目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
前哨戦の弐


 その日の夜、わしは一軒家城の自室にこもっていた。

 目の前にはわしのこだわりを詰め込んだ素敵空間。

 ここにいとかっちょえぇタイヤとホイールを備え置けば和洋折衷の床の間エリアがさらなる高みへと昇るのじゃが、利家殿が首を縦に振らんので今は仕方ない。


 カチカチと静かに奏でる時計が夜の9時を過ぎ、少しの眠気を感じ取ったわしは「ふーう」と息を吐く。

 母上に黙ってこっそりと購入した漆黒唸るしゅわしゅわを一口静かに口に含むと、わしは瞳を閉じた。


「うむ。かけてみるか……」


 んでその言に対し、わしのすぐ後ろから返事が返ってきた。


「おう、そうするがよい」


 ちっくしょう! うるっせぇな、吉継は!

 せっかくわしがかっこよく座禅を組んでおったのに邪魔すんなよ!


「ふあーあぁ。眠くなってきちゃったぁ……」


 あと華殿もじゃ!

 2人してなんで急にわしの一軒家城に泊ろうとか言い出したんじゃ? 自分の城に帰ればよかろう!

 今宵のわしは対平家戦の準備で色々忙しいんじゃ!


「わかっとる。でも吉継? 勇殿も眠りに入る時間じゃ。寝させてやれ」

「わかった。しかし……1人で大丈夫か?」

「大丈夫じゃ。おぬしも慣れない体で眠かろう? 明日の朝、まとめて報告してやるから今は寝ておけ」

「うむ。では言葉に甘えるとする。おやすみなさい」


「あぁ、おやすみなさい。あと華ちゃん? 寝るならそっちの布団で寝てね。そこ、僕のベッドだから」

「ふあーぁ……あ? え? 一緒に寝ないのぉ?」

「華ちゃん寝相悪いから嫌だ。それにお母さんがせっかくお布団用意してくれたんだから、華ちゃんはそっちで寝て」

「うー……わかったぁ……あーぁ。昔はみんな仲良く一緒のお布団で寝たのにぃ……」

「昔の話だからね。今は狭すぎるから」


 などなどいつも通りのやり取りを済ませ、勇殿と華ど――じゃなかった。吉継と華殿がそれぞれの布団に入るのを確認し、わしはおもむろに携帯電話を手に取う。


 ぷるるるるぅ……ぷるるるるぅ……


 しばらくの間スピーカーから呼び出し音が鳴り響き、少し懐かしい声がそこから聞こえた。


「もしもし。お久しぶりです、三成様」

「うむ。久しぶりじゃな、新田殿」


 相手は京都陰陽師勢力の新田殿。

 かつてはやり手の陰陽師として忌みなる儀式を数多く行い、果ては石田三成たるこのわしの魂を現代に蘇らせたというファンタジー極まりない人物じゃ。

 そして、このたびわしがこの男に連絡を取った理由。

 対平家戦において――いや、対平家戦の後わしが計画しておる諸々の同盟においてこやつの高い陰陽術が重要なカギとなってくるのじゃ。


 ――と、その前に軽く挨拶など。


「息災そうでなによりじゃ」

「三成様こそ、たいそうご活躍なさっているようでなによりです。例の動画、見ましたよ? あれだけのことを言い切るなんて」

「これも新田殿と鴨川殿のおかげじゃ。でもな、スクランブル交差点での事件など内心どっきどきだったのじゃよ」

「ほう。それはまた興味深い。あの動画、現地では一体何が起きていたのか詳しく教えてもらいたいものですなぁ」

「構わぬ。では教えてしんぜよう」


 こんな感じでわしらはまず、緩やかな会話を楽しむことにする。

 およそ5分、スクランブル交差点会合の件を新田殿に事細かく伝え、新田殿もわしの謀に感嘆したあたりでわしは本題に入ることにした。

 本題とは転生の仕組みについて詳しく知り、その教えの結果、可能とあらば2人の人物を転生させて欲しいと依頼することじゃ。


 その人物とは島左近と直江兼続。

 わしと康高の天下統一事業にはこの2人の力が絶対に必要なんじゃ。


 しかし、いきなり話をクライマックスに持っていくというのも無粋じゃな。

 なので先に転生術の仕組みなどを問うことにしよう。


「さて、ところで話を変えるけど……新田殿は特定の人物に狙いを定め、その魂を現代に転生させることはできるのか?」


 ところが新田殿から返ってきた答えは、わしの期待を少し裏切るものであった。


「転生術は本来自然発生的な魂の浄化と再利用に手を加え、前世の魂の“姿と影”を残したまま小さな体に宿すというもの。

 ごく稀に浄化と再利用がなされぬまま魂を宿してしまうこともありますが、その可能性を確実に実現するためのものなのです。

 ですのであくまで可能性が実現へと変わる途中の手助け程度とお考えください。

 どの魂がその可能性を持ったまま現代に降りてくるかは、神のおぼし召しか、宇宙の意志か。

 その小さな魂のかけらを集め、受け入れてくれる小さな体に手渡しする。それが私たちに出来ることです。

 特定の人物を狙って転生させるのは無理なのです」


 ぜっんぜんわからん!

