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決戦の捌


 不可解な敵の動きに対し、わしは顔をしかめる。

 しかめながらも、わしらのベースキャンプにいた旧坂上勢力に檄を飛ばした。


「総員戦闘態勢! 北東から義経の軍が攻めてくるぞ! 応戦せよ!」


 しかし敵は山中に展開するこちらの部隊を綺麗に避けるようにして接近しておる。

 敵はわしらの位置ばかりか、こちらの部隊の展開状況すら正確に把握しておるようじゃ。


 なぜじゃ? なぜこちらの部隊をこうも綺麗に避けながら接近できる……?


 ――いや、その理由はうっすらと理解できる。


“武蔵坊弁慶”


 おそらく華殿を除けば今の日の本で最も強力な武威の持ち主。

 しかし重要なのはそこではない。


 やつが僧兵だということ。


 それはつまり、やつが法威を操れる可能性を示唆しておる。

 そしてその事実は『弁慶が武威の緻密な操作に優れている』という可能性にもつながり、果ては『わしの武威センサーのように武威使いの現在地を把握できる能力も持っている』という可能性まで昇華できるのじゃ。


 しかしそんなことは予想済みじゃ。

 わしごときの武威使いですら武威センサーを操れるのなら、いずれ同じ能力を持った敵に遭遇する可能性だってあるからな。

 こんなもんどう考えたって想定の範囲内じゃし、しかも史実によれば義経一派は源平合戦において奇襲を仕掛ける武将として有名じゃ。

 歴史に名高い奇襲メーカーじゃな。


 んでそれらの奇襲が、武威センサー技術によって成功たらしめておったということじゃ。

 うむ。今まさにその奇襲が訪れたというだけで何も慌てることはない。

 そのためにこの場に三原や頼光殿一派を集合させておるのだからな。


「坂上勢力A~C班、南へ400メートル移動! D、E班は西へ300メートル移動じゃ!

 義経一派と遭遇するけど、敵の主力には手を出すな。無理のない範囲で敵のザコどもを打ち倒せ。敵兵の数を削り取るんじゃ!」


「はっ!」

「御意!」

「了解!」


 まっ、おめおめと敵を丸ごとこの場まで来させるつもりもないけどな!


「その他の坂上兵はここに集合じゃ! 敵を迎え撃つぞ!」

「おうっ!」


 わしの指示に無線機の向こう側から勇ましい声が返ってくる。

 だけどわしの兵はそれだけではない。


「利家殿ぉッ!?」

「おう!」

「そちらも動いてくだされ! 打ち合わせ通り総指揮は利家殿に任せますゆえ!」

「わかった! まかせろ!」


 この会話を機に、半径20キロメートルに及ぶ包囲線が一気に縮小を始める。

 武威使いによる進撃により、30分もすればここに数百にも昇る戦国勢力が集まろう。

 囮役の康高とそれを守るわしらはそれまで持ちこたえればいいのじゃ。


 とここまでがこの作戦におけるセオリー。でもわしはそこからさらに上の策へと移る。


「さて……ではやつらを迎え打とうか。

 三原よ? 本当にいいのじゃな?」


 わしの武威センサーがせわしなく騒ぎ、遠くの方から義経一派が迫る実際の気配も感じられながら……しかしわしは不敵な笑みで三原に問いかける。

 いや、不敵な笑みの中にちょっとだけ不安そうな表情が混じってしまった。


「ん? ……あぁ、もちろんだ」


 なにがもちろんなのか?


 その実、この男はよりにもよって武蔵坊弁慶の相手を1人で引き受けようとしておる。

 そりゃまぁ、あんな武威の化け物を三原1人で片づけられるならこの戦いの軍師たるわしにとって嬉しいことこの上ないけどさ。

 でもさすがの三原でも荷が重かろう?

 と思わせるほどに弁慶の武威はその他を超越しておる。


 ……じゃあ、華殿を三原につけたら?


 などと思うのも当然。

 しかしながら武術において不安のある華殿じゃ三原と弁慶のやり取りについていけない可能性がある。

 でもでも頼光殿を三原と組ませると義経を抑える戦力が不足するし、じゃあいっそのこと吉継を……と考え込んでおったら、三原が「俺に任せろ。やつとは因縁もあるからな」と言い放ち、わしが反論する暇もなく決定じゃ。


