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前哨戦の壱


 北条さんたちが長屋を去り、わしと寺川殿は静かになった部屋の中でソファーに座る。


「ふーう……いきなりこんなことになるとはな」

「そうね。でもどうするの? 上手く追い返したけど、これで“はいさようなら”というわけにはいかないでしょう?」

「そうじゃな。寺川殿が食料の買い出しなんて立候補するから……」

「し、仕方ないじゃん! あーでも言わないと、また家に来ちゃうじゃん!」

「うん、まぁそう考えると寺川殿の判断も正しかろう。でもな……さすがにお金取りすぎじゃ」

「ん?」


「“ん?”じゃないわ! 明らかに金額がおかしいじゃろ!」

「でもそれであの人たちの覚悟の程度も読めたわよ」

「そりゃあ、まぁ……そうだけど……」


 ただの食料買い出し係。

 でも寺川殿が購入物を北条さんに渡すタイミングによっては、源氏が北条さんを襲う場面に出くわす可能性もある。

 そうなると寺川殿も源氏のターゲットになる可能性もあり、それなりに命の危険がある仕事なのじゃ。


 そう考えると寺川殿のふっかけた金額も妥当っちゃ妥当。そして、あのような高額をふっかけた理由は他にもある。


 要求する金額が低すぎると相手は即座に支払いを快諾するだろうけど、巻き込まれる危険性から考えてこちらのメリットは小さくなる。

 かといって何億円という額を要求してしまうと、壊滅寸前の北条勢力の支払い能力を超えてしまい、普通に断られる。

 または「高い金払ったんだから」と、後になって他の仕事を無理矢理押し付けられたり、金額を減らすよう要求してくる可能性もある。


 なのでさっきの寺川殿は相手の心理を絶妙に突く金額を提示したのじゃ。

 結構痛いけど、払えない額じゃない。

 でもそれを払っちゃったら、戦いを生き延びたとしてもその後の組織の立て直しに時間がかかる。

 なので出来ればもう少しまけてほしいけど、それも言いづらい。


 というぐらいの値段じゃ。


 そしてわしと寺川殿は、その要求金額に対する相手の反応をつぶさに観察していた。


 もしこの要求金額に即座に頷くようならば、相手は後にその約束を反故にする可能性があるじゃろう。

 約束を守るつもりがないから、悩むことなく首を縦に振るのじゃ。

 この場合ただ働きをさせられることになりそうだから、わしらの方から協力を辞退するのが妥当じゃ。


 また、あの金額でうだうだ悩むようなら、北条さんはその程度の勢力だったということじゃ。

 命と金を冷静に天秤にかけることが出来ないような組織は、どの道長くはない。

 寺川殿は断るだろうし、その後の買い出しは北条さん自身ですればよい。

 買い出しの途中で源氏の手の者に見つかり、倉庫まで尾行されるかもしれないけど、そんなもん我々としては知ったこっちゃない。

 それが嫌なら買い出しをせずに、あの倉庫でみんな仲良く飢え死にするのもいいじゃろう。


 あとうだうだ悩むような人間は、やっぱり後になって支払いの減額を要求してくるだろうし、または買い出し以外の仕事を要求してきそうじゃ。


 でも寺川殿の要求に対し、氏康殿は涙を流しながらそれを飲んだ。

 たかが買い出し。されど買い出し。

 その価値を正確に把握し、今自分たちに何が必要なのかもちゃんと分かっておる。

 こういう人材のいる組織なら復活も可能だろうし、ここで恩を売っておけば、後にわしらにとってもメリットのある組織になるじゃろう。


 わし個人としては我の強い戦国武将であるはずの氏康殿が、涙を流しながらわしらの要求を飲んでくれたのが嬉しい。

 プライドを捨ててくれたのじゃ。

 わしは将来天下統一を目指しておるし、そういう時に配下の者が余計なプライドを持っておると組織が不安定になるからな。


 まぁ、その手始めとばかりに孫の氏直のプライドをぽっきぽきにしておいたんだけど、氏直を連れ出そうとするわしを――どこの誰かも分からんわしに連れ出されようとする氏直を、父の氏政と祖父の氏康は神妙な面持ちで見送っておる。

