「お久しぶりにございます」
街灯の明かりに右半身を照らされた男を前に、わしはそう言いながら頭を下げる。
目の前には前田利家殿の転生者。
見た感じは30半ばぐらいの外見じゃ。
となると利家殿の前世の記憶は、信長様の命令で柴田の親父殿と一緒に北陸方面に行ってる頃じゃろうか。
殿下が柴田の親父殿と対立し、果ては織田の同盟者であった徳川が豊臣を内部から崩そうなどと夢にも思えぬ年齢だったはず。
まっ、そういうのはわしと吉継以外の全ての転生者が抱える悩み。今の記憶と、歴史に記された事実の違和感を抱えて生きるのが転生者に課せられた運命なのじゃ。
でも今の利家殿の前世の記憶が賤ヶ岳の戦い直前のものだとすると、利家殿は殿下につくか柴田の親父殿につくかで迷っていた時期だから、殿下の側近であったわしに対しても複雑な印象を持っていたはず。
その頃の年齢じゃなくてよかったな。目の前の人物は今のわしに敵意などは持ってなさそうじゃ。
屈託のない笑顔を見せておるのがいい証拠じゃ。
さすればわしも警戒心を解き、笑顔で利家殿に話しかけようぞ。
「現世では先日上様が来られた時以来、前世の記憶では三木城攻めの御助力のために秀吉様の陣中を訪れた時以来でしょうか?」
「あぁ、まぁそんな感じだ。以前ここに来た時はよく顔を見られなかったけど、確かに藤吉郎殿の小姓だな。面影がある。俺のこと覚えているか?」
「もちろんですとも。上様自ら我が家に来るなど、忘れられるものではございません。あのときは丹羽様の斜め後ろにおられましたな。
それに、そもそもそれがしは記憶残しにてございますゆえ、加賀百万石の礎を築いた大大名となった利家殿のことも鮮明に覚えております」
「うーん。俺にはまだその時の記憶がないんだよなぁ。それに……」
そしてずかずかと歩み寄り、わしの顔をじぃーっと見つめる利家殿。
一瞬綱殿が警戒したけど、その護衛行為はわしが制しておいた。
利家殿が突然わしに襲いかかってくるなんてありえないのじゃ。
「ふーん。見た目はやっぱり子供なんだなァ」
「はっ。しかしながらそれがしは記憶残し。先に述べたとおり、利家殿が豊臣家の五大老になられておった頃の記憶もございます。
利家殿と加賀大納言様。どちらでお呼びいたしましょう?」
「ん? あぁ、利家でいいぞ。大納言なんて大それた呼び方、今の俺には大げさすぎる」
「ではそのように」
「それと」
「はい?」
「一応俺は上様のところからお前の手元に来ている。出向みたいなもんだが、つまり俺の上司はお前ということだ。気兼ねなく指示を出せ」
うーむ。分かっていたけど、なかなか難しい話じゃな。
わし、対徳川勢力として頑張っていた晩年の利家殿にめっちゃお世話になっておる。それこそまさに殿下と同じぐらい敬わなくてはいけない人物だと思っておるんじゃ。
そんな人間を相手に指図をしろというのじゃ。
こんなもんお世話になった上司が突然部下になったようなもんだし、無理の極みにもほどがある。
でもそんなわしの事情を理解し、あえてこう言ってくれるのが利家殿の魅力じゃな。
いや、ここでわしに対して偉そうな態度を貫き通すほど頭の固い輩では信長様の下で働けるわけがないということの証でもあろう。
利家殿だって実力主義の織田家中でのし上がっていった人材だったのじゃ。
「はっ、努力します」
そんでもって2人あわせて軽く笑い声など。
しかし相手はあの信長様から遣わされた人物。のんびりと昔話に花を咲かせるのもおかしな気もする。
利家殿はわしのサポートのために来たのだからな。
なのでわしは早速本題に入ることにした。
あの利家殿がわしの元に来ると伝えられた時点で、わしが利家殿にやってもらいたいことも決まっておったのじゃ。
「利家殿?」
「ん?」
「早速なのですが、この近辺に集まっている関ヶ原勢力。元はと言えば豊臣配下の武将たちですので、彼らのまとめ役をやってもらいとうございます」
戦国の末期、殿下の死後に強大な権力をふるい始めた家康と、そんな家康の対抗勢力として関ヶ原の戦いの前に他界するまで徳川勢の抑え役に回った利家殿。
つーか家康は利家殿の死後、ここぞとばかりに権力の確保に当たり、関ヶ原の戦いも1年ちょっと経ったぐらいで勃発した。
家康の抑え役としていかに利家殿の存在が大きかったのか、ということじゃ。
んで康高はまだ幼いし、わしも学校や野球などがあるため転生者社会にずっぷりと言うわけにはいかん。
現世ではそんなわしらに代わって関ヶ原勢力をまとめてもらい、わしの指示を全国の各勢力に伝える、または各地の情勢をこちらに教えてもらう役目を利家殿にしてもらいたいんじゃ。
この城の近所に潜む各勢力からの護衛役兼連絡係たちも、そのまとめ役が利家殿とあらば納得しよう。
というわしの提案に、もちろん利家殿は二つ返事で了承してくれた。
「よし、わかった。この前田利家、藤吉郎殿の忘れ形見に全力で協力しよう」
いや、そういうタイミングでそんなこと言うなよ!
