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凱旋後の弐


『大谷吉継』


 戦国にその名を轟かせ、殿下に「百万の軍を与えて指揮させてみたい」と言わしめた戦の天才じゃ。

 晩年は病に苦しみ、その才能を十分に発揮することはできなかったものの、かの関ヶ原の合戦では裏切りを見せた小早川のクソガキの軍勢1万5000に対し、わずか600程度の手勢で小早川軍を何度も松尾山まで押し返したというアホみたいな戦功を残しながら散った、まさに天才。


 んでな。

 わしとの関係はマジな親友じゃ。


 お互い十代の頃から殿下に仕え、歳も1つ違い。豊臣家の中で一緒にのし上がった良きライバルといってもよかろう。

 いや、無理矢理現代の価値観に合わせ『ライバル』とか言ってみたけど、その意訳である『好敵手』という表現は全く当てはまらないからライバルという表現は少し違うな。


 本当の本当に親友なんじゃ。

 関ヶ原の合戦が起きる直前、やつはわしの挙兵を止めようとしたものの、わしが事情を説明したうえで「仲間になってくれ」と伝えたら「病で先の短いこの人生、最期はお前に預ける」的なことを言ってわしの味方になってくれた。

 その時に「お前じゃ人望ないから総大将は無理」とか、チョー凹むことも言われたけど。

 んで先も言ったように関ヶ原では小早川軍を相手に奮戦し、しかしながらさらなる裏切りの軍に囲まれこの世を去った。


 そんな男じゃ。


 そして……そして……今、わしの目の前にいるわっぱが吉継の雰囲気そのままに、わしの胸ぐらをつかんでおる。

 マジか? マジで勇殿が吉継なのか?

 現代の親友と、前世の親友。

 そ、そんな奇跡が……えぐっ……奇跡が……ありえ……ぐすん、あり得るのか?


「吉継……吉継……ひぐっ……本当に……えぐっ……吉継なのか……?」


 相手はまだ名乗っておらん。というか相手は勇殿じゃ。

 でもわしにはわかる。やつの言っていること。わしの胸ぐらをつかむまでの所作。

 間違いなくこやつは吉継なのじゃ。


「そうじゃ。しかし、問題はそこではない。なーぜーじゃー? なぜ自ら徳川軍に捕まったァ!?」


 でもさ。かつての親友と再会し、感動するわしと吉継の間には感情の温度差があるようじゃ。

 片やこの時代に生まれ変わって早10年。

 片や、関ヶ原で自害した後――そじゃな、早く見積もっても京都で勇殿が武威に目覚めたあの瞬間。そうじゃ。三原を狙う平家の刺客を逆にアレしてあげたあの夜に吉継の『記憶』の全てが勇殿に宿ったとしても、あれから1ヶ月もたっておらん。

 つまりわしは10年ぶりに死別したはずの親友と再会した感じだけど、吉継にとってわしとの再会は「いよ! 数週間ぶり!」みたいな軽いノリでこなせる程度のものなんじゃ。


 こんちくしょう!

 ねね様の時といい悔しすぎるわ! なんでみんなしてわしの感動熱についてきてくれんのじゃ!

 あと怖い! 激怒した吉継も久々だけど、それが比較的穏やかな性格の勇殿の顔面で表現されるとなおさら怖いんじゃ!


「ぐ……ぐぐぐ……ちょ……苦し……ごめ……ごめんなさ……い……」

「おい、三成。一発殴らせろ」

「んな……なんで……? さっき膝蹴りくろうたばっかじゃ!」

「いや、わしの中の『勇多』の怒りがまだ収まっておらん。それを収めてやらねば!」


 あとさ。なんで2重人格設定なんじゃ?

 そりゃまぁ寺川殿も三原も若い頃は現世の自分の意識と、刻一刻と蘇るかつての記憶の融合に悩まされたとか言っておったけど、吉継、その言い方じゃ完全に2人の人格が分離してるってことじゃろ?

