おいおい。
桶狭間の戦いじゃあるまいし、奇襲にも程があろう。
――の第2回目じゃ。
一軒家城の前は頼光殿たちが固めておったし、彼らも車で待つ織田家家臣たちに意識を向けておった。
だから一軒家城の裏側でこそこそ動く勇殿たちには気付かなかったんだろうな。
でもあの頼光殿たちの警備をかいくぐるなど、考えようによっては素晴らしい侵入者っぷりじゃ。
あとわしらの会話、聞こえておったのじゃろうか?
いや、わしらの会話を聞いておったのなら2人のこの発言はなかろう。
わしも信長様とお話しながら武威センサーで2人の動向を観察しておるからわかる。
勇殿たちは家の前でしばらく止まった後、1度我が一軒家城から距離を置いたのじゃ。
多分頼光殿に門前払いを食らったのじゃろう。
でもその後2人は別の経路で一軒家城の裏側に回り、窓の下の壁をそそくさと登り、そんでもってわしの部屋の網戸をちょっと開けて、カーテンもちょっと開けて――わしの泣き顔を見た瞬間すぐさま飛びこんできおった。
すぐさま突入を決め込む短絡さがわっぱっぽいけど、わしらの会話を聞いていたとは考えにくい。
それと突入した勢いそのままに、華殿が信長様に襲いかかろうとしておる。
これはわしが止めねばなるまい。
華殿の渾身の一発。
それを止めるなんてめっちゃ怖いけど、わしが止めに入れば華殿なら直前でこぶしを止めてくれるはずじゃ。
「ちょっと待ったぁ!」
わしは即座に華殿と信長様の間に割って入り、両手を広げて叫ぶ。
「なんでよ!? このおじさん、光君のこと泣かせたんでしょ!? 万死に値するわ!」
信長様にそんなこと言い放つなど……前世だったらむしろ華殿が万死に値しちゃうわ。
何も知らないわっぱって本当に怖いな。
「違うの! このおじちゃんは僕に懐かしい話をしてくれたの! それで泣いたの! この人、僕の知り合いだから殺しちゃダメ!」
「え? そうなの。なーんだぁ。それならそうと早く言ってよ」
「ふーう。安心した。光君のおうちの前にパトカーが一杯停まってたから、てっきり光君が国家転覆でも始めたのかと思ったよ」
あと、勇殿? 国家の行政の最高責任者を前にして、その発言やめろや。
勇殿の発想がおかしいのは今さらだから別にいいけど、状況が状況だけに今その発言は非常にまずいんじゃ。
「ほーう。この子供たちは?」
挙句、突然の乱入者に顔色一つ変えずに、わしに問いかける信長様。
華殿の武威は織田家中の方々と比べても断トツなのに、その武威を背中に感じながら身動きしないなんて、どんだけ度胸すわってんのじゃ?
「はい。この者……じゃなくて、みんなは僕の友達だよう。近所に住んでいるんだぁ」
慌ててわっぱの言動に戻したものの、今さらな気もする。
でもここだけは譲れん。わしらはあくまで小学生なのじゃ。
その世界観だけは壊してはならん。
と思っておったら、信長様がそんなわしの意思を軽々と踏みつぶしおった。
「そうか。お前たちも転生者だな? 俺もそうだ。テレビで見たことあるだろ?」
「あー、知ってるー! 偉い人だぁ!」
「わー、ほんとだぁー! 僕知ってるよー! 総理だ、総理! 内閣なんとか総理だぁ!」
「そうだ。内閣総理大臣だ! しかも俺の前世の名前は織田信長だ。どうだ? すごいだろ?」
「わー、知ってるー! 尾張の“うつけ”だーっ! 前世の父上と母上が言ってたから、私知ってるーっ! そうでしょー? 尾張のうつけでしょーッ?」
「僕も―! 僕も知ってるよー! おじさん、言うこと聞かないお寺のお坊さん皆殺しにしたひどい人だァ! そうだよね! そうだよね!」
んでもって、わしはもちろん頭を抱える。
信長様はなんで簡単に前世の名を名乗ったのじゃ?
あと勇殿と華殿はなんで信長様の負の遺産だけ知っておるんじゃ?