 あれか? 多神教の民俗学の話かっ!?


「な、なるほどぉ」


 小さな見栄を張った自分が恥ずかしいわ。

 でも次に新田殿が放った言葉は、わしに小さな光明をもたらすものだったのじゃ。


「49日以内ならまだしも、三成様のお役にたてるような戦国の人材をすぐに転生させるなど……さすがにそこまで便利な術ではないですので……」


 トッピングをころころ付け加える技術を持っておるくせによう言うわ。

 まぁよい。それならそれで左近と兼続の転生は諦め――でもこの言により、小さな可能性が現実に大きく近付いたぞ。


「ん? 49日以内なら大丈夫なのか?」

「はい」

「じゃあ2人ほどお願いしたいのじゃが。さっきとは別の人物をじゃ。死後1カ月ぐらいじゃし……いや、ちょっと待てよ。もうすぐ49日が来る。急いでほしいのじゃが」

「そうですか。それは……やってみましょう。

 それはそうと、あなたが欲しい人材ならすでに生まれておりますよ。

 どうやらどちらも東京に住んでいる様子。近いうちにお会いするかもしれませんね」


「!?」


 え? ちょっと待って?


「あっ、でもすでに生まれてしまった転生者に関する情報開示はご法度ですので、たとえ相手が三成様であってもこれ以上は教えることはできません。ご了承ください」


「おい! ちょっと待ってくれ! それってもしかして……!」


「あっ、見たいテレビ番組が始まったのでこれにて失礼いたします。ご健闘を!」


「おいぃぃぃぃぃ!」


 ツー、ツー……


 電話を切りやがった!

 こんちくしょう! 新田殿がわしとよく似た性格破綻者だということを忘れておったわ!

 なんという嫌がらせじゃ。


 いや、これこそが陰陽師勢力にはびこる“転生者の素性は明かさない”という厳正なしきたりの現れなんだけどな。

 うーん。まぁ、そう考えると仕方ないか。

 転生術の仕組みを教えてくれただけでもありがたく思っておこうぞ。


「三成? 大丈夫か?」


 その時、母上が床に敷いておいてくれた布団の片方から吉継が話しかけてきた。

 わしのことを心配しておるようじゃ。

 でも吉継に聞こえていたであろうわしの発言ほど酷い会話ではなかったのじゃよ。

 わしとしては得られた情報の質は80点と言ったところか。

 最後の最後に新田殿からとんでもない置き土産を置いて行かれたけど、十分及第点じゃ。


「うむ。問題ない。それより早く寝るんじゃ。勇殿は睡眠不足になると機嫌悪くなるぞ?」

「その勇多がおぬしを心配しておるんじゃが」

「じゃあ勇殿に伝えよ。問題ないって。つーか勇殿はまだ起きておるのじゃな? ならなぜ勇殿は出てこんのじゃ?」

「眠いからもう表には出たくないって。でも光君におやすみって伝えてないからどうしようって」


「勇君!? 聞こえる!? お・や・す・み・! だからもう寝るんだよ!」


「あっ、勇多が寝た。じゃあわしも……」

「あぁ! 2回目だけど、おやすみなさい!」


 くっそ。

 ずいぶんと楽しそうなルームシェアじゃなあ! 勇殿の脳の中はぁッ!

 どうなってるんじゃ? いや、本当にその頭ん中どうなってるんじゃあ!


 ふーう……ふーう……。


「ちっ……」


 勇殿の静かな寝息と華殿の軽快な寝息が響く部屋で1人、わしは苛立ったように小さく吐き捨てる。

 でもまだ下準備は終わっておらん。

 次は父上に電話じゃ。


 本来は下の階に行けば父上がいるんだけど、今宵は別じゃ。

 納期が迫り、父上はまだ会社に残っておるそうな。


 社長なのに社畜とはこれいかに?


 まぁよい。 べつに明日の朝に依頼してもいいんだけど、朝は父上のテンション低いから断れかねん。

 だからここは、深夜テンションに入りかけておるであろう父上の隙をついて仕事を依頼しようぞ。


「お父さん? ぐっいーぶにんぐ!」

「おぉ。いい夜だな。どうした?」

「うーんとね。相談なんだけどね」

「あぁ」

「お父さん、明日から仕事早く終わるって言ってたよね?」

「そうだな。今日が山場だからな」

「じゃあさ、明日からちょっと新しい仕事入れてほしいんだ」

「ん? お前からうちの会社に仕事依頼? ……ってことか?」


 そんなわけあるかぁ!

 いやそうだけども! そうだけども、それじゃ父上の部下から見てあまりにも怪しすぎるじゃろ!