 例え勇殿が特殊な『二つ残し』だとしても、転生システムのルールはしっかり守ろうや。


「いや、待て。勇殿は話せばわかる子。その怒りはわしが後に収めるから……まずこの手を放……ぐおっ」


 しかしながらわしの思いもむなしく、次の瞬間に勇殿のちっちゃなこぶしが戦国武将の攻撃力となってわしのみぞおちに深く食い込んだ。


「ぐぅ……はぁはぁ……」


 みぞおちに一発くろうたわしがしばし呼吸に苦しみ、その地獄から戻ったところで口を開く。


「領民のためじゃ。わしをかくまってくれた領民の身を案じただけじゃ」


 ふっふっふ。わし、めっちゃ優しい領主だったからな!

 関ヶ原で負けた後、近江の国に逃げのびてみたら百姓どもがわしをかくまってくれたのじゃ!


 でも徳川方の追跡も激しさを極め、このままじゃ村人全員がわしをかくまった罪に着せられそうだったから、わしを差し出して賞金を得よ。と促したのじゃ。


 なんて素敵な上下関係じゃろう!


「それぐらい知っとるわ! 昨夜勇多の助力でおぬしの最期を調べたからなぁ! だーかーらーァ! そうじゃないだろ?

 何のためにわしがおぬしの味方になったと思っておるんじゃ!?」


 んでまた一発。今度は右頬にスクリューの効いた吉継の左ストレートじゃ。

 あっ、あとこの一撃は武威も効いておるし、ちょっとだけだけど法威で制御もしておる。

 勇殿じゃろうか? または吉継じゃろうか?

 武威の操作は間違いなく吉継だろうけど、法威もしっかり上達しておるな。

 勇殿か吉継が法威の訓練をしっかりこなしている証拠じゃ。


 うんうん。感心感心。


 だけど、そのせいでわしのたわわなほっぺが大ダメージじゃ。

 華殿? ちょっと助け……おい! その雑誌を勝手に見るな! わしが今月のお小遣いでやっと手に入れた今年の冬用タイヤの特集雑誌じゃぞ!

 昨日買ったばっかりで、その後宿題と康高の遊び相手を強いられたから、わしだってまだ読んでないんじゃ!

 つーかわしら無視してくつろぐなや!


「それは……そうじゃ。わしはおぬしの命を無駄使いしてしまったのかもしれん」


 しかし激怒マックス中の吉継を無視して華殿から雑誌を取り上げるわけにもいかず、わしはとりあえず頭に浮かんだ言葉を述べる。

 すると意外にも吉継はそれで怒りを収めてくれた。


「くそったれ。やはり徳川様は豊臣を滅ぼしおった。おぬしが早まったせいで、わしが徳川に近寄って内情を探ろうとしていた努力が水泡に帰してしまったのじゃぞ?」

「あぁ、そうじゃな。やはり旗揚げの時期が悪かった。おぬしの体に気を使わず、全面的におぬしの軍略のもとで西軍を立ち上げればよかったわ」

「それでも徳川に勝てたかどうか。いや、少なくとも徳川反旗の証拠さえつかめば尾張の馬鹿どもを西軍側に引き入れることが出来たかもしれん。それならば大義名分は間違いなく我々になびき、その他多くの武将も西軍についたはず」


 ちなみに吉継の言う『尾張の馬鹿ども』とは清正や正則といった尾張出身の豊臣武将たちじゃ。

 殿下が信長様から長浜城を授かって以降に殿下の小姓となったわしや吉継の近江組とはあまり親密ではなく、向こうは尾張時代から殿下を支えてきたという自負。わしらにはすでに長浜一国一城の主となっていた殿下から直接才能を見染められて取り上げてもらったという自負がある。

