「ではいくぞ」
三原を前に、わしは格好よくセリフを吐き出す。
同時に重心を低くし武威を激しくした。
そしてその武威を法威で制御し、これにて臨戦態勢じゃ。
しかしここからがわしの新たな境地。
背中のあたりに意識を集中し、そこから武威の羽を出す。その輪郭を法威で覆い、空気抵抗が生まれるように強度・存在感を増した。
羽の形はF1の車についているリアウィングを想像してもらえばよかろう。
これを生み出す精神の浪費は果てしなく、枝豆を箸でつまむようなもの。
武威は本来暴れ馬のごとく制御しにくいものじゃが、しかしながらわしが得意とする武威の微調整に法威の技術を用いることでそれを可能とする。
「早速それを出すか……?」
ふっふっふ。
そう語りかけてきた三原が警戒心を強めておる。
これこそがわしの新たな技術、『スタッドレス武威』じゃ!
「スタッドレス武威……」
もちろん必殺技の類はかっこよくつぶやかねばなるまい。
世の中には技名を声高々に叫ぶ者もおろう。でもこれはわしのポリシーなんじゃ。
あっ、でもこの技術は“必殺技”という類ではないか。
このスタッドレス武威なる技術は高速で動くわしの体をF1カーのごとく地面に吸いつけ、武威使いが陥りがちな跳躍後の無駄な浮遊を抑えることにある。
見ようによってはゴキブリのごとく地面を這う技術なのじゃが、これによりわしは体の小ささを活かしながら敵の足元を素早く動き、また任意のタイミングで移動方向の切り返しを出来るようになるのじゃ。
人の体の限界を超えた武威使い同士の戦い。
中には数メートルから数十メートルの跳躍を可能としておるものも多数いる。
華殿がいい見本じゃ。
しかしながら神がかり的な跳躍にも問題はある。
跳躍の最高点に達するまでの動きの速度は各々の脚力によるものであるけど、そこから地面に落下するまでの速度は重力による自然落下の法則に逆らえん。
同様に跳躍中に受ける水平方向からの空気抵抗もこの星にいる以上は免れられない壁となる。
そのような移動速度の低下したタイミングで敵から強力な一撃を放たれてしまうと、それが命取りになりかねんのじゃ。
しかし常に地面を這うような動きが出来たならどうじゃろう?
空中に浮く滞在時間が大きく短縮され、体が地面に近いことから足を延ばせばいつでも地面を蹴り、移動の方向を切り替えることも出来る。
空気抵抗による速度の低下を防ぎ、跳躍後の落下途中を狙われる確率も大幅に低減できるのじゃ。
――という動きが出来たら楽だなぁと、三原の周りをぴょんぴょん跳び回る華殿を見ながらここ数週間考えておったのじゃ。
もちろん華殿もそういう弱点を考慮し、天井や周りの壁も跳躍の土台の対象として扱ったりもしておった。
でもコンクリートの床に比べて強度の低い壁や天井を華殿が蹴ってしまうとそこに穴が開いてしまい、それからというもの三原から壁や天井への蹴りは禁止されておる。
結果、華殿に残された道は地面を蹴って三原に突進するだけ。
武威お化けの華殿だけあってそれでも十分すさまじい動きだけど、いかんせん跳躍中は体の切り返しが出来ず、単発の突撃をするだけになってしまっておる。
まぁ、そんな華殿の事情はわしには関係ないとして、わしはわしでこのような問題――すなわち重力や空気抵抗ですら大きく影響する武威使い同士の戦いを何とか有利に進められないかと、その可能性を探っておったのじゃ。
そして至った結論がこれじゃ。
先程も述べたように背中から出した羽を上手く操ってわしの体を地面近くに保ち、なんだったら羽の生える位置をわき腹や腹部に変えることで、横方向や後方移動時にもグリップ力を維持する。
羽を生やすんだったらいっそのこと空を自由に飛べるようにしておきたいとも思ったが、さすがにそこまで自由に操ることはできん。
今はまだF1のウィングのような形の羽を体の各所から出すだけで精いっぱいじゃ。
あと“スタッドレス”といいながら、この技術はタイヤについての要素が全くない。
でもわしの生き様はスタッドレスタイヤのごとくあるべきじゃし、結局この技を発動している時のわしは傍から見たら凍結道路を小気味よく切り替え動き這う車の様に見えるので、この命名でよかろう。
「よし、こい……!」
わしのウィングが完成するのを感覚で察知した三原が、低く構えながらわしに言い放つ。
ふっふっふ。つい最近までわしと戦う時は腕を組むほど余裕を見せていた三原がこの様子じゃ。スタッドレス武威は相手にとってさぞかしやりづらいのじゃろう。
「さすれば参る! れぇーでぃー! ふぁいとーーッ!」
異国かぶれの合図でわしが動き出し、まずは三原に接近じゃ。
と見せかけて2歩目の跳躍でわしは右に迂回し、三原を惑わす。