 これだけでも、北条という家がどういうものなのかを表しておるのじゃ。


 この部屋を訪れた当初は寺川殿を舐めて偉そうなこと言ってたっぽいけど、力関係も逆転したしな。


「私は当面の買い出しだけしてあげて、じっくり様子を見ることにするわ。あの時の氏康さんの反応はなかなか信頼できそうだしね。三原から源氏の情報も入るし。

 佐吉は? もうすぐ2学期だし、この件から手を引く?」


 ……


 うーん。


「わし、会いたい人が何人かいるんじゃ。その方たちとの会合の段取りを寺川殿にお願いしたい」

「え? なにそれ? もしかして北条さん助ける気?」


 北条さんを助けるというか、北条さんの手助けをしようとしている寺川殿を助けたいというか。


 寺川殿のこの性格。絶対に買い出しだけじゃすまん。

 すぐに北条さんに情が移り、放っておけなくなるじゃろう。

 源氏と北条さんの最終決戦とかが開かれることになったら、その戦場でちゃっかり北条側の戦列に加わっていたりしてな。

 そういう御方なんじゃ。


 あと今は都内の東側で戦闘が起きているけど、今後源氏の索敵の目は間違いなくこっち側に移ってくる。

 華殿と勇殿が心配じゃ。

 2人もそれなりの強さを手に入れたし、過保護といわれれば確かに過保護じゃ。

 でも2人はわしの大切な友人だし、彼らを失うなど絶対に嫌なのじゃ。


 さすればこの戦いはわしにとっても決して無視できん問題じゃ。

 石田三成たるわしの本髄を見せてやろうではないか!


「あぁ、さっきの氏康殿の涙で決めた。男の涙じゃった。助けるに値する男じゃ」


 初老のおっさんが泣く姿なんてどうでもいいんだけどな。

 寺川殿にはそう言っておこう。


「もちろんわしは北条さんの一員になるつもりはない。自分が1番じゃ。わしが天下を統一するんじゃ。

 でも戦国武将は皆わしのように天下を狙う唯我独尊男ばっかじゃ。もしこの後、北条さんが他の戦国勢力に助けを求めるようなことがあれば、各勢力がこの混乱をチャンスとばかりに東京になだれ込むじゃろう。応仁の乱のごとくなし崩し的に戦乱が全国に広がっていく可能性もあるのじゃ。それを止めねばならん。なるべく穏便に。これ以上血が流れないような、スマートな方法でじゃ」


「穏便って……この戦い、穏便に収束出来る段階はとっくの昔に過ぎてるわよ」

「それでもじゃ。それで寺川殿? さっきも言ったように、わし会いたい人物がいるんだけど。段取りお願いできるか?」

「会いたい人物って……誰よ?」


「坂上田村麻呂と、内閣総理大臣じゃ。順番はどっちが先でもいいし、どっちか1人でもいい」


「んな! 無理に決まってんでしょ!? 馬鹿じゃないの? 無理無理無理無理ッ!」


「無理じゃなかろう? さっき来ていた北条さんたちの1人、上杉景虎殿が言っておった。寺川殿は陰陽師のエース級だと。

 そのエース級が陰陽師を経由して出雲神道衆に頼めば、そのバックにおる坂上田村麻呂に会合をとりつけるのも可能なはずじゃ」


「ちょ……! 出雲って……じゃなくて私に合図してきた子、やっぱり陰陽師の子だったの? しかも上杉のッ!?」

「そうじゃ。景虎殿じゃ。わしが風呂に入っておる時に、脱衣所に来たじゃろ?」

「……え、えぇ。後ろに座ってた子が1人、ちょっと外の警戒してくるって言って部屋から出てった。玄関のドアが開く音もしたし、てっきり本当に外に出て行ったと思ったけど、出てなかったの?」

