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上洛の肆


 午後2時。

 わしは体調がいくらか回復するのを待って、三原がふもとのコンビニさんから買って来てくれたアイスクリームを食べていた。

 隣には同じくアイスクリームを食べる三原と寺川殿。寺川殿は1度着替えをするために住職の居住用となっている母屋の方に消え、ジャージ姿で戻ってきた。


 あと新田殿と鴨川殿は広場の中心で、すでに勇殿たちの訓練を始めておる。

 といっても勇殿たちはまだ何かの説明を受けているだけで、こっから見ればただの立ち話じゃ。

 華殿は万全の体調だったから超速でアイスを食べ終わってたし、勇殿も意外と早く回復したからわしより早くアイスに手をつけておった。

 わしは精神的な負担が影響しておったから勇殿より回復が遅れてしまい、「お前はまだ顔が青ざめているから、もう少しじっとしてろ」という三原の下知により、わしだけゆっくりアイスを食べておる次第じゃ。


 混乱の気配はまだわしの心に残っておる。

 だけど、ぺろり、またぺろりと舌を動かしながらぼーっとすることで、その気配も徐々になくなってきた。


「のう、三原?」

「ん?」


 そういえば、今日は三原と絡んでおらんかったな。

 いや、別にそれが寂しいというわけじゃないけど、三原から聞いておきたいこともあるのじゃ。


「おぬし、今日は仕事じゃなかったのか? なんで早く切り上げられたのじゃ?」

「ん? 別に仕事じゃねぇよ。小谷と宇多を迎えに行ってただけだ。聞いてなかったのか?」


 くっそ。ここにも寺川殿の策略がはびこっておったか。

 寺川殿の顔を見れば、悪意に染まった笑みをわしに向けておる。

 そんなことしてなんになるんじゃ?

 寺川殿のせいでわしの具合が悪くなったようなもんなのじゃぞ?

 もっかいジャージの上に吐いてやろうか?


 と思っておったら、寺川殿の悪い笑みはわしじゃなくて三原に向けたものじゃった。


「仕方ないじゃん。佐吉だけ精神年齢高いんだから、普通に考えたら勇多君たちとは別に説明受けさせたほうがいいじゃん。でも三原も意外と早くこっち来たね。どうだった?」

「ちっ。どうだった? じゃねぇよ。

 小谷の親父さんは光成がここに来てるの知って、自分も行くって言い出してきかねぇし。宇多の親も、旅行楽しむより先に娘に宿題させないと本当にまずいって言い張ってたし。そんなもん出発の朝に言うことか? もう面倒になってきたから、親たちぶっ殺して子供さらってやろうかと思ったわ。

 でもあいつらは将来有望な選手だからそうもいかねぇんだよなぁ。チーム抜けられたら大変だ。

 だけどこの俺がなんであんなに頭下げねぇといけねぇんだよ。あいつらの親、万死に値するわ。

 なぁ光成? もしかして宇多って、学校じゃ問題児なのか?」


 かっかっか! さすがは勇多親子!

 親子そろって立派なわしのストーカーじゃ!


 あとどうせ華殿はここに勉強道具を持って来ておらんだろうな。

 わしらが東京に戻る頃には本当に残りの夏休みが1週間ぐらいしか残ってないから、マジでその1週間に地獄見るつもりじゃ。

 仕方ないからそん時は勇殿と一緒に華殿の家に行って、からかいがてら勉強を手伝ってやろうぞ。


 んで三原はそういう面倒なことを寺川殿から押しつけられたようじゃ。

 しかも三原の話を聞く限りじゃ、出発の直前なのに2人の親はこの三原に相当迷惑をかけたらしい。

 表向きは寺川殿の里帰りについて行くというわしの理由と一緒だろうけど、勇殿の父上の反乱と華殿の勉強嫌い。

 そうとうやっかいなことが東京で起きておったのじゃな。


 三原はまだこういうそれぞれの家庭の事情を知らなかっただろうし、どっちかっていうと寺川殿が顔を出した方が2人の両親もすんなり引き下がったはずじゃ。なのに肝心の寺川殿はわしと一緒に朝一で東京からばっくれておる。

 これ、完全に三原に面倒事を押しつけたんじゃ。


「くっそ。やっぱり転生者はどいつもこいつも一難ありだな」


 お前にだけは言われたくないけどな!


