8月もあと数日で終わろうかという頃。
わしは三原の弁護士事務所にいた。
入り口のからくり扉を抜け、すぐ前にある受け付け用のカウンターの手前を右に曲がる。
その奥へと進んだ先にある10畳ぐらいの応接室じゃ。
部下を持つのが面倒だからと、独りで事務所を切り盛りする三原。
だけど三原は個人の依頼の他に、大企業との顧問契約もしておるらしい。
個人のお客さんはカウンターで済ますけど、企業のお偉いさんが何人も来た時にこの部屋を使ったりするのじゃろう。
この部屋にある椅子は革張りでいと座り心地のいい物だし、エアコン完備の快適空間じゃ。
窓も大きく、お日様の光も十分。
このショッピングモールは、アウトレットモールのように客が店を行き来する通路が屋外になっておるから、窓の外には残暑に苦しみながらもショッピングを楽しむ客たちが行き来しておる。
平和なこの時代を象徴するような、心和む景色じゃ。
というかこの事務所。こんないい立地にあるなんて、テナント料はどれぐらいなんじゃろうな。
なんでわざわざこんな高そうなテナント借りたんじゃろう。
三原の性格を考えれば、こんな雑多な場所は嫌がりそうなもんだし。
うーむ。
2年ぐらい前に前の事務所からここに引っ越した時、わしも引っ越し作業を手伝っておる。
その時、似たようなことを三原に問うてみたら、
「闇の中で長い時間を過ごすと、光が分からなくなるんだ」
とか言われた。
その意味は2年たった今も分からんし、分かりたくもないけど、三原にもいろいろあるんじゃろうな。
さて、事務所の話はもうよい。
華殿じゃ。
「みーつくーん……お外いって遊ぼうよぅ……」
わしの隣の席で、夏休みの宿題をやっておる。
京から戻った次の日からここで宿題をしておるけど、今日でこれも3日目じゃ。
時間は午後2時。
すでに午前中に3時間勉強し、今は午後2時ぐらいだから、ひるげの後も1時間ほど勉強しておる。
わっぱの華殿にはなかなか過酷だろうし、そろそろ集中力が切れる頃じゃな。
「じゃあ、次のページの終わりまでしたら休憩ね。その前に僕みんなのジュース買ってくる。頑張ってね」
「うーん……行っちゃうのぉ?」
「じゃ、ジュースいらないの?」
「いるぅ……」
「じゃ、買ってくるね。かわりに勇君こっち来させるから」
「ふぉーい……わかったぁ……」
ちなみに、華殿はやればできる子じゃ。
本来1週間ぐらいかかりそうな夏休みの宿題を、この3日間でおよそ7割終わらせておる。
今日の残りの午後、あと明日の午前中ぐらいかければ宿題も終わるだろうな。
それとさ……
華殿が夏休みの宿題を最近まで放置しておった理由。
今になってなんとなくわかったわ。
わしや勇殿のように早めに宿題を終わらせてしまうと、この時期に待っておるのは悲しみの日々じゃ。
華殿に限っては足軽組で気を使い、休み時間とあらば必死に逃げ回る辛い日々が1日、また1日と迫ってくる時期なのじゃ。
さぞかし気の重いことじゃろうし、それを夏休みの宿題で誤魔化そうとしてたんじゃろう。
でも今年の華殿は少し違う気がする。
法威を覚え、わっぱ離れした動きの制御もできるようになった。
なんとなくだけど華殿が自信に満ちあふれておるのじゃ。
本来は明るい子だし周囲のわっぱとの壁を徐々に取り除いていけば、いつもにこにこしている華殿だけあって、すぐにでも足軽組の人気者になれるじゃろう。
まぁ、今は目の下のくまと、げっそりした頬が幽霊さんみたいで、いと怖いけど。
「ちゃんとやるんだよ!」
わしは最後に念を押しながら、応接室を出る。
右側のカウンターの向こう側には書類整理中の三原。それと壁際の机にあるノートパソコンで、勇殿がヘッドフォンをしながら野球の教習DVDを視聴しておった。
「お? どうした?」
応接室から出てきたわしに気づき、三原が問うてきた。
「うん。そろそろ華殿が限界じゃ。わしも教師役を変わる時間だし。一度勇殿にその役を託し、ジュースでも買ってきてあげたい」
そんでお金をくれとばかりに右手を出すわし。さも当然のように自分の財布をあさり、わしの右手に千円札を乗せる三原。
エアコン付きの応接室を貸してもらってるだけじゃなく、更にジュースとかもおごってもらえるのじゃ。
この事実をわしらの親が聞いたら、後日菓子折りでも持参しつつお礼の挨拶などをしなければいけないぐらいの高待遇じゃ。
でもそういう大人の事情を吹き飛ばすのが、“わしと三原の関係”なのじゃ。
「三原はなに飲む?」
「ん? うーん……そうだな。お前とおんなじのでいい」
「そうするとメロンちゃんの炭酸飲料になるぞ? いいのか?」
「じゃ、やっぱり別ので。ミネラルウォーターにちょっとだけ味の付いたやつがあっただろ? あれのリンゴ味があったら頼む。なかったら、無糖のコーヒーでいいや」
「わかった。命に代えても」
んで次は勇殿じゃ。
「勇君? 勇君?」
ヘッドフォンをしておるため、わしは勇殿の肩を叩きながら話しかけた。
「ひッ!」
いや、「ひッ!」って……。
「な、なに?」
「うん。そろそろ交代の時間。華ちゃんの先生役代わって」
「ん? あっ、もうそんな時間だね。分かった。おつかれさん!」
「うん。僕ジュースの買い出しに行ってくるから、それまで勇君も頑張ってね」
さて、いざ買い出しじゃ!
