にどっしりと構え、そして会議は始まった。


「まずは光成だ」


 三原の言に反応し、わしは立ち上がる。


「よし! 石家光成! 行くよ!」


 その叫びに対し、一同が固唾を飲む感じでわしを見つめてきた。


「国語89点! 数学96点 理科97点! 社会100点! 英語98点! 計480点!」

「おぉー!」


 もちろんわしの点数に皆驚き顔じゃ。

 でもこれも当然。なんというてもわしはあの“石田三成”だからな。

 たかがわっぱの試験など、これぐらいの点数をとって当然なのじゃ。


「うむ。よくやった、光成。順調だな」

「当然だよ!」


 わしの発表に三原が軽く言を添え、わしもその言にわっぱモードの言葉使いで勇ましく答える。

 そしてお次はよみよみ殿じゃ。


「じゃあ次。清美?」

「は、はい……」


 同じく三原がよみよみ殿に発表を促し、よみよみ殿が立ち上がった。


「こ、国語……96点。数が、学……97点。理科、100点……。 しゃ、社会……98点。英語は……93点。計484点……」

「おぉ!」

「よみよみ、すごい!」

「よみよみぃ! 今回は光君に勝ったね!」


 つーか負けたぁ!

 おい、ちょっと待て! よみよみ殿よ! いや、左近よ!?

 おぬし、わしの家臣じゃろ!? そこはわしを立てろよ!


「……ぐぬぬ……」

「……ふ、ふふっ……!」


 悔しがるわしと、それに気づいてご満悦の笑みを漏らすよみよみ殿。


「おー。今回は清美も頑張ったな。しかし……その成績であの農業高校に行こうとは……」

「だ、大丈夫。三原コーチ……私、将来はの、農業の改革に……取り組みたいから……」

「そ、そうか。なら俺は何も言わん。その調子で頑張れ。目指すは国立大学の農学部な? それも視野に入れておけ」

「……はい……」


 わしが悔しがっておる脇で三原がわし同様に“ありがたいお言葉”をよみよみ殿に伝え、よみよみ殿もなんかかっこいいことを言い始めていた。

 だけどそれらの言葉は、4点差で負けてテンションだだ下がり中のわしの耳には届かん。


「じゃあ次。勇多?」

「うん!」


 悔しさで虚空を見つめ始めたわしを置いてけぼりにして、会議は進む。


「小谷勇多! 国語65点! 数学53点 理科67点! 社会74点! 英語69点! 計328点です!」

「宇多華代、いっきまーすぅっ! 国語! 83点! 数学! 48点 理科! 90点! 社会! 42点! 英語! 58点! 計321点でーす!」


 んで、ここまではよい。

 勇殿も華殿も平均点をしっかり確保しておるし、なんだったら勇殿は各教科の学年平均から誤差3点以内に抑える平均っぷりじゃ。

 華殿において、点数のばらつきが少し気になるけど、結果5科目合計点は学年平均よりちょっと低いぐらいだからまぁよかろう。

 ついでにわしはまだよみよみ殿に負けたショックから立ち直っていないけどそれはどうでもいいとして、問題はこっからじゃ。


「次、明兼(あかね)」


 三原の低い声が鋭く響き、対照的にあかねっち殿はそんな三原の攻撃的な声を受け流すように明るい声で叫んだ。


「直川明兼! 国語! 32点! 数学! 26点 理科! 30点! 社会! 23点! 英語! 16点! 計127点だよ!」


 ひどい……。

 いや、本当にひどい……。


 しかし、これも1つの道じゃ。

 世の中には勉強のできないわっぱも数多くおるじゃろう。

 そのようなわっぱは何も勉強だけにこだわらず、いろいろな形で人生を歩んでゆけばよい。

 だからこのような点数をとるわっぱがいてもいいと、わしも思うんじゃ。


 でもじゃ。

 あかねっち殿は直江兼続の生まれ変わりたるにふさわしいリーダーシップを持っており、なんだったら小学校から今現在に至るまでずっと学級委員長の類を受け持ってきた。

 つーか今わしとあかねっちは中学校で同じ足軽組に配属されておるし、そんな足軽組でもあかねっちはリーダーじゃ。


 これが俗にいう“委員長タイプ”なのじゃろう。


 いや、だからこそじゃ。

 委員長タイプだからこそ、そういう点数はとっちゃいけないと思うんじゃ。

 つーか普通“委員長タイプ”というのは勉学においても優秀なのが常じゃろう?