「いや、華殿は学校ではいい子じゃぞ。夏休みの宿題だって、始業式までにはしっかり終わらせるはずじゃ」

「でもあいつ、さっき本堂で旅行用バッグ放り投げてたぞ。そんな扱い方するってことは、絶対あの中に宿題入ってねぇだろ?

 お前知ってるか? あいつ夏休みの宿題まだなんにもやってねぇんだとよ。だったら普通ここに持ってくるだろ? 考えられねぇよ」


 あぁ、やっぱりな。

 あと三原って意外と真面目だよな。


「い……いや、大丈夫じゃ。最悪東京に戻った後、わしらがそれを手伝ってやるから。もちろんただ手伝うわけではない。ちゃんと華殿に問題を解かせつつ、それを背後からわしが見ておくから。許してやってくれ」


 ……


「まぁ、お前がそういうなら。静かな場所が必要だったら、俺の事務所の応接室貸してやるからいつでもこい。どうせ近くにおもちゃがあるとそっちに気が行って、勉強を真面目にしないんだろ? 今日知ったけど、宇多はそういうやつだ」


 おぉ! あの涼しい事務所も貸してくれんのか?

 これは思わぬ幸運じゃ。

 それとさっきわしらのためにアイスを買ってきてくれたし、やっぱ優しいよな。


 それとそう――問題は寺川殿。悪の根源じゃ。

 さすればここで1つ、三原と共闘して寺川殿を懲らしめてやろうぞ。


「恩に着る寺川殿が酔っ払って迷惑をかけた京都駅の駅員さんぐらい恩に着るぞ」


 次の瞬間、三原からとてつもない武威が放たれ、殺気とともに寺川殿に向けられた。


「てんめぇ。さっきから匂ってるからまさかと思ってたけど、やっぱり呑んでやがったのかぁ!」

「え? あ……え? ちょ……佐吉? 嘘だよね? 私呑んでないよね? ね? 嘘言わないで。お願いだから」

「んー? テラ先生? 何言ってんのぉ? 新幹線の中で缶ビール飲んでたじゃん! 僕、嘘は言ってないよう」

「んな! 佐吉! 私を裏切るなんて!」

「寺川ァ! 矛先光成に向けてんじゃねーよ! 先に俺の話だよなァ? こっち向けや! どういうことだァ?