 まぁ、そう発言した時の三原の目つきは覚悟を決めた誇り高き戦士のようであり、しかしながら野獣のような鋭き眼光を放ってもいて。

 なんというかこう、わしがあれこれ言ったところでどうにかなる状況じゃなかったんじゃ。


 んでそういう経緯で弁慶の相手は三原に決まり。


 そして自分でもちょっと予想外なのがわしのパートナーじゃ。


「義経の武威も近づいておる! 行くぞ、頼光殿!」

「はい! 存分に戦いましょう!」


 源義仲である三原に負けず劣らずのビッグネームであり、その実力も三原に負けずとも劣らない頼光殿。

 三原VS弁慶のカードが決まった時に頼光殿もわしらの会話に入っておったのじゃが、その流れで頼光殿は義経とのタイマンを願い出てきおったのじゃ。

 だけどそこで譲れないのが、わしというひねくれ者じゃな。


 わし1人では義経の足元にも及ばん。

 むしろ頼光殿なら義経を打ち取るにふさわしい力を持っておる。土蜘蛛や酒呑童子討伐の伝説を持つぐらいのつわものだからな。

 かつ、この戦いは頼光殿に義経を打ち取らせるだけの理由がある。

 でもスクランブル交差点での一件があるゆえ、義経ならわしを狙ってくるじゃろう。

 わしも“頼光殿と一緒に戦い、かつ義経を打ち取った”という実績が欲しい。


 というわけで「じゃあ頼光殿と一緒に戦おう!」と。

 歴史的ビッグネームの戦いにむりやり混ざり込んだ感が否めないけど、それでも頼光殿は嫌な顔一つ見せずに了承してくれた。

 なので義経の対戦相手はわしと頼光殿じゃ。


「吉継よ! そちらは任せたぞ!」

「おうよ! 貴様も死ぬでないぞ!」


 そして伊達さんとこのクソガキには勇殿と華殿。そしてあかねっち殿とよみよみ殿。

 さらには奥州藤原氏の一味には綱殿たち4人と冥界四……じゃなかった。徳川四天王。

 これらをぶつけるように打ち合わせており、同時になにが起こるか分からない戦場だけにそれぞれのグループのリーダーには吉継と綱殿を置き、有事の際には柔軟な対応をとるように指示しておる。


 うむ。これで準備は万全。さぁ、源平合戦の英雄よ! 心おきなくかかってこい!


「死ね、クソガキが!」

「ふぉ!」


 って、いきなり目の前に義経が現れたぁ!

 なぜじゃ? なぜこんなにも早くわしの前に来れるんじゃあ?

 しかもめっちゃわしのこと狙ってるぅっ!

 とてつもない速度の膝蹴り。ギリギリかわせたけど、怖いぃいぃいいぃぃぃ! 義経めっちゃマジやんけ!


「ふん!」


 しかし義経の奇襲で態勢を崩したわしに、義経のさらなる攻撃が襲いかかる。

 と思って慌ててスタッドレス武威を発動したら、その間にも頼光殿が義経の背後に回っておった。


「貴様こそ……死ね……」


 頼光殿はかっこよくつぶやきながら暗殺者のごとき動きで義経に襲いかかる。そのおかげで時間に余裕ができ、わしもスタッドレス武威で2人の攻防に混ざり込んだ。


「頼光殿! この男はやはりぴょんぴょん跳び跳ねる戦闘スタイルじゃ! 華殿と同じじゃ!

 ゆえにわしがやつの着地を狙うから、頼光殿は上から攻めろ!」

「承知いたしました!」


 わしの言に闇の中から声が返る。

 いまさらだけどさ。そりゃまぁわしの武威センサーは高性能だから頼光殿の武威も何とかとらえておるけど……頼光殿のさ、気配がないんじゃ。

 なんというか……生き物としての反応というか、武士としての威圧力というか。

 そういうのが全く感じ取れないんじゃ。

 人間ってここまで綺麗に気配を消せるものなのか……?


 などと思いながらまたまた頼光殿の能力にちょっとだけ恐怖してみたけど、この戦場はそんなことを思っている時間もない。


「殿ーーッ!」


 一足遅れてとんでもない武威を持つ弁慶が姿を現し、その背後には義経配下の武将と奥州藤原氏の武将と思われる武威使い50余りが続く。


「弁慶! お前は義仲を殺れ! この2人は俺が引き受けた!」

「わかりま……」

「ふっ。貴様の上司が俺とお前のタイマンを所望だ。では存分に殺り合おうか」


 ふっ。義経と弁慶が短い会話をしておる間にも三原が弁慶の前に立ちふさがり、不敵な笑みとともに宣戦布告じゃ。

 運のいいことにあちらも三原と弁慶の一騎打ちを目論んでおったようなので、願ったり叶ったりじゃな。


 唯一の不安は……弁慶が近くに来たことで改めて弁慶の武威の強さを認識させられる。

 しかもその巨大な武威を、法威でしっかり操っている様子も見て取れる。

 やはり奥州源氏・藤原氏一派の最強はその男じゃ。

 死ぬなよ、三原よ。


「わしら2人を相手に油断とはいい度胸じゃな! えい!」


 わしは三原に一瞬だけ視線を送り、再度義経に襲いかかる。

 スタッドレス武威を駆使して義経の足元に接近し、すねを狙って金属バットをフルスイングした。

 結果、わしの貧弱な攻撃が見事義経のすねにヒットし、義経は痛みにゆがんだ顔をしながら背後に後退する。

 武蔵坊弁慶のいる前で、“弁慶の泣き所”を攻撃するわしは結構いいセンスしてると思う。


 ――じゃなくて!