殿下の忘れ形見は秀頼公じゃ。
わしなんて……わしなんて……
「えぐっ、ひぐっ……」
ダメじゃ。先日の信長様といい、殿下にゆかりのある人物からそういうこと言われると、わしの心に変なスイッチが入ってしまう。
利家殿? ずる過ぎるぞ。
「急にどうした? 泣くな泣くな」
利家殿が笑いながらわしの頭を撫でてくれて――。
ここまでは感動的な出会いも果たすことの出来た、とてもいい夜じゃった。
だけどそういかんのが我が石家家の血筋と言えよう。
家に帰るなり、康高が号泣しながらわしに抱きついて来たのじゃ。
「ぼぐもー! ぼぐもあじだのしゅぎょーいぐのーー! おにいぢゃんだぢどいっじょにいぐのー!」
むしろ康高の身に何があった? と、父上と母上の虐待を疑ってしまったわ。
でも父上に聞いたところ、わしが返ってくる直前まで康高は普通にテレビを見ながらうとうとしていたらしい。
しかも今日はサッカーの練習が休みだったジャッカル殿たちと1日中遊んでもらったとのことじゃ。
じゃあ十分じゃろう? と。
なぜそんなに必死になってわしらについてこようとするのかわからん。
いや本来はわしの弟だし、園児である康高がジャッカル殿たちの遊びに混ざっていることの方がおかしいんだけどな。
もうさ。わしの帰城をきっかけにここまで心を荒れ乱すとなると、こっちが不安になってくるんじゃ。思わず康高の体をまさぐり、変なスイッチの有無を確かめてしまったわ。
んで次の日。結局、康高の並々ならぬストーカーっぷりに根負けしてしまったわしは、康高を訓練に連れていくことにした。
「よし。来たな」
「こんにっちはー、三原コーチ!」
例の倉庫に入るなり、その中心に立っていた三原が武威による威嚇を交えながら挨拶をしてきた。
でもこの威嚇は遊び半分で、対するわしらも元気のよい挨拶を返しつつ、同時に武威を発動する。
わしに限っては武威センサーも広げ、周囲に不審な反応がないことを調べておいた。
倉庫の中にはわしら3人と三原。そしてわしの警護役の綱殿と、おまけに康高。
ちなみにこの訓練は武威のほかに法威も鍛えるから、戦国武将の護衛たちはこの場に立ち入らぬよう下知を出しておる。一軒家城の周囲の警戒に集中するようにし、もちろん利家殿も例外ではない。
つーか今頃はわしに頼まれた利家殿が一軒家城の周囲に散在する関ヶ原勢力を呼び出し、今後の警備のローテーションや細かい規律などを決めておることじゃろう。
30近い反応が一軒家城の近くの公園に集まっておるから、それが関ヶ原勢力の会合じゃな。
んで武威センサーに反応した人物は他に数人。寺川殿の長屋からは二日酔いに苦しんでいそうな武威が1つ。
北条さんとこの拠点にぽつぽつと。
あと阿佐ヶ谷駅前のビジネスホテルだと思うんだけど、そこから鬼ジジイの気配が数名の手下とともに感じられた。
「あれ?」
いや、鬼ジジイにも声をかけておくように利家殿に言っておいたんじゃがなぁ!
集まれよ! なんで島津勢力だけ阿佐ヶ谷におるんじゃ!?
つーか最悪さっさと薩摩に帰ってあの件を兄弟どもに伝えろよ!
スクランブル交差点会合の時は日帰りだったから、今回はしばらく東京に滞在して観光したいって言ってたけど、マジでくつろぎ過ぎじゃ!
あったま来た! じゃあ今日の訓練が終わったあたりでやつらを上野の動物園にでも連れて行ってや……!
