先に、隣の華殿が動き出す。
「うりゃ!」
まずは敵に一撃。
距離をとった状態からの突撃だったため――また、華殿はその途中に分かりやすく右のこぶしを振りかぶったため、最初の打撃は敵に読まれ、ナイフのようなものでがっちりと防御された。
しかし華殿はナイフの刃で指を負傷するどころか、無傷のまま時間をおかずに同じ打撃を放ち、2発目で敵をガードごと背後に吹き飛ばす。
さらにはそれを追撃しながらの一撃。
敵も華殿の動きの速さに慌てながら、それでもさらにガードした。
でも敵の防御はここまでじゃ。
防御に構えた脇差しのようなナイフは、華殿を前にして武器としての意味を持たず、盾としての意味も持たない。
ナイフは華殿のこぶしに粉砕され、次に腕。そして内臓といった順に華殿の打撃が襲いかかる。
この頃から倒れた敵に覆いかぶさった華殿は、必死に抵抗する相手の頭部めがけ、何発も打撃を放ち始めた。
んで、その戦いっぷりを脇目にわしも戦闘じゃ。
手始めにいざ必殺技!
全てを包みこむ武威センサー発動!
最大範囲放出じゃ!!
……
じゃなくて!
もう目の前に敵がいるっちゅーねん!!
こんなもん、戦闘の最中はなんの役にもたたん!
なんでわしはこんなもん特技にしてんのじゃ!?
「……ちっきしょう……」
わしが予期せぬ悔しさに地団太踏んでおると、敵が一気に距離を詰めてきた。
「おっと……ふん!」
なのでわしは敵の初手をいなし、懐に渾身の一発をお見舞いする。
この一発は敵を背後に押し返すための打撃じゃ。
わしのすぐ後ろには勇殿がいるから、敵の攻撃の残骸が勇殿に届いたら勇殿が傷を負う。それだけならまだしも、これは武威の戦いだから勇殿は間違いなく死ぬ。
それを防がねばならん。
でも敵はわしの意図を察知できず、素直に背後に押し返されてくれた。
ふっふっふ。
やはりこやつは戦い慣れておらん。
もしこやつがわしの一撃をその場でこらえ、延々と前に出て来られたら、背後に勇殿をかかえるわしは守りに徹するしかなかった。
でもこやつはわしの打撃の威力を緩めようと、いとも簡単に背後に退いた。
こやつが前世でどのような戦を指揮してきたかは知らんけど、こういうやり取りはまだまだじゃな。
「……お前ら、なんでその歳でそんなに武威を上手く操れるんだ?」
背後に跳躍した相手が地面に着地するなり不思議そうに問うてきたけど、それに答える義理はない。
華殿同様わしも前に跳び、敵を追撃する。
でもこちらはというと、華殿なんかよりもっと知的な戦いじゃ。
最近覚えた法威という技術。
それらをしっかりと制御しつつ、また、その効果を確認しながら敵との組手を行う。
敵の打撃をわざと受け、蹴りも受け、防御力を体感する。
そんでもってわしは反撃に転じ、攻撃力の調査をすることにした。
途中敵が懐から出刃包丁のような刃物を出したため、わしは距離を置き、ついでとばかりに機動力の調査じゃ。
足の武威と法威に意識を向け、たまに懐に入り込んでのヒットアンドアウェイ戦法へと切り替えた。
「こ……こんなはずじゃ……お前ら……何者だ……?」
しばらくして、わしの攻撃を全身各所に受けた相手は、ふらふらとよろめき始める。
でもわしはその質問にも答えない。
その代わり、ここで敵の判断力を鈍らせるための挑発をすることにした。
「お兄ちゃん? お兄ちゃんたちが弱いだけじゃん? ほら、お兄ちゃんの友達もあっちですでに……って、華ちゃん! 殺しちゃダメ!」
あっぶねぇ!
いや、しばらく目を離してたからわかんないけど、華殿に馬乗りにされ破壊的なこぶしを何発も受けていたあやつ。
あれ、もう死んでるんじゃなかろうか?
