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上洛の漆


 肝試し。


 ルールは簡単。

 スタートを本堂の正面入り口とし、1人ずつ墓場エリアを1周して戻ってくること。

 その途中にある渡辺さんとこのお墓にお花を一輪置いてくるのも忘れずに。

 お花を添えるのはちゃんと肝試しコースを回ったことを証明するための儀式だけど、渡辺さんが誰なのかは知らん。

 コースの中盤にある目立つ墓石が渡辺さんの一族のものだっただけじゃ。


 んで、そういうルールでわっぱだけの肝試し大会が行われることになった。

 華殿が相変わらずの準備の良さを発揮し、さっきの花火に使ったろうそくと、どっから持ってきたのかわからない蝋燭立てを手に持っておる。もちろんライターも。

 もう準備万端って感じじゃ。


 ――でもさ。

 墓場……本物の墓場……。

 マジで怖いんだけど、本当にやるんじゃろうか?


「じゃ、先に私がお手本見せるね」

「ほ、本当に行くの……? さ、3人で行かない? それがダメなら、僕と勇君は2人で……」

「男の子でしょ!」


 くっそ。

 試しに抵抗してみたけど、ダメじゃ。

 華殿の意気込みがはんぱない。


「……」


 ふと上を見上げれば、夜の帳が全てを包む暗黒オーラのようにおどろおどろしい雰囲気を放っておる。

 ここは京の街から遠く離れておるし、寺の外照明の明かりが届いておらん墓場エリアは本当に真っ暗じゃ。

 今のわしからするとろうそくの灯火すら人魂みたいに見えるし、虫の声も若干怖い気がする。

 挙句、遠くの方からフクロウさんの鳴き声のようなものまで聞こえてきた。


 やばい。めっちゃ怖い……。


 ただでさえ怖がりなわしなのに、お化け屋敷やホラーゲームではなく、本物の墓場の恐怖を体感しようなんて。

 なんで華殿はそんなこと言い出したのじゃ?

 変態か?


「ちょっと待っ……」

「じゃ、行ってくるね」


 華殿が出発する直前、怖気づいたわしは再度華殿を引き止めようと試みる。

 そんなわしの想いを遮るように、華殿は颯爽と歩きだした。


 ……


 1歩、また1歩と遠くなる華殿の後ろ姿を見守りながら、わしは隣に立つ勇殿に話しかけた。


「勇君? 勇君は怖くない?」

「ん? うん、怖いよ。でも面白そう」


 試しに勇殿を味方につけようと思ったけど、この感じじゃダメじゃな。

 わっぱのくせに――いや、わっぱだからこそか。

 前世で40年以上の月日を神仏に祈り続けたわし。対して前世も現世も10年の月日しか生きておらん勇殿。

 信仰心の深さが違うのじゃ。


 さすれば今わしが心に抱いておる畏怖の念は、勇殿には伝わるまい。

 それどころか華殿の帰りを待っているこの時点から、勇殿はすでにちょっと楽しそうじゃ。


 ならば仕方あるまい。

 わしだって漢じゃ。

 ここは石田三成たる度胸の強さを見せようぞ!