とその前に、
「勇君? 絶対華ちゃんに答え教えちゃダメだからね。聞かれても、心を鬼にして断って。最悪、教科書の該当ページを見せてあげてもいいけど、解き方は華ちゃんに考えさせるようにして」
「うん。わかった! それ、大事だもんね!」
そうじゃ。
人間、考えることを辞めたら人間じゃなくなる。
学校の勉強が将来役に立つのか? などと下らんことを言う若者がおるというが、問題はそこではない。
理解できないことを必死に理解しようと努力することは、嫌な事を必死に頑張る人間に育て上げることにつながる。
あと一生懸命勉強するということは、記憶力と集中力を育て、それが社会に出てから役に立つのじゃ。
インターネットの仲間たちがいうには、わしらのようなわっぱという時期は記憶力と集中力が最も伸びる時期らしい。
立派な大人になるには、今がチャンスなのじゃ。
さすれば華殿の未来のために、わしも心を鬼にしなければならんのじゃあ!
「ふっ。鬼め……」
いや、三原? おぬしもどっちかっていうとこっち側の人間じゃろ?
京の都でそういう感じのこと言ってたやん!
とてつもない勉強量を必要とする弁護士試験を乗り超えたやつが、ここでいきなりわしを裏切るなよ!
じゃなくて三原にも伝えておかないといけないことがあったわ。
勇殿がヘッドフォンを外したから、こっからはわっぱの言葉遣いじゃ。
「三原コーチ? 華殿がそろそろきそうなんだけど……」
「なにが?」
「今日のイライラマックスタイム。多分あと10分ぐらいで訪れるから、相手してあげてね。勇君はその前兆が見えたら三原コーチに声掛けて。
武威を全開放しちゃまずいけど、三原コーチなら華ちゃんが思いっきり殴りかかっても大丈夫だから、ストレス発散させてあげないとね」
「うん、わかった」
「……またあれすんのかよ……? あいつ、武道そのものはてんでダメだけど、突きや蹴りは一発一発が本当に重いんだぞ。俺が避けるとなおさら苛立つし」
「だから三原コーチしかそれを受けられないんじゃん」
「まぁ、そうだけどよう」
ちなみに昨日も今と同じ時間帯に華殿の限界が訪れておる。
集中力の低下といきなりギラギラし始めた瞳。あと苛立ちまぎれの武威の放出。
こんなもん、まるわかりじゃ。
なので、わしは一計を投じることにした。
事務所の奥にある倉庫室に華殿を連れて行き、ついでに三原にもその部屋に入ってもらうことにしたのじゃ。
およそ5分、扉の向こう側から衝突の音が響き、その後すっきりした顔をしている華殿としかめっつらの三原が肉の焦げる匂いとともに部屋から出てきた。
こういうのは三原以外には頼めんからな。
三原も三原で華殿のような怪物の師匠になれる機会なんだから、喜ぶべきなのじゃ。
「行ってきまーす!」
わしは事務所を出て、人ごみの流れに混ざり込む。
3分ほど歩いたところで、ザッ! 自動販売機じゃ!
