わしと勇殿は三原に襟首を掴まれ、三原が所持するミニバンタイプの車へと拉致られた。
傍から見ればマジで誘拐現場みたいだけど、わしと勇殿、そして三原は同じユニフォームを纏うておるので、この光景を怪しむ者などおらん。
唯一ちょっと離れたところを散歩していたわんわんが三原の怒気に怯えて仰向けになっておったけど、同情するほかあるまい。
わしらだって仰向けになって降参したい気分じゃ。
「おい!」
いとかっこいいホイールとタイヤを装備した三原のミニバンの中に放り投げられ、わしらは三列目シートへと逃げ込む。
しかしこれが失敗じゃった。
二列目に放り込まれた時、反対側のスライドドアから逃げ出せばよかったのじゃ。
でも時すでに遅し。わしらの後に三原が車内に侵入し、3列目に逃げたわしらの出口を塞ぐようにどっしりと二列目シートに座りよった。
「何考えてんだっ、お前らァ! 野球で武威を使ったら、俺たちのことが周りにバレんだろうがァ!」
「ひいいいいぃ!」
「ちょっと待て三原! 誤解じゃ! いや、誤解じゃないけどこれにはしかるべき理由がぁ!」
「ほう! 言ってみろ! そこまで言うなら、その理由とやらを言ってみろぉ! こらァ!」
ここまでブチギレる三原も初めてじゃな。
静かに怒りを放つ三原なら何度か見たことがあるけど、これもこれであの時と同じぐらいおっそろしいわ。
――いや、ちょっと待て。
この三原という男、本当にブチギレた時は静かに怒りを表現するタイプの人間じゃ。
なのにこの怒鳴り様、もしかしてわざと怒気を表に出しておらんか?
……
ということは――もしかすると勇殿を躾けるため、わざとカミナリオヤジを演じているのではなかろうか?
「みぃーつぅーなぁーりぃー!? 言ってみろー。その理由とやらを言ってみろー」
今度は低い声でわしを威嚇する三原。このあっさりとした切り替え具合は、やはり感情によるものではない。
しかも三原はこう脅しながらわしの首を掴んでおるけど、その力も微々たるものじゃ。
ならばこれは演技。なんら恐れることはない。
ふっふっふ。そこに気づくわしも知略に長けておるけど、やはり三原は別格じゃな。
普段素直な勇殿が野球の鍛錬中に武威を用いたということに多大な違和感を感じ、勇殿を脅しながらもわしには納得のいく説明を求めておる。
こんなもん日常生活の一部で繰り出すレベルの策略ではない。
ならばわしもその意に応えてやろうぞ!
「さっき知ったことじゃ。勇殿の中に吉継の人格がおる。あの『大谷吉継』じゃ。それがちょっと調子づいただけじゃ。
でも今後そのようなことの無いよう注意しておく。
あと吉継はわしの親友だし仲間じゃ。三原も安心せい。
近いうちに三原にも紹介しておこうと思ったんだけど、どうせだから今しておこうぞ。
こちら大谷吉継。従五位下、刑部少輔の位にあった者じゃ」
「ほう。それはまた奇遇な」
わしの端的な説明を受け、三原の瞳が怪しく輝く。
わし三原に疑われたくないから、説明の中に隠し事をするつもりはないという意志を強調しておいたけど、その流れで吉継にも自己紹介させておくことにした。
でもここで吉継の卑怯な一面に気づいてしまったわ。
「ふ……あっ……むう。それがし、大谷吉継と申す。三原こと、源義仲殿には以後よろしゅう」
この男、今慌てて勇殿と切り替わったのじゃ。
ということはじゃ。さっき武威を使って投球した時は吉継だったから、その後ここに来るまでの間に勇殿と切り替わっていたということじゃ。
つまり――やらかしたのは吉継なのに、三原の説教は勇殿になすりつけようとしていたんじゃ。
「おう。よろしくな」
三列目シートで綺麗な姿勢の挨拶をする吉継に対し、三原はというと軽い挨拶で言を終わらせる。わしはそれを見ながら吉継に説教したい気持ちを抑えつつ、ふと背後のリアガラスに張り付いているお化けに気付いた。
「ぎゃッ!」
いや、華殿じゃ。
何事かと思ってここに来たのじゃろう。ニコニコしながらもうっすら不安そうな顔で、そんでもってガラスに右耳を張り付けている姿は、マジで深夜ドライブで恐怖体験をする系の怪談話に出てくる幽霊さんみたいじゃ。
あとヤモリのようにリアガラスに張り付いておるけど、どうやってひっついておるのじゃろう?