ついでにそれを聞いた信長様、何でげらげら笑い始めたのじゃ?
でも、それらを1つ1つツッコむ暇はない。
さらになる人物がこの空間に乱入してきおったのじゃ。
「おにいちゃーん……寝れないんだけどぉ……」
康高じゃ。
戦隊ヒーロー物のパジャマを着て、眠そうに瞼をこすりながら部屋に入ってきた。
そんな康高の姿は相変わらずいと可愛い。
じゃなくて、寝れないなら寝れないで、居間に行けばいいじゃろ!
父上も母上もまだ居間にいるだろうし、32インチの中級武士がおる部屋からここに来るまでの途中に、居間の明かりに気づくはずじゃろ!
なんでそっち行かずに、さも当然のごとくわしの部屋来るんじゃ!?
いや可愛いけども!
普段だったらわしも寝てる時間だし、なんだったらそんな康高をわしの布団に招き入れて、兄弟仲良く寝てやってもいいけども!
そうじゃなくて!
なんでこういう時に、わしのところに来んねん!?
ふーう。ふーう。
「あれ? 勇お兄ちゃんと、華お姉ちゃんだぁ!」
「おっ! 康君、こんばんわァ!」
「康君はもう寝る時間だよー! 寝れないのぉー? じゃあ、お姉ちゃんちに泊まりに来るぅ?」
挙句、3人してきゃっきゃきゃっきゃ騒ぎ始める始末。
もう嫌じゃ。
信長様も康高の登場にきょとんとしておるし……
あっ、そうだ。
ちょっと試してみよう!
「うえさ……おじちゃん?」
「ん?」
「この子、僕の弟なんだけど……ちょっとよく見て」
そうじゃ。
信長様はお若き頃に、さらに幼き家康と出会っておる。
確か6歳ぐらいじゃな。
それぐらいの歳に、家康は松平家の人質として織田家に送られていたのじゃ。
康高はまだ4歳だけど、すでにその頃の面影ぐらいあるはずじゃ。
「……ん? まさか……? この顔は?」
やっぱり気づいたようじゃの。
でもたとえ信長様であろうとも、これ以上の発言はダメじゃ。
「ストップ! それ以上は何も言わないで! でもおじちゃん? この顔に見覚えあるよね?」
そう問いながらわしは康高の頭蓋を両手でがっちり押さえ、信長様に近づける。
知らない中年男性に対して、康高が警戒して泣きそうになっておるけど、まぁ無視しておこう。
「し……知ってい……あーはっはっはっは! ちょっとまて! そういうことか? お前の弟がまさか……ひぃーひっひっひ!」
そうじゃ。
石田三成の弟が徳川家康なのじゃ。
こんなもん、笑わずにいられるか。
でもそれを即座に理解する信長様はやはりキレ者じゃ。
今度は勇殿と華殿がきょとんとしておるけど、やっぱ無視しておこう。
「お、お兄ちゃん? この人だれ?」
もちろん今の康高には織田信長という人物の記憶はあるまい。
高笑う信長様を、康高が物凄く不安そうな顔で見つめておる。
でもこの出会いも実はわしが計画しておったことの1つじゃ。
“企て”より、それを行おうとする人物の“人柄”に重きを置く坂上殿。
対照的に、信長様は“企て”の質で相手を判断しようとする。
目の前の人物は、自分にとって有益か無益か。
裏切りに裏切りが重なっていた戦国の世だと、雄弁語ったからといって、その人物を信頼するなどなかなかに難しいのじゃ。
そのためか、信長様は使える人物か否かという判断基準で部下を扱っておる節があった。
弟に裏切られ、浅井に裏切られ、ぶっちゃけ柴田の親父殿にも裏切られたことがあり……最後に明智殿に裏切られた。
そんな信長様だからこそ、いちいち部下を信頼してたら心がいくつあってももたんし、部下とは成果と報酬のみの関係で付き合おうという雰囲気が感じられたのじゃ。
これが信長様が冷酷非道だという現代の印象に繋がっておるのじゃろうな。
でも信長様は若い頃から街に出て若者と戯れておったというし、民草に対して冷酷な領主ということは決してなかった。
楽市楽座がいい見本じゃ。
裏切られる可能性がない身分の者には普通に優しかったのじゃ。