しかももしあやつが死んでおるとしたら、華殿は死体に向けて何度も殴りつけておったことになる。
もしそうだったら、華殿は今、人の道を踏み外したということじゃ。
「……わかったよ。こんちきしょう……この人、意外と頑丈だった。何発殴っても頭が壊れない」
あっ。
ということはまだ生きておるんじゃな?
なら安心じゃ。
後でそやつから聞きたいこともあるし、華殿も人の道を踏み外しておらん。
意識を失っておる相手の髪を掴みながら持ち上げ、そんな物騒な事を呟く華殿がすでに人道外れておる気がするけど、今回はぎりぎり間に合ったことにしてあげよう。
まぁ、あの様子じゃいずれ近いうちに外れるだろうだけどな。
流石に10歳でそれはまずいのじゃ。
あとわしの相手もそろそろ根をあげそうじゃ。
十分な調査もできたし、そろそろ勝負をつけようぞ。
とわしがあらためて両のこぶしを構えると、次の瞬間、本堂の前から勇殿の叫び声が聞こえてきた。
「うわァ! 離せェ!」
気付けば、残りの5人が音もなく戦線加入しておる。
わしを左右に挟むように2人。華殿を前後に挟むように2人。
残りの1人は勇殿の首に背後から腕をまわし、そのまま勇殿の体を持ち上げておった。
「おい。こいつの命が欲しくば、言うことを聞け。お前たちは今回の暗殺対象に含まれていない。今すぐこぶしを下ろし、三原の居場所を吐くならば、お前たちの命は助けてやる」
勇殿を人質にとる慎重さ。
しかもわしらに降参を要求しながら、命の保証を提案してきおった。
こんなもん絶対嘘だけど、そんな嘘をすっと口に出すあたり、やっぱこの5人は倒れておる2人とは経験の量が違うようじゃ。
でも人質を取るなら首を掴むべきじゃ。
そうすれば勇殿の脳に届く血の巡りが留まり、こちらも返答を焦る。
腕をまわして持ち上げただけじゃ、勇殿は喉が痛いだけじゃ。
左右の頸動脈を抑えることにならないから、わしらに考える時間を与えることになる。
この5人の臨戦態勢の武威を感じるに、やっぱ相当レベルの高い武威使いっぽいけど、こういうとこは詰めが甘いな。
まぁ、こっちがわっぱだから舐めてかかってるのかもしれないけど。
勇殿が泣き叫んでるから早く助けたいし、でも……
「お前たち……子供なのにこの強さ……一体何者だ? この寺で何をしていた?」
さてさて、こんな時になんだけどまた1つの事実が判明したな。
平家勢力はこの寺が何のために運営されておるのか知らんようじゃ。
さすればここにいる7人の敵をきっちり始末しておけば、今後新田殿や鴨川殿に刺客が差し向けられることはなかろう。
いや、でもこの7人のさらに背後に潜む者は、7人がこの寺に来たことを知っておる。
その刺客が全て帰って来ぬとあらば、この寺に疑いの目が向けられることになろう。
そうなったら、わしらが東京に戻った後もここにさらなる刺客が差し向けられる。
当然、新田殿と鴨川殿の身も危なくなる。
うーん。さて、どうしよう。
そもそも平家勢力はついこの間、三原たちの源氏勢力が広島まで押し戻したんじゃなかったっけ?
しかも京都陰陽師もそれなりの組織じゃ。
それぞれの陰陽師の戦闘力は低いだろうけど、寺川殿や三原のように他の勢力に属そうとしない転生者を味方につけておるんじゃないのか?
寺川殿や三原レベルの諜報員を全国に差し向けておるぐらいだから、陰陽師勢力はそれと釣り合う待機戦力もこの地に留まらせておるはず。
堺まで手を伸ばした平家に対して京都を守ろうと抵抗したのもそういう輩だろうし、法威を知っておる京都陰陽師の諜報員たちが弱いというわけではなかろう。
なのに……それなのに、なぜこやつらはぬけぬけとここまで侵入しておる?
この件、いろいろと裏がありそうじゃな。
「答えろ。さもないとこのガキの首が折れることになるぞ?」
おっと!
