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前哨戦の参


 夜が明け、さらにはお日様も南の空に高々と上がった頃。わしは再度携帯電話を手にしていた。

 場所は一軒家城の自室。昨夜遠山殿の予期せぬ攻撃に合い、なんか精神的にも疲れたのでそのまま睡眠に入ることにしたけどこの電話作戦はまだ終わりではない。

 最終目的は平家の最高権力者。

 なのでわしは心を立て直し、さてこれから清盛と交渉というところじゃ。


 一応あちら側には先に遠山殿から一報を入れてもらっており、こちらも清盛に直通する電話番号を教えてもらっておる。

 だから清盛はわしからの電話にも即座に応じてくれるじゃろう。


 とはいえ清盛がわしの話に乗ってくるかが問題じゃ。

 わしが清盛に差し出す案は世にも奇妙なスタイルの戦い。しかしながらこれが今のわしにとって精いっぱいの妥協案。

 そんなものにあの清盛が乗ってくるのじゃろうか――?


「うーん。自信が沸かん。でもなぁ……」


 妥協というか縛りというか。


 わしは以前坂上殿と初めて会った時に

「武威を使った殺し合いに終わりはない。未来永劫続くだけだから」

 と言い放ち、そんな世の中をわしが終わらせるという大言壮語を伝えることによって坂上殿の庇護を得ることが出来た。

 だからそれを破ってしまったら坂上殿を幻滅させ、頼光殿たちによる警護を始めとするわしへの援助を打ち切りかねないのじゃ。


 まぁ、わしとしてはあの発言はあくまでその場のノリで言っただけだし、殺し合い上等な時代に生まれ育ったからどちらかというとあんな甘ったるい考えは嫌いなんだけどな。

 ぶっちゃけスクランブル交差点会合の時だって、あのセリフを実現するためにあんなに苦労したんだし。

 でも坂上殿の庇護をもらい続けるためには、あの時の発言を偽りなく守り続けねばならんのじゃ。


 それにわしの勢力が坂上殿のそれを超えたり、または坂上殿が他界した暁にはわしはあの発言も亡きものにするじゃろう。

 今となってはわしにも相応の戦力があるし、坂上殿の援助がなくても何とかなりそうだからな。


 でもあの巨大な力を自ら捨てるのも愚かなことじゃ。

 だからわしはわしなりのやり方で武威使い同士の殺し合いを避けねばならん。たとえそれが平家という巨大勢力であってもじゃ。


 よって今回のわしの作戦は、ずばり“殺し合い禁止の戦”。

 平家との戦いにおいて“殺し合い”の因子を取り除き、より平和的な戦をすることにある。

 武威を使ってはおるけど、お互いとどめを刺すまではしない、という戦い。

 うむ。見事なほどの絵空事じゃ。


 もちろんこのルールに平家勢力を従わせるのも決して不可能ではない。

 平安や鎌倉時代の武士たちはたとえ戦の最中でもお互い名乗りを上げてから一騎打ちを行うという習わしがあり、それを現代でも忠実に守っておるらしいからな。

 わしらの時代にもそういう風習が多少は残っておったけど、集団戦を常とするわしらの戦いに名乗りを上げるような場面はまれじゃった。

 だからわしら戦国武士から見ればこんなもんは甘ったるいルールだし、わしら戦国世代の武将にこのような提案をしたら鼻で笑われるじゃろう。


 しかしそんなもんを律義に守ってきた平家の武威使いにとっては、ルールに縛られた戦いそのものにも抵抗がなく、わしの提案に乗ってくる可能性が高いんじゃ。



 と言っても相手がこの話に乗ってこんかったらそれまでのこと。古より続く血の争いに移ればいいだけ。

 もちろん戦いが激しくなればやはり興奮しきった双方の兵がこのルールを破り、お互いを殺し合う状況に発展する可能性だって大いにある。


 でも今はわしの話術と交渉術で、平家勢力を一度このルールの舞台に引きずり出しておきたいのじゃ。

 さすれば、一応は坂上殿へ向けたわしのあの発言を守ったことになるからな。


 そのためにはこれから始まる会話は言の選びに細心の注意を図らねばいけないというわけじゃ。


「もしもし……」


 一軒家城の部屋で1人、意を決したわしは清盛直通の電話番号を携帯電話に打ち込むと、重々しい声で話しかけた。


 ちなみにこの交渉の件に寺川殿を巻き込むと、交渉の最中に横やりを入れられかねん。そうなると寺川殿と遠山殿との因縁のせいで交渉が拗れてしまうから、寺川殿には事後報告。同様に平家と因縁深き三原にも事後報告をすることにしておる。