まぁよいか。
「はーなーちゃん! 大丈夫だから練習に戻って!」
ガラス越しだけど、これぐらい大きな声で伝えれば聞こえるじゃろう。
案の定わしの言に華殿がこくこくと頷き、練習へと戻って行った。
その素早いダッシュを見送り、わしは再度三原と対峙する。
「勇殿が吉継だとさっき知った。吉継に聞きたいことがあるし、吉継に教えておきたいこともあるし。
だから今宵、わしらは諸々について話し合う予定じゃ。三原も参列するか?」
吉継との話し合いの内容を後日三原に報告するのも面倒だからな。
ついでに三原の事務所で美味しいピザでもデリバリーしたらどうじゃろうか。素敵な夜になろうぞ!
「ん? 今日の夜か?」
しかし、三原の返しはとても物騒な言であった。
「今日の夜はあんさ……仕事が2件入ってるんだよなぁ。あ、お前たちも手伝うか? 報酬は出すぞ」
今、『暗殺』って言いかけたよな。
そんな仕事はごめんじゃ。
百歩譲ってわしは構わんけど、勇殿にそんな真似はさせとうない。
じゃあどうするか……?
まぁ、今日のところは三原の参陣を諦めようぞ。
「うーん。それならば仕方ない。おぬしの仕事の助力も遠慮しておく」
「そうか」
「あぁ。でもおぬしには吉継の事をしっかりと伝えておかねばなるまい。後々わしからじっくり教えようぞ。だから今宵は勇殿の件も含めて吉継と話し合うことにしておく」
「そうだな。確かに……」
吉継の武威の大きさ、戦いにおける特性……などなど。
いかんせん現代における吉継の印象は『病に苦しむ知将』みたいな感じになっておる。
でも病さえなければ吉継は猛将、勇将の類に振り分けられてもおかしくはないし、それにふさわしい戦いっぷりもわしは若い頃に何度も見ておる。
んでそういう吉継のスタイルを三原に教えておくことは、今後のわしらの安全保障にとても大きな影響を及ぼすのじゃ。
いや、武威の少ないわしと、武道がからっきし駄目な華殿。
そういった事情を踏まえると、今現在三原・寺川殿のレベルに一番近いのは吉継と言えよう。
だからこそもしもの時のために吉継と三原のコンビネーションを密にさせておく必要があるのじゃ。
まぁ、わしの下には豊臣政権の武将たちがついておるし、わし自身もこの程度の使い手で終わるつもりはないし。
でも先日手に入れたわしと康高の部下をしっかりとまとめ上げるまでには多少の時間もかかるし、わしもすぐに強くなれるわけではない。
三原と吉継のコンビネーションはそういう事情で早急に準備しておくべき一種の保険なんじゃ。
「でも吉継を宿した勇殿と、驚異的な武威を宿す華殿。いずれはそれなりの戦力になるだろうし、おぬしの力になれる日も近かろう。
んでじゃ。話変わるけど明日の夕方空いておるか? また例の倉庫で訓練しようぞ」
「ん? ずいぶん急だな。それにお前がそんなにやる気とは……どうした?」
「わしだってもっと強くならねばなるまい。しかも、ちんたらしておる場合ではない。部下が増えたのじゃ。その将たるわしがいつまでも弱いままだと、それが争いの火種になりかねんからな」
「ほーう。殊勝な心がけだな。いいぞ。明日の夕方な?」
いっひっひ。実は試してみたい技があるのじゃ!
まだ未完成だし、それどころか最近思いついただけの案で試したことすらないけど、わしにしかできない戦い方の形が見えてきたんじゃ!
さすれば三原という男を師事できるうちにそれを身につけておかねばな!