ゆっくり考え事しておる場合ではない。
勇殿を助けないと。
ここでわしはさらに1つの演技を企む。
泣きそうな声で大きく叫んだ
「その子を離して! その子は大事な友達なんだ! 代わりに僕を殺してくれていいから! 三原のことも教えてあげるから! お願い! その子は殺さないで!」
そして、わしの叫びが終わるや否や、広げておったわしの武威センサーに新たな反応が現われた。
「そんなぁ! 嫌だー! 光君、死んじゃ嫌だー! 僕と一緒におうち帰るんだ―!!」
勇殿がそう叫びながら、武威のこもった足をじたばたさせる。
その一撃が勇殿を取り押さえておった敵の股間にヒットし、相手は悶絶しながら崩れ落ちた。
かっかっか!
上手くいったな!
勇殿覚醒じゃ!
勇殿が武威を持っておらんことを事前に相手に伝え、勇殿を人質にとるように促す。
でも勇殿はそんな状況になっても“生命の危機”を感じなかったらしく、武威にも目覚めんかった。
この点はちょっと予想外だったけど、わしが身代わりを申し出たら、勇殿は“わしの命の危機”を感じて、武威に目覚めおったわ。
その友情は果てしなく嬉しいし、どっちかっていうと、この状況で勇殿を試したわしは勇殿の友人として失格かも知れん。
でもわしらには華殿がおる。
もし勇殿が武威に目覚めなかったとしても、敵が腕に力を込め勇殿の首を折ろうとするわずかな時間に、華殿は勇殿の元に辿り着くじゃろう。
敵がかなりの使い手だといっても、華殿の機動力はそれほどのものなのじゃ。
もちろん近づいただけじゃ敵を倒せないと思うけど、華殿の異常な武威を感じ取っておる敵は勇殿を殺害するどころではなくなり、勇殿を解放してでも華殿から距離を取ろうとするはず。
後はわしと華殿で勇殿を守りながら戦えばいいだけ。
燃費の良くなったわしと圧倒的な武威潜在量を誇る華殿を相手にすれば、敵もそのうち武威を使い切るだろうし、その頃まで我慢して守り続ければいいのじゃ。
――とか考えておったけど、勇殿はわしの思惑通り無事武威に目覚めた。
しかも、新田殿の話だと勇殿は一気に前世の最大量まで武威を取り戻すということじゃ。
さすがにオプションを付けられた華殿ほどじゃないけど、勇殿が今放っておる武威もなかなかだし、偶然繰り出したかかと蹴りも十分な武威がこもっておった。
つーか全盛期のわしより武威が多いっぽいな。
うーむ。
もしかして、わしって最弱か……?
「みづぐーん! ばなちゃーん!」
わしは思わぬ嫉妬を感じながら左右の敵に攻撃を仕掛け、と思わせつつ隙を見て勇殿の元に走り寄る。
華殿は華殿で、すさまじいスピードで2人の包囲を抜け出て、勇殿の元に辿り着いた。
勇殿も敵の股間に非人道的な一撃を与えた後こっちに向かって走り始めていたので、これにて無事集合じゃ!