「今日も奔放な輝きを放ちおって」
小さな声で挨拶をしつつ、わしはお札を吸い込む悪魔の口に、三原から貰った千円札を飲み込ませる。
巧みな動きで4人分の飲み物ボタンを押すと、販売機の下にある大きな天使の口から購入物を取り出した。
それらを格好良くこなすわしは、もはや立派な現代人じゃな。
んで調子に乗りながら飲み物を両腕に抱え事務所へ戻ると、華殿と三原が奥の倉庫室から出てきたところだった。
「おっ、ちょうどよかった! 光君、ジュースありがとう!」
「うん。でも、お礼は三原コーチに言ってね」
「三原コーチ! ありがとう!」
「あぁ。それ持って、さっさと応接室に戻れ。今日は4時までだろ? ラストスパートかけろ」
「はいッ! わっかりましたー!」
「あっ、華ちゃん? 勇君の分も持っていってあげて」
「りょーかーい!」
わしは華殿に2つのジュースを預け、それを受け取った華殿は機嫌良さそうに応接室へと戻っていった。
さて、それならわしも野球のDVDなど見てようかな。
と思ったけど、三原が椅子に座ってうずくまっておるわ。
「ど、どうした?」
「あいつ、本当にマジな一発入れてきやがった。 俺の右手、折れてはないけど、感覚が……」
ぶぁっはっは!
さすが華殿!
ちょっとずつだけど、強くなっておる!
じゃなくて……
「だ、大丈夫か? 明日の午前中には宿題終わりそうだから、多分これが最後じゃ。我慢してやってくれ」
「お前、“やってくれ”ってさも宇多に全責任あるように言ってるけど、発案したお前の方があいつより罪重いからな。なにちゃっかり責任を宇多に押しつけてんだよ」
「かっかっか。ばれたか! 流石弁護士じゃな。でも折れておらんのじゃろう? ならば問題なし。さすがは源義仲といったところじゃな。ほれ、おぬしの飲み物じゃ。わしが開けてやろうか?」
「あぁ、まだ握力が戻らねぇから、やってくれ」
あっ、本当に辛いっぽい。
ちょっと悪いことしたかな。
まいっか!
さてさて次の教師役の時間が来るまで、勇殿同様、野球のDVDでも楽しもうかと思っておったわし。
でも右手をプルプルさせておる三原は仕事に手を付けれなさそうだし、その時間を利用して、ちょっとだけ三原と世間話でもしてみようぞ。
「のう、三原? 輪生寺の時のことなんだけど、聞いていいか?」
「あぁ。俺が知ってることなら、何でも教えてやるぞ」
それ、寺川殿がわしに色々教えてくれる時の台詞なんじゃが。
わしのこと信用しすぎじゃね?
……まっ、いっか!
「敵は平家の残党じゃった。いや、“残党”という言葉では決して言い表せまい。平清盛の息子たる平宗盛と平知盛がおぬしらの攻撃から逃れて生きておるということは、平家一門という組織の中枢はまだ無事だということだからな。
まぁ、あの戦いでその中枢にいたであろう2人を殺したけど。
やつらは近畿圏を手中に収めた後、京都陰陽師を壊滅させ、ついで出雲神道衆を狙うといっておった。出雲ってなにもんじゃ?」
「そうだな……。京都陰陽師が転生者発生とその調査機関とするならば、出雲神道衆は各勢力の力の調整機関。といったところか。
まぁ、最近になってどっちがどっちなのか分からなくなってきたけどな。
出雲はバックに坂上田村麻呂がついていて、突出した武力を誇る勢力が出てこないよう、各勢力を逐一観察させてるんだ」
「何のために?」
「不可侵の坂上田村麻呂勢力。でもそれはあくまで全国最強の武威集団というわけではない。全国を1つにまとめようと頑張っているが、俺らは俺らで結局こんな感じだろ?」
「そうじゃな。みんながみんな天下統一を狙っておる。戦国武将なんて特にじゃ。かくいうわしもいずれその戦いに切り込もうかと思っておるけどな」
「ふっ。その体で言われても、説得力ねえぞ」
「うるさい! 今さらそこツッコむな!」
「わりいわりい。
それでな? 出雲を含む坂上田村麻呂勢力は、他の勢力の力を低く留めることで、自分たちの優位性を保ってたんだ。
強くなりそうな勢力にはスパイを送り込んで内部崩壊に導いたり、弱いところと弱いところをくっつけて強くさせたり」
「最近はその抑えが利かなくなってきたってことか?」
「あぁ、平家のいる広島と出雲は距離も近い。平家から見れば本当に邪魔だったんだろうな。ところが平家はその前にあえて京都を狙い、陰陽師と神道衆の連携を潰そうとしたと見える。出雲神道衆に何かあったって噂はきかねぇし、先に陰陽師を狙ったあたりはなかなかの奇策だな」
「でもじゃ。つい最近源氏に負けたばかりの平家が、京都まで来てわざわざ源氏であるおぬしを狙うのはおかしくないか? 平家はおぬしに恨みを持っておるはずだから当然っちゃ当然だけど、そうなったら平家は出雲と京都、坂上田村麻呂を敵にしながら、同時に鎌倉源氏との戦いだって再燃させることになる。三原? 鎌倉源氏の頭領は誰じゃ?」
「当然、頼朝だ。つーかお前……なにが言いたい?」
「三原? おぬし、背後の鎌倉源氏に気をつけた方がよいぞ?」
「ほーう」
「ほーう、じゃなくて……あの頼朝じゃぞ? 用済みになったとたん、実の弟を始末しようとした男じゃぞ?
