「はぁはぁ……さて、戻ろうぞ」
わしは息を切らしながら“スタッドレス武威”を収め、吉継と華殿にそう伝える。
「ほーい! わかったよう!」
「はぁはぁ。なかなかに強い敵であったな……はぁはぁ」
華殿は元気満々。しかしながらわっぱの体に慣れていない吉継が少しばかり疲労しておるようじゃ。
でも見た感じ重傷の類は負っておらん。平景清を相手にし、これだけの被害で収まったなら上出来じゃ。
とはいえ気になるのは他の戦場。でもわしの武威センサーによると三原たちは3人そろって相手をギリギリまで攻めつつも、その命を取らずにこちらの指示を待ってくれておる。
おそらくは相手を殺さないというわしの方針に従ってくれたのじゃろう。
敵はもれなく名のある武将じゃったし、あやつらを生かしておけば清盛に対する和平交渉の材料ともなる。
逆にそんな武将を生け取りっぽく確保できたという意味で、こちら側の力を平家に示すこともできよう。
まぁ、あやつらの身は怪我等の対処が面倒だから、このまま出雲神道衆に渡しちゃうけどな。
それと先の戦いでせん滅してしまった平家の雑兵どもは……まっ、仕方ないじゃろう。先にルールを破った方が悪いんじゃ。
あとは……そうじゃな。
「全員、そのまま敵を捕縛。生かしておいてくだされ」
「おう」
「承知いたしました」
「わかったぜ……はぁはぁ」
わしは無線機に向けて指示を出し、三原たちからも返事が戻ってきた。
やっぱり利家殿が少し大変そうじゃ。
まぁ、わしらと違い法威を操れない利家殿。武威の消費がわしら以上に大きいのじゃろう。
それは仕方なし。
でも今宵の戦いはこれまでじゃ。
もうすぐ夜明け。といってもまだ夜明けまでは2時間半ぐらいあるけど、昨日の日の入りから始まったこの戦いはすでに敵味方双方の兵の武威に疲労が見えておる。
だから今宵はここら辺で終わろうぞ。
ここでわしは再度広く武威センサーを発動する。次に氏直に持たせておいたパソコンを受け取り、そのモニターを見ながら武威の発生源を把握した。
どうやらわしがその場待機を命じてから、他の兵どもは新たな敵と遭遇しておらんようじゃ。
うむ。さすれば今日は本当にこの辺で。
わしは無線機のチャンネルを全軍指定にし、下知を出す。
「全軍、今日はここで終わりじゃ。これから清盛にもそう伝える。しばしの警戒の後、5分後には臨戦態勢解除。各々拠点に戻り、明日の戦いに備えること。よいな?」
無線の向こうから各部隊の部隊長が指示を返し、次は清盛へと電話じゃ。
「もしもし? 石田三成じゃ」
「おう。どうした? 降参か?」
んなわけあるかぁ! 馬鹿か!?
むしろこっちが押しまくってるわ。
いや、ここは少しからかってやろうぞ。
「いや……まだじゃ。まだ降参はせん」
わしはここで、追い詰められたかのように低い声で言を返す。
つーかさ。教盛たちが戦線離脱したことを清盛たちはまだ知らんようじゃな。
「ふはは。それも時間の問題だぞ」
わしの言に余裕めいた清盛の声が返ってきたけど、平家勢力の名が地に落ちるまでがむしろ時間の問題な。
まぁよい。本題じゃ。
「それより、今日はこれぐらいにしておこうぞ。街が目覚める。その前に怪我人や死人を病院に収めきらねばなるまいからな」
「ん? 死人とな?」
「あぁ、平家の兵が10数人、ルールを破って殺人を始めよった。まぁこちらで相応の対処をしたけど。そちらの兵どもにきつく言っておけ。
それとも平氏という武家はそんなルールすら守れん無法者の集まりなのか?」
「いや、それは……すまんことをした……」
さて、そろそろからかうのもやめてやるか。というかネタバレの時間じゃ。
「まぁ別によい。こっちだってそのおかげで平家一門のてだれを数人おびき出せたんだしな」
「んな? どういうことだ?」
「教盛、教経、時忠、景清……今さっき返り討ちにしてやったわ。この4人、もうすぐ来る出雲神道衆の車によって病院まで運ばれるゆえ、そちらの戦力構想から外してよいからな」
「……!」
ぶぁっはっはっは! めっちゃ驚いておる。驚きすぎて言葉失いやがった!