 俺があの2人に合わせて大人しくジュース飲んでる時に、お前は朝っぱらから一杯やってたのかぁ!?」

「なっ、ちょっと待って、三原! 誤解だってば! 佐吉からもなんかい……」

「光成はもう行け。ここは俺に任せろ」

「うん!」


 さてと。

 アイスクリームも食べ終わったし、アイスの棒にも“はずれ”って書いてあったし。

 棒は他のごみと一緒にビニール袋に入れて、わしも武威の訓練じゃ。


 わしは「とうっ!」という掛け声とともに立ち上がり、本堂の正面入り口に置いてある外草履の元まで走り出す。

 外廊下を走る途中、後ろの方から激しい武威の衝突を感じ取ったけど止めるつもりは毛頭ない。

 外草履を履き、勇殿たちの元へ。

 途中ちらりと見て見れば、寺川殿と三原の一騎討ちが始まっておる。

 まぁ三原も相当の熟練だし、お互い相手を殺すことなどありえんじゃろう。


 さすればこれはある意味、寺川殿を利用した威力偵察じゃ。

 三原のようなマジモンの武威使いに、わしらみたいな武威の弱い転生者がどれぐらい戦えるかという調査。

 “ねね様”たる寺川殿なら当て馬として最適じゃ。


 でも寺川殿はなかなかにいい動きで三原の猛攻をさばいておる。

 わしもここで武威を鍛えれば、三原と対等に渡り合えるとこまでいくのじゃろうか。

 1週間やそこらで極めることができるほど安易な技術とは思えないし、あのレベルに達するには数年かかるかも知れん

 だけど楽しみじゃな。


「ふんふふーん♪」


 自身の未来を想像し、テンションの上がったわしは思わず砂利の上でスキップしながら移動する。

 すぐに勇殿たちの元へ到着した。


「おっ? ご気分大丈夫ですか?」


 まずわしに話しかけてきたのは、勇殿たちの訓練を少し離れたところで見守っていた鴨川殿じゃ。

 というか見た感じ2人はまだ訓練っぽいことをしておらん。立ったまま新田殿の話を聞いておるだけじゃ。

 訓練の方法か、または武威の説明か。


「あぁ。もう心配無用じゃ。迷惑かけたな。それで、あれ何やってるんじゃ? 武威の説明か?」

「はい。あの2人はまだ武威のことをよくわかってないようですので、1から教えてあげているところです。

 でも、三成様は――本堂で席を離れた後の説明を聞いておられないですけど、私でよければそれを今ここでしましょうか?」

「いや、いい。華殿がすぐに来たってことは、あの後長い説明が続いたわけじゃなかろう? その内容も大方予想がつく。今新田殿が話してる内容もわしにとっては既知のことじゃろうし、このままあの中に入ってもいいか?」

「えぇ。それでしたらどうぞ。そろそろ訓練内容の説明に入るでしょう」

「そうか。報告ご苦労」


 最後にわしはぺこりと頭を下げ、鴨川殿を通り過ぎる。

 んでさらに10メートルほど進んだら、勇殿たちのいる場所じゃ。


「おっ! 光君が復活だァ!」

「うん。復活したよ。僕も混ぜて! 新田さん? いい?」

「いいでしょう。でも、あっちでやってる争い……あれ、止めなくていいのですか?」

「うん。止めなくて大丈夫です!」

「そうですか……」


 三原と寺川殿が繰り広げる激しい戦いに新田殿が不安そうな顔をしておるけど、当然止める気などない。

 でも……そうじゃな。ここで1つ疑問が浮かんだわ。


「ところで、華ちゃん? 華ちゃんだったらあの戦い、止められそう?」

「ん? 私? 無理無理! 絶対死ぬって」


 ほう。華殿といえどもあの戦いに混ざるのは無理なのか。

 さっきの話じゃ華殿は転生術のオプションとして武威の総量を増やされておるらしいし、わしの武威探知に引っかからん程度の武威操作技術も持っておる。

 でもその華殿が無理というならば、やはりあの2人は相当に強いのじゃろう。

 それはつまり、ここで習得する新たな技術の価値も相当に高いということになる。


「そう。わかった。ならいいや。どうせそのうち止まると思う。それで、新田さん? 何やってたんですか?」

「はい。今は武威の説明をしていたところです。武威とは何なのか? でも石家君はすでに分かっていることだと思います。

 重要なのはこれからの話です。どうやって武威を操るか? その技術をいかにして高めるか?」


 おっ、どうやらタイミングばっちしだったようじゃな?


「石家君? タイミングばっちりでしたね」


 あれ? もしかしてわしと新田殿って性格悪いのも似てるし、気が合うんじゃなかろうか?

 まぁ、性格悪い者同士は性格が似てることはあっても、気が合うことはないけどな!


「そうですね。ちょうどよかったです」


 さて、こっからじゃ。

 わしがここに来た理由。

 隣に立つ勇殿も華殿も、急に真剣な表情になっておる。

 さっき寺川殿との会話にも出てきたように、華殿の今後の学校生活を左右しかねん技術だから、華殿の真剣さはいつも以上じゃ。


「まず、“武威”という力とは別に、“法威”という力を身につけねばなりません」


 ほー……い?

 なんじゃそれは?

 お坊さんの装束のことか?