 まぁ、個人個人の仲、不仲はあったにせよ全体的には現場叩き上げとエリート組ぐらいの溝はあったのじゃ。


「で、でも上田の真田家はなかなかじゃったらしいぞ」

「ほう。そうなのか。さすがは戦国最強とうたわれた元武田家の家臣」

「あぁ、そうじゃな。知っとるか、吉継? 真田さんとこの次男坊は今『日の本一の兵』と言われとるらしい。うらやましいことじゃ。わしなんて関ヶ原の負け犬じゃからな」

「ひどい言われようじゃ。戦国を終わらせたわしら豊臣の家臣団をそのように言うとは」

「まぁ仕方あるまい。今のわしが必死に名誉を取り戻している最中じゃ。でも惜しむらくは上杉家じゃな。まさか最上と伊達のガキがあそこででしゃばりよるとは」

「くっそ。やはりあのガキは信用できる輩ではなかったか。それに、謙信公亡き後の上杉も大したことはなかったな。最上・伊達ごときに苦戦するなど……」

「上杉家の悪口は言うなぁー!!」


 などなどなぜかここで400年の時を経た関ヶ原の反省会を始めてしまうが、その流れで吉継がとんでもないことを口にした。


「さて、その徳川様がおぬしの弟とのことじゃ。いつまで生きながらえさせる気じゃ? さっさと始末しようぞ」


 そんなことできるかぁ! わしの大切な弟じゃぞ!?

 あったまきた! 今度はわしの反撃の番じゃ。

 康高に危害を加えようとする者あらば、それがたとえ吉継であっても……


「ぐぎ……がごごっ……!」


 しかし、わしが意を決して吉継に殴りかかろうとこぶしを握ったら、そのわずかな間にも吉継が苦しそうにもがき始めた。


「わ……わかった。『康君』は『光君』の大切な兄弟……わか……分かったから……。

 分かったからわしの意識を……切り刻まんでくれ……勇多……ぐっ……分かったって……頭が……割れる……」


 ぶぁっはっは!

 なになに? 意識が切り刻まれるとなっ!?

 もしかして勇殿の意識が頭の中で吉継の意識に攻撃をしているのか?

 あっはっは! 2人の意識の世界はそんな関係性なのか? それ、めっちゃおもろいやんけ!


 ――なんて笑ってる場合じゃないわ!

 なんじゃその複雑な脳内勢力分布。

 ちょ、吉継? わしら電話しているわけじゃないけど、勇殿と代われ。


「吉継? 少しばかり勇殿と話がしたい。代われるか?」


「ぐぅ……ぐぎぎぎ……あ? あぁ。わかった」


 そして吉継が一瞬瞼を閉じ、座ったままふらっと倒れそうになったと思ったら、わしがこの10年よく見てきた笑顔が目の前に現れた。


「あはは! やっぱりおじちゃんは光君の前世のお仲間だったんだね! よかったよかった!」


 『おじちゃん』ってか。

 自分の中にいるもう1人の人格をその一言で終わらせるなよ、勇殿。吉継がかわいそうじゃ。

 いや、そこんところしっかり聞いてみようぞ。


「勇君?」

「ん?」

「勇君のさ、頭の中にいるおじちゃんって、どういう風に存在してるの?」

「え? うーん。そうだねぇ……僕の頭の中に部屋があって、そこの窓から僕とお話ししたり、僕を通して僕の見たこととか聞いたことをおじちゃんも知る。みたいな感じかな……?」

「そう。じゃあさ、そのおじちゃんが現れたのはいつ?」

「ほんとはね。夏休みに京都のお寺で変な人たちが襲って来た時に現れてたんだ。でもおじちゃんが『みんなにはわしの存在を隠せ』って。今まで言わなくてごめんね?」

「うん。別にいいけど」


 ふむふむ。なるほどな。

 やはり吉継は勇殿が武威に目覚めたあの時から勇殿の中におったのか。

 でも、勇殿の言う『もう1つの部屋』とやらは……よくわからんな。おそらく勇殿だけが理解できる精神世界の様相なのじゃろう。

 あれ? でも、それじゃ勇殿に日々芽生える幼き頃の吉継の記憶は?


