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決戦の漆

決戦の漆



 2日たち、わしらは宮城県と山形県の県境あたりにいた。


 わしと卜部殿、そして三原や頼光殿と一緒にパソコンとにらめっこしながらインターネット上であれこれと情報を操り、目指すは船形山(ふながたやま)での山岳戦じゃ。

 この船形山、仙台から北西に30キロメートルほどのところにあり標高も1500メートル程度という、まさに山岳戦にうってつけの山じゃ。


 ちなみにそこでの戦に先立ち、秋田から日本海側をぐるりと回って福島の浜通りまで覆う敵包囲線を大幅に縮小しておる。

 現在、包囲線を船形山の中腹におるわしらを20キロメートルの距離で囲むように配置しておるんじゃ。


 それはつまり仙台の敵勢力を包囲の外に逃したともいえるが、はっきり言ってそれもただの策。仙台の敵兵をわざと包囲から外し、無関心を装うようにしておるのじゃ。


 伊達さんとこのクソガキならこんな仙台包囲部隊の動きに対し、怒りまかせの判断でのこのこと仙台から出てこよう。

 加えてわしらが船形山におるとの情報を得た奥州平泉の義経勢力も、わしらや徳川家康たる康高の首を狙ってくるじゃろう。

 それらが味方包囲線を突破するのを一度わざと見逃し、わしらと旧坂上勢力で迎え撃つ。

 と見せかけてそのさらに外側を覆う味方の各戦国武将勢力がいいタイミングで動き出し、敵を内と外から挟み撃ちにしようという策じゃ。


 まぁ、敵もわしらの挟み撃ちを目論むじゃろうから、“挟み撃ち”に対する“挟み撃ち返し”じゃな。


 そのため船形山の山岳地帯に簡易的なベースキャンプを設立してもおる。

 山の中なのでインターネットの回線が不安定だけど、そこはわしの技術の見せ所。

 山形県の都市部からここに至るまで途中いくつものモバイルルータを展開させ、それを経由してパケットを送ることにより、このような山奥でも常時100メガバイトの下り速度を確保しておるんじゃ。

 父上だったらもっと上手くテザリング設定をいじり、さらなる速度を得られるんだろうけど、今のわしと卜部殿にはこれが精いっぱいじゃ。


 でもその臨時インターネット回線と無線通話機を駆使することにより、わしらは味方の全部隊と交信することが可能となった。


「よし。栃木・会津地方の部隊が到着したな。じゃあその部隊は東西に伝令を出せ。

 山形庄内部隊と栃木・福島中通り部隊が両サイドにおるからお互いの情報を確認しておくのじゃ。

 あっ、あと後方に幕末会津藩部隊が迫っておる。やつらを案内してやれ。

 山形庄内部隊は長岡藩と合流じゃ」


 結局、この戦いにおいて終始車のナビになってしまったわしの立ち位置はもはや変えようがないものとして仕方なし。

 そんな感じで指示を出していると、ふと背後に気配を感じた。


「ん? どうしたの?」

「いや、別に……光君頑張ってるなぁって思って……」


 ジャッカル殿じゃ。後ろにはカロン殿たちもおる。

 背後から迫られるこの感じ、なぜか懐かしい気がするな。幼稚園のあの頃を思い起こさせるわ。


「うん。みんなが無事にこの戦いを生き残れるように頑張らないとね」

「そうなんだぁ。凄いね、光君は……」


 そう言って、ジャッカル殿たちはわしの操っているノートパソコンを覗きこむ。


 惜しむらくはこの4人が記憶残しじゃないことか。

 いや、この徳川四天王たるこの4人が記憶残しだったら、真っ先にわし殺されることになるんだけどさ。


 三河徳川家を天下統一まで導いたこの4人の手腕をこういう時に見ておきたいんじゃ。

 わしや吉継とは一味違う策略がジャッカル殿たちの口から出てくるだろうし、それはわしにとって非常に興味深いからな。


 でもこの4人はあくまでただのわっぱ。脳内に蘇っておる前世の記憶もまだわっぱ。

 さすれば過度な期待はできん。

 これが金の絡んだビジネスだったらジャッカル殿の変態性能を発揮させられるんだけどなぁ。


 あっ……


「そうだ。ジャッカル君?」

「ん? なに?」

「話変わるんだけどさ。ジャッカル君ってビジネス関係の知識に詳しいから、日本各地の名産品を他の地域とコラボさせたり、局地的な販売網を全国規模に広げたりさせるの出来そう?」


 しかし、対するジャッカル殿は予想外な答えが返ってきた。


「“きょくちてき”ってなに?」


 おっと。相手がわっぱだということを忘れて、ついつい難しい言を使ってしまったな。


「狭い地域でしか売っていない商品ってこと。そういう商品の中にも全国的に売れそうないい商品とかあったりするじゃん? それを日本全国で売れるようにするの。どう? なんとなくでいいけどそのやり方、今の時点で思いついたりする?」


「うーん……そうだねぇ……とりあえずインターネットを利用すれば……」


 ほう。やはりそうなるか。そうなると……?