それで、そんな疑心暗鬼漂う織田家において信長様が信頼しておった数少ない人物として、ねね様の他に織田の同盟国である徳川家の家康が挙げられるのじゃ。
まぁ、信長様がここに来たから偶然康高に会わせることが出来ただけで、わしが信長様から呼び出された場合は“わしの弟が家康っぽい”という話をするだけにしておこうかと思っていたんだけどな。
それを伝えればなおさら信長様がわしの願いを聞き入れてくれるかもと思っておっただけだし、実のところ今回の計画には康高も関わらせようとしておるから、そういうわしの細かな“企み”を説明することで、信長様にわしの価値を認めさせようと思っておったのじゃ。
すでにその言葉を信長様から聞いておる今となってはなんの意味もないんだけどな。
されどこれも何かの縁じゃし、今ここで信長様に康高を会わせておくのは決して無駄じゃないはず。
康高を見ながら信長様が爆笑してくださっておることだし、結果オーライじゃ。
「このおじちゃんはねぇ。康君がむかーし会ったことのある人なんだよ。でも、康君は覚えていないかなぁ?」
「うーん……知らない」
「そっか。それならしょうがないね。じゃあ康君? もう寝なきゃね。お兄ちゃんたちはもう少しここでお話しなきゃいけないから、お布団戻るか、お父さんとこ行こうか?」
「うー……わかった……僕、ちゃんと寝る」
その後康高は悔しそうに唸りながら、部屋を出て行った。
あと勇殿と華殿も邪魔だからわしは安全だと2人に言い聞かせ、無理矢理窓から追い出しておいた。
さて……これでひと段落じゃ。
「お騒がせいたしました。窓から入ったあの2人。私めと同じく転生者にてございます。でも、お互いの素性はまだ明かし合っておりませぬゆえ、この場にいられるとそれがしと信長様の話がしにくくなってしまうのです。ご理解くださいませ。
あと、弟の件。今、上様に顔合わせいたしましたことに特段の意味はございませんが、おわかりになっていただけましたか?」
「くーくっく! わかったわかった。まさかお前と家康が……ぷっ」
「えぇ。それがしとしましても、なんの冗談かと思います。とはいえ、これがまぎれもない事実でして……。
でも、これも運命なのでしょう。我々が世に出る頃には尾張の方々も一線を退いておるものと思いますし、その時にはそれがしと弟、2人力を合わせて、天下取りに出る所存です」
「ふふっ。あいわかった。せいぜいがんばれよ。それにしても、窓から入ってきた2人も、子供のくせにやたらといい武威を持っていたな」
「はい。なんびとにも他言しないで頂きたいのですが、私めが“記憶残し”ならば、あのおなごは“武威残し”。そして男の方がその両方を宿す輩にございます。男のわっぱはまだ記憶の回復のきざしを見せず、武威のみが体に宿っておりますが、双方なかなかの手練れに育つことでしょう。
そもそもあの者たちとそれがしとは、幼稚園の頃からの付き合いになります。あの者たちの前世が何であれ、現世では一緒に力を合せていけると確信しております」
「ふむ。今宵はいろいろといい話が聞けた。それじゃ俺はそろそろ帰るけど、日付と場所が決まったら、ねねを通して早めに連絡しろ。俺に出来ることなら何でもしてやる」
「ははっ! でも、その前に……お帰りになる前に、居間にいるねね様に一目会ってやってもらえませぬか?」
そして、わしは学習机の中から油性マジックを取り出す。
寺川殿は多分爆睡して起きないだろうから、わしはそのマジックを信長様に渡し神妙な顔で頷いた。
「お前、俺にそれをやれというのか?」
でも結局、信長様も若き頃に“うつけ”と呼ばれた御人じゃ。
帰りに信長様は居間に寄り、嬉々として寺川殿の顔に数々の芸術を施していったのじゃ。
その後、信長様は武威盛る織田家家臣団とともに騒々しく帰っていったけど、次の日の朝、顔の落書きに気づいた寺川殿にわしだけ怒られちゃったわ。