「あれ? そうなのか?」

「ん?」


 ……


 大の男が7人、正座した状態で沈黙を続ける空間。

 そんな空間から脱出する方法。

 ちょっと不思議に思ってたけど、虎之助殿って結構やり手じゃな。


「まぁよい。なんだったら、三原と……景虎殿は現世では虎之助殿というらしいけど、その3人の連名でもいいからわしを坂上田村麻呂に合せてもらえるように、陰陽師経由で出雲に伝えてくれ。鴨川殿なら出雲との連絡も取れようぞ」

「……え、えぇ。一応やってみるけど……」

「あと、内閣総理大臣の方は……寺川殿が一筆書けばいいじゃろう。でもあの方も気紛れだから、一応由香殿の祖父からも政党を通じて会合を申し込むつもりじゃ。父上にお願いしてもいいけど、会合を申し込む相手が相手だけに、寺川殿から由香殿の祖父に一言お願いしてほしい」


「ちょっと……本当に待って。話が飛び過ぎて……あなた……どんだけどでかいことしようとしてるのよ……?」

「でかくはないぞ。単に人と人が会って話をするだけじゃ。どでかいことというならば……武威と法威を用いて全国の転生者をひれ伏させ、頂点に立つ。それぐらいがわしにとっての“でっかい”ことじゃ!

 まぁ、わしの武威じゃそれも難しいから、代わりにこのハイスペックな頭で実現してやろうぞ!」


「やかましいわ! じゃなくて、私何すればいいの? いろいろ言われ過ぎて……どれから手をつければいいか……」

「ほれ、寺川殿の携帯じゃ。じゃあまずこれを手にとって。んで三原に電話をするから、履歴ボタンかアドレスボタンを押して……」

「それぐらい分かるわッ! そうじゃなくて……そ、そうじゃなくて……」

「落ち着け、“ねね様”! “ねね様”だって、その真髄を発揮する時じゃ! 今日中に各方面に話を出しておくぞ! ほれほれ! まずは左上の……」


「わかったわ! わかってるからぁ!」


 その後、わしらは夜遅くまで電話をかけ続けた。

 日付が変わる頃、ストレスが限界にきた寺川殿が携帯電話をバキッって壊しちゃったわ。

 明日、華殿の勉強会が終わった後にでも寺川殿を携帯電話屋さんに連れて行ってやろう。

 時代も時代だし、寺川殿はいい加減スマートフォンにするべきなのじゃ。

 わしお勧めの、この夏の一押しモデルを授けてやろうではないか!



 じゃなくて、その2日後じゃ。



 わしは、東京都内のとあるホテルにいた。



 最上階の高級料理店の個室。

 窓の外には東京の全景が広がり、隣の個室にはわしの暴走に巻き込まれた寺川殿がおる。

 寺川殿もガタイのいいスタッフに囲まれながら、おいしい料理を楽しんでおる――はずなんだけど、貸し切りのこの店に入るや否やわしらは警備の男たちに引き離されたので、あっちがどうなってるのかはわからん。

 武威センサーを発動しておるので寺川殿が無事というのは把握しておるけど、こんなに強い武威使いたちがワンフロアーに入り乱れるとなると、寺川殿の武威から心境を察するなど出来んのじゃ。