そうじゃろうそうじゃろう。さっきまでわしらが相手をしておった者どもは間違いなく平家の主力。その4人がやられたとなると、三原の野球チームで言ったら、わしと勇殿と華殿がそろって怪我による戦線離脱をしたようなもんじゃ。
こんなもん驚かずにいられるかってーの!
「あぁ、しかしこの4人に関しては命までは取っておらん。安心せい。
んで伝えたかったことはそれではなく――今宵の戦いはこれにて終戦。よいな?」
「……あぁ。恩に着る……しかし、あの4人が負けるなど……」
「事実じゃ。じゃあな」
とここでわしは電話を切ったけど、うぇっひっひっひ!
清盛の野郎、最後の最後に「恩に着る」と言ってきよった!
そうじゃ。あの4人を生かしておいたことは、この戦いの勝敗どうこう言う前に今後の平家の――いや、西日本の勢力争いに大きく影響する問題なんじゃ。
平家は毛利さんとこや長宗我部さんとこ、そして島津さんとこといった西日本の強力な戦国大名勢力と近いからからな。
もしあの4人がいないとならば、戦力の低下した平家はおそらくわし抜きで結託したそれら勢力の総攻撃を受け、壊滅されることとなろう。
もはや遠く離れた源氏と戦っておる場合じゃなくなるんじゃ。
そこまでを理解し、清盛は「恩に着る」と言ってきたのじゃ。
いい感じでわしと清盛の関係が進展しておるな。
しかしその時――
ジャッガジャッガジャーン♪ ギュイーン♪ ズンッジャ、ズンッジャ♪
1990年代のロックを思い起こさせるわしの携帯電話の着信音が鳴り、見てみれば虎之助殿からの電話であった。
「もしもし、虎之助殿か?」
「はい。三成様? 今よろしいですか?」
「おう。たった今、今宵の戦が終わったところじゃ。それで……なんじゃ? 何か用か?」
「えぇ。でも出来れば実際にお会いしてお話したいのですが……今どこです?」
「あぁ、うーんと。太田川の河川敷なんだけど……説明しにくいな。そちらはどこじゃ? これから会うということは……もしかして広島に来ておるのか?」
「えぇ。今さっき山陽自動車道から広島高速の1号線を通って、間所というインターを降りたところです」
「じゃあホテルの方が近いな。わしらはこれから拠点のホテルに戻る。そこで会うというのはどうじゃ? 以前メールにて伝えておいたホテルじゃ」
「そうですね。じゃあそうしましょう。では後ほど」
「おう。ぐっばい」
そしてわしらはホテルへと戻る。
ホテルにつくと、ロビーに虎之助殿がいた。
なぜかあかねっち殿とよみよみ殿を連れて――
「直江兼続と島左近の転生者を見つけました。
こちらの直川明兼が兼続の、そしてそちらの島田清美が左近の転生者になります。
この2人すでに武術を習い、武威に加えて輪生寺での訓練も終えています。この戦いの戦力になるかと」
「ふぁべっ!?」
もうさ。混乱の極みじゃ。
この後わしは無言で自室に戻り、そのままベッドに倒れ込んだらしいんだけど、その時の記憶がきれいさっぱりなくなってしまったわ。
んで次の日、わしは昨夜の戦いの疲れと集中力の低下と――そして虎之助殿からいきなり突き付けられた事実によって混乱していた。
混乱しながら……しかしすでに戦いの2日目は始まっておる。
「F、G、H、I、J班。総員もっと西へ移動じゃ。一度武田山の山中へと入り、その後追って指示を出すから、そこまで移動してくれ」
「了解しました」
「あと、K、L、M、N、O班? 同じく西へ。どうも敵の動きが怪しい、島津さんとこを敵が攻めようとしているような気がするんじゃ。双方その事態に備えよ」
「承知」
「モヤシ狐よ、我々をナメるな。毛利と長宗我部のサポートがなくても大丈夫だ」
「やかましいわ、鬼ジジイ。おぬしは黙ってわしの言うこと聞いておけ。さっきも言ったようにどうも平家がそちらに攻撃を仕掛けようとしているように思えるんじゃ。決して包囲を崩されるんじゃないぞ? せっかく作った包囲網なんじゃ」
「モヤシのくせに……偉そうに……」
「うるっせぇ、鬼ジジイ……それ以上文句言うなら、おぬしの部隊だけ敵中に放り込むぞ」
まぁ、わしと島津の鬼ジジイは無線機の会話でもこんな感じで殴り合っておるんだけどな。
それはどうでもいいんじゃ。どうでもよくて――
あかねっち殿とよみよみ殿。
なぜじゃ? なぜこの2人が兼続と左近なのじゃ?