「おう。勇殿と華殿も一緒かもしれんがよろしく頼む。ではそろそろ戻るぞ。あまり車内に長居し過ぎると他のわっぱが不審に思いかねんからな。
吉継? 鍛錬に戻るから勇殿に代われ」
「あいわかった……うっ……よし、戻ったぁ。光君? 僕も明日の夕方空いてるよ。三原コーチと訓練しよう!」
「そうだね。じゃあ後で華ちゃんも誘おう。んじゃ三原コーチ? 僕たち練習に戻るね?」
「あぁ。俺も行く」
そしてわしらはミニバンから抜け出て、グラウンドへと足を運ぶ。
説教は無し。ちょっとした用事も無事済ませ、結果オーライ。
さてピッチングの鍛錬じゃ。
と思ったけど――
「そうそう。光成?」
「ん?」
三原が何かを思い出したかのような口調でわしに話しかけてきた。
「『夕方』で思い出した。お前、今週の土曜は空いているか?」
「空いてるも何も、土曜は練習の日だよ。その後、三原コーチとお昼ご飯を食べに行くって。三原コーチが誘ってきたんじゃん?」
「あぁ、そうだったな。でもそうじゃなくて夜の話だ。どうだ?」
「うん。空いているといえば空いているし、無理かと言えば……お父さんとお母さんの許可がないと夜の外出は無理だね」
「そうか。じゃあ俺の名前使って許可取れ」
「ん? うん、わかった。でも何のために?」
「坂上田村麻呂と織田信長の会談がある。その場にお前を連れて来いと信長が言ってきた。
どうだ? お前にこの誘いを断れるか?」
「断れるわけあるかァ!」
むしろ望んで行くわ!
あの2人にはさんざん世話になってるしなぁッ!
つーかそんな呼び出し、わしが断れるわけなかろう!
それ知っててわざと聞いたよなぁ? 今の長ったらしいやりとりまるっと無駄やんけェ!
「そうか。じゃあ決まりだな。一応寺川にも連絡を入れておくが、近くなったら詳細を伝える。お前が小谷と宇多に伝えておけ。いいな?」
「承知」
もちろん承知だけどさ。うーん。
ふと思ったんだけど、なんでその話が三原を経由してわしの下に来たんじゃ?
信長様発信の会合ならねね様たる寺川殿の方から話が来そうだし、坂上殿の発信なら頼光殿の方から連絡が来るはずじゃ。
つーか頼光殿たちの警護は今も続いておるしな。
オールバックのきっちりチンピラ系たる渡辺綱殿なんて野球の心得があるらしく、今現在フリーバッティングの投手役をやってくれておる。
綱殿と卜部殿、そしてその主人である源頼光殿、さらにそれらを統べる坂上田村麻呂殿。
ここの組織連携力はまじもんのクオリティだから、その程度の連絡なんてちょちょいのちょいでわしのもとに来るはずなんじゃ。
にもかかわらず件の話は三原から。
これ、なんかあるよな?
今日の夜に三原の裏稼業が2件も入っていることも少し違和感じゃ。
うーむ。まぁよいか。
三原のことじゃ。こやつにもいろいろあるのじゃろうし、必要なことはこうしてわしにも伝えてくれる。
何も警戒することはない。
だけど――うむ。なんかむかつくからこっちからもさらなるアポ取ってやろうぞ。
「それで……じゃあついでだから武威と法威の鍛錬の話じゃ。
三原? 金曜の夕方も例の倉庫で訓練をしたい。明後日じゃ。
おぬしは空いておるか?」
「ん? あぁ……金曜は……確か大丈夫だった様な……」
「じゃあ決まりじゃな。もちろん勇殿と華殿もじゃ」
「どうした? お前、あの訓練いつも嫌がっていたくせに、今週はやたらとやる気じゃねぇか」
「勇殿の体を借りた吉継がどの程度動けるのか、早く知っておく必要があるのじゃ。わしも、おぬしもな」
「なるほどな」
「あと、わし自身も新たな技を思案中だからおぬしの助力も欲しい」
「ほーう。光成が新技ときたか? それは興味深い。腰抜け武将と思っていたが、一応成長する気はあるんだな?」
「腰抜けってなんじゃあ! わしめっちゃスリリングな道選びながらこの世を生きておるわぁ!
あと、武威も法威も絶賛成長中じゃあ! なめんなァ!」
会話の最後、なぜかわしをさげすんだ三原の言にわしが怒りを表し、それを勇殿がけらけら笑う。
そんな感じで会話を終え、わしらは野球の鍛錬へと戻った。