 そして、そんな武威使いの警備が、このお店に入り乱れる理由。


「さて、お前があの石田三成か? 噂に聞く“記憶残し”でもあるらしいな? そんなやつが一体何の用だ?」


 目の前に、坂上田村麻呂がおるんじゃ。


 いんやぁ。すげぇわ。

 武威の迫力と、威厳高い外見。

 80近いおじいちゃんだけどガタイも凄いし、綺麗な白髪も風格漂っておる。

 声も迫力満点じゃ。


 しかも本人がこんな強そうなのに、個室の外にも三原クラスの武威使いがうようよいやがる。

 三原いわく日の本最強の武威集団ではないらしいけど、それ誤報じゃね? って疑いたくなるぐらいの空間じゃ。


 例えるならば、豊臣全盛期における大坂城での新年の挨拶。

 全国の大名が殿下の前にもれなく顔を並べる場じゃ。

 あの時は上位の武威使いだけで数十人、普通の武威使いを合わせれば200近い数が1つの部屋に集まっておった。

 部屋っていっても200畳近い大部屋だったんだけど、その半分程度の広さのこのお店に、あのレベルの武威がひしめきあっておるのじゃ。

 息苦しいことこの上ないわ。


「どうした? 緊張してるのか?」

「い、いえ。別に……」

「そうか。それならばよい。気楽にしろ。ほら、飯でも食えよ。それなかなか美味いぞ」


 あと外見とは裏腹に、この男は結構親しみやすい感じじゃな。

 わしが“記憶残し”だというのは知っておるはずなのに、わしの外見に合わせ、おじいちゃんが孫に向けるような笑顔を見せてくれておる。

 こやつの人格か。はたまたわしの外見の効果か。


「初めてお目にかかります。私、名を石田三成と申し、かつての豊臣家において五奉行の……」

「よいよい。そんな堅苦しいこと言うな。飯がまずくなる。俺は征夷大将軍だったが、黎明期の“征夷大将軍”だ。国が熟し、その後訪れた戦乱を生き残った豊臣家。その五奉行に名を連ねたお前と権力は大して変わらん。気にすんな」


 ほーう。

 さすれば、こちらもその意に沿えようぞ。


「かたじけない。ならばこちらもゆるりとさせていただく。それにしても、わっぱのわしじゃ絶対に入れないような料亭まで用意していただき、さらにはこんなに美味しそうな飯まで用意してもらい……」

「北条は大変そうだな。いやぁ、いい加減そんなことしてる時代じゃないと思うんだけどなぁ」


 あのさぁ。わしが感謝を伝えながらいざ一口目って時に、話題変えんなや。

 いや、本来その話題のために来たんだけどさ。

 そんな話題出されたら、もぐもぐしてる場合じゃないし、つーか転生者ってやっぱこういうやつばっかなのか?


「ごもっともですじゃ。その件について、すでにお話聞いておると思われるが、その件で頼みがあって来まし……もぐもぐ」


 やっぱ食べちゃおう!

 こんな美味しい料理、我慢できるわけないわ!


「でも、その前に……やはり坂上田村麻呂様ともなれば、お付きの方々の武威も相当ですな。この方々、全員前世の部下なのですか?」

「ん? そうだな……半分ぐらいはそうだけど、現世で新たに配下になった者もいるぞ。お前、そんな武威を広げてっから息苦しいんじゃねえのか。やめろやめろ。こいつらが周り固めてんだ。敵なんてこねぇし、飯がまずくなる」


 あっ、やっぱわしの武威センサー気付かれておったのね。

 ならしまっとこう。


「失敬……」


 わしは一瞬だけ瞳を閉じて武威センサーを収め、再び前を見る。

 その後、わしの予想に反して坂上田村麻呂の身の上話が始まり、わしはふむふむ相槌を打ちながらそれを聞いていた。


 話によると、坂上田村麻呂は以前最高裁判所の長官の座におり、それを引退した今も部下を司法機関と警視庁・警察庁双方の要所に送り込んでいるとのことじゃ。

 ついでに足利さんとこの勢力が日銀を支配しているらしく、両者の関係は良好らしい。

 内閣を始めとする行政勢力も無視できない権力を誇り、かつ出雲神道衆を従え、挙句はこれほどの武威使いを揃えている。


 なんかもう、この人に源氏を抑え込んでもらえばいいような気がしてきたわ。


「それで、お前は俺を呼び出して、どうする気だ? 何がしたい?」


 さて、ここからが本当の試練じゃ。

 ただの小学生であり、今はまだ何も持っていないわしがこの男を動かす。

 そのための説明とあらば、一言一句、細心の注意を払って行かねばなるまい。


 でも、その前に……。


「では、今この瞬間から、わしはわし本来の言葉遣いをさせていただく。かしこまった態度とか敬語とか、そういう礼節に気を使っておると、わしの気持ちをそなたに伝えきれん。よいか?」