 そこは誤魔化せよ! いや、ここはわしが誤魔化そうぞ。


「いや、三原コーチからのお願いなんだけどね。

 複数のGPS情報をアプリで一括管理できるソフトを大至急作ってほしいんだって。

 完成度はそんなに高くなくていいし、多分オープンソースをつぎはぎするのでいいと思う。

 デバッグも不十分でいいし、不具合が起きたら僕がコンパイルし直すから、出来上がったらソースも一緒に欲しいんだ。いい?」


「ふーん。でも、お前、パソコン持っていないだろ。家にある俺のパソコン使うか?」

「パソコン? いや、テラ先生のパソコンでデータもらうからどっかのクラウドに上げて、そのIDとパスだけ教えてちょうだい」

「寺川先生? 大丈夫か? 寺川先生ってたしかパソコン関係に疎かったような……」

「うん。大丈夫。ちゃんと去年の春に買ったやつだから。化石パソコンじゃないから。

 あと、三原コーチが『事情があるからテラ先生の名前で発注書作るから、受注書とか見積書とかをテラ先生宛てに作っておいてほしい』だってさ。出来る?」


「あ、あぁ。わかった」


「じゃそれでお願い。おやすみなさい。IT戦士に神の御加護を!」


「おう、祈っててくれ! じゃあな」


 ふーう。

 父上との電話はこんな感じでいいじゃろう。

 いつも思うけど、父上絶対わしのこと疑っておる。

 でもそこをむやみに攻めてこようとせずにポンポン話を進めてくれるあたり、本当に助かるわ。


 では次。今宵はバシバシ電話するんじゃ。


「もしもし? 寺川殿?」

「おーう。佐吉じゃねーかぁ……」


 うぉ。予想外じゃ。寺川殿が酔っ払っておる。

 あの下戸が晩酌じゃと? 一体どういう風の吹きまわしか?

 まぁよい。絡み酒の片鱗を見せておるので会話をするのが少し怖いけど、ここは勇気を持って接してみようぞ。


「そうじゃ。佐吉じゃ。ところで寺川殿? 依頼したいことがあるんじゃ」

「ん? 藪から棒にどうしたの?」

「遠山殿を覚えておるか? 5年ほど前、わしが寺川殿の生徒だった時にお世話になった臨時の先生殿じゃ」

「えぇ。覚えているわよ。結局逃げ切られちゃったわね、あの女には……くっそ。思い出したら腹立ってきた……ぐびぐびごくごく」


 おっと。激烈な勢いで呑んでいる音が聞こえてきたけど大丈夫か?

 踏み入れてはいけない領域だったかな?

 うーん。かといってこの件を頼れるのは寺川殿しかいないしなぁ。

 さすればここは慎重に言葉を選びながら話を進めねばなるまいて。


「あの先生殿の連絡先を知りたい。寺川殿なら当時引き継ぎをした関係だし、連絡先を知っているんじゃないかと思って」

「うーん。一応知っているけど……でも私が電話したって出るわけないし、そもそも番号だって変ってるんじゃない?」


 ん? 急に酔いがさめたっぽい?

 ようわからんな、寺川殿の酔い方は……。


「確かに。じゃあ、あやつの画像とかないか?」

「それなら……幼稚園の資料として履歴書がどこかに残っているかも。それでいい?」

「じゃあそれで。明日あたりにでもその写真をメールにて送ってほしい」

「オッケー。じゃあさ、その代わりに今からこっち来て私の酒に付き合いなさいよ!」

「おやすみなさい」

「あっ、おい! ちょ……」


 ツー……ツー……


 うん。これでオッケイじゃ。


 履歴書の情報は嘘の可能性もあるが、これをもとに調べるしかあるまい。


「さて、じゃあ卜部殿にでも相談を……」


 その後、わしは独り言のように呟きながら立ち上がり、寺川殿からの着信で鬼のように鳴り響く携帯電話をマナーモードにする。

 でもマナーモード下においてもバイブ音がしたため、それを座布団の上に放り投げると、2人を起こさぬように静かに部屋を出た。


「卜部殿ぉ?」


 一軒家城の1階の和室で寝泊まりしている頼光殿たちのところを訪れ、卜部殿に意見を求める。


「履歴書は偽証の可能性が高いですね。警察庁のサーバーになら免許証の画像データがあります。そちらを当たってみましょう」


 こういう時こそ頼りになるのが国家権力じゃな。

 後日わしは寺川殿から頂いた遠山殿の証明写真を5年分老化させる素敵で嫌なアプリに当てつつ、その結果得られた画像を元に卜部殿の助力を得る。

 警察庁の秘密サーバーに秘密のアクセスをしてもらい、それっぽい人物を検索。

 同時にわしは広島県内の幼稚園保育園をネットで検索し、調査。

 この手法では遠山殿を見つけることが叶わなかったけど、次に画像検索で似た風貌の成人女性をネットから探してみると、某保育園のサイトのスタッフ紹介ページが画像検索で引っかかった。

 どうやら岡山県で保育園の保母さんをやっておるらしい。


「いやっほーう!」

「おーいえー!」


 遠山殿の現在の状況を探し当てた瞬間1階の和室でわしと卜部殿、2人で大喜びし、そのまま警察庁のデータと照らし合わせて電話番号を入手。即座に通話してみると、見事遠山殿を電話の向こうに登場させることが出来た。


 出来た……けど……。


「あぁ、あのどうしようもなく下品で粗暴な生徒ね。覚えているわ」


 現世の方のわしの名を伝えたらとんでもない暴言が返ってきたので、わしは少し泣いてしまった。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?