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前哨戦の弐


 その日の夜、わしは一軒家城の自室で座禅を組んでいた。


「ふーう……」


 わしの部屋の隣にある今は使われておらん6畳間からは、卜部殿の武威の気配。

 1階の和室からは綱殿の気配と、家の屋根の上から頼光殿の気配。

 屋根の上の警備は数時間ごとに代わるつもりらしいけど、今現在、我が石家一族はこのようなフォーメーションで守られておる。


 いやはや、まさかここまで本気の警備体制を敷くとはな。

 てっきり近所の長屋を一部屋借りてそこから我が一軒家城に接近する不審者を監視したり、または外出の時だけ遠巻きについてくるとか、そういう程度の警備だと思っていたんじゃ。

 だけどわしの生活圏にがっつり入られておるわ。


 武威センサーによる索敵もできるし、源氏側にはまだわしの関与がばれていないじゃろう。

 だから今はまだそこまでする必要はないと思う。

 でもこの3人結構本気なのじゃ。


 いや、本気というか、これがこの3人の本来の仕事だったのじゃ。

 聞けばこの3人――いや、坂上田村麻呂殿の警護としてあの店にいた部下のうちの数人が、警視庁の警護課のお巡りさんらしい。


 父上と母上、そして康高がこの一軒家城にいるときはこのような配置で城全体を守り、各々が外出する時はそれに1人ずつついて行く。

 夜の屋根担当は時間制で交代しながらそれぞれ睡眠をとるらしいけど、常に1人が屋根の上に待機し敵襲に備えるとのことじゃ。


 これがプロの仕事というものじゃな。


 そしてもちろん父上と母上もそれを了承済みじゃ。


「お宅の光成君が、“見てはいけないもの”を見てしまい、巷で噂の爆破テロリストに狙われる可能性があります。もちろん光成君のご家族であるあなた方もターゲットになる可能性がありますので、我々警視庁の職員がしばらくの間、あなた方を警護することになりました。命にかかわることなので、ぜひともご協力をお願いします。我々の衣食に関しては、本部のスタッフが届けてくれますのでご安心ください」


 今時ハリウッドのサスペンス映画でもこんな嘘は言わん。

 でも3人が放つお巡りさんっぽい雰囲気と、天下御免の警察手帳を見せられたら、父上と母上も納得せざるを得ないのじゃ。


 康高はというとなぜか綱殿に懐き、今も1階の和室で遊んでもらっておるっぽい。

 幼いだけにこの状況に違和感を感じず、むしろ楽しんでおるじゃろうな。


 おかげで今宵のわしは久々に康高の呪縛から解放され、就寝前に部屋で1人のんびりと座禅をしているというわけじゃ。


 でも座禅をするとなるとやっぱわしの集中力が高まるので、頼光殿たちの気配も明確に感じてしまうな。

 今は武威センサーを発動しておらんけど、そんな特技を持っているだけにわしはやっぱり他人の武威には敏感なのじゃ。


 源頼光と渡辺綱、卜部季武。

 見た感じ、この3人の男はうちの父上と同い歳ぐらいじゃ。

 皆お店で出会った時は黒ずくめのスーツだったし、我が一軒家城で本格的に警備を始めた今も同じ格好だけど、頼光殿はさっぱり好青年系、綱殿はオールバックのきっちりチンピラ系。卜部殿はロン毛に無精ひげの売人系じゃ。


 そしてもちろん、彼らの強さもかなりのもんじゃ。


 今彼らがかすかに垂れ流している武威も、三原クラスの洗練されたもの。

 坂上田村麻呂殿はわしの法威にも気付いておったし、この3人も法威を操れると見ていいじゃろう。

 陰陽師勢力と繋がりの強い出雲神道衆を配下に置く坂上田村麻呂勢力のことじゃ。

 法威について知っておっても不思議じゃないのじゃ。


 さすればこの3人、どれほどの強さを持っておるのじゃろうか?