この時もちろんわしはウィングを左わき腹から生やしておる。
んで反時計回りの動きをしつつもちゃっかり三原に接近し、右のローキックをスライディングのような低い体勢から放った。
「ふん」
しかし、そんな蹴りは三原には効かん。短い声を出しながら三原が回避し、崩れた態勢からカウンターの右ストレートを放ってきたので、わしはすぐさま後方に退避。と見せかけてここでもやはりゴキブリの――なんかこの例え嫌じゃな。まぁ仕方ないか。
んでわしはゴキブリのような動きで再度距離を詰め、右ストレートの空振りで隙が生まれておる三原の右わき腹に左フックをお見舞いする。
もちろん三原はわしのカウンター返しも綺麗に防御し、しかしながらわしもすぐさま方向転換。今度は時計回りに三原の背中側に移動した。
といった感じでわしと三原はおよそ5分間の乱打戦を行い、次に華殿が対三原戦をこなす。
各々訓練の後に三原から武威や法威に関する助言を受けたりするけど、スタッドレス武威に関しては三原の技術を超えているらしく、「こうしたらどうだろうか?」といった感じの提案をしてもらうだけじゃ。
そして鍛錬の最後、少しの休憩を入れて、3対1の変則型団体戦をする決まりじゃ。
1人の側はもちろん三原。対する3人組はわしと勇殿、そして華殿。
勇殿に関してはこの時だけ吉継がフルタイムで表に出て、わしや華殿と連携する。
まず華殿が好き放題に暴れ、その間隙をしっかり者のわしが埋める。そして戦いの天才である吉継はわしらを横目に自らの才能をいかんなく発揮し、奇抜で奇想天外な武術によって三原の隙を狙う。
こんな感じじゃな、わしらの連係プレーは。
勇殿がたまに出てくるけど、それでも勇殿の役目は吉継と同じじゃ。
昔から一風変わった思考回路を持ち合わせておった勇殿。今になって思えば、あれは間違いなく吉継の性格そのままで――というか、ある意味2人は同一人物だから当然なんだけど、なにはともあれ勇殿もそういった発想力でわしらの戦いに混ざってくる。
そんで、そんな乱打戦が繰り広げられ、およそ20分。ついにその時が来た。
「わっしょーーーいッ!」
華殿の破壊的なかかと落としを三原が両手で防ぎ、ほぼ同じタイミングで三原の脇に回ったわしの右アッパーを三原がすねで受け止め、と思いきや三原はそのまますねを激しく蹴り出し、わしを遠ざける。
反対側に吉継が迫っておったからな。その対応のためにわしに距離を取らせたんじゃ。
でも華殿の蹴りの衝撃の影響で三原の動きがわずかに鈍っておったのをわしは見逃さん。
スタッドレス武威にてすぐさま着地したわしは残り少ない武威を足に集め、即座に追撃態勢へ。
吉継の対応に入っていた三原の脇腹に向けて、右のこぶしを放つ。
「えい!」
結果、わしの貧弱な右ストレートがみごと三原の脇腹にヒットした。
「え? うそじゃろ? 三成よ……? ついに……?」
「わーお! 光君が……光君が一撃入れたぁ!」
勇殿の体を借りた吉継も、そして華殿もこの一撃には感激じゃ。
そしてもちろん、わしが何も感じないわけがない。
「おーし! 当たった! 当たったぞ!」
その場で思わずぴょんぴょん飛び跳ね、走り寄って来た勇殿たちとハイタッチなどを行う。
あの三原に――以前は3人がかりでも全然相手にされず、一昨日やっとの思いで足に一撃食らわせたわしらが、ちゃんとした打撃を入れることが出来たのじゃ。
これを喜ばずして、何を喜ぼうか。
「わっしょーい! わっしょーい!」
華殿の突然の提案により、わしは吉継から切り替わった勇殿と華殿に胴上げされる。
空中を2度3度舞いながらちらりと三原を見ると、結構悔しそうな顔をしておった。
「ちっ」
大したダメージは負っていなさそうじゃが、ふっふっふ。いい気味じゃ!
さすれば次は手痛い一発をお見舞いし、やがては1対1でも三原を打ち負かす。
そんな日がいつか来ることを信じて、日々精進してやろうではないか!
「やっほー。やってるー?」
しかし、こういう時に邪魔に入るのが寺川殿という人物。
というか倉庫の入り口の扉がガラガラと開き、寺川殿が入ってきた。
「あぁ! テラ先生だぁ!」
ちなみに康高の幼稚園での担任は寺川殿じゃ。
学校や幼稚園以外の場所で担任教諭に会うと意外とテンションあがってしまうことがあるけど、今の康高はまさにそれ。
ここにいる康高以外の全員が昨夜寺川殿の情けない姿を見ておるので各々軽く挨拶する程度だけど、康高に限ってはとたとたと寺川殿に走り寄り、膝のあたりに抱きついた。
「あら? 康高君も来てたのね?」
「うん! そうだよ! 僕も戦う練習してたんだ!」
「そうなの。お兄ちゃんのように一生懸命頑張るのよ!」
「はーい!」
しかし寺川殿は何しに来たのじゃろう?
