長かった9月も最後の週末となり、秋の気配も色濃くなってきた今日この頃。
わしは広島県内にある、とあるホテルの一室にこもっていた。
もうすぐ午前1時を回ろうかというところで、極限まで眠い。
しかし今のわしは一瞬の睡眠すら許されない状況なのじゃ。
「C班とD班。東から敵兵12名の小隊が迫っておる。その交差点をカラオケ屋さんの方へ行き、およそ50メートルほどさらに進んだところに中学校がある。そのグラウンドで敵を迎え撃て」
「了解!」
「M班とL班は次の交差点を西に移動じゃ。200メートルほど進むと、1階に焼鳥屋さんの入っているビルがある。その屋上に敵が待機しておるから奇襲をかけろ。敵兵は20。でもおぬしらの方が強いから安心せい。だけど焼鳥屋さんの営業時間は深夜2時までだから、その店のお客さんに戦いを見られぬよう、屋上から敵を逃がすな」
「承知しました!」
「おっと。G班が苦戦しておるな。近くにいるのは……X班とY班から武威が強い者の順に5名、G班の援護に向かうのじゃ。現在地から南東へおよそ700メートル。でも距離が分かりにくいから、一度すぐ近くにある建物の屋上に上り、南を見よ。そこから真南に見える鉄塔に向かって移動し、次に東に400メートルほど行くと大きな商業施設がある。アウトレットモールさんじゃ。その駐車場でG班が戦っておるぞ」
「ラジャー」
などといったわしの指示と、それを受けた部隊からの返事が無線機を通して行きかっておる。
今現在わしが招集した島津勢と毛利勢、そして長宗我部勢が広島市内に展開しておるんじゃ。
うん、只今対平家戦を絶賛展開中なんじゃ。
遠山殿を使い清盛と直接電話をつなげつつ、宣戦布告をしたのがおよそ5日前。
日付を決め、場所を広島市内と定め、いざ決戦! と意気込みながら広島へと乗り込んだら――
よく考えたら、わしはただの指示役じゃった。
いや、これは自分で決めたんだけどな。
武威センサーを持つわし、やっぱりこういう役目をこなせるのはわししかおらんかったのじゃ。
意気込んでおっただけに、独りで若干凹んだわ。
んでそんな経緯でわしは広島市からほど近いホテルにこもり、秒単位で延々と指示を出し続けておる。
目の前の机に用意したノートパソコンのモニターに父上作の現在地表示アプリを映し、味方の陣形と動きを逐一指示・調整する感じじゃ。
でもわしの場合、味方の現在地を把握するだけではない。
法威で制御した武威センサーを広島市街地全体を覆う規模で発動することにより、敵味方全ての武威使いを洗い出す。
そしてその反応位置と地図アプリの位置が一致したならば、それは味方。
逆に、武威反応はあるけど地図のGPS反応がない存在は敵という風に敵味方の判別までしておるんじゃ。
敵兵は父上作のアプリを起動していないからな。
このように敵味方を判別できるわけじゃ。
ちょっとずるいけど、そもそもわしの武威センサーはこういう使い方をするものじゃし、こんな感じで戦そのものを支配しようとしておるんじゃ。
今やってることはすっごい地味だけど……。
でもここに至るまでのわしの努力は並大抵のものではなかった。
その主だったものが島津、毛利、長宗我部といった勢力との連携の確立じゃ。対平家戦をするにあたって、こちらも軍勢を用意しなきゃ話にならん。
その流れで東京を含む東日本に乱気が生まれぬよう、上杉さんとこには虎之助殿を介してにらみを効かせてもらっておる。
関東には信長様の勢力もおるし、鎌倉源氏、そして後・執権双方の北条勢力も幅を利かせておるから大丈夫じゃろう。
しかも甲斐の武田さんとこには北条さんから使者を向けておるから問題はない。
その過程で虎之助殿が絵文字付きのメールで「面白いことが分かりました。後で実際にお会いした時お伝えします」と言ってきたから、なにかあるのかもしれん。
んでそれはさておき、戦とはこのように諸々の件を事前に調整してから行わねばならんのじゃ。戦力に空きが出ると他の勢力に乗っ取られる可能性があるからな。
まぁ、現代における武威使い同士の戦はかつてのように数千~数万の兵の大移動を伴うものではないし、交通機関も発達しておる。
加えて我々転生者同士の戦いは公に出せるものではなく、戦闘のほとんどが夜の闇に乗じて行われるものじゃ。
三原たちが数年にもわたって繰り広げておった源平の争いも、武威センサーを持つわしにかかれば数日で事を済ませることが出来よう。
というわけでわしが全面的に対平家戦の指揮官を担っておるわけなんだけど……さっきも言ったように、わしの役割が地味すぎる!