わしらは外に向けた円陣を組み、周りを囲む敵に備えた。
このタイミングで華殿がさらなる量の武威を放出し、敵を威嚇してくれたため、敵は華殿の武威を警戒し動けずにおる。
ここら辺は華殿の察しの良さを物語っておるけど、その隙を利用し、わしは勇殿に問いかけることにした。
「勇君? 大丈夫?」
「うん。だいじょうぶ……ぼぐもやる。いっじょうげんめいだだがう!」
恐怖と安心感で、勇殿が若干泣いておる。
ちょっと悪いことしたかな。
でも……勇殿はわしのおかげで武威に目覚めたことだし、結果オーライということで。
「よし。やろう! 勇君? 華ちゃん? 行くぞー!」
「おーう!」
「おーう!」
さてわしがさっきまでぼこっておった相手もいくらか回復し、新たに戦線加入した5人の使い手と合わせて、敵は6人。
ここからは6対3の乱戦じゃ。
でも勇殿は武威に目覚めたばかりじゃ。
わっぱの言葉遣いのままだから記憶は戻っていなさそうだし、もちろん武威を操っていた感覚や戦いの経験に関する記憶もないと考えた方がよかろう。
戦力としては、ちょっと体が丈夫なだけのわっぱじゃ。
さすれば、わしも勇殿に気をつけながら戦った方が良さそうじゃな。
華殿だって、敵に連携を取られたら対応できないはず。
そう考えると、やっぱりなかなか劣勢じゃ。
だけど……
「お前ら……舐めた真似してくれてんじゃねーか」
その時、門の方からよく知っておる声が響き渡る。
三原の登場じゃ。
このわしですら今まで感じたことのない量の武威を放ち、門の方からゆっくりと歩いてきておる。
ふっふっふ。
ちなみにこれもわしの思惑通り。
さっきわしが広げた最大範囲の武威センサー。
なぜか悔しい思いがこみ上げてきたけど、あれを広げた本当の理由はこれじゃ。
山のふもとも、京の都の中心部も――そして都市部の反対側の山まで武威を広げ、三原にわしの武威を伝える。
三原たちは飲み屋さんに入るところだったのか、または飲み会の途中だったのかはわからんけど、案の定、三原はわしの武威にしっかりと気づき、超速で寺まで戻ってきてくれた。
しかも、三原に遅れること数秒で寺川殿もこの寺に到着しておる。
2人して結構早く戻っていたのに、森の中からしばらくわしらの戦いっぷりを覗いていたのが気にくわないけど、わしもそれを見越した上で、勇殿をわざと危険な状況に追い込んだんじゃ。
でも三原がここに出てきたということは、わしらの戦いはここで終わり。
あとは、この死神たちに全てをまかせるだけじゃ。
「ふーう。 三原コーチ? テラ先生? せめて2人は生かしておいてね。拷問した後、内容を照らし合わせて発言の真偽を確認しないといけないから。
あっ、あっちに倒れているお兄ちゃんたちは僕がとどめを刺しておく。下っぱだから詳しい事情は知らないだろうし、まだ若いから可哀そうだけどもう用済みだからね。2人が戻ってきたから拷問対象は事情に詳しそうなこの5人にしよう。
あとこの人たちの狙いは三原コーチっぽいよ。三原コーチがここにいるのを知って奇襲をかけてきたっぽい。
広島まで引いたはずの平家がなんでそれを知っているんだろうね? きな臭いから、じっくり拷問しよう!」
「くっくっく。わかったわ。お前、子供の口調でえぐいこと言うなァ。
さて、平家の雑魚ども。俺を狙ってきたんだってな? 覚悟しろよ?
先に俺にかかってきた奴から殺すけど、命を望んだやつだけ生かして、後でじっくり拷問してやる。
どっちがいい? 苦しまずに死にたいなら、先に覚悟決めてかかってこい。わかったな?」
「じゃあ三原が2人確保しなさいね。私、生け捕りするの苦手だから」
「なんでだよ! ここはどう考えたって俺とお前が1人ずつ捕虜を確保する流れだろうが!」
「くっ……調子に乗るなよ、源氏の犬め」
「あぁ? お前ら、その程度の武威で俺を殺ろうなんて。調子に乗ってんのはお前らだろ?」
各々が好き好きに発言し、その後三原と寺川殿による虐殺が繰り広げられる。
すぐさま戦いが終わり、拷問用に生け捕りした2人は本堂と新田殿の居住区の一部屋に別々に連れて行かれた。
担当は三原が本堂、寺川殿が居住区の方、といった感じじゃ。
わしはその両方を行き来して2人の拷問結果を照らし合わせる役になったけど、勇殿と華殿はわっぱだからここらへんは関与させておらん。
その後のことは、あまり堂々と言えることじゃないけど――
尋問によって敵から十分な情報を入手したわしらは、激しい拷問に息も絶え絶えな捕虜の2人をひと思いにアレしてあげた。
あと運のいいことに、ここは寺だから――しかも山の中にある寺だから、ご近所さんの目を気にすることなくアレをアレして、残ったアレを無縁仏用のお墓にアレしてあげた。