お日様とお月様が3度空を周り、土曜日の夜になった。
昨日、一昨日の武威訓練でわしの体は疲労困憊。それに加えて今日の午前は野球の鍛錬があったから究極の疲れが体を襲っておる。
三原と昼食会合をした後、夕方までお昼寝をしたから多少は回復しているものの、けだるさが抜けきれん。
わっぱの体といえど流石に回復は追いつかんか。
しかもじゃ。
3日前に島津の鬼ジジイと殴り合った箇所が青痣となって残ってしまったのじゃ。
あの後、一軒家城に帰城したら父上と母上がめっちゃ驚いておったわ。
でもあの怪我は「キャッチャーとしてさらなる高みを目指すための訓練の結果」ということにしておる。
まだまだ甘いわしのキャッチング技術。最近法威を覚えたことでなぜかさらなる成長を見せておるけどそれは内緒の話として、その特殊な訓練の結果、顔面に何発も球を食ろうたと嘘をついておいた。
まぁ、腫れ自体は徐々に収まってきておるし、青痣そのものは大した問題ではない。
疲れのせいでめっちゃ眠いのが問題じゃ。
とはいってもそんな悠長なことは言っておれん。
頼光殿が運転する黒塗りの車の先、とある都内の料亭にてわしはとてつもないビッグネームを持つ2人と相対せねばならん。
相対せねば――というか対等に渡り合わねばならん。と言った方が正確じゃろう。
坂上田村麻呂。織田信長。
この2人には多大な恩があるし、もちろん喧嘩をしに行くわけじゃない。
けど2人のプレッシャーに打ち勝ち、同じ土俵で今後のことを話し合わねばならんのじゃ。
さすればあくびの1つも肺の奥に隠し、真剣な態度で臨まねばならん。
「ふぁーあぁ。眠いねぇ」
「そうだね。眠気覚ましようにガム持ってるけど、勇君食べる?」
「おっ、華ちゃん、ありがとう」
「光君は?」
「いや、いらない」
この2人がなんで一緒に来てんのかわからんけどなァ!
なんでじゃ!?
勇殿と華殿は関係ないやんけ!
いや、百歩譲ってこの2人はもはやわしの一味ともとれるけど、スクランブル交差点会合の件については本当に全く関係ないんじゃ!
しかもガムだと?
そんなもんくちゃくちゃさせながら部屋に入ったら信長様にぶっ殺されるわ!
いや、ここはまず吉継に出てきてもらって、勇殿のそのナメた態度を――
「お待たせしました。着きましたよ」
その時運転席から頼光殿の軽快な声が聞こえ、助手席に乗っていた綱殿がほぼ同時に車の扉を開けおった。
んで綱殿はそのまま後部座席用のドアも開け、わしらをエスコートしてくれたんじゃ。
上司であるはずの頼光殿がなぜか運転役を自ら進んで受けたことといい、この車の高級感といい……そしてその高級車にふさわしいホイールとタイヤといい、いろいろと聞いておきたいことがある。
でも今は駄目じゃ。
そんなことをしておる場合ではない。
「御苦労」
車の外から綱殿が手を差し伸べてくれたので、わしはシートベルトをはずしてその手につかまる。わし、華殿、そして勇殿の順に車から降り、目の前に佇む威厳豊かな料亭を見上げた。
「俺はこの車を置いてくる。綱? 先に皆さんを御案内しろ。ボスも信長もすでに来ているはずだ」
「はっ」
頼光殿と綱殿がこんな感じのやり取りを交わし、いざ入場じゃ。
店に入るなり、「いらっしゃいませ」の挨拶を波状攻撃してくる従業員に元気よく応戦しつつ、わしらは店の奥へと進む。
和服を着たお姉さんの後をとことこと歩いて行くと、“鳳凰の間”と名付けられた優雅な一室へと連れて行かれた。
「来たか……ひぇっく」
「うぇっく……よう!」
「わぁ! この前のおじちゃんだぁ! 内閣何とか総理だぁ!」
「美味しそうな料理ィ! ねぇ、これ食べていいの? 私、これ食べていいのォ!? 絶対いい野菜使ってるよねェ! 美味しそー!」
まずさ。
最初にわしの来室に気付いた坂上殿と、そんなわしに短く「よう!」と挨拶してきた信長様。もうすでに出来上がってるんじゃが。
わっぱのわしを呼び出したんだから、そこはせめて1人の大人としてさ。わしとの話が終わるまで呑むべきじゃないと思うんじゃ。
つーかべらんべらんに酔い過ぎじゃ。
あと勇殿は信長様にフレンドリーな態度し過ぎな。
おぬしの中におる吉継も、あの方が信長様だと知っておろう。
だったらお辞儀の1つもすべきではなかろうか。
なのに勇殿は胡坐をかいて座っておる信長様に笑顔でとことこと近寄り、左腕のあたりに「わぁ!」って抱きつきよった。
信長様も酔っ払いながらニコニコしておる。
んで部屋に入るなり下座に3つ並べられた空席の1つに目をつけ、食べ物の素材に注目し始めた華殿。
これだけ豪華な料亭なんだからそりゃ野菜の1つに至るまで当然のごとく高価な食材を――あぁ、もういいや。
いちいち観察するのがめんどいわ。
そっちの方ですでに酔いつぶれている寺川殿と、なぜか坂上殿と対面する形で信長様の脇に座って酒をすすっておる三原のポジショニングがむかついたけどもういいんじゃ。
さっさと挨拶してしまおうぞ。
「遅くなり申した。石田三成こと石家光成。ただ今参上つかまつり……」
「光成ィ!」
「ひッ! は、ははッ!」
「俺の前では常に子供の素振りをしろと言ったよなァ!? 忘れたのかァ!?」
知らん、坂上殿!