「おもしろいやつだ。かまわん。それでよい」


「じゃあ、早速。わしは北条さんと源氏の争いを辞めさせたい。これ以上の血が流れない形でじゃ。なんなら今すぐにでも。

 でも今のわしではそのための“企て”は出来ても、それを実行する力ない。だからその助力をお願いしに来た」


「ほう。随分と綺麗事を。それで、わしにどうしろと?」


「別に兵を貸してくれとは言わん。源氏を押さえろとも言わん。

 ただ情報を流してほしい。全国の戦国武将勢力に向けてじゃ。とある日、とある時刻にとある場所で面白いイベントがあると。

 その場で激しい戦いが始まるようなことはないけど、戦国武将たちにとって非常に見る価値のあるイベントがあると。

 もちろん一人でも多くの転生者に見てほしいし、万が一に備えて出来る限りの武威使いを連れてきてもかまわん。もしかすると一触即発の事態になるかもしれんけど、その時は各々の勢力、武威使いたちで守りを固めながら現場から立ち去ってもらえばよい。

 そういう情報を出雲神道衆のスパイを使って各地の戦国武将勢力に流してもらいたいのじゃ」


「ほーう。ずいぶんとあやふやな事だが、そのイベントとやらをすることで、おぬしが争いを止めることができるのか?」

「そうじゃ」


 ……


 ……


「うーん。俺もそのイベントとやらを見てみたい気もする。石田三成がなにをするのかをな。

 でも全国の各勢力に送ったうちの諜報員の身の安全を考えると、イベントの詳細を聞かんことには、協力すると断言できんなぁ」


 当然じゃ。

 スパイなのに、潜入先の組織で「こんなイベントあるらしいよ」とか言ったら、「お前、どこからそんな事を聞いた?」って疑われて、出雲との繋がりが潜入先にばれてしまう可能性があるからな。


 あと、このイベントの詳細は誰にも言えることができん。

 戦国武将の悪い癖なんだけど、わしの企みに乗せられていると気付いてしまうと、わしの思い通りになってたまるかとばかりに意固地になるのじゃ。

 その場所にも来てくれんだろうし、来ない輩はわしの手の上で踊らせることが出来ん。


 計画の完遂を目指すなら、情報漏洩は最小限に。

 だから目の前にいるこの男にも余計なことは言えんのじゃ。


 でもわしが収集をかける相手はあくまで天下統一を狙う者たちじゃ。

 そういう“戦国武将向けのイベントお誘い”があれば、無視できんのも戦国武将の性じゃ。

 どの勢力も他に出し抜かれまいとするからのう。

 もし坂上田村麻呂が全国の戦国武将にこのような情報を流してくれたら、情報発信者である坂上田村麻呂が後ろ盾だという効果も相まって、20~30の組織が集まることじゃろう。


 この男がわしの話に乗ってくれたら、計画の成功を手にする確信はある。

 あと一押しといったところか。


「こちらにも2つの隠し玉がある。隠し玉だからネタばらしは出来んけど、とっておきの隠し玉じゃ。

 頼む側のわしがこんな態度で失礼極まりないのも重々承知。でも言えんのじゃ。

 坂上殿には本番までお楽しみということで、何とぞご理解いただきたい!」


 そんで少し座イスを下げ、深々と頭を下げるわし。

 人に頼みごとをしながら、こちらの秘密はばらさない。


 つい先日、北条さんのそのような態度にいらついたわしだけど、もちろんやるわ!