しかもじゃ。寺川殿が以前言っておったけど、堺って今も金がものをいう土地らしいな。各勢力も武力をもって支配することが難しく、各勢力の資金調達係が入り乱れる伏魔殿のような土地になっておると。金だって立派な力だからな。
でも戦いが終わったばかりのあの地には、勝利者側たる源氏の戦力が相応に配備されていてもおかしくはない。いや、むしろ配備する権利があるし、それが勝利者じゃ。堺の源氏戦力、今もおるじゃろ? どうじゃ?」
「あぁ、結構な数の源氏があっちにとどまっている。もう少ししたら争いの影響も無くなるし、長居すると今度は我々が大阪の支配を目論んでると見なされて、近畿の地方勢力を敵に回しかねない。だから近いうちにこっちに戻させるという話だ。だけど今大阪にそういう戦力がいるのは確かな事実だ」
「じゃあ、なぜあの刺客たちは、すんなりと堺を通り抜けたんじゃ? 堺におる源氏のやつらが通過を許したんじゃないのか?
そりゃ飛行機に乗れば、堺を素通り出来るだろうけど、空港だっていずれかの勢力の支配下にあるじゃろ? わしには、堺の源氏があの刺客どもをスルーさせたと考えられるのじゃ」
「くっくっく」
「なにがおかしい? わし、真面目におぬしのこと心配してんのじゃぞ?」
「いや、お前の予想、俺があの刺客たちを拷問しながら考えてたことと一緒だったからさ」
「んな?」
「お前、今の話ほとんど想像だろ? それなのに鎌倉源氏の内情に詳しい俺とおんなじって……くっくっく」
「そ、想像だけど! 想像だけどォ! そうじゃないじゃろ! そうじゃなくて……」
「まぁ落ち着けよ。俺もだいたいは理解している。頼朝が俺を上手く処理しようとしてることもな」
「じゃあ! じゃあ、それだったら!」
「だから落ち着けって。いいか? よく考えろ。俺は本来京都陰陽師が東京に送った差し金だ。鎌倉源氏のやつらもそれを理解し、俺が陰陽師から仕入れた情報を利用することもある。そういう意味じゃ、お互い様だ。二重スパイといってもいい。双方にメリットがあるから、俺が鎌倉源氏から簡単に抜けるわけにはいかねぇんだ。
でも俺は俺だ。この俺だ。源義仲たる俺が、鎌倉源氏が味方だとバカ正直に信じ、やつらに背中から討たれるとでも思ったか? お前なら、俺の強さを知っていると思ってたんだが……」
「……そりゃそうだけど」
「はっはっは! それに、寺川も陰陽師に言えないような情報を教えてくれるしな。あと、俺は最近、とてもいい武器を3つほど手に入れたところだし」
「おいっ! それはわしらのことか! ちょっと待て。わしはまだしも、あの2人はまだわっぱじゃ! 危険な目に合うようなことに巻き込むな!」
「冗談だ冗談! お前たちの力なんて、全然必要じゃないから。 俺に戦力として数えてほしいんだったら、せめて法威ぐらいまともに扱えるようになれ」
「ぐぬぅ……」
「それよりお前はどうするんだ?」
「なにが?」
「源氏と北条。我々が東京を空けた1週間のうちに、見間違えるほどに争いが激化している。しかも執権北条の人間はほとんど死んだと聞くし、実質源氏対後北条の戦いだ。後北条はお前と同じ戦国武将の勢力だろ?