わし、いつそんなこと言われた!? そんな変態チックな要求――あっ、もしかしてあれか?
初めて坂上殿と会った時の帰り際に、孫のような挨拶をしろと言われたあのようわからん要求がこの話に繋がっておるのか?
なんやねんその無茶な命令……あの状況からどうやって今わしがわっぱの素振りをすることにつながんのじゃ……?
あと、そっちに信長様がおるんじゃ。
信長様を前にしてわしがそんな態度とったら火縄銃でぶち抜かれるわ!
「くっくっく。許す」
しかしわしが助けを求めるような眼で信長様を見つめたら、それを察した信長様が笑いながらそう言ってくだされた。
むーう。さすれば仕方なし。
「こんばんわァ! 2人ともお久しぶりですッ! 遅くなってごめんなさい!」
こんな感じで元気よく挨拶してみたんだけどさ。
やっぱ信長様がいるせいでわしめっちゃビビっておるわ。
いや、ここは負けておれん。
わしと康高。2人でこれからこのビッグネームたちのような位置を狙うんじゃ。
さすればこれはまさに前哨戦。ここで小物扱いされるわけにはいかんのじゃ。
小物扱いされないために、逆に文字通り“小物”であるわっぱの素振りをしないといけないという大いなる矛盾だけど、見事に演じきってやるわ!
「華ちゃん? それ、多分僕たちのご飯だから座って食べていいよ。勇君もこっちへおいで。信長様が迷惑がっているから」
とはいっても、勇殿と華殿の行為はさすがにやりすぎじゃ。
まずは無礼な彼らをいさめ、行儀よく座らせねばな。
だけど――
「くくっ。許す」
「そう。じゃあ僕信長様の隣に座るゥ!」
「じゃあ私はそっちのおじいちゃんのとーなり!」
信長様の余計な一言を皮切りに、勇殿がわしの目の前に並んでおった1人分の懐石料理を机ごと信長様の隣に運び始め、華殿も同様に坂上殿の隣に料理を運び始めた。
さぁ、説明しようではないか。
10畳ほどの広さを誇るこの部屋の下座から上座に向かって、右側には信長様と三原。その間に勇殿。
それと対面する形で左側に坂上殿と華殿。坂上殿の斜め後ろあたりに綱殿が座り、綱殿の脇にもう1つ膳が用意されておることからそこには車を置きに行った頼光殿が座ると思われる。
んで入り口側に近い下座の位置にわしがぽつんと1人。すでに酔い潰れておる寺川殿はわしの右後方の隅に料理ごと流刑されておる。
絶対におかしな配置じゃ。
しかし、こんなところでくじけている場合ではない。
三原が信長様と通じておることと、普段おとなしい勇殿が積極的に信長様に絡んでいること。
勇殿に限ってはおそらく吉継の策のような気もしてきたが、そこらへんにいちいち突っ込んでおる場合でもないのじゃー!
「えーとぉ。まずは渋谷での話し合いについてだね。2人のおかげで無事に源氏のみなさんと一時休戦を結ぶことが出来たんだ! ありがとうございました!」
そしてぺこりと頭を下げるわし。
いや、もうくじけそうじゃ。
せめて謝礼ぐらいはしっかりとしたいんじゃ。
頭を下げて、ちゃんとした言葉でな。
なのになんなのじゃ、この薄っぺらい感謝の言葉は。
この2人にはどんだけ世話になったと思っておるんじゃ。
あぁ! めっちゃ土下座したい! でないとわしの気持ちがおさまらん!