 でも物事には言い方ってものがあって、それも楽しみの1つだと思ってもらえればいいのじゃ。

 北条さんはそういうとこが足りんかったな。


「うーん……」


 さてさて、ここまで押しに押してきたけど坂上殿はどうじゃろうか?

 だいぶ悩んでおるけど、まだ決めかねておる感じかな?


 じゃあ、説得の手法を変えてみよう。


「悩むのも当然。もうしばし悩んでくだされ。でも、その間、ちょっと話が変わるけど……」

「ん?」

「今、別口で内閣総理大臣殿にも同様の会合を申し込んでおる。その時には今のような話と、あと万が一に備えての現場の警備や一般人の人払いをお願いするつもりじゃ。

 坂上殿の話を聞く感じじゃ、今ここで坂上殿に頼めばお巡りさんの動員が可能になりそうだけど、元々は総理殿にお願いする予定だったのじゃ。

 わしら転生者はあくまで影の世界に生きる者だし、転生者の争いが一般人の目にさらされるのも極力避けねばならん。

 総理殿も連日の“爆弾テロ”に手を焼かされておるだろうし、わしがそれを止めようと言うのじゃ。

 存外容易にわしの案に乗ってくれるかも知れん」


「ふっ。あの男が他人の願いなど聞き入れるかどうか。なかなか癖の強い男だからな。俺の言うことすらまともに聞こうとせん」


「その事情も知った上で動いておる。あの御方はそもそも前世の知り合いだし、性格なども熟知しておる。

 あの御方は他人から指図されるのを極端に嫌うし、目下の者から会合を申し上げても断られる可能性が高い。だから、今のわしが単純に会合を申し込んでも無視されるじゃろう。

 でも同じ約束を複数回、多方向から取り付けようとすると、あの御方は興味を示してくれるじゃろう。

 “ん? 最近、なんか同じ名前のやつがいろんなとこから会合を申し込んできてるけど、なんなんだろうな?”と。

 そしてあの御方に興味を持たせることができたら、わしの勝ちじゃ。好奇心がたとえどんなに小さくても、自分が興味を持ったことを放っておけないたちだから、わしがそのように動けば必ずやあの御方は会ってくれるじゃろう。

 あの方との付き合い方とはそういうものなのじゃ」


「ほう。意外と勉強になった……」


「それに、隣の個室におられるのは“ねね様”じゃ。総理殿に届く“お誘い”の1つは彼女からの文じゃ。

 部下にも家族にも厳しかったあのお方。敵も味方も信用などできない時代だから当然だけど、でもなぜかねね様にはやたらと気を許しておったのじゃ。

 ねね様は現世でもいちいちしょうもない悪戯してくるし、それは前世と変わっておらん。でも小さな騙しの数々の奥底に、“あぁ、この人ならいざという時に自分を騙したりしない”という安心感を与える不思議な御方じゃ

 それにわしは訳あって地元の区議会議員と懇意の仲じゃ。その議員から政党内の正式な手続きを踏んだアプローチ。ねね様からの手紙によるアプローチ。

 加えて、もしよかったらだけど最後に坂上殿からの“石田三成に軽く会ってやってくれ”の一声」


「この三段構えがあれば、必ずや“信長様”は会ってくれる」



 ……



 ……



 ふーう。ふーう。



 言いたいことは言い切ったけど、やっべぇ。

 ちょっと調子乗り過ぎたぁ。

 でもこれぐらいせんと、坂上殿の心には届くまい。

 そんな鋭い目つきで睨むなって。

 眉間のしわが深すぎて怖いんじゃ。


「話は聞いた……」


 ん? やばい。

 この台詞が返ってくる時って、その後に「でも……」って続くんじゃなかったっけ?


「でも……」


 うっそぉ!

 マジでダメなん?

 わしこんなに頑張ったのにィ!?

 ちょ、もう1回考えなおしてもらわないと!


 そうじゃ! 人間誰しも早とちりというものがある。

 この問題は1度自宅に持ち帰ってもらって……一晩ゆっくり考えてもらって……そんで! そんで!