 いつの間にか三原と弁慶が戦いながら遠くへ離れ、一方でわしから距離を置いた義経の背後にまたまた頼光殿の登場じゃ。


「えぇーい! 邪魔くせェ!」


 わしと頼光殿のコンビネーションに義経がいらついたような言を発し、今度は頼光殿と義経の攻防戦が開始される。

 わしにはかろうじて見える速度で双方の武器が重なり……あっ、義経の持つ日本刀が頼光殿の肩に……いや、あれは残像か。

 ふーう。何という戦いじゃ。

 わしの目をしても残像と誤解させるほどの速度で動く頼光殿と、それに余裕でついて行く義経。


 でもこの戦いに気押されるわしではない。


「ふん! ふん! 邪魔じゃ!」


 その時わしの周囲に敵兵が集まってきたので、わしはJSBB規格・軟式少年用・長距離打者仕様トップバランスの金属バットを2、3度振り回す。

 その攻撃は敵に致命傷を与えるほどではなかったが、敵をわしから遠ざけるのに十分な攻撃であった。


「ぐっ」

「がはっ」


 やつらがわしに弾き飛ばされた先には頼光四天王の坂田殿と碓井殿がいたからな。

 片方は坂田殿の腕力によって頭部をつぶされ、もう一方の敵は碓井殿の剣術によって四散した。

 んでもってわしの背後に綱殿の気配じゃ。


「失礼、三成さん。取り逃がしました」

「かまわん。その調子で敵をわしらからできるだけ遠ざけてくれ」

「了解。三成さんも頑張ってください。うちの大将がめずらしく本気になっている。それはつまり義経がかなりの使い手だということ。勝敗はあなたの力にかかってますよ」

「嫌なプレッシャーのかけ方すんな。でも……任せるんじゃ。わしもだいぶエンジンかかってきたところじゃ。うへへ」

「ふっ。また気持ちの悪い笑い方を……それじゃうちの大将お任せします」

「おう。任せとけい!」


 そして2人同時に動き出す。

 綱殿は引き続き奥州藤原氏の武将たちの元へ。わしは頼光殿と激戦を繰り広げておる義経の元へ。


 再び頼光殿とコンビネーションを組みながら義経を攻め続けたんだけどさ。


 でも義経が強いんじゃ。

 これ、義経の方が頼光殿より強いんじゃ?


 ――いや、そうでもないな。

 頼光殿はまだ顔に余裕がある。対する義経は息を切らし、顔をゆがめながらの戦いじゃ。

 さすればやはり勝機はこちら側にあり。

 思った以上に義経が粘り強いというだけで、こちらも粘り強く攻め続ければ必ずや勝てるじゃろう。


「頼光殿! じっくり攻めようぞ!」

「ん? ……あぁ。はい!」

「ちっ……」


 わしの言に頼光殿が何かに気付いたような様子で返事を返し、対する義経が苛立ったように舌打ちした。

 さすればわしの予想は正解じゃな。やはりここは粘り強く、じっくりと……



「おにいぢゃーーーーん! がんばっでぇーーーーー!」



 なんでこのタイミングで康高が登場やねん!

 寺川殿と一緒に隠れておったんちゃうんかい!

 つーか寺川殿?

 康高はわしらの大切な囮じゃ! しっかり隠しとけよ!