 なのであの2人はこの場には呼んでおらん。


 加えて華殿と勇殿も――そして勇殿の心中に同居する吉継も同じじゃ。

 勇殿と華殿は精神的にはただの子供だし、直感的な才能に富むタイプの吉継もこのように難解な交渉を得意とするわけじゃないからあえて席を外させた。


 といっても勇殿と華殿は只今一軒家城の1階で康高と遊んでおるんだけどな。

 さっきまでわしの部屋で“日曜の午前中をだらだら過ごす会”を催しておったわしらだけど、頼光殿たちですら部屋から出てもらい、にわかに静けさの広がる部屋でわし独り、清盛との交渉に臨もうという状況なんじゃ。


 まぁ、吉継や頼光殿辺りにはこの部屋にいてもらってもいい気もする。

 だけどわしがそう言うと康高が例のごとく歪な嫉妬を前面に出し、果ては華殿までその流れに乗ってこの部屋に居座ろうとするから全員出ていってもらうことにした、という方が正直な話じゃ。


 そこんところの事情はまぁよいか。

 わしの低くてかっこいい声に対し、電話の向こうから反応があった。


「その声、本当に石田三成だな……?

 まさかあの動画の子供が本当に記憶を残していて、しかもこの清盛に連絡を取ってくるとはな……」


 あっ、いや。動画の声と大差ない声だったようじゃ。

 しくじったわ。今のわし、声変わりしておらんから大して低い声が出なかったな。


 相手も例の動画を見ておるはずじゃろうし、その声とさして変わりないわっぱの声が転生者案件として電話の向こうから聞こえてきたんじゃ。

 動画の子供が転生者で、しかも記憶残しで、さらには何やら怪しい用事とやらで連絡をとってきた。

 それがわしこと石田三成。

 こんなもん清盛ほどのキレ者じゃなくても容易に一致させるわな。


 よし。第一声の迫力で交渉の主導権を握る作戦は失敗じゃ。

 この先すっごい不安だけど、気を取り直していこうぞ。


「そうじゃ。渋谷のスクランブル交差点で源氏に……そして日の本全体に宣戦布告をした石田三成じゃ」

「その石田三成が我らが平家に何の用だ? 早速一戦やろうというのか?」


 おいおい。ずいぶん血気盛んじゃな。

 わしらのこと、怖くないのか?


 いや、あの平家の全盛期を築いた平清盛ともなれば、これぐらいの不遜さは当然か。

 うーん。喜ぶべきか恐れるべきか。


 この電話そもそも宣戦布告に近いことを伝えようとしておるのじゃから、清盛が一戦やらかそうという案を示してきたのは願ったり叶ったりなんじゃ。

 だけど会話が始まって二言目にそのような言を発するほど好戦的だとなると、わしの画策する“平和的な戦”の実現は難しいのかもしれん。


 でも……ここ数年、平家は源氏と前世から続く激しい争いをしつつ、一方で版図を接しておる毛利さんとこや長宗我部さんとこともちょくちょく刃を交えておるらしい。


 今更わしの勢力が横槍を入れても、大事ではないということか。

 またはそんな事情でさすがにわしら関ヶ原勢力まで相手をする余力はないけど、勢力争いが激しいこのご時世敵か味方かぐらいはさっさと知っておきたい。

 という可能性もあるな。


 うーん。

 ここは少し、本題から外れてみようぞ。


「まぁそう焦るな。ところで、最近源氏との戦いはどうじゃ?」


 その問いに、一瞬だけ間が開いた。


「……まぁ、ぼちぼちだな。それがどうした? そんなことを聞きたいがために、この清盛に連絡をとってきたわけではないだろう? 用事とはなんだ? 宣戦布告か和睦協定か、先にはっきりさせろ」