「1つ聞かせろ。石田三成。お前はこの人生でどう生きる?」



 ……



「この世の中、お前は何をしたい?」



 ……



 試されておるな。

 わしの“企て”ではなく、わしの“価値”を。


 ならば答えてやろう。


「今のこの国がどうだとか、これからこの国がどうなるべきかとかは関係ない。この国がどんな国であれ、わしはこの国で天下を取るだけじゃ。それが戦国武将の存在価値であり、責務であり、民草から慕われ、時には嫌われることになった理由じゃ。

 でもその願いだけは捨てることはできん」


「強情な……」


「そうじゃ。前世のわしが強情で、融通のきかない男だったというのはわし自身が最もよくわかってる。だから関ヶ原で負けたんじゃ。

 現世ではそれを直したいとも思っておるし、わしの人生に融通を効かせるため、どの業界で天下を取るかも断定しておらん。

 政界か、経済界か、またはエンターティメントの世界か……わしは書物を読むのも大好きじゃし、テレビもスポーツも大好きじゃ。

 この時代には目指すべき頂上が多すぎる。

 でも、どれかの世界で頂上をとる。

 これはわしの願いでありこれからの生き様じゃ。それだけは変えられんのじゃ!」


「言うことは立派だな。それじゃもう1つ。なぜこの戦いに手を突っ込もうとしているんだ?

 お前たちのような戦国武将が日々争い、それでもいつになっても1つにまとまらず、結局争う日々が再開される。お前が従来の価値観でこの戦いに飛びこんでも、やはり遠い未来で同じことを続けているだろう。

 天下統一など不可能だと思わんか?」


「あぁ、知っておる。みんな戦い方を間違っておるのじゃ。

 武威使い同士の衝突が起きるような戦いは、未来永劫争いが続くだけじゃ。それを誰も理解しようとはせん。

 わしは現世に生まれ、前世の頃より正確に世界というものの広さを知った。世界には200近い国があり、何千という民族がいる。人口なんて数十億って数になっておる。そんな人間たちが散らばる世界は途方もなく広い。

 物理的な距離感はかつての時代より狭いけど、人が作る社会の広さはやはり途方もなく広いのじゃ。

 それら全ての人間が仲よくする“世界平和”なんて、口に出すのは簡単じゃ。

 でも歴史上それを目指した偉人がどれだけ多く存在し、その夢をことごとく諦めてきたか。

 どんなに偉大な人物でも、世界平和を実現した者など長い人類の歴史の中で1人もおらん。この長い人類の歴史の中でただの1人もおらんのじゃ。

 この世とは――人というのはそういうものじゃ。今も世界のどこかで戦争が起きておるという事実がいい証拠じゃ」


「お前、話が飛んでねぇか?」


「飛んでおらん。日の本の争いと一緒じゃ。他の勢力と……利権を争う他の勢力と戦い続けても終わりは見えん。

 わしはただ周りの仲間を大切にし、新たに仲間になろうとする人物には手を差し伸べ、敵対しそうな勢力がいたら仲良くできるように画策する。

 そうやって仲間を増やし、どっかとどっかが争いを始めたら仲裁し、わしらから距離を置こうとする勢力には無理強いをせずに、適度な距離感で付き合う。

 そうやってゆるい共同体を作り上げ、それをゆっくりと日の本中に広げていく。その旗印としてわしの名がちょこんと存在すれば、これだって立派な天下統一じゃ。これがわしの目指す頂点じゃ」