 しかも康高を背負った寺川殿の後ろには、遠くに離れておったはずの勇殿と華殿、そしてあかねっちとよみよみ殿もおる。

 そればかりか冥界四天王もその後ろにづらづらと連なってきた。


「なんで康君をこんな前線に連れてくるの! 危ないでしょ!」


 わしが少しの間固まり、その後大きく叫んだのも当然じゃ。武威の衝突激しいこの戦場は康高にとって危険すぎる。

 4歳児としてはそれなりに強い武威を持っておるけど、それもまだまだ。

 わしらの戦いで発生したちょっとした流れ弾……たとえば地面の石やそこらへんの木の枝が飛んできただけで、康高には致命傷になりかねん。


 もちろんそんなわしの懸念に、勇殿の体を借りた吉継と華殿あたりは険しい表情をした。

 しかし……わしの言に対し自信満々に答える者もいた。


「大丈夫! 僕たちは徳川四天王! どんな敵が立ちふさがっても、我が主たる康君には指一本触れさせないよ!」


 ジャッカル殿じゃ。しかもめっちゃかっこいい台詞やんけ。


「おにーぢゃーーん! 大丈夫だがらーー! だがらお兄ちゃんの応援ずるのーーッ!」


 でもその主たる康高はわしに会いたい一心でここまで来たようじゃ。

 ただのわがままやんけ。冥界四天王よ。そんなん許すなよ。


 つーか伊達さんとこと最上さんとこを相手する役目だったんじゃ?


「ちょっと待って! みんなの役目は? 自分たちの役目、ちゃんと果さないと!」


 しかしその問いには勇殿の体を借りた吉継が、義経に早速といった感じで襲いかかりながら答えた。


「いや、あっちは利家殿が全て請け負うと。ふん!

 今全軍を持ってやつらをつぶしにかかっておるところじゃ。だからわしらはこっちへ来た。てーい! えい!」


 マジか?

 こんなわずかな間にそこまで優勢に戦を進めたと申すか?

 なんという統率力じゃ。

 さすればここに現れたこれらの戦力を気兼ねなく義経にぶつけようぞ!


「わかった! じゃあみんなで義経を倒そう!」

「よし!」

「わかった!」

「うぇーい!」

「わっしょーい!」


 それぞれが幼い掛け声を返しつつ、わしらの猛攻撃が開始された。

 わしは吉継と新たにコンビネーションを組み、頼光殿は独自のリズムで攻撃を仕掛ける。

 武道を習っているあかねっち殿とよみよみ殿は言わずもがな、華殿も存分に力を発揮し――いや、ちょっとまて。

 華殿がマジになったらわしらはともかく冥界四天王が巻き添えに……?


「わぁーお! 華ちゃん強ーい!」

「すっげェ! なんて威力の蹴りィ!」

「あははッ! 義経のお兄ちゃんビビってるゥ!」

「へいへい! ビビってるゥ! ビビってるゥ!」


 いや、余計な心配だったようじゃ。

 徳川四天王たる冥界四天王……この4人も確かに強い。

 わしらとは違う4人型コンビネーションを上手く使いこなし、それどころかそれぞれが機嫌よさそうに義経に襲いかかっておる。

 しかも人間離れした華殿の迫力に気押されるどころか、さらに煽っておるようじゃ。


「くそ……こんなはずでは……こんなガキどもに……」


 そうじゃろうそうじゃろう。

 義経よ、心中察するぞ。

 わしらのようなガキどもに命を取られたとあれば、あの源義経として限りない恥辱。

 でもな。わしはおぬしを見逃すつもりはないんじゃ。


「それがお前の器だ。諦めろ」


 いや、わし以上に義経を許せない人物がおったわ。

 頼光殿じゃ。


 坂上殿を殺され、その葬儀も放り投げてこの戦いに身を投じた頼光殿。

 朗らかな性格のせいなのか、またはその本性を無理矢理隠しておるのか。

 怒りは表には出さないものの、頼光殿が今なにを感じ、なにを思っておるのかはわしでも十分に理解出来るんじゃ。


「ぐっ……頼光……」

「死ね」


 最期に頼光殿がかっこよくつぶやき、頼光殿のナイフが義経の首元を切り裂いた。


「ふーう」


 さて、勝利に酔いしれておる場合ではない。三原と弁慶がまだ戦っておるからな。


 では次に弁慶を……


 と思ったけど、ここで寺川殿の背中にしがみついていた康高に向かって小さな刃物が高速で飛びだした。


「……せめて家康だけでも……」


 義経じゃ。

 くそっ! 寺川殿も気付いておらん!


 わしは考える暇もなくその間に割り込み、バント態勢による防御で飛んできた刃物を防ごうと試みる。

 しかし義経が最期の最期に凝縮した武威を込めたその刃物は金属バットでは防ぐことが出来ず、速度を多少落しながらわしの体に突き刺さった。


 あれ? この位置って……心臓じゃ……?


「佐吉!」


 生温かいわしの血が胸のあたりに滲み、視界がかすみ始める。


 ……


 ……


 うむ。


 人生50年。


 前世と現世を足したらちょうどそれぐらいじゃな……。


 さすれば……これもわしの運命か。


 そんなことを考えている間にも体が冷たくなる。

 最後の最後、消えゆく武威のセンサーで味方の勝利を認識しつつ、そしてわしは意識を失った。




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