「どうした?」
その時、わしの武威センサーに乱れを感じ取った三原が険しい顔で問うてきた。
す、すまん三原。そんなにヤバいことじゃないんじゃ。
ここは誤魔化しておこうぞ。
「いや、危険はない。寺川殿の武威から酔っ払いの……いや、2日酔いの気配が感じ取れたから、すこしイラッとしてしまっただけじゃ。
それより三原? 三原は大丈夫か? 昨夜はどれぐらいまで呑んでいたのじゃ?」
「昨夜って言うか、朝方の5時ぐらいまでだな」
「んな!? 信長様も坂上殿もか?」
「あぁ。あと、2時ぐらいに寺川が復活して、坂上と信長、そして寺川による三つ巴の絡み酒が展開された」
この国の総理大臣も随分と暇人だなぁ!
あと、なんじゃその嫌な宴会! よかったぁ! わしあのまま残っていたら絶対に絡み酒のターゲットにされていたはずだから、先に帰っておいて本当によかったぁ!
「そ、そうか」
「だが俺は大丈夫だ。酒に呑まれるような真似はしない」
さすが三原。大人の男じゃ。
こういうところはかっこいいな。
でもそんな世間話もそろそろ終わり。
わしら訓練のためにここに来たんだからな。
わしはすぐに真剣な顔に戻り、それを察した三原も瞳を鋭く光らせる。
しかし……
「よーし! じゃあ最初は僕から……ん? あ、わかった。じゃあ代わるね……ふっ……この吉継、今日はぜひとも最初に義仲殿と手合わせ願いたい!」
その時、勇殿の気配が突如変わり、吉継が表に出てきた。
普段ここでの訓練は三原と1対1の組み手を3人分行ってから3対1のチーム戦に入るのじゃが、今日は勇殿が吉継に順番を譲ったらしい。
まぁよかろう。吉継にはすぐにでも勇殿の体に慣れてもらわねばならんからな。
さすれば、残りはわしと華殿。
普段こういう流れで余ったわしと華殿は端っこの方で適当に乱打し合うんだけど、こっちもこっちでいつもと違う組み合わせにしておこうか。
「おにーちゃん!?」
そうじゃ。康高が来ているからな。
康高が飽きるまではわしが相手をし、華殿のウォームアップは綱殿辺りに任せておかねばなるまい。
「綱殿?」
「はっ」
「今日は華殿の相手を頼む。軽いウォームアップ程度でいいから」
「ま、まじですかい?」
「あぁ。綱殿なら大丈夫だろう。でも決して油断するな。あと華殿を調子に乗せるな。下手に調子に乗せると、腕の1本ぐらい簡単に持っていかれるぞ」
「ビビらせないでください。本当に腕をつぶされかねないですから。でも……やってみます」
「うむ、頼む。マックスモードの華殿の生贄には三原を与えるから大丈夫。だからいいか? 決して死ぬんじゃないぞ?」
「御意」
まぁ、わしと綱殿の会話は半分ジョークなんだけどな。
でもパワータイプの綱殿はちょこまかと動くスピードタイプの華殿が苦手で、と見せかけて戦闘態勢に入った華殿の蹴りはそんじょそこらのパワータイプよりも破壊的な威力を持っておるから、武威による全力防御をしないと綱殿であっても怪我をしかねないのじゃ。
「華ちゃん?」
「ん? 光君はもう準備オッケイ?」
「いや、そうじゃなくて。僕、今日は康君の相手をしてあげるから、華ちゃんは先に綱お兄ちゃんと戦って」
「わかった! 綱お兄ちゃん、いっくよー!」
「おう! かかってこい」
すぐさま華殿の武威が倉庫を包み、荒れ狂う。対する綱殿も上質な武威と法威を駆使して臨戦態勢に入った。
そんな雰囲気を確認し、それじゃわしらも訓練開始じゃ。
「康君。じゃあ木刀しっかり構えて。さぁ、かかっておいで!」
「うん! じゃあいっくよーう! とぉ! やぁ!」
ふーむ。相変わらず康高は可愛いな。
木刀を持って襲い来る姿ですら可愛いし、覇気の全く感じられない掛け声ですら可愛い。
この可愛さをあっちで唸っている華殿に少し分けてあげたいぐらいじゃ。
「ぐるぅえうえおりぎぐざごじめおろうぅうううぅううぅ!」
……
もうさ。怖すぎじゃ。
華殿、武威をマックスまで開放する時にいつもあんな叫び声をしておるけど、ぶっちゃけ無駄じゃ。
そんな叫びをしなくても武威の全開放ぐらい簡単にできるんじゃ。
でも華殿はなぜか毎回この忌みなる儀式をして訓練に臨んでおる。
いや、華殿の武威はもはや神の域。わしらには理解できない華殿なりの事情があるのかもしれん。
あと華殿がこれを始めると都内のカラスさんやハト君、そしてツバメちゃんたちが一斉に逃げ出すらしい。
天変地異の前触れと一緒じゃな。