 ……



 ……



「がっはっはっは! ひぃーひっひっひ!」


「何が可笑しい!?」


 いや、こやつが笑う理由も分かる。

 わしの言ってることは支離滅裂だし、論理性も合理性もあったもんじゃない。

 精神年齢51歳の“記憶残し”のくせに、今わしは10歳のわっぱの外見にふさわしいレベルの妄言を言ったのじゃ。


 挙句は隣の個室や廊下からも笑い声が聞こえてくる始末。

 予想はしてたけどこの個室の会話、小型マイクなどで周囲の全員に聞こえるようになっておったんじゃろうな。

 いい笑いもんじゃ。


 ぐぬぅ……。


 なので座イスの上で正座をしたまま、ちっちゃくなって我慢するわし。


 でも……


「いや、気に入った! 俺はお前が気に入った! お前の計画に全面協力してやろう! おい、頼光! ちょっと入ってこい!」


 ふっふっふ。

 どうやら上手くいったようじゃの。

 これぐらい熱く語ってやらんと、こやつの心は動かせん。


 恥をかいて恥ずかしがる。

 男を見せつつ、弱みも見せる。

 これぞわしの人心掌握術じゃ!


 でも、ここで思わぬ人物が出てきおったな。


「あはは! はい、失礼します。ふふっ! いやいや、なんというご雄弁。この源頼光、石田殿のことが大好きになってしまいました」


 そうじゃ。坂上殿に呼ばれてわしらの個室に入って来た人物。

 酒呑童子や土蜘蛛などの妖怪退治で有名な頼光(よりみつ)公。

 金太郎殿の上司であり、“らいこうさん”としても親しまれておる平安時代の武将じゃ。


「頼光? お前はしばらくこいつの警護に当たれ。俺らとの連絡係もだ。まあ、こいつはこいつでなかなかの武威と法威を持っておるから、こいつの警護は必要ないだろう。こいつが自由に動けるよう、家族を守ってやれ。人選は任せる。今何人いる?」

「はい。坂田金時と碓井貞光の2人は奥州藤原の方に使者として出向いております。奥州源氏の抑えをお願いしに行っているところです。

 なので渡辺綱と卜部季武。この2人をしばらく私に同行させますね」

「かまわんかまわん。お前の部下だ。好きにしろ」

「ではそのように。石田殿? 命に代えてもあなたのご家族をお守りいたします」


 ちっ。わしの尊敬する金太郎殿は奥州に行っておるというのか。

 でも歴史に名高い源頼光と、その四天王のうちの2人。

 大き過ぎる収穫じゃ!


 大したことじゃないけど、壁を通して、隣の個室から笑いの止まらぬ寺川殿の声がずっと聞こえておる。

 誰を守るためにわしがここまで頑張っていると思ってるんじゃ?

 後でぶん殴っておこうぞ。


「こちらこそよろしく頼む。あと、握手させてくれ」

「おい! 俺じゃなくて、頼光なら握手求めんのか!?」

「ひぃ!」

「まぁまぁ。私だって知る人ぞ知る英雄……ってことになってますからね。征夷大将軍ともあろうお方が、その程度のことで怒りなさるな」


「……わかった。さて石田三成。実のところ、さっき聞いたお前の計画の細かさ――信長の小僧に会うための策略の細かさに、俺は感服していた。

 そんなお前が自信満々に訴える悪だくみに興味がいくのも当然。それを実行するお前の心意気もよい。

 詳細はイベントとやらの当日まで楽しみに待っているが、期待してるぞ。存分に世を操れ!」

「はっ! ありがたきお言葉!」


 その後、残りの食事を平らげ、会合は終わりとなった。

 ホテルの1階の玄関で、黒塗りの高級車数台の列に頭を下げながら、わしはにやりと笑う。


 と思ったら、そのうちの1台がわしの目の前で止まり、スモークで濁る後部座席の窓が開いた。


「おい、三成。最後に俺に向けて“おじいちゃん! まったねー!”って、孫っぽく挨拶しろ」


 何を言い出すんだ、このじじいは……?

 変態か?


 返答に困り、ふと横に立つ頼光殿に助けを求めると、神妙な面持ちで頷いてきた。

 ならば仕方あるまい。


「おじいちゃーん! まったねーー! また遊んでねー! ばいばーい!」


 よくわからんけど、最後にわっぱの雰囲気で元気いっぱいで手を振ると、黒塗りの車列は街へと消えた。




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