でもここは我慢じゃ。
「むう。なかなかに見ごたえのある謀であった。サルが貴様を重宝する理由がわかったわ」
「そうだな。頼光も褒めておったぞ」
まぁ、あれはあくまでわしのためにやったんじゃ。わしのためであり、わしが日ごろからお世話になっておる寺川殿のため。
でも東京の治安が安定したのも事実じゃろう。
それゆえこの2人はかような言でわしを褒めてくださった。
うん。嬉しくないわけがない。
しかもじゃ。ここで信長様が紙切れを1枚、わしに向けて放り投げてきよった。
膨大な数の金額が記された小切手じゃった。
「それをくれてやるわ。それは官房機密費から出した金だから細かいことは気にするな。貴様が自由に使うがよい」
おいおいおいおい。なんという額じゃ。
世田谷に一軒家城が買えるやんけ。
これが日本の政治の闇か……?
こういうお金もらうの、ちょっと怖いんだけど。
「ははっ! ありがたき幸せ……じゃなかった! ありがとう! 信長様!」
でも貰えるものは貰っとかんとな!
あれだけの苦労をしたんじゃ。これぐらいは当然の褒美じゃろうて。
しかもその相手は何を隠そうこの国の内閣総理大臣じゃ。何を恐れることがあろうか。
あっ、そうじゃ。まとまった金が入ったことだし、もう1回寺川殿にタイヤとホイールの購入を頼んでみよう。
わしの床の間にはぜひともあの丸い世界観が必要じゃ。
とわしがよからぬ企みをしておったら、ここで信長様が唐突に切り込んできた。
「んで貴様は次に何をする?」
ふっふっふ。さすがは信長様じゃ。
わしがあのスクランブル交差点会合だけで――源氏と北条さんとこの争いを止めただけで事を終わらせるわけがないと見抜き、かつこのようなタイミングでぐいぐい攻めてきよる。
その頭の切れ具合はまさに戦国随一。殿下がよくお話ししてくださった信長様の様相そのままじゃ。
さすればわしも応戦しよう。
豊臣家臣団の切れ者と評されたわしの能力の見せどころじゃ。
「うーんとね。次はその鎌倉源氏の皆さんと仲良くする方法を試してみたいと思うんだ!」
やっぱわっぱの言で“衝撃的発言”をしても、迫力に欠けるな。
もっとこう、不敵な笑みとともに相手の心を突き刺すような発言しておきたいんじゃ。
そうでないとこの2人に押し負けられる。ような気がする。
そう考えるとこの状況は、わしにわっぱの言動を強いた坂上殿の策略のような気もしてきたわ。
でもそんなわしの言の意味を、信長様は正確に読み取ってくれた。
「なるほどな。おもしろい」
そしてにやりと笑う信長様。ついでに三原の不安そうな顔も見れたけど、これが似た者同士っぽい2人のわずかな違いじゃ。
いや、やっぱり納得いかん。なんで三原がここにいて、しかもその席なんじゃ?
そこはせめて柴田の親父殿か丹羽殿が座れよ!
なんで信長様の右腕っぽく収まってんねん!
でも、やっぱり今はダメじゃ。
後で存分に三原を問い詰めようぞ。
それよりは信長様に対応せねば。
「うん。でもそれだけじゃないんだよねぇ。鎌倉にいる源氏の皆さんと仲良くできたら今度は広島の平家の皆さん。
こっちとも仲良くならないと源平の戦いがいつになっても終わらないからねぇ!」
ふっふっふ。どうじゃ、わしのこの計画は?
あまりにも大それた策略じゃろう?