京都の事件の後、俺は頼朝の側近に“平家に襲われたから俺が単独で潰した”って伝えておいたけど、あの事件自体が鎌倉源氏の策略だったら、お前の存在がいずれ鎌倉源氏にばれないか?
源氏からすれば、お前は遠まわしに源氏とすでに一戦やらかしているということになるし、北条は北条で今は1人でも多くの味方を手に入れたいと思っているだろう。
いい意味でも悪い意味でも、双方からお前になんらかのアプローチがあるかもしれんぞ?」
「北条さんとこにはなんの義理もないし、わしはこの戦いに関与するつもりはない。最悪わしに火の粉が振りかかってきても、逃げて逃げて誤魔化し通してやる。華殿と勇殿も同じじゃ。そういうふうに言い聞かせた」
「そうか。まぁ、そんなことにならないように祈るばかりだな」
「あぁ。ところで……」
「ん?」
「わしが万が一北条さん側に付いたら、おぬしとは敵対することになる。いつかわしらが戦いの場で会うようなことがあっても、わし逃げるから見逃してくれ」
「さぁ、どうだろうな。それが頼朝の命令だったら、従わないとなぁ……。鎌倉源氏から貰う仕事の報酬、おれとしてはなかなかおいしいから、その線を切りたくねぇんだよなぁ」
三原が不敵に笑い、わしは顔をゆがませる。
三原の言が本気かどうか分からんけど、いつか三原と相対することがあっても無事に逃げ切れるよう、わしは1日でも早く法威を鍛えねばなるまいて。
絶対じゃ。
でもこのまま引き下がるのは少し悔しいな。ちょっと威嚇しておこうぞ。
「そ、そうか。その時にはおぬしに勝ってやるからな」
「あぁ、期待してるぞ」
期待……されてるのか? どういうこっちゃ?
まぁいいや。
「話は終わりじゃ。わしもDVD見たいから、あっちのパソコン借りるぞ?」
「あぁ。好きに使え」
その後、わしがDVDを見ながらジュースを堪能しておると、しばらくして勇殿が応接室から出てきた。
「華ちゃんがお外で遊びたいってさ」
「勉強は? どれぐらい進んだ?」
「うーん。今日の分はもうちょっとかな。1時間ぐらい遊んだ後に、残りの分をしちゃえばいいと思う」
「それならちょっと遊びに行こうか。三原コーチ? 僕たち1時間ぐらい遊びに行ってくるね」
「あぁ。気をつけて行って来いよ」
しかし……
「光君? そうじゃなくて……」
「ん?」
「三原コーチ? コーチも来てほしいって華ちゃんが……人目のつかない場所知ってるからって。華ちゃん、応接室の窓から外出てもう準備運動してるよ」
ぶぁっはっは!
三原? 華殿がサンドバックをご所望じゃ。
仕事の途中だからもちろん断るんだろうけど、おぬし、華殿に相当気に入られておるぞ!
「ちっ、しっかたねぇな。事務所閉めるから待ってろ」
あっ、やるのね。
その日、結局わしらは夕方まで近くの倉庫で武威の訓練をすることになった。
結構前につぶれたよくわからん会社の、今は使われていない倉庫らしい。
なぜ華殿はこんなところ知っておるのか不思議だったけど、体育館ほどの広さがあって訓練に都合がいい場所じゃ。
でもじゃ。
わしと勇殿にとってはものすっごい嫌な場所になったわ。
華殿が激しい武威を放ちながら三原に襲いかかること数十分。華殿が疲れによって倒れ込んだところで、三原が脇で見ていたわしらに話しかけてきたんじゃ。
「さて、次は三成と小谷。お前ら弱いんだから、2人まとめてかかってこい」
「え? いや……僕たちは……」
「そうだね、遠慮しとく……」
「聞こえなかったか? かかってこい。それでも断るっていうんなら……俺が相手するのと宇多が相手すんの、どっちがいい?」
華殿なんかと戦えるかッ!
わしらの体ぶっ壊されるわ!
「うぉおぉぉぉ! 光君ッ!? いくよ!!」
もちろん勇殿も同じ意見じゃ。
さすれば行くしかあるまいて!
「わかったぁ! せめて三原コーチに一矢報いるぞォ! ふぬーう! 燃え上がれ、僕の武威!」
「なんでよ! 私と戦うのそんなに嫌かぁ!!」
結局、わしと勇殿もまともに立てなくなるぐらいしごかれてしまったわ。