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食処の弐


 酔っ払い数人を料亭に置き去り、わしは勇殿や華殿と一足先に帰宅することにした。

 帰り道の車はもちろん頼光殿が運転する高級車。

 ここぞとばかりにこの車の諸々を聞き出してみたいけど、この時のわしは1つの恐怖感に襲われていた。


「いやぁ。相変わらず三成様のお考えは鋭い! あなた様に出会えたこと、この頼光にとって最高の幸せです!」


 そう言ってわしを褒めてくれる頼光殿。

 だけどな。この男わしらがあの料亭で激論を交わしていた時、とんでもないスキルを見せてきおったのじゃ。


 料亭に到着した当初、車を置きに行くと言って姿を消した頼光殿だったけど、気がついたら綱殿の脇にいて、わしの雄弁をニコニコしながら聞いていやがったのじゃ。


 あの部屋は出入り口が1つしかなかったし、エアコンが効いていたので窓も閉められておった。

 なのにこの男は下座に座ったわしの脇を気配を消しながら通り抜け、自分の席に座ったのじゃ。


 つーかわし、隣を通り過ぎた頼光殿に全然気付かなくって、そのまま坂上殿や信長様と話し合って……。

 でもふとした瞬間に三原が頼光殿の在席に気づいて、武威をわずかに揺らしおった。


 そのわずか武威の波紋によってわしも異変を察知し、そして頼光殿の存在に気付いたんだけど、その頃には頼光殿はすでに席に座り手元の料理に舌鼓を打っておった。

 完璧ともいえる気配の滅却。なんという暗殺者っぷりじゃろう。


 そりゃ確かに三原の方が激しく強い武威を持っておるし、料亭自体が坂上殿と信長様の部下たちによって厳重な警護で守られておった。

 だからわしもあの場所では武威センサーを発動してはおらん。

 それに頼光殿はわしらの話を遮らないように気を使ってくれたのかもしれんけどさ。

 でもさすがにこんなとんでもないスキルをさも当然のように見せられると頼光殿が怖くてたまらん。


「そうか。いつもいつもありがとう」


 もう頼光殿が怖い! だからこんなしょうもない感謝の言葉しか浮かばんわ!


「ん? 三成様? どうなさいました?」

「いや、べつに……これから忙しくなるなと思って」


 などと誤魔化してみたけど、わしの隣で車に揺られながら満腹状態の心地よい眠りを始めている勇殿と華殿がうらやましくて仕方ない。


「そうですね。でもそれでこそ三成様。あの2人を同時に相手にして、あれだけのことを言ってのける。

 しかもその言葉に大言壮語の気配はない。あなた様なら必ずや目的を遂げますでしょうし、我々も一心同体の心構えであなたの力となりましょう。

 なぁ、綱よ?」

「えぇ。三成さんはまったくもって熱い。先日の訓練で見せていたあの技術。そして先程の計略。日に日にあんたが大きくなっていくようだ」

「むう。ありがとう。でもそんなに褒めてくれるな。わしだってどこまで上手くこなせるか分からんのも事実。2人のようなやり手に褒められてしまっては調子に乗ってしまうからな。こういう時に油断は禁物じゃ」


 などなど平和的な言の応酬を広げていると、ここで綱殿が思い出したように後ろを振り返った。


「三成さん?」

「ん?」

「昨日一昨日の訓練で見せたあの技術。いつぐらいに完成する御予定で?」

「さぁ。わしの法威の才能がいかほどか。それにも影響を受けるし、そもそもあのスキルが実戦でどこまで使えるかも未知数じゃ」

「しかし、昨日はあの義仲さんに一撃を入れましたよ」

「それも偶然じゃ。華殿がちょっとずつ武芸を身につけ、勇殿の中におる吉継がかつての動きを見せた。三位一体となって三原に襲いかかった時のあの一撃はそれらのおこぼれみたいなものだし、三原のすねにちょっとした一撃を入れることが出来ただけじゃ」

「しかし、一撃を入れたのは事実でしょう?」

「綱殿? どうしたのじゃ? 何か言いたいことがあるのか?」

「いやぁね。あの技術、俺も三成さんから教えてほしいと思いまして」


 こやつ、それだけの武威と法威を持っていながらまだ成長したいと申すか?

 他にも何かありそうな頼光殿と、体育会系を匂わせる巨大な向上心を持っておる綱殿。

 やはり坂上殿の勢力は人材に恵まれておるな。


 んで綱殿がわしに聞いた“技術”というのは、ここ数日でわしが試している新たなスキルのことじゃ。

 スキルと言ってもあくまで法威による武威操作の技術の応用だけど、さらなる高みへ足を踏み入れる可能性が見えてきたことも事実。

 昨日なんて今まで全く歯が立たなかった三原相手に一本取ることが出来た。

 綱殿との会話で出てきたように、そもそもとんでもない武威と機動力を持っている華殿が武芸を会得し始め、勇殿の中の吉継がわしとコンビネーションをしたからこその結果だけどな。

 明日また例の倉庫で訓練をするつもりなんだけど、こういう新しい技術は覚え始めがもっとも伸びるし、明日がとても楽しみじゃ。


 んで楽しみじゃといえば、頼光四天王に座する残りの2人、坂田金時殿と碓井貞光(うすいさだみつ)はまだ東北らしい。

 はよう会ってみたいものじゃ。


「うーん。綱殿はやめておいた方がいいかもしれんな。あれはあくまで背の低い今のわしが使ってこそ有効な技。

 しかもわしは法威を覚える前から武威の細かい操作や調整を得意としておった。武威センサーのようにな。

 綱殿のようにガタイのいい男はむしろパワーと瞬発力で相手を押し切るべきなんじゃ。変に小細工をしようとすると、綱殿のいいところをかき消してしまいかねん」

「は、はぁ……なるほど……」

「でも重力はあくまで我々武威使いにとって大きな敵じゃ。選択肢の1つとして持っておいてもいいのかもしれんな。今度教えてしんぜよう。しかしその前にわし自身にあの技を完成させてくれ」