もっとこう、色めき艶やかな軍配団扇(ぐんぱいうちわ)をかっこよく仰ぎ立て、それを合図に視界を埋め尽くすほどの軍勢が動き出す。
――みたいな感じの壮大な戦をしたいもんじゃ。
でも今のわしの状況こそ現代の戦における指揮官の在り方で、かつわしの能力を最も効果的に発揮できる設備だから仕方あるまい。
くっそ。うん、仕方ないんじゃ。
「あっ、A班よ。そっちへは行くな。今来た道を300メートル戻ると地元の信用金庫さんがある。その交差点をコンビニさんの方へ行き、F班と合流しつつ、国道沿いを迂回しながら目的の寺へと進め」
「なぜですか?」
「今のまま最短経路をいくと繁華街がある。数店がまだ営業時間内だから客にわしらの戦いを見られる恐れがあるんじゃ。それを避けねばなるまい。あとそちらにはガソリンスタンドさんもある。武威の戦いで引火でもしたら面倒じゃ」
「なるほど。御意」
「おう。気をつけてな」
仕方ないけどやっぱ地味じゃな。どっちかっていうと車のナビになった気分じゃ。
でも、これもやっぱり必要不可欠な配慮なんじゃ。
この時間に繁華街をうろちょろする一般人とあれば、その大半が酔っ払いじゃろうから、わしらの人智を超えた戦いを見られてしまっても大丈夫じゃろう。でもその繁華街に構えるお店の店員さんはほとんどが素面(しらふ)のはずじゃ。
そんな素面連中にわしらの戦いを見られると、スマフォなどで撮影されたりして、後でいろいろと厄介なんじゃ。
さすればわしら武威使いの戦いを見られぬよう、最善を尽くす努力も必要なんじゃ。
ちなみに信長様の命により、今現在広島市内には架空のテロリストによる架空のテロ予告があったという体で外出禁止令が出ておる。
それを無視して店を営業する繁華街の無法者どもと、そこに通う無法なお客さん。
そんなやつらの存在もあえて考慮した上で、わしらは戦わねばならん。
「だいぶ包囲網が狭まってきたな」
その時、わしの背後にあるベッドの上から三原が話しかけてきた。
今この部屋にはわしの他に三原と――そして勇殿と華殿、氏直。さらには頼光殿と利家殿がおる。
わしはノートパソコンのモニターに向かって早数時間たったところだけど、わしと警護役の頼光殿以外の皆は椅子やベッドにだらしなくくつろぎ、戦況を見守っておるのじゃ。
あっ、氏直もわしに気を使ってしっかりと正座しておるな。狭いビジネスホテルの1人部屋の隅から、興味深そうにわしの言動を観察しておる。
うむ。感心感心。
こんな感じでわしや三原から色々と盗み学べば、氏直とていずれ立派な大将になろうぞ。
「そうじゃな。敵の本拠地もだいたい察しがついて来た。でも包囲が狭まったこれからが大変じゃ」
「くっくっく。本当に大変そうだもんな」
そして小さく笑う三原。
だから本当に大変なんだって。
かつての戦場のように大まかな戦力移動だけ指示しておけばいいわけじゃないからな。
武威センサーを広げ続ける疲れもあるし、敵味方の位置を把握・支配するための思考力も費やし続けておるし、加えて指示を出し続けるわしの喉がかれてしまいそうなんじゃ。
しかしこれはわしにしか出来ない役目。
一応わしのことをよく知っておる吉継がたまに斜め後ろからアドバイスなどくれたりするけど、基本勇殿は華殿とお菓子を食い散らかしたりしながら夜更かしを楽しんでおるだけ。