 なのにこの点数って……世の委員長タイプに対して申し訳ないと思わないのか?


「明兼……? 貴様、ふざけてるのか?」


 ほら、三原もキレかけておる。


「いいえ。真剣に頑張ってこの点数ですっ!」


 しかしながらはっきりと言い訳するあかねっち殿のさわやかな笑顔にかわされ、三原の怒りはどこかへと行ってしまった。


 そしてさらなる問題は次のメンバーたちじゃ。

 その名も関東に知れ渡る西中野FCジュニア。その黄金の中盤を構成するこの4人じゃ。


「山田 蛇都狩(ジャッカル)! 国語27点! 数学97点 理科15点! 社会8点! 英語17点! 計164点!」


「佐藤 歌論(カロン)! 国語98点! 数学11点 理科9点! 社会23点! 英語19点! 計160点!」


「高橋 実乃守(ミノス)! 国語7点! 数学24点 理科21点! 社会12点! 英語98点! 計162点!」


「鈴木 黒延主(クロノス)! 国語16点! 数学8点 理科20点! 社会99点! 英語27点! 計170点!」



 そうじゃ。冥界四天王じゃ。

 それぞれが1教科だけ突出していい点数を出し、それぞれの弱点を誰かがカバーするように点数を取っておる。

 これが徳川の底力か。これこそが三河衆の連携なのか。

 と、わしは少し怯えた様子で武威を漏らす。


 とはいえ四天王は4人。主要科目は五教科。理科をカバーする人物が1人足りん。

 なぜかこの点にわしは一安心するが、ここで予期せぬ人物が会議に侵入した。



「石家康孝ァ! こないだの夏休み復習テストの結果行きまーす!

 国語! 16点 算数! 23点! 理科 100てーん! 社会はーァ、5点でしたぁ!」



 9歳になった康高じゃ。なぜかこの会議に当然のように出席しておるが、それは仕方ないとして……いや、仕方ないことあるかァ!


「康君! 入ってきちゃダメって言ってるでしょ! てゆーかいつの間に……? ほら、お兄ちゃんたちの邪魔してないで早く出てって!」

「いやだー! 僕もここにいるんだぁーッ!」


 でもこういう時は冥界四天王がしっかりと康高側につきやがるんじゃ。


「ちょ、光君!? いいでしょ!? 康君がここにいても!」

「そんな冷たいこと言わなくても! ねぇ、康君!?」

「ほら、光君! 康君の手を放して!」

「んぐぐ、みんなぁ!? みんなで光君を止めるよ!」


「おぉー!」


 そんでもって康高を部屋から連れ出そうとしたわしは、冥界四天王によってそれを止められる。

 よくわからん柔道技で四肢をまんべんなく固められたわしは抵抗すること叶わず、結局康高はこの会議に引き続き参加することになってしまった。


 じゃなくて――。


 冥界四天王唯一の穴と思われた理科を康高がちゃっかりカバーしておるのじゃ。


 うーん。この5人の連携はやはり天与の運命なのか?

 とわしが思わぬ視点から冥界四天王に恐れを抱いておると――あと、ジャッカル殿たちから本当に武威を用いた体術でがんじがらめにされていたのでそれにちょっとした恐怖を抱いておると、ここで三原がキレた。