「おぉ。ありがとうございます。それならば義仲さんと言わず、いつでも俺を相手代わりに使ってください」

「それは助かる。三原も忙しい身だからな。恩にきるぞ」


 うん。わしらめっちゃ仲良くなってんな。わしの一軒家城で待っておる卜部殿ともゲーム仲間だし。

 もしかして、これも坂上殿の計略か? と思わせるほどにいい人選じゃ。

 まぁよい。綱殿と喋ってたら、頼光殿に対する恐怖心が少し薄れてきた。

 じゃあ今度は頼光殿を攻めてみようか。


「でも、油断出来んこともある。奥州じゃ」


 呟くようなわしの言に、頼光殿がルームミラー越しに意味あり気な視線でわしを見てきた。


「確かに……」


 そりゃそうじゃろう。義経をあれだけ煽ってしまったんじゃ。むしろわしを標的とした動きが奥州源氏に起きてもおかしくはない。

 まぁ、そうなったらあちらに潜入しているという2人の本領発揮。頼光殿を通してすぐさまわしの元に情報が来よう。

 ふっはっは。なんという心強い味方じゃ。


「でもあちらには金時殿と碓井殿が行っておられる。わしらが武威と法威の訓練でへとへとになっているところを狙われぬよう、事前に情報を流してくれよう? わしは頼光殿たちに出会えて本当によかったわ。めちゃくちゃ頼もしい仲間じゃ」



 そうそう、強い味方と言えば、又左殿。

 と信長様は簡略化した名前で呼んでおったけど、その男はいわゆる“前田利家”ご本人じゃ。

 若い頃は信長様直轄のエリート部隊である“赤母衣衆”に名を連ね、晩年は全国屈指の戦国大名として金沢に君臨。殿下亡き後に力をつけ始めた家康と対等に渡り合った男じゃ。

 そして今はそんな偉大な男が数人の部下を引き連れて、すでにわしの近所の長屋にて待機中とのことじゃ。

 あの槍の又左がわしの元に来て――しかも30代の又左じゃ。その力、ぜひとも見てみたい。


「信長様に坂上殿……道は果てしなく遠いな」


 まずはそこらへんにいるような武威使いに後れを取らない程度の力をつける。

 そして利家殿や吉継のような戦国武将のなかでも上位に位置する武威使いと対等に戦えるようにする。

 さらにはここにいる頼光殿や綱殿、果ては三原や寺川殿のレベルまで……。


 あぁ、遠い! 遠すぎる!


 と最近出会った人物たちの顔を頭に思い浮かべることでこれから目指す道の険しさを再確認してしまい、わしが窓の外を見ながら凹んでおると、頼光殿の運転する高級車が華殿の一軒家城の前に到着した。


「華ちゃん? 華ちゃん? 起きて。おうちに着いたよ」

「ん? ふぁーあぁー。うー、お腹いっぱいで眠いィー」

「うん。だからおうちに帰って早く寝なよ」

「うん。光くーん? 明日は何時からくんれーんすーるのォ?」

「あしたは午後からね。三原コーチには午後の1時にあの倉庫に来るように伝えてあるから、それに間に合うように華ちゃん迎えに行くから」

「ふぁーい。わかったァ……じゃあね、光君」

「うん、おやすみなさい」

「お兄ちゃんたちもおやすみィ」

「あぁ、早く寝なさいね」

「歯も磨くんだよ」


 こんな感じでわしと華殿、そして華殿に別れのあいさつをされた頼光殿と綱殿がそれぞれ言を返し、華殿は一軒家城へと帰って行った。

 んでそれを車の中から見送り、わしは近所の城の屋根に目を配る。

 スクランブル交差点会合以来、わしの城は関ヶ原勢力によって警護されておるが、その警戒の範囲は華殿の家まで及んでおり、今も数人の武威使いが華殿の城を見守っておる。

 もちろん勇殿の城も同様じゃ。


「じゃあ次は勇殿の家の前まで頼む。わしもそこで降りるから頼光殿はそこから駐車場に直接向かってくれ」

「はっ」


 そんでもって数十秒車を走らせたら勇殿の城じゃ。

 そこでわしは勇殿を起こし、出迎えに来た勇殿の父上に寝ぼけた勇殿を預ける。

 綱殿もこのタイミングで下車し、近所の駐車場に向けて車を発車させた頼光殿を見送った。


 んでこっからわずか数十メートルでわしの一軒家城なので、わしと綱殿は夜の短い散歩を楽しみながら我が城へと向かうことにした。


「うぅ。ちょっと冷えてきたな」

「そうっすね。9月も半ばですからね。三成さん?」

「なんじゃ?」

「三成さんがこれからやろうとしていることの心配はしてませんけど、その子供の体はまだまだ無理の効かない体だということは自覚しておいてくださいね? 特に体調管理とか」

「あぁ。大事な時に風邪引いたなんてことになったら笑えんからな。今日も暖かくして寝るわ」

「ならよろしい」


 などとここでなぜか綱殿が保護者のような雰囲気で会話を閉めたので、2人で軽く笑い――


「よう。現世では2度目ましてだな。藤吉郎殿の小姓よ」


 我が一軒家城の前で、利家殿が待っていた。



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