しかも問題はそれだけではない。その後の華殿の掛け声じゃ。
「わっしょーい! わ、わ、わっしょーい! わっしょい! わ……んぐぐ……しょーい!」
ようわからん掛け声を発しながら、相手に襲いかかるのじゃ。
野球の時と一緒ですっごい訂正したいけど、わしの言うことなんて聞くわけがない。
だから華殿に関しては諸々放置することにしておる。
んで、わしもそろそろ康高の訓練に意識を集中しようぞ。
「やぁ! とーう! えい! ほい!」
アイドル以上に可愛らしい掛け声とともに襲い来る康高の木刀を、わしは無言でいなし続ける。
4歳の康高は法威の訓練ができないから、ここで行うのは武威の訓練だけじゃ。
でも体の成長より速いペースで身体に備わる武威。前世の家康の巨大な武威総量にふさわしく、今の康高は5歳の頃のわしよりはるかに強い武威を纏っておった。
といってもその力は三原に及ばないどころか、今のわしや勇殿ですら片手でひねりつぶせるもの。
まぁ、可愛いからひねりつぶすなんて真似はしないけどな。
木刀でこんこんしあって、たまに康高の体に弱めの一撃を入れてやるだけじゃ。
「えい!」
「ふぎゃー! ぐぅ……」
でも最近はこのようにわしが反撃をしても、康高は涙を見せないようになってきたな。
いや痛みのせいで涙は流しているけど、泣くのを必死に我慢しながらわしに立ち向かっておる。
そういう意味ではなかなか気丈なわっぱじゃ。なぜその気丈さをわしの不在に応用できんのか。
頑張れば我慢できるやんけ。
わしが外出する時や帰城した時に玄関先で号泣するから、ご近所さんに母上の幼児虐待疑惑が上がってんのじゃ。
しかも最近わしの一軒家城に怪しげな男どもが出入りするようになったから、父上の裏社会取り引き疑惑まで上がっておるしな。
――じゃなくて!
そんなご近所事情はどうでもいいんじゃ。
康高の相手じゃ。
「おいしょ。ふん! 康君? 肘をもっと絞って! あと腕だけじゃダメだよ。木刀は体で操るんだ」
「わかんないよう」
あぁ、めんどくせぇ!
可愛い康高観察するのは楽しいけど、4歳児に武術を教えるのがめっちゃ難しいんじゃ。
さてどうするか? そろそろ勇殿の――勇殿の体を使った吉継もいい感じに動きのキレを見せ始めたし、綱殿を相手にしている華殿もいい感じじゃ。
じゃあわし、どっちかと代わってもらおうかな。このままじゃわしのウォームアップができん。
うーん。
でも勇殿はわっぱだから力の加減が出来なさそうだし、何かの間違いで吉継が出てきたら勢いで康高を殺しかねん。
華殿は華殿で、単純にちょっとした武威の加減間違いで康高を殺しかねん。
じゃあ綱殿にお願いしてみようかな。
「つーなーどーのー?」
「はぁはぁ……はい……?」
いやいやいや、綱殿? 疲れ過ぎじゃ。
そんなに華殿が強くなっておるのか?
いや、それなら……わしはむしろ吉継か勇殿と組み手を……。
「あっ、やっぱいいや」
しかし、そう言って綱殿から視線を再び康高に戻した瞬間、わしの背後に綱殿の気配が超速接近してきた。
「こ、交代っすか?」
「い、いや、なんでもない」
「なんでもなくないでしょ? 交代っすよね? 今、俺と交代しようとしたんですよね? はぁはぁ……。
いいですよ。交代しましょう。お願いします。はぁはぁはぁ」
綱殿、めっちゃ疲れてるやんけ。そんなに交代したいのか?
いや、それならば……う、うん。綱殿にはいつもお世話になってるし、わしが代わってあげよう。
「よし。交代しよう。華ちゃん! 次の相手は僕ね!」
「ほーい! 光君なら……弱いから手加減してあげよう!」
「なんじゃその上から目線はぁ! この石田三成をなめんなよーッ!」
その後、わしは華殿を相手に全力で戦った。
武術をたしなんでいる分、武威の少ないわしでも華殿相手になんとか戦うことが出来るものの、わしのクレバーな戦い方で華殿の態勢を崩しても、いざ最後の詰めとなると華殿が神がかった動きで回避してしまう。
そんな結末を数度迎えたあたりでわしらのウォームアップは終わり、ここで次のメニューへと移ることにした。
しかしその時、康高の相手をしてくれておった綱殿が突如わしに話しかけてきた。
「三成さん?」
「なんじゃ? これからわしは三原と1対1の実戦形式バトルに入る。綱殿も入りたいのか?」
「いや、そうじゃなくて。例の技、観察したいんでたっぷりと見せてください」
「ふっ。よかろう」
綱殿の言に、わしは不敵な笑みとともに頷いた。