 とりわけ頼光殿の突き刺すような武威。

 この武威を法威でしっかり制御できるとしたら、頼光殿はおそらく三原に匹敵する強さになる。

 他の2人もそれに負けず劣らずの武威じゃ。

 法威を学び、北条さん相手に少し自信をつけたわしだったけど、この3人を前にしたら赤子も同然。自信なくすわ。


 じゃなくて……。

 こんなに強い武威使いを警護にしてもらえたのだから、わしとしても助かるっちゃ助かる。

 けどこれから常にこんな厳戒体制を敷かれるとなると、“石家光成”でもあるわしとしてはちょっと辛いんじゃ。

 父上や母上も他人が家にずかずかと入り込んできたのだから、相手がお巡りさんだと分かっておってもいろいろと不安じゃろう。


 なるべく早く北条さんと源氏の争いに終止符を打ち、我が一族、そして東京都内の安全を取り戻さねばなるまい。


 でもそのための初手は手ごたえ十分じゃった。

 長い間転生者から不可侵の存在と畏れられ、それに見合った権力と実力も持つ強大な男。

 その人物を前にして、わしは十分やりきった。


 とはいえこれはまだわしが企む謀の第1段階じゃ。

 やらなくてはならんことは他にもたくさんあるし、どこかでつまづこうものなら計画そのものが根底から崩れ落ちる。

 まだまだ油断なんて出来たもんじゃないし、過信なんてもってのほかじゃ。


 でも第1段階は無事に乗り越えた。

 次は第2段階じゃ。


 内閣総理大臣たる信長様の元には寺川殿の文も届き、由香殿の祖父からの話も届いておろう。

 坂上田村麻呂殿との会合から8時間ぐらい経っておるし、坂上殿からの一言だって信長様の耳に届いておるはずじゃ。

 気になりだしたら放っておけないあの御方の性格から考えるに、明日か明後日――総理大臣としての激務もあるだろうからもっと遅くなるかも知れんけど、少なくとも今週中には信長様からの連絡があるはずじゃ。


 もちろんそれでも信長様がわしに会ってくださるという確証はない。でも信長様だって本能寺の変の後の歴史について現世で見聞きしたはずじゃろう。

 さすれば“石田三成”としてのわしを、会うべき価値のある者と見なしてくれるはず。


 他にもいろいろ不安な要因はあるけど、寺川殿という心強い存在もいるし、今のところわしの計画に支障はない。


 じゃなくて、寺川殿じゃ!

 大きな支障じゃ!

 あんの野郎、今1階の居間で父上や母上と一緒に酒盛りしてやがんのじゃ!


 まぁ、だからわしは自室に避難してきておるんだけど、いくらなんでもどさくさにまぎれて人ん家でくつろぎすぎじゃ。

 さっき歯磨きのために1階に降りたら、トイレに行こうとしてた綱殿が寺川殿に廊下で捕まり、飲酒を強要されてたしな。

 坂上田村麻呂殿との会合が終わったのが昼過ぎだったから、わしらは夕方ぐらいに三原の事務所に行って諸々報告してきたんだけど、その時も三原を誘おうとしてたし。

 酒弱いくせにどんだけ宴好きなんじゃろうな。


 あと……小型マイクを通してわしと坂上田村麻呂殿の会話を聞いておった寺川殿は、あの会話の中でわしが寺川殿を褒めていたのも聞いておる。

 その件の始末が意外と面倒じゃった。


 お店の個室を出た時わしの妄言について少しの時間からかわれたけど、その後寺川殿がやたらとべたべたしてきたのじゃ。

 ホテルのエレベータの中で「手ぇつなごっか?」とか言ってくるし。

 事あるごとにわしの頭を撫でようとするし、暑っ苦しいから本当にウザい。


 でも寺川殿のその態度から察するに、寺川殿もあの店の中では相当気を張っておったのじゃろうな。

 今になって冷静に考えてみると、あの店内はわしらがいつ殺されてもおかしくない空間だった。

 敵は強大なゾウさん。わしらはただのアリさん。

 坂上田村麻呂に挑むわしのこともかなり心配してくれていたのだろうし、それを無事乗り越えて気を緩ませる寺川殿の気持ちも分からんでもない。


 だけどじゃ。

 わしの想いを別室で笑い飛ばしていたことについてはまったくの別件だし、寺川殿に渾身の殴打をお見舞いしてやりたいという気持ちは今も心に持っておる。

 問題はその方法じゃな。

 そもそもわしが寺川殿に殴りかかっても返り討ちにあうのが関の山なのじゃ。


 だからわしが寺川殿に行う仕返しは、武力とは違うなにかにしようと思っておる。

 ファンデーションの件は上手くいったし、次は……


 寺川殿のマスカラを油性マジックの原液にすり替えてみようかな!


 おし!

 悪戯考えてたら元気が出てきた!