「お前ら……ふざけてんなら、俺は帰るぞ……?」


 そして激しい武威の放出。ついでに法威もいかんなく発揮し、取っ組み合いをしていたわしらを恐怖で沈黙させた。


「ご、ごめんなさい、三原コーチ。か、会議を続けよう」

「いや、わかればいいんだ」


 わっぱモードのわしの謝罪に対し、三原が武威を収める。

 みんな冷静になり、進路相談を再開じゃ。


「よし、とりあえず今回の考査は終わった。問題はここからだ。秋から冬に向けて、各々受験勉強を加速させろ」


 三原の言葉に各々が頷く。


 とはいっても実際問題、わしと勇殿は野球の強豪校からいくつかの推薦をもらっておる。

 全国大会の4強まで進んだこの夏の大会。わしと勇殿のバッテリーは地元の強豪校の目に留まるにふさわしい活躍をして見せたのじゃ。

 毛利勢の若き武威使いが9人揃った山口県の中学校には敵わなかったけどな。

 あれは卑怯じゃった。わしら必死に武威を隠しながら戦ったのに、毛利勢ときたら……いや、この話はやめておこう。


 何はともあれそんな感じで野球部を引退し、わしらはめでたく受験生となったのじゃ。

 まぁ、先に言ったようにいくつかの強豪校からスカウトされておるし、気楽といえば気楽なもんじゃ。

 ところがどっこい、わしら地元の公立校へ行こうと思っておるんだけどな。


 わしと勇殿……。

 この2人で地元の弱小校を甲子園へと導く。


 なんてスリリングな3年間になるじゃろう。


 というわけでわしらは地元のなんでもない高校へ。対する冥界四天王はむかつくことに関東最強クラスのサッカー強豪校に4人そろってスポーツ推薦を取ってやがる。だからこそのこの点数じゃ。


 そして華殿とあかねっち殿とよみよみ殿は地元の農業高校へと進学する予定じゃ。

 あかねっちの成績が少し不安で……逆の意味でよみよみ殿の成績と志望校のバランスも不安で……でもこれこそ農業三騎衆の団結力。

 当然といえば当然のことなのじゃ。



 んで、ここまではよかろう。気楽なテスト結果発表会もそんな気楽な感じでやっておるからな。

 問題は高校に入学してからの生活じゃ。


 いわずもがな、わしらは転生者。

 裏の世界で何かあったときには闇の社会で暗躍せねばなるまい。

 そうなったときに授業や部活動の練習を免除されるよう、高校側に話をつける予定じゃ。

 もちろんその計画に支障はない。


 一見何でもない中学生の高校入学になぜか総理大臣たる人物の介入があったとすれば、高校側としても従わねばならんからのう。

 くぇっへっへっへ!


「ふひ……」

「ん? 光成? どうした?」

「いや、なんでもないよ、三原コーチ。じゃあ最後にそれぞれに勉強の指示を?」

「あぁ、わかった」


 最後各々が三原からより詳しい助言をもらい、会議は終わる。三原は新宿に用があるといって部屋を後にした。



 そしてこれからがさらに重要な会議じゃ。


「来週の週末の件だけど……」


 三原の足音が消えるのを待って、あかねっち殿が口を開く。

 実のところ、わしらは来週末に上野にある動物園なるリゾート地へと遊びに行くことになっておる。


 受験勉強をしろと言う三原には内緒だけど、それぞれが中学の部活動やサッカークラブを引退、かつ、定期テストが終わったこのタイミングこそ、皆揃って遊びに興じるまたとないチャンスなのじゃ。

 例によって康高が当然のごとく参加するのだけれどそれはもうあきらめるしかないとして、動物園への進軍はこの上なく楽しみなイベントじゃ。


「じゃあ、中野駅に10時に集合ね。康君は光君が連れてきてね」


 あかねっち殿が偽りの委員長キャラを見せつつ、会議はとんとんと進む。

 ついでに保護者として頼光殿たちを誘うという話もしつつ、1時間ほどで会議は本当に終わった。

 そして、ここでジャッカル殿が背伸びをしながら口を開く。


「うぇーーー……よし! 遊びに行こう!」


 遊びとな?


「ほう……」


 時計を見ればまだ午後の2時半。15歳のわしらにとって、まだまだ外出を許される時間じゃ。

 ならば仕方なし。


「そだね。どこ行く?」


 わしの言にクロノス殿が答え、あかねっち殿がそれに続いた。


「カラオケ……いや、今日はショッピングモールのゲームセンターが安い日だね」

「じゃあそこにしましょ。お金は? みんな大丈夫? 光君の口座からお金下す?」

「うん、じゃあそうしよう。こないだテラ先生のお仕事手伝った時の報酬が僕の口座に入っているから。でも、みんなお小遣いは2000円までだからね。テラ先生との約束だから。特に華ちゃん!? UFOキャッチャーでドはまりしちゃだめだよ?」

「ふぁ? ……う、うん。あたあた、当たり前じゃん! 人聞き悪いこと言わないで、光君!」


 そんな感じでその日は近所の大型ショッピングモールにあるゲームセンターにいくことにし、わしはというと、康高とコンビを組んで太鼓のゲームに没頭することとなった。





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