 ふっふっふ。どうやら後者だったようじゃ。しかも口数が多くなっておるぞ。

 実のところ、わしには源平合戦の情報を下してくれる三原と言う存在がおるからな。多少平家の事情には通じておるんじゃ。

 堺を奪われ、三原こと源義仲に差し向けた刺客も行方不明。

 平家は実際のところ、ぼちぼちなんて悠長な言葉を使っていられるような状況じゃないはずじゃ。


 しかし清盛はそれを誤魔化すためにあえて余裕を見せた。

 けどその心境にわずかな揺らぎが見えておるぞ。

 うむ。意外と早く突破点が見つかったな。

 さすれば、ここから一気に攻めようぞ。


「そういきり立つな。まずはわしの話を聞け。

 わしが思うに、源平合戦は大いに結構。わしら戦国勢力との戦いも、避けられるものではない」


「ほう。ではやはり我々と戦うというのか?」


「まぁ、この電話の本題はそういうことじゃ。でも誤解するな。お互い全兵力をつぎ込んだ消耗戦をするには憎しみが足らん。

 というかそういう戦いをするつもりではないのじゃよ」


「どういうことだ?」


「わしはおぬしに宣戦布告する。でも今回の戦いにおいてはルールを定めようぞ。

 わしらは本気で戦いこそすれ、お互いの兵にとどめを刺すようなことはしないようにする。

 実は出雲神道衆勢力にお願いして、20名ほどの人材を借りておるのじゃ。負傷した兵は出雲勢力が衛生兵のごとく回収し、近くの病院に運び入れるようにしておく。

 かようなシステムのもとお互いに争い、勝敗を決しようではないか?」


「なんだその甘ったるい戦いは……? そんな争いをしてなんになる? メリットは?」


「メリット? そうじゃな。

 お互い仲良くしようという同盟の下準備じゃ。

 かの平家ともなれば、配下の者に至るまで相応の自尊心があろう?

 でもこの戦いではわしらが勝ち、平家にはそれを排除させてもらう。

 それも含めた上での、ちょっとした賭けと思ってもらってよい。

 わしらが勝ったらおぬしの大号令のもと、わしら関ヶ原勢力と平家の軍事・産業同盟を結んでもらう。

 逆におぬしらが勝ったら毛利と長宗我部の利権を少しくれてやろう。

 これは全面戦争によるせん滅戦ではないからお互いの掛け値はその程度に収めておく。どうじゃ? たしかに甘ったるいゲームではあるが?」


「ほう。我々にとってやけに都合のいい話に聞こえるが?」


 そんなわけなかろう。

 でも甘い話には裏があるというし、清盛に余計な不信感を抱かせぬようここで少し苦い話でもしておこうぞ。


「けどここから先の話はおぬしの言う“甘ったるい”なんてレベルではない。

 わしらとの同盟を結んだ後、おぬしらと源氏に似たような同盟を結んでもらう。

 そのようにわしが動くから、おぬしにも前向きに考えてもらう。

 それがわしらとの同盟の条件の1つじゃ。

 どうじゃ? 魂の奥底深くから苛立つ提案じゃろう?