 とその時、わしの部屋の窓がこんこんと音を立て、外から頼光殿の声が聞こえてきた。


「三成様? 時間が来たので卜部と交代しました。私は早々に寝ようと思うのですが、その前に少し話がしたい。

 入ってよろしいですか?」


「構わん。何もない部屋じゃが、どうぞ遠慮なく」


 ちなみに頼光殿は今さっきまで屋根の警備担当じゃ。

 一度玄関まで降り、階段を上がってこの部屋に来るのが面倒だったのだろうな。

 カーテンを開けてみれば、頼光殿が右手の指の力だけで窓枠のわずかな凹凸にぶら下がっておる。

 この感じがむしろ侵入者っぽいけどわしは網戸を開け、頼光殿を部屋の中に招くことにした。


「ははっ。やはり小学生らしい部屋ですね。

 でも……ん? ……まぁいいです。

 下の階は随分にぎやかですけど、三成様は部屋で1人何をなさっていたんですか? 夏休みの宿題とか? 明後日から2学期ですもんね」


 いや、ちょっと待て。

 頼光殿? おぬし、わしご自慢の床の間エリアをちら見して一瞬固まらなかったか?

 素敵な空間じゃろ? “まぁいいです”って、何がいいんじゃ?


 ……もしかして……嫉妬しすぎて、褒めたくなくなったのか?


 おぬしもまだまだ未熟じゃな。


「宿題なんて全て終わっておる。今日は疲れ過ぎて居間のテンションについて行く気にならんし、寝る前に少し座禅を組んでおった。

 今回の件についていろいろと思案しておったのじゃ」

「ははっ。その感じだとうちのボスと会っていた時も、相当気を張っておられたんですね?」

「もちろんじゃ。相手は坂上田村麻呂殿。本来ならば、わしのようなものが対等に話をしていい相手ではない」

「いえいえ。十分対等に渡り合っておりましたよ。その結果、私たちがここに残ってるんですからね」

「あぁ、ありがとう。これから世話になる」

「お気になさらずに。私だってこんな気分のいい日は久しぶりなんです」


 どうやらこの男、わしの雄弁を相当気に入ってくれたらしいな。

 いや、他にも綱殿あたりからめっちゃ褒められたけどな。

 ホテルから三原の事務所に移動する途中、綱殿から

「いやぁ、三成さん。俺、あーゆー熱いの大好きなんで、あんたの言葉俺の心にガンガン響きましたよ」

 とか言われたんじゃ。


 売人系の卜部殿は感情の起伏を見せにくいタイプらしいので心境はわからんかったけど、この2人はどうやらかなりわしのこと気に入ってくれておる。


「そうか。まず、そんなとこに突っ立ってないで、そこの座布団に座ってくれ」


 さっきまでわしが座っていた座布団に頼光殿を促し、わしはというと学習机の椅子に移動する。

 “お勤めご苦労”とばかりに飲み物の1杯でも出してあげたいけど、今それを取りにキッチンに行ったら、3人の酔っ払いに絡まれちゃいそうだから嫌じゃ。

 頼光殿には悪いけど、ここは我慢してもらおう。


「おぬしらが来てくれたことで、わしもずいぶん安心できる。でもさっき瞑想に入る前に一度武威センサーを広げたんだけど、今宵も戦いが行われておるようじゃ。

 今度は千葉の方じゃな。後北条さんの主要メンバーは例の倉庫に潜んでおるから、ターゲットになったのは執権北条の方か、氏康殿たちの配下の生き残り。もしかすると氏康殿たちの配下がわざと源氏の目につかまるように動き、源氏の注意を東京の東側に向けさせようとしておるのかもしれん。なんとなくだけど武威の動きがそんな感じなのじゃ。

 陽動というか……そういう動きをしておる。でもそんな騙しは長くは続かんじゃろう。

 それにこの戦いが長く続けば、源氏はこの勢いに乗じて関東内の他の敵対勢力を潰そうと試みる可能性だってある。または、他の勢力が割り込んでくる可能性だってあるじゃろう。油断も何も出来たもんじゃない」


「そうですね。さすが三成様です。でも……その武威センサー……? というやつ、なかなかのものですね。それは義仲さんに教えてもらったのですか?」


 ちなみに三原の事務所に行った時、頼光殿たちと三原は顔を合わせておる。

 お互い噂には聞いていたものの、直に会うのは初めてらしく、よそよそしい感じじゃった。

 あとその時三原が真面目な口調でわしのことを“弟子であり部下”と言いやがったので、わしが必死に否定した今も頼光殿はそのように勘違いしておるのじゃ。


「いや、前世の時から使っていた技じゃ。敵が目の前におる時はなんの役にも立たないけど、こういう時は非常に役に立つのじゃ。

 特に今のような弱い立場になってみると、ありがたみが一層分かってきたわ。日の本最強を誇った豊臣軍におった頃は獲物を見つけ出すために使っていたようなものだったけど、今では捕食者から逃げるために使ってるようなものだからな。