 ……でも……やっぱ嫌じゃな。


「ほい、ただいま! じゃあ、次は?」

「僕行く! 僕、僕っ!」


 2分ほどして華殿が生還し、勇殿が次の出陣を志願しおった。

 ものすっごい勢いで手をあげておるから、ここは譲ってやろう。


 華殿が手に持っていたろうそくをろうそく立てごと勇殿に渡し、勇殿も漆黒へと足を踏み出した。


「怖がりすぎだよう。なにも出てこないって」


 勇殿の背中を見送った後、華殿が勇気づけてくれたけど、わしはそれに答えられん。

 前世で幾万の命を奪ったわしじゃ。

 ここに眠る幽霊さんは違うと思うけど、そういうわしに恨みを持つ輩がこれを好機とばかりに恐ろしい幽霊さんとなって、わしにだけ襲いかかってくることだってあり得る。


 ヤバい。このままだとわし、恐怖でおしっこ漏らしちゃいそうじゃ。

 なんとかせねば……。


 ……


 さすれば、ここはこっそり武威センサーを広げねばなるまいて。

 幽霊さんがわしの武威センサーに引っかかるとは思えないけど――絶対にあり得ないけど、もしかすると事前に幽霊さんの登場の前兆を教えてくれるかも知れん。

 空気の揺らぎとか、温度の変化とか。

 確信がもてんし、これがばれたら華殿から卑怯者の烙印を押されるかも知れんけど、そんなところで見栄を張っている場合じゃない。

 このままだと夜中にトイレに行くことすらままならん。

 康高じゃあるまいし、10歳にもなっておねしょなんてしてはならんのじゃ。


 と心によからぬ企み事をしておると、華殿と同じく勇殿も2分ほどで戻ってきた。

 次はわしの番じゃ。

 勇殿から恐る恐る蝋燭立てを受け取り、わしは深く息を吐く。


「ふーう……」


 今回の武威センサーの有効範囲は半径50メートル。

 わしが墓場エリアのどの位置にいても墓石を全てをカバーし、幽霊さんの奇襲を漏れなく察知できるように。


 いや、墓場エリアを徘徊中のわしに華殿が悪戯を仕掛けてくるかもしれないから、本堂前にいる華殿と勇殿もカバーできるような範囲にしておこう。

 華殿たちの存在感をセンサーで常に感じておれば心強いし、そうじゃ! そうしよう!


 そんな感じで心に小さな希望を見出し、わしは武威を広げる。


「早く行きなよう」

「みーつくんっ! がんばっがんばっ!」


 華殿の無情な煽りと、勇殿の突然の応援ソングに勇気づけられながら、いざ出陣じゃ!


 しかし……


 広げた武威の端っこ。

 寺の門から出たもう少し先の位置に2つの武威の存在を感じ取り、わしは足を止めた。


「誰かいる……?」


 わしは静かに言い、ろうそくの火に息を吹きかけ、灯火を消す。

 暗闇に目を凝らしながら門の方向を見ると、開きっぱなしの門に2つの影が立っておる。


「ん? 誰かって?」

「どしたの? 私たちを怖がらせる気?」

「いや、そうじゃないよ。門のところに誰かいる。ほら、あそこ」


 もちろん幽霊さんではない。

 確かな武威と――いや、攻撃的な武威を思う存分垂れ流しておるやつらは、間違いなく“敵”じゃ。


「あぁ、本当だぁ! はーい! なんかよ……」

「し! 静かに! あの人たち、殺気満々だ!」


 勇殿が手をあげて急な来客を出迎えようとしたので、あわてて口を押さえる。

 でもまぁ、さっきまでろうそくの火を灯しておったわしらは本堂の正面入り口――つまり寺の門をくぐった所から丸見えだったから、わしらの存在はすでに敵にばれておるじゃろう。


「殺気満々って……敵ってこと?」


 声をひそめる華殿の言葉に、わしは答える。


「うん。本当に敵っぽい。でもなんで……? いや。まずは話を聞いてみないと。華ちゃん? いつでも動けるように準備して。

 勇君は下がって。でも、あっちも僕たちが3人だってことに気づいているはずから、あまり離れないでね。

 華ちゃん。いざとなったら僕と華ちゃんで勇君を守るよ」

「わかった。勇君? 地面にしゃがんでて。もし戦いが始まったら、地面に伏せてね」

「うん」


 わしらが侵入者を睨みながらひそひそと作戦会議をしていると、相手はゆっくりとした足取りでわしらのところに来た。


「なんだァ? なんでこんなところにガキがいるんだァ?」

「どういうことだろうな。子供がいるとは聞いてなかったんだが」

「まぁいいや。こいつらに三原の居場所聞いてみようぜ」

「そうだな。しかもこいつら……この寺にいるってことは、このガキどもも転生者ってことだろ?」

「あぁ。雰囲気がそんな感じだな。じゃあ、三原の居場所吐かせたら始末しとかないとな」

「了解。くれぐれもその前に殺すなよ?」

「あぁ。わかってるって。最悪人質にしなきゃいけないからな」


 見た感じは15歳前後。

 わしらもわっぱだけど、この2人は年端も行かぬ小僧どもじゃ。

 身なりもゆったりとしたTシャツにジャージ。若々しい雰囲気を匂わせておる。


 でもあれじゃな。

 こういう時に言うのもなんだけど、片方は金髪で襟足いと長し。

 もう片方は黒髪だけど、モヒカンいと高し。

 そんでもって両方とも眉毛はいと細し。


 21世紀の日の本でまさかこんなレトロなヤンキーを見れるとは思わんかった。

 どこの育ちじゃろう?