 でもこれは日の本に絶対必要な“和解”じゃし、わしが弟である家康の存在を許したのと同じぐらい苦しみながらも、それを呑みこんで欲しいんじゃ。

 わしとしては源平同盟を結ばせ、お互いの産業を発展させた後に、仲介役としてそのおこぼれにあやかれればそれでよい。

 平家の拠点は自動車の産地で、鎌倉源氏の拠点は鉄鋼業の盛んな地域じゃ。

 じゃあお互い手を取り、尾張の自動車メーカーとともに世界にさらなる経済攻撃を仕掛ければ、より大きな利益が手に入るはず。

 世界の自動車シェアを日の本産の車で埋め尽くすことも不可能ではない」


「……」


 ん? 清盛が無言になった。

 ちょっと押しすぎたかな。

 じゃあもう1つの手土産じゃ。


「あ、あと、これは別件で、しかも転生者社会にも公に出来ない話なのじゃが――」

「ん?」

「実は転生術で復活出来るかもしれない人物がおる。宗盛と知盛じゃ」

「なんと!?」

「うむ。まだ確定事項ではないのじゃが、わしの知り合いにやり手の陰陽師がおってな。

 そやつの手を借り、宗盛と知盛を再転生させてやろうというのじゃ」


「――いや、待て。宗盛と知盛は現在行方不明だ。その2人の名をなぜ貴様が口に出すのだ?

 しかも、すでに2人が死んでいるというような言い方だな?」


 おっと、失敗した。

 わしがその2人を始末したこと清盛に感づかれてしまったわ。


 ――なんちゃって。

 これも予想の範疇。わしらが宗盛と知盛を返り討ちにしたことを示唆しつつ、その先に新たな飴を示す話術じゃ。


「ふっふっふ。その2人、この夏に京都でわしらに襲いかかってきたわ。

 源義仲を暗殺しにきたと言っておったな」


「あぁ。そうだが、なぜそれを貴様が……? もしかしてやはり貴様が?」


「落ち着くんじゃ。言ったであろう? あの2人がわしに襲いかかってきたと。でもわしは生きておる。そういうことじゃ。

 でも清盛ともあろう者が女々しく恨むような真似はするなよ? これが武士(もののふ)の生き方じゃ。

 一度刃を交えたならば、生かすも殺すも強者次第。そうじゃろう?」


「そ、それは……」


「でもそう気落ちするな。その2人を再度転生させられるかもと言っておるんじゃ。しかもわしのように前世の記憶を残したままでじゃ。

 見た感じ、現世でのあの2人はいささか教育に失敗しておるようじゃった。それは否定できまい?

 でもわしの話は、かの有名な平家の武将としての記憶と人格を100パーセント残したまま生まれ変わらせるというのじゃ。

 どうじゃ? 悪い話ではなかろう?」


 ちなみにあのヤンキー具合は、わし好みのわっぱだったけどな。見ていて非常に面白かったわ。


「……」


 でも、の話が清盛に対するとどめとなったようじゃ。

 しばしの沈黙が携帯電話に流れ広がり、そして清盛が弱々しい声で言った。


「げ、源氏とはどうやって和解する? 貴様がどうやって双方の仲を取り持つと言うのだ?」


 この台詞を清盛の口から言わせれば、わしの勝ちも同然じゃ。

 あわてて話をそらしたつもりじゃろうが、現世における息子たちへの愛情が垣間見えておるぞ。

 平家一門、歴史に残る栄華を極めたとあらば、それはつまり血のつながった者、身近な者への愛情が大きかったという清盛の人柄を示しておるのじゃ。


 ふっふっふ。そこを攻めるわしはやはり外道か。

 いや、でも与えた飴の甘さはさぞかし美味かろう。そんな飴を与えるわしはむしろ人情者なのかもしれん。


 なにはともあれ、この提案で清盛の心は落としたも同然。でももう少し優しさを示してやるか。

 無理矢理話をそらした清盛の手に、あえて乗ってやるのじゃ。


「察せよ。あの2人が義仲に対する刺客として京都に侵入し、わしによって討たれた。

 それはつまりわしが義仲と一緒に戦ったということ。わしはすでに源氏との太いパイプを持っておる。そういうことじゃ」


「そ、そうか……うーん……」

「どうじゃ? 諸々おかしな話があるけど、乗らない手はあるまいぞ?」

「一晩、一晩考えさせろ……」


 ここまで言わせれば十分じゃな。

 こうして、わしはとりあえず話をそこまでに終わらせつつ、電話を切った。


 そして次の日の朝、わしが学校へ参陣する用意をしていると清盛から着信があり、前向きな答えが返ってきた。




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