 頼光殿たちがここに来てくれたことで、そんな心配もいらなくなったけど」

「ふっ。そんなこと言って。三成様だってなかなかの法威を持っているくせに」


 相変わらず気のいい男じゃな。事あるごとにわしのことを褒めてくれる。

 これが本心か、はたまた長年坂上田村麻呂殿をよいしょし続けたことで身に付いた渡世術なのかは知らんが。

 まぁよい。わしの家族を守ってくれるというんじゃ。

 わしだって、そんな人物に嫌味を言うようなことは出来まいぞ。


「いやいや、わしはまだ法威を覚えたばっかりだから、おぬしらの足元にも及ばん。

 でも……つーか、坂上殿の戦力とわしらで鎌倉源氏に討ち入れば、勝てそうな気がするんだけどな。もちろんそれをやったらわしのポリシーに反することになるからしたくないけど。あと坂上田村麻呂勢力が勢力争いに公然と介入し、武力で一勢力を潰したとあらば、それを警戒したその他の勢力全部を敵に回す可能性がある。どの道今すぐの討ち入りは出来ないけど、それだけの戦力があのお店には確かに集まっていた。さすがじゃな」


 などと試しに武力介入を促しつつ、それが出来ない相手側の事情も理解していると匂わせつつ、最後に相手を褒める。みたいな。

 わしも相当心が穢れておるな。


「いろいろご理解いただき、誠に感謝しております。源氏と北条の争い。一見すると一勢力同士の小競り合いですが、その直前まで源平の争いが起きておりましたので、気が付いたら各勢力が名乗りを上げていた、なんてことになりかねない危険なものでした。しかも、すでに奥州の源氏まで加わっている。

 今、奥州藤原を抑え役として動かそうとしておりますが、もし藤原まで闘争に加わったらかつてない大規模闘争に発展しかねません」

「応仁の乱のごとく?」

「そうです。その規模になれば我々も大手を振って介入できるのですが、今はまだただの小さな争い。だからこそ、それをあなた様が抑えてくれるなら、我々としても嬉しい限りなのです」

「最大勢力も色々と不都合が多そうじゃな」

「はい。我々も……そして、内閣という立場に縛られた、“戦国武将勢力の最強集団”も……」


 ……。


 さて、今さらだけど現在の内閣総理大臣は信長様の生まれ変わりじゃ。

 てっきり何年か前にフィギュアスケートを引退したあやつだと思っておったけど、あんなに人懐っこい性格ではなかったからやっぱ違うんだろうなとも思ってた。

 まさかこっちだったとはな。


 でも頼光殿のこの言い方だと、やはり信長様が率いる現代の織田勢力は、武威使いの集団としてもなかなかに強大なのじゃろう。

 本能寺の変がなければ、数年のうちに天下を統一したと評される織田軍。

 あの猛将たちが現世でも信長様の周りを固めておるのじゃろうな。


 この時代でも、“戦国時代の武将勢力”というくくりに限定すれば間違いなく最強だろうし、数ある戦国武将勢力のうちの1つでありながら、単独で源氏や平家や足利、さらには坂上田村麻呂勢力に匹敵する強さを持っていたりするのかもしれん。


「そういえば、信長殿からの返事はいつ来るんでしょうね」

「坂上殿はどうなったのじゃ?」

「はい。さっき同僚からメールが来て、確かに伝えたと。会合の日にちが決まり次第、内閣から私に直接連絡が来るようになっているとも言われました」

「それだけ聞ければ安心じゃ。いずれ信長様から連絡がこようぞ。2、3日中か、遅くても1週間以内。なんだったら今宵いきなり呼び出されるかもな」

「はっはっは! そうなったらねね様はどうするんでしょうね。かつての夫の上司に会うのに、ねね様は今、下でべろんべろんに酔っていらっしゃる」

「知らん知らん。そうなったら寺川殿のせいじゃ。信長様に叱咤されればいいのじゃ!」


 人生って不思議じゃな。

 こういう会話をしておると、こういうことが起きる。


 ぴんぽーん。


 もう夜の10時になろうかとしておるのに、来客を告げる一軒家城のインターホンの音が鳴った。

 嫌な予感がしたので、わしが玄関に向けてダッシュをしながら武威センサーを発動すると、20を超える武威使いが玄関の前に集まっておる。


「そんな……まさか……?」


 わしが玄関の扉を開けると、突然の来訪者たちに応対する屋根警備係の乙部殿と、黒塗りの車十数台のハザードランプが瞳に入ってきた。


「サルの小姓ごときが我に意見するなど、なんの無礼か? 面白そうだから急いで来てやったわ」


 織田信長様が不敵な笑みとともにそこにいたのじゃ。



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