いや、その可能性は否定でき……る。
だって2人とも前世のキャラと全く違うもん。
百歩譲って華殿以上に明朗快活で、リーダーシップのすさまじき委員長タイプのあかねっち殿は隣の小学校ですでに学級委員長を歴任し、そういう意味では兼続っぽい。
委員長タイプでありながら学力が悲惨なほどに低いらしいけど。
でもよみよみ殿は完全に違うじゃろ。左近ってこんな内気な性格じゃなかったし、そのくせよみよみ殿はたまにかっこいいセリフを吐……あー、言ってたわ。
前世の左近ってば、たまにロマンあふれる言を恥ずかしげもなく発するやつじゃった。
まぁ、それが面白いからわしの部下に加えたんだけどな……。
うーん。それにしては納得できん。
いや、虎之助殿の調査結果だし、本人たちもそう言っているから納得するほか仕方ないんだけど……。
そもそもこの2人から武威が感じられないんじゃ。
じゃあ転生者じゃなかろう? 最悪武威の小さいどこぞの馬の骨の転生者なら分かるが、あの直江兼続と島左近清興じゃぞ?
あの2人の武威はやはり戦国武将の中でもトップクラスだったし、そうなるとあかねっち殿とよみよみ殿は今現在その6割程度を持ち合わせていてもおかしくはない。
ならそれはわしの6割とは比べ物にならんほどの武威の量なんじゃ。
でもこの2人からは全く武威を感じないんじゃ。
じゃあ転生者じゃなかろう? と思うわしの分析も間違いじゃないはずなんじゃが。
ちなみにちょっと気になったから今日の昼間に新田殿に電話してみたら、
「えぇ。そうですよ。彼女たちは……いえ、この場合“彼ら”といったほうがいいでしょうかね。彼ら2人は鴨川さんの担当でしたので、私は何も言えませんでしたが、何を隠そう三成様たちがうちに修行に来る直前まで寺で修行していたのがそのお2人です」
ときたもんだ。
んじゃなにか? わしが京都輪生寺の庭で見た、松や塀などにつけられた真新しい傷跡はあの2人がつけたということか?
と問いかけたら「えぇ。当たりです」と。
もうさ。こんなん許せるわけなかろう。
再会の感動に身を任せてあかねっち殿とよみよみ殿に抱きつこうとしたら、「光君の変態!」とか言われて暴力まかせの返り討ちに遭う切なさも許せんし、さっき寺川殿に電話をしたら「知っていたわ。でもいまさらそんなことで電話してこないで」という酷い台詞で電話を切られたことも許せん!
あぁ、もう! いろいろ許せんのじゃ!
なんでこんな時にこんな車のナビみたいなことをせんとかんのじゃ!
「あっ、A班とB班? そこを動くな。もうすぐ目の前をC班とD班が通る。彼らと合流し、その2車線道路を西へ行け。コンビニさんの手前で敵と遭遇するはずじゃ。油断するなよ」
「はっ!」
それでも健気にナビをこなす自分が悔しいわ!
ふーう。ふーう。
いや、落ち着け、わし。
わしがこの戦いのキーパーソンなのじゃ。
さすれば油断の1つもしておれん。わしの後ろで勇殿、華殿、あかねっち殿、そしてよみよみ殿がトランプなど始めておるけど、そこに混ざることも許されんのじゃ!