でも吉継のサポートを得るためには勇殿に寝られると困る。
なので勇殿と、ついでに華殿には昼間たっぷりとお昼寝してもらい、何とかこの時間まで起きていてもらっておるんじゃ。
「三成よ。そこの陣がやや狭い。雁行(がんこう)の陣を意図しておるなら、各部隊の距離をもう少しあけよ。それとも何か? その先に余程の強者がおるのか?」
「いや、そんなに強い者はおらん」
「じゃあ広げよ」
「あいわかった」
ほらな。
吉継はパソコンのモニターに広がる陣形図を見ることで、たまにこのようなアドバイスをくれるのじゃ。
吉継は武威センサーによる感知を出来ないけど、その指示内容も吉継の天才的な直感を元にしたもの。
だからわしにとっても非常に助かるし、だからこそ勇殿に寝られると困るんじゃ。
「ほうほう。なるほどなぁ」
ふっふっふ。あの三原ですら吉継のアドバイスに感銘を受けておる。
褒められたのはわしじゃないけど、自分のことのように嬉しいのも否めん。
とその時、わしは戦場に小さな揺らぎが生まれるのを感じた。
「おし。そろそろじゃ。そろそろ今宵のクライマックスを迎えようぞ」
「ん? 三成よ。何がクライマックスになるんじゃ?」
「ここのビル、明らかに強い平家の武士どもがたむろしておる。つまりここは平家の拠点の1つに間違いないんじゃ。そこを攻めるだけの算段がついた」
「ほうほう。じゃあ、今宵はその建物を陥落させて終わりじゃな」
「うむ。しかもこの拠点は平家勢力の中でもかなり重要な拠点なのじゃろう。そんなところを陥落させたとあらば、この戦いは大きく動く。
しかも3日を予定しておった拠点をわずか数時間で攻略できたのなら、予想をはるかに上回る軍功じゃ」
「よし。それならば今宵のうちにカタをつけようぞ」
「むう。吉継? 助言を頼む」
「あい分かった」
などと、わしと吉継が軍略について話し合っておると三原もそれに加わり、果ては頼光殿ですら前のめりになってあれやこれやと意見を述べ合った。
しかし、そんな楽しい時間も武威センサーに引っかかったひとつの武威反応によって遮られる。
いや、ひとつ、またひとつと消失する味方の武威反応によって、わしはある事実に気付いたのじゃ。
「ん? 味方が殺されてる? 吉継よ。“心の枷”を外した敵兵が発生じゃ。
わしらが応戦するぞ」
この戦い、そもそもは武士にあるまじき甘ったるいルールで繰り広げられておる。
それをよしとせん輩がマジな殺し合いを始めておるのじゃ。
さすればここから先はわしらの出番じゃ。
別にこちらが劣勢と言うわけではないし、配下の者を行かせても構わんのじゃが、いかんせんストレスがたまりすぎておる。
だからそんなわしのためにも、ド派手に暴れまくる舞台が必要なんじゃ!
もちろんこれは――うん、仕方なく出撃なのじゃ!
「全軍警戒態勢。敵にルールを破った者がおる。そやつらをわしと吉継が排除しに行くから総員しばらくその場で警戒しながら待機せよ」
「了解」
無線の先から味方の兵どもの声が届き、わしらはそれを合図に動き出す。
わしと吉継と三原。そしてちゃっかり頼光殿と華殿と利家殿と氏直。
傍から見ればよくわからん繋がりの部隊だけど、わしから見れば贅沢過ぎる兵力を伴い、わしらは出撃した。