「それじゃさ。ちっちゃい頃から勇君の頭の中に生まれてきたもう1つの記憶は?」

「ん? あぁ、あれね。あれもずっと僕の意識に入ってきてる……ちょっと最近頭の中が忙しくてしんどいんだよねぇ」


 いやいやいやいや。待てよ。

 勇殿は自分の意識の他に、日々刻一刻と蘇る吉継の幼き頃の意識。そしてすでに完成された吉継の人格を1つの脳みそに宿しているのか?

 それ、怖くねぇ?

 むしろよくそれで自我を保っていられるわ。スペシャルブレインすぎるじゃろ。


 うーむ。

 勇殿の脳。あまり過酷な負荷をかけるといつか爆発しちゃいそうじゃな。

 つーか勇殿が何も考えていなくても、他の要因が2つある時点で常に高負荷状態じゃ。

 頭痛とか、意識の淀みとか。

 そういうことが勇殿に多発しないように以後注意深く見守らねばなるまい。


 それはそうと、勇殿には申し訳ないけどまたちょっと吉継に代わってもらおう。


「なるほどね。教えてくれてありがと。でも頭が混乱しそうになったりしたらすぐに僕に教えてね。京都の新田さんと鴨川さんに相談しないと」

「うん、分かった!」

「それで……もっかいおじちゃんに代わってもらえるかな?」

「うん」


 そんで数秒。


「だーれーが『おじちゃん』だぁ? おぬしとわしじゃ1つしか歳違わないだろうがぁ。どの面下げてわしを年寄り扱いしてんだぁ!?」


 あぁ、めんどくっせぇな、吉継は。

 勇殿の体は健康そのものだから、久々に調子のいい体を手に入れて気分上がってんのか?


「この面下げて言ってんじゃ! わし今10歳じゃ! 勇殿も10歳じゃ! 当然の扱いじゃろう!?」


 どうでもいいけどさ。勇殿と吉継に話しかけるときのわし、一応言葉使いを切り替えているんだけど、それもめっちゃめんどいわ。


「そうじゃなくて、今わしらは『野球』なる鍛錬を行う時刻が迫っておる。ここ数日、おぬしも勇殿の中から見ておったじゃろう?

 400年の時を経たこの時代、わっぱたちはなかなかに高度な球遊びをしておるんじゃ。それも含めて現代のこととか、これまでのわしと勇殿、そしてそっちでくつろいでいる華殿のことなど、そういう詳しい話は今宵語ろうぞ。父上と母上には話をつけておくし、勇殿のご両親にも話を通す。だからそれまで勇殿の中でおとなしくしておれ」


「そ、そういえば今日は水曜日、バッティング練習の日じゃな。なぁ三成よ。バッティング練習のときはわしもしてみたい! わしがこの体を操ってもいいじゃろ?」

「知らん! そこら辺は勇殿と話をつけよ!」


 つーか意外となじんでんなぁ、おい!

 まだ現代に復活して2~3週間だろ!


「でも武威は使うなよ! あと法威もじゃ。その理由も後で話す。わかったな?」

「応!」


 さてそれではそろそろ康高が昼寝から目覚める頃だし、その前に野球の準備をせねば。


 と思ったけど、この際、もう1つ明らかにしておきたいことがあったわ。


「ところで華ちゃん?」

「んー?」


 恐れ多くもわしらのやり取りの観戦に早い段階で飽き、タイヤ雑誌すらもすぐに飽きて、野球道具カタログに見入っている華殿に話しかけてみた。


「華ちゃんの前世はなんていう人だったの?」

「んふふぅ! おーしえないっ!」

「えー? 華ちゃんだけずるいよ。おーしーえてーよー!」

「ふひひぃ! おーしえないっ!」


 およそ5分、わしとしては珍しいぐらいに食い下がったものの、華殿には笑いながら誤魔化されるだけ。


「それよりそろそろ野球の時間だよ? 光君も勇君も早く準備して、さっさと野球行こっ!」


 結局、どんなに真剣な顔で問い詰めても華殿には誤魔化され続け、時間が来たのでわしらは野球の鍛錬をすべくいつもの球場へと旅立った。




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