 試しに聞いてみたいな。


 いや、やめておこう。

 こやつら怒りの沸点が低そうじゃ。

 でもこの後の話の流れによっては多少の挑発も必要だろうし、そこは気をつけながらしてみようぞ。


「おい。お前ら、死にたくなかったら答えろ」


 お互いの距離が5メートルほどになったところで、“モヒカン高し”が問いかけてきおった。

 同時にやつは体から放出する武威の量を増し、わしらを恐怖で従わせようとしておる。

 この距離ともなるとわしの武威センサーじゃなくても敵の武威を感じ取れるので、華殿がその迫力に気押されてしまったわ。


 ……でもなぁ。


 この感じ。

 いちいち怯えるほどじゃないんだよなぁ……。


「うるっさい、この化石ヤンキーめ! 当て馬ごときが調子に乗るなぁ!」


 脅し用に放った武威も、乱世の時代における平均そこそこ。

 前世のわしの武威より少し多い程度だけど、法威を覚えた今のわしの敵ではない。

 もちろん華殿と比べれば言わずもがなじゃ。


 あと、こやつらはさっき三原を狙っておると言っておった。

 こやつらが三原に対する刺客だとして、ターゲットの名前を軽々と口にするなど問題外だし、この2人じゃどうやっても三原には勝てん。


 でも決して油断できる状況ではない。

 実はさ。この寺の境内の外に、さらに5つの武威反応があるのじゃ。

 門の脇、この寺を囲む塀の上から頭だけを出しこちらを観察しておる5人。暗闇だから視覚的には確認できないけど、わしの武威センサーがそう伝えておるのじゃ。


 そして、外におるその5人はなかなかの使い手じゃ。

 武威を抑えているけど、わずかに感じる武威の流れがそう言っておる。

 わしは三原の本気を見たことがないから何とも言えんけど、本気で三原を殺しに来たのじゃろうな。


 つまりこやつ等は本来7人で三原を狙おうとし、でも寺にいたのがわしらだけだったから下っ端の2人をわしらに差し向けた。

 この2人もまだまだ若いから、奥の5人は離れた場所からその仕事っぷりを見ることにした。

 わしらはわっぱの姿形だから全員で襲いかかる必要のある敵と見なさなかったけど、そもそもこの寺にわっぱがいること自体違和感のあることなのじゃ。

 だから塀の5人はこの2人にわしらの調査を指示し、念のために背後に潜むことにした。


 という感じじゃな。

 でも一体、何のために三原を狙ってきたのじゃろう。

 それも調べておきたいけど、その前にこの危機的状況をなんとか乗り切る算段をつけねばなるまいて。


「あぁ? 舐めてんのか、てめぇ……」

「やっぱ先にぶっ殺しておくか? 三原とかいうやつはあとでゆっくり探そうぜ。どうせこの寺にいるんだろ」

「そうだな。でも……はい。分かりました」


 ん? 最後にいきなり敬語になった?


 そうなるとやっぱりわしの予想は正解じゃな。

 この2人は下っ端の当て馬じゃ。

 そんで、背後の5人から小型無線機などで指示を受けておる。


 ならばわしらの声も無線を通して奥の5人に聞こえておるはずじゃ。

 わしらの身元をばらし、それを聞いた奥の5人のうち、1人でも逃してしまったら厄介じゃ。

 ここはとりあえず余計なことは言うまい。


 ふっふっふ。


 こちとら5歳で盗撮機を持ち歩いておったわっぱじゃ。

 黒物家電マニアを舐めるなよ!


 じゃなくて……。

 心ん中ではしゃいでおる場合じゃなかったわ。

 相手が何者なのか、聞いてみよう。


「うっさい、雑魚が! そもそもお前ら、何者だァ!?」

「あぁ? だから口のきき方ってものを……まぁいっか。聞いて驚くな。我こそは、平家一門の次世代を担う若き武士(もののふ)! 平宗盛!」

「同じく、平知盛! いざ尋常にぃ! しょーぶッ!」


 ぶぁっはっは!

 こやつら暗殺者のくせに自分から名乗りおったわ!

 バカじゃ! とんでもないバカじゃ!


 あれか?