「うーん」
心を冷静に保ち、わしはパソコンのモニターを見つめる。
残りの敵武将……めぼしい所は平清盛を始めとしてぇ……。
まず警戒すべきは平重盛(たいらのしげもり)じゃな。
清盛の嫡男で有能だけど前世では早死にしておる。
でも現代の医療技術なら存命しておる可能性もあるし、前世では優れた人物だったそうじゃから一応要注意じゃ。
そして重衡(しげひら)。清盛の五男で、奈良で僧が反旗を翻した時などにはその粛清がてら勢い余って大仏まで焼いてしまったという逸話を持つ。
これを「間の悪い奴、もしくは蛮勇を誇る人物」とどちらでも解釈可能である意味可哀相な奴だけど、その実“蛮勇”であったならば、再び殺し合いの気配が流れた折にはその中心に重衡がおるじゃろう。
あとはまぁ……維盛(これもり)といったところか。
富士川の戦いで戦わずして鳥の羽音にビビって撤退したという哀しい逸話を持ち、清盛の死後に後を継いだ宗盛から冷遇され、平家の跡取りの座も奪われた男じゃ。
というふうに表現するとただの臆病者だけど、そういう輩がこのような戦いではむしろやっかいな敵となる――様な気がする。
うん、可能性の話じゃ。
そして重要なのが敦盛(あつもり)。
そう、信長様がよく踊っていた舞『敦盛』の題材となった人物で、わしも大好きな武将じゃ。
もしそやつと戦場で相対したとならば、戦う前にまずはサインと握手……それとデジカメでツーショットを撮っておかねばなるまい。
絶対……絶対じゃ。
そんで、このあたりの人材がまだ平家には残っておると見受けられるんじゃ。
京都で出くわした刺客といい、昨日の凄腕たちといい、それらを各個撃破出来たのは今思えば幸運じゃな。
全ての戦力が一同に集まり、そこにわしらの戦力をぶつけたならば、勝敗はあっちに傾いておったじゃろう。
と思ったら、戦況に異変じゃ。
広島市内各地に分散していた敵の勢力が1か所に集まっておる。
しかもわしの予想通りに、島津の陣めがけて突撃をしているようじゃ。
なぜ島津の本陣の場所がばれたのじゃろう?
いや、警視庁・警察庁は坂上田村麻呂の息がかかっているけど、広島県警……特に地元出身のお巡りさんなどは平家の息がかかっておる可能性だってある。
見た目も分かりやすい巨漢の鬼ジジイのことじゃ。昼間、そういう輩に姿を見られて後をつけられたか?
このままでは島津の軍が撃破されるな。それは防がねばならん。
さてそのための指示はすでに出しておるけど、ここは万全を期してわしらが援軍に向かうとするか。敵が全軍集まっての“総攻撃”だからな。
人材は……三原と頼光殿、そしてわし。
吉継と利家殿にはその後の急変事態に備えてここにいてほしいし、氏直とともに華殿たちの世話係としても残っていてほしい。
つーかまた思い出してしまったけど、あかねっち殿とよみよみ殿じゃ!
なんでこの2人が兼続と左近やねん!
いや、もう納得するしかないけどさ!
この2人どうしよう!?
「ね、ねぇ? 僕たち、味方の援軍に行くけど……勇君と華ちゃんにはそっちの氏直お兄ちゃんや利家お兄ちゃんと一緒に残っておいてもらいたいんだけど、あかねっちとよみよみはどうする?」
「よし! 私たちも出る! 光君に私たちの力を見せてあげるよ!」
「こ、この拳(こぶし)……我が想いを乗せて、敵をつら……貫く……」
あっ、行く気まんまんなのね。
ならしかたなし。虎之助殿もいることだし、じゃあ2人の世話は虎之助殿に任せる感じで。
「そう。じゃあ戦う準備整えて。あかねっちは……そっちの太刀? それ本当に使うの?」
「もちろんよ」
「んでよみよみは? ん? なにそれ?」
「こ、これは……総合格闘技用のオ、オープンフィンガーグローブに……鉄をしこ……しこんだもの……あと、鉄のすね当て……」
もう準備も万端じゃんよ。さすればこの2人の出陣を止めるのははなから無理じゃったということか。
しかもじゃ。2人がTシャツの中に手を入れ、ごそごそとし始めた。
どうやら腹部に湿布のようなものを貼っていたらしく、それを剥がしたのじゃ。
「え?」
いや、これ湿布なんかじゃないわ! 呪符じゃ! わしにはようわからん呪文が描かれておる呪符じゃ!
そんだそれをはがした瞬間、2人からものすごい武威が放たれおった!
これ、わしよりはるかに強い武威やんけ! ずるい! そんな方法で武威を隠すことが出来たんかい!
おいぃぃぃぃぃっ! 鴨川殿!? なんでわしらにはその呪符くれなかったんじゃあ!
あと、わしってやっぱり最弱か? この幼馴染メンバーの中でわしが最弱なのかぁ!
「こんちくしょう!」
よくわからない悔しさに身を焦がれ、わしは近くの壁に蹴りを入れる。
その様子を華殿がニヤニヤしながら見ていることに気付き、あわてて冷静さを取りつくろうと、わしらは出陣することにした。