でもこれが日の本には絶対必要なことなんじゃ。
そしてわしとしてもこの和平交渉を成功させる算段もある。
「ほう」
わしの言に、今度は坂上殿が驚いたような声を発する。流石の信長様もそれと似たような反応じゃ。
うぇっひっひ。さすればこの2人の度肝を抜いたことには成功したようじゃ。
わっぱの演技というものすごい縛りをくろうたこの状況だけど、これで山場は越えたと考えてよかろう。
ならばこの勢いのままいってやろうではないか。
「源氏とはもうすでに一度やり合ったようなものだし、次はお互い平和的な話し合いで仲良くなれると思う。
問題はいまだに接触したことのない平家の方なんだけど、源氏ならともかく、僕は戦国武将の1人だからね。割と素直に話を聞いてくれるはず」
「そう簡単にいくと思うか?」
今度は三原じゃ。
すでに平家と激しいやりとりをしている三原だけに、やはりわしの発言に疑いを持っている。
あと、わしもすでに平家と一戦やらかしている立場だけどな。
でもあの件は闇に葬ったし、わしが源平合戦における第三者という立場は変わっておらんのじゃ。
そしてそんな第三者だからこそ、新たな視点で源平の間に割り込むことが出来るんじゃ。
「源平に戦国。あと応仁や戊辰。日本にはいろんな勢力がいるけど、結局勢力を伸ばす底力はお金で、求める先にあるのもお金でしょ?」
ここでわしは、わしの大切な変態友人グループの1人であるジャッカル殿の考えを持ち出す。
人間、権力や名誉を求める者は多いが、それらの力を求めるにあたって、スタート時に必要なものはお金。そして行きつく先もお金。
お金があれば名誉も権力も買えるからな。そしてお金があれば、贅沢な暮しが出来る。
結局は金なんじゃ。
というジャッカル殿の考えじゃな。ちょっと下衆いけども。
この考えわし個人としては納得しきれない点も多いけど、確かになるほどとも思える。
そんなジャッカル殿の持論を持ち出してみたわけじゃ。
「だから僕は各勢力にはその組織力の資金源の強化を促すことにしたんだ。
資金源をうるおし、それを人件費として組織力をうるおし、結果、その組織に属する人間たちの私生活をうるおす。
これは実のところ、人間の最も根幹にある初歩的な希望で、最終的な目標でもあるんだ。
そこをどうにかすれば、相手は僕を無下にできなくなる。
それに僕にだってメリットはあるんだ。
今回の場合、源平が組織力を大きくしたとして、その間に僕がいれば僕だって組織力を上げることが出来るということになる。
こうやって僕は力をつけていくつもりなんだ」
「うむ。面白い。続けよ」
うぉっと。信長様がめっちゃ興味を持ってるゥ!
ヤバい。そんな興味を持たれると、失敗できないこっちとしてはめっちゃ緊張してくるんだけど!
でもダメじゃ。ここが肝要どころ。さすれば一気に押してみるか!
「まず第一に鎌倉源氏さんと僕の勢力の和平交渉。
第二に平家さんとこと僕の勢力の和平交渉。
そして源氏さんと平家さんの直接の和平交渉。
平家さんとこはどの道一戦やらかす必要があると思うんだ。でも僕の口車でなんとかあっちを僕の土俵に引きずり出すつもりだ。
んでお互いの戦力を維持したままの和平交渉までこぎつければ、その後の源氏さんと平家さんの和平交渉だって上手くいく。
源氏との和平交渉のキーワードは“上杉家”。
平家さんとの和平交渉は源平合戦時代に特有の“正々堂々”勝負と、“京都陰陽師”。
そして二つの勢力の和平交渉は“重工業提携によるお金の産出”。
どう? これで僕の計画を上手くいかせるつもりだよ」
「くっくっく。わざと話を曇らせたな?」
「うん。でもその方が信長様にとって面白いでしょ? 坂上のおじいちゃんだって一緒だよね?」
「サルの小姓ごときがよういうわ。しかし三成よ? 源平に手を出したところで、それを危惧した他の勢力から横やりを入れられるとは思わないのか?」
ぐぅ。さすが信長様じゃ。いちいち鋭い。
なんだったら、わしがあまり力をつけすぎるとこの2人にすら警戒視され、敵視される恐れすらあるからな
でもその件だって大丈夫なんじゃ。
何のためにわしがこの場に来たというんじゃ。
「大丈夫だよ! いまや僕の勢力だって関ヶ原の東西の軍が揃った一大勢力だし!」
わしのこの発言で、信長様と坂上殿の表情が険しくなった。
さぁ、勝負じゃ。
「それに僕には信長様と坂上のおじいちゃんがついてる。僕はあくまで信長様の部下の部下。そして坂上のおじいちゃんにとっては孫みたいなものだからね!
みんなでこの国を平和にしよう!」
わしを敵視するな、と。
そしてむしろ今回の件でもわしをサポートし、他の勢力が乗り出してきたら、織田家臣団の武力と出雲神道衆の諜報力で何とかしてくれ、と。
そういう意図を込めつつ、坂上殿と信長様、そしてわしは日の本の平和のために集まった同志だということを再認識してもらうための言じゃ。
「くっく。サルに似て人をたぶらかすのが好きなガキだな。わかった。こちらも力を貸そう。又左を貴様に与えておく」
「こちらもこの件をお前に預ける。頼光? 警護役として引き続き三成につけ」
「はっ。喜んで」
最後、信長様がとんでもない人物をわしに預けるといい、坂上殿も頼光殿たちにわしの守りを命じた。