さっきまで二日酔いで仮死状態におったはずなのに、意外と早く……ってあれ? もう3時になっておる?
いつの間にこんな時間になったのじゃ? それならば寺川殿の復活も納得じゃな。
ん? あれは?
「寺川殿? それはもしや?」
寺川殿が左手にぶら下げていたビニールの袋をめざとく見つけ、わしは瞳を輝かせた。
「うん。これ、ほら。あんたたちの携帯電話。欲しがってたでしょ?
佐吉がいいって言ってた機種を私の名義で3つ買ってきたから、好きな色を選びなさい」
何……じゃと……?
「わーお! あんびりぃーばぼゥ!」
人間、テンションあがると何言い出すかわからんな。
まぁよい。そんな感じでわしらは寺川殿から携帯電話を授かり、各々操作をしてみる。
三原や寺川殿、そして綱殿を経由して頼光殿たちや、果ては坂上殿から信長様に至るまで、ありとあらゆる連絡先をアドレスに登録させまくってやったわ。
その流れで、わしはふと重要な人物の存在を思い出す。
「そうじゃ。寺川殿?」
「ん? どした?」
「北条さんとこの連絡先を教えてくれ。特に氏直の連絡先をじゃ」
「ダメ。あんたまたあの子いじめる気でしょ?」
「いじめるわけあるかァ! むしろその逆じゃ!
わしの教育で心が折れた純粋無垢なわっぱ。やつをわしのそばに置き、その将来を輝かしいものにしてやろうというんじゃ!」
「あら、そうなの? それなら……」
「もちろん氏康殿や氏政殿から許可も取るつもりじゃ。あやつをいっぱしの戦国武将に育て上げてやるわ」
「ふーん。じゃあ氏康さんとこに電話してみなさい。私、氏康さんの連絡先しか知らないから」
「うむ。あと虎之助殿にも用事がある」
「忙しいこと忙しいこと。大変ね、佐吉は?」
誰の夫にこのように育てられたと思っておるんじゃ。寺川殿の前世の夫じゃ!
うーむ。なんかむかついて来たな。
さて、どうやって寺川殿をぎゃふんと言わせてやろうか。
とわしが悪い顔で考え事をしておったら、その時、わしの携帯電話がプルプルと音を立てた。
「ん? だれじゃ?」
「あっ、それ又左さんじゃない?」
利家殿から電話とな?
さっき色を選んだばっかりなのに、つーかいつのまに寺川殿は利家殿にわしの番号を教えたんじゃ?
いや、これは勇殿と華殿とわしの携帯電話による3分の1の確率。寺川殿がここに来るまでに利家殿にこれらの番号を教えたとして、たまたまわしの携帯電話にかけてきただけかもしれん。
まぁそんなことはどうでもいいな。
「もしもし?」
「おっ、その声は三成か? じゃあこの番号が三成ってことでいいのか?」
「えぇ。後ほどお教えいたそうと思ったのですが、何か至急の用事でも?」
「いや、こちらの警護のスケジュールは大方話がついた。それを後でお前に教えるから。それで別の話なんだが……」
なんじゃろう? 一瞬寒気がした。
利家殿がこういう声色で話す時、大概いい話じゃないんだが……。
「さっき、ねね殿から連絡があってな。お前の勢力の勘定係、俺が担当することになったから。無駄な出費は許さないから、そこんとこよろしくな」
ヤバい! 利家殿って実はめっちゃケチなんじゃ!
若い頃は槍の又左と言われ賞されておったけど、年を重ねるとそろばんの利家と言われるぐらい金に細かくて、そのせいでまつ殿(奥さん)から怒られていたぐらいケチなんじゃ!
ヤバい! マジでヤバい!
そうなると、本当にヤバい!
「え? いや……じゃあ、スタッドレスタイヤとホイールは?」
「ん? なんで東京でそんなのがいるんだ? そもそもお前、車持ってたっけ? 車が欲しいのか?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、部屋に飾っておこ……」
「じゃあいらん。あと、倉庫の購入手続きなどを義仲殿に頼みたい。都内の倉庫を土地ごと買うんだ。上様から頂いた金の8割はなくなると思え」
「いや、それじゃわしの取り分が……色々と出費があるのに……」
「小学生にどんな出費が必要だ?」
「はぁ。高価なパソコンとかオーダーメイドのキャッチャー防具とか。あとなんだったら床の間エリアを一新したいのですが。部屋をリフォームするためには相応の資金が……」
「全部いらん。却下な」
わしがひざから崩れ落ち、寺川殿がそんなわしを見て笑っていた。