「でもインターネットとかそういうのは光君の方が得意だよね?」


 そうじゃ。わしの得意分野じゃ。

 じゃあ、この件に関してはわしとジャッカル殿がタッグを組んで取り組むべき課題か。

 ふぇっひっひっひ!

 パソコンのパの字も知らぬ越後の年老いた百姓どもよ。覚悟しておけ。

 おぬしらの美味しいお米を破竹の勢いを誇るインターネットの販売網に乗せてやるわ! うわっはっはっは!


「そだね。僕の方がインターネットには詳しいから……お父さんにも相談しながら今度話を進めよう。協力してもらっていい?」

「うん。楽しそうだから僕も頑張って手伝うよ」

「そう、ありがとう」


 いっひっひ! 金じゃ金じゃ!

 とてつもない額の金が動く気がするぞ!

 まずはお米。そしてお米の販売が軌道に乗ったらその他農産物に手を伸ばし、果てはこの国の一次産業全てを手中に収め、海外へと!

 やばい! この計画はマジでとてつもないことになりそうじゃ!

 ぐわっはっはっは!


 ――じゃなくて!

 今はそんな悠長な話し合いをしておる場合じゃなかったわ。

 殺し合いじゃ、殺し合い。

 今わしは大規模な戦の下準備をしておったところなんじゃ。


 それにしても、むうぅ……なかなか義経一派が平泉から出てこないな。

 どうしたというんじゃ?


 とにわかに沸き起こった不安を抱きながら首を傾げておると、その時、卜部殿がわしらの会話の輪に突如入ってきた。


「弟君を……康高君がこ、ここにいるという情報を敵方に漏らしますか? いえ、私めもやはりよした方がいいかと思いますけど……」


 あっ、忘れてた。卜部殿もこの作戦に若干気乗りしておらん雰囲気だけどそれは放っておいて――この作戦、康高がキーパーソンだったんだ。

 仙台でわしと再会して以来、わしにしがみつきながら安心したように眠る康高の寝顔があまりにも可愛すぎて、やつが“餌”だということを忘れておったわ。

 旧坂上勢力に織田勢力、そしてわしと康高の関ヶ原勢力と鎌倉源氏の勢力。加えて東日本の日本海側に展開しておった上杉勢の再配備も済んだし、こちらの準備も十分じゃ。


 ではそろそろその餌を……うぇっひっひ。


「ど、どしたの?」

「光君? また悪いこと考えてる?」

「いや、違うよ! 康君を囮にするって作戦をそろそろ実行しようかと。それ以外は考えていないから! もう僕を責めないで!」

「いや、責めないけど……責めたいけどさ。でも……ほ、本当にやる気なんだ……?」

「だ、大丈夫なの?」


 冥界四天王が順番に最後の抵抗を見せてきたけど、もうわしの心は動かん。

 なによりいざ戦が始まったらあの寺川殿が康高を警護してくれると言っておるのじゃ。

 その際「もう、そんなこと考えた佐吉は勝手に死んでもいいから。私は康高君を守ってあげるわね」という悲しい言もくろうたけど、それはつまり“康高は私が守るからあんたはこの戦いを好きに暴れなさい”という言を少しばかり棘ついた言い回しで言っただけじゃろう。多分。


 だから康高の身は安全なんじゃ。

 まぁよい。

 ではそろそろわしの謀を動かそうではないか。


「ジャッカル君たちも康君守ってあげてね。

 それで……よし。敵に情報を流そう」


 わしは真剣な面持ちでノートパソコンをいじる。敵のメールアドレスを偽りつつ、義経やその他奥州勢力の幹部クラスに康高の存在をメールしてやった。


 そして1時間後。

 以前感じたことのある武威が2つに、加えてそれに従うようにわしらに接近してくる250あまりの武威がわしの武威センサーに捕捉された。

 中心にはバカでかい弁慶の武威と、以前わしに攻撃を仕掛けてきたあの義経の武威じゃ。

 加えて南東の方角からも伊達・最上勢力と思われる武威の集団が迫ってきた。


 ようし、きたぁ!


 やった。やつらをおびき出すのに成功したぞ!

 あとはやつらが我が包囲網の中に入るのを待ち、その中心たるわしらが敵の猛攻をしのぎつつ包囲線を絞れば敵はせん滅に至るじゃろう!


 と思ったけど、ここで奴らが少し予想外な動きをしてきた。

 わしらの居場所を敵に流した時、わしらの位置情報はある程度あやふやにしておいたんだけど、義経一派の敵兵がまっすぐわしらのところに向かってきたんじゃ。



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