 源平合戦の時代って戦いの最中でもお互い名乗りを上げてから一騎打ちをするのがマナーって聞いたけど、それマジでやってたのか!

 ヤバい。笑ってる場合じゃないけど、脇腹痛い!


 あと……


「華ちゃん? こっちは名乗らなくていいからね?」

「え? あ、うん」


 相手に呼応するように、隣に立つ華殿が大きく息を吸ったので、それは止めておかねばなるまい。

 うーん。ここはわしが話を進めたほうが良さそうじゃな。


「僕がお話しするから、いつでも動けるようにしといて。あと、勇君? もっと頭下げて」


 なので、わしは勇殿と華殿に指示を出し、一歩前に出た。


「それで……その平家さんがなんの用なの?」

「ここに三原という男がいると聞いてきたんだが?」

「知らない」

「じゃあ、体に聞いてやろうか?」


 お、おう。

 21世紀の日の本でそんな台詞を直接聞くとは。

 やっぱこいつら相当面白い。


 あと相手がその気なら仕方あるまい。

 こちらも迎え撃ってやろうぞ!


 でもその前にこっちも打ち合わせじゃ。

 わしと華殿は連携して戦ったことがないから、当然じゃ。

 あとわしらが相談をしているうちに、無線で“さっさとやれ”みたいな指示がやつらに入ってきたら面倒じゃ。

 すぐに戦闘が始まってしまうから、それは防がねばならん。

 ちょっと挑発しておこうか。

 やつらのプライドをくすぐるような挑発をしつつ、わしらの作戦会議タイムを提案しておこう。


「わかった。それじゃあこっちも応戦してあげるけど、その前に打ち合わせさせて。そっちに聞こえるような大声でするから。いいでしょ?

 まさか僕たちみたいな子供相手に、それも許さないなんてことないよね? 僕らより強い自信あるんでしょ?」



 もちろんわしと華殿はいきなりの戦闘にも対応できそうだけど、いかんせん武威を持たない勇殿は戦いの流れ弾で死ぬ可能性があるから、万全の配慮をしておかねばならんのじゃ。

 相手もわしらの希望に答えてくれそうなぐらい頭悪そうだし、わっぱのわしにこんなお願いされたら相手としても断れんじゃろうな。


「ふっ。別にいいぜ。それで俺らと対等に戦えるならな。というかガキども。お前ら、本当に戦う気か?」

「当たり前じゃん。お兄ちゃんたち、弱そうだし!」


 ぴきっ!


 おっと言い過ぎた。

 わしに挑発された“襟足長し”から、顔の血管が浮き上がるような音が聞こえてきちゃったわ。


「……すみません。その指示には従えません。ここまで舐められて黙っていられますか。正々堂々とこいつらをぼこってやります」


 あと“モヒカン高し”が無線の指示に抵抗してるっぽい。

 上手くいったな。

 つーかこの小僧どもだけじゃなく、背後の5人の思考もわしの予想通り。

 わしほど策略に長けたものは、背後の5人の中にもおらんようじゃ。

 さすれば、やつらにはこのままわしの手の上で踊ってもらおうぞ!


「華ちゃん?」

「ん?」

「華ちゃんはただひたすら相手を殴るだけでいいよ。金髪の方のお兄ちゃんをお願い。暗いけど見える?」

「うん。左の方だよね。でもそれだけで勝てるの? なんか武器持ってるっぽいけど、あれ、ナイフかな?」

「そう。ナイフだけど華ちゃんの武威なら、体をしっかり守ってくれるから大丈夫。防御は気にしないでどんどん攻めて」

「お、おっけい……」

「大丈夫。自信持って。僕がもう1人を倒すね」


 あとついでに後ろに潜む5人にも布石をまいておこうぞ。


「勇君は後ろで待っててね。武威を使えないんだから、低く伏せて。絶対頭上げちゃダメだよ!」

「う、うん!」


 さてここまでの指示も大きな声で伝えたから、無線の向こうの5人にも伝わった。

 ではでは。

 そろそろ戦の時間じゃ。


「よーし! 覚悟しろよ、雑魚ども!」


 わしは軽い口調で言い放ち、ボクシングのようなファイティングポーズをとる。

 武器を持っておらんから構えなんてテキトーだけど、ついでに足もリズムを刻んでみた。

 華殿も武威を発動し、すぐに戦いが始まった。



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