 いや、聞いてみよう。


「ほーい?」

「そう、“法威”です。石家君なら漢字も分かりますね。仏法の法に、武威の威。忌みなる力である“武威”とは逆の、聖なる力とでもいいましょうか。まぁ、武威の制御に利用するんだから、似たようなもんなんですけどね」

「ふーん」

「その“法威”を“武威”と一緒に纏えるようになれば、荒ぶる武威の力を抑えることができるのです」

「はーい! はーい!」

「はい、宇多さん。何でしょう?」

「どうやってその“ほーい”を手に入れるんですかぁ?」

「いい質問ですねェ!」


 絶対言うと思ったわ。


「法威を身につける修行というのは、我々仏教徒がお経を唱えるのと一緒です。いえ、仏教だけには限りません。神道の祝詞。キリスト教の聖書。そういったものなら何でも有効です」

「ん? ちょっと待って。僕、前世でいっぱいお経読んでたよ?」


 当然じゃ。わしは信心深いからな。

 特に戦の前などは神様仏様、その他のありとあらゆるものに勝利を願うのが習わしじゃ。


 もちろん勇殿と華殿もわしの言葉に頷いておる。

 2人の前世がどの時代なのか分からんけど、まさか信仰の概念が生まれるより前の時代から転生したわけじゃあるまいし、そういうところはだいたいどの時代にも共通しておるじゃろうな。


「はい。他の2人もそうでしょうね。でもただ読むだけではありません。武威を放ちながら読むのです。わかりますか? 忌みなる力と聖なる力。これを同時に行うことの意味が。

 私は武威を持ち合わせておりませんので、どれだけ辛いことなのか理解できませんが、体の中に天使と悪魔を同時に宿すような危険な技術です。それをしっかりと理解して、畏敬の念を持ってこの修行に臨んでください」


 いや、すっげぇ面白そうなんじゃが。

 でも思えば前世のわしも、そんな事をしたことはなかったな。

 武威を発動させる時は、だいたい殺すべき相手が目の前にいる時じゃ。

 そんな時に悠長にお経を唱えるなど、してられんのじゃ。


 いや、待てよ。


 わしは直接対峙したことはないけど、聞いた話じゃわしの大好きな謙信公率いる上杉軍。

 越後の虎と呼ばれた軍神が率いる上杉軍は戦場において、敵に突撃する直前までみんなで声を合わせて読経しておったとのことじゃ。

 謙信公は毘沙門天を熱心に崇拝しておったし、“これから死ぬお前たちのために読経してやる”みたいな意味で、敵の戦意を削ぐためにやっているのだと思っていた。

 でもなんとなくこの話と繋がるような気がする。

 さすがに末端の足軽まで全員が武威を習得しておったとは考えにくいけど、上杉軍の武将と一部の足軽などは日頃からそうやって法威とやらも高めておったのかもしれん。

 だから戦の場でも、敵とぶつかる直前まで読経しておったんじゃなかろうか。


 さすれば上杉軍と、あとその上杉軍と互角の戦いを繰り広げた武田軍。

 信長様を極限まで追い詰めた武田軍の強さも相当だったと殿下から聞いておるし、あの地域にはすでに法威の技術が広まっていたのかも知れんな。

 まぁ、信玄公が死んだ後はそういう使い手も火縄銃の数を揃えた織田軍の一斉射撃の餌食になったし、その頃には織田軍の中にも武威使いが育っていたから、武田をなんとか滅亡させることができたけど。


 うーむ。


 わしの予想だけど、まさかここで上杉軍に繋がってくるとは。

 法の御力、いと深し。


「いいですか? 本来ならば、こんな辛い修業を皆さんのようなお子さんたちにさせたくはないです。でも、転生者同士の争いが日々激しさを増し、陰陽師の中にもそれをあおっている派閥がいます。私が転生術の一線から退いたのもそのためです。

 皆さんにもその争いの火の手が振りかかってくるでしょう。それを生き延びてもらいたい。そのためには1日でも早く強くなってもらわないといけないのです。

 理想を言えば、将来私たちの活動を手伝ってもらいたいというのも正直な気持ちです。

 でも私はあなたたちを自分の大切な子供だと思っています。

 この時代では三者三様の生き方をしてもらって構いませんが、私の子供にはぜひとも平和で幸せは人生を送って頂きたい」


 ふっふっふ!

 なにが平和か!

 わしはいずれその勢力争いに割って入るつもりじゃ!


「……」


 でも、今はそれを言うのは辞めておこうぞ。

 真剣な様子を匂わせる新田殿の瞳。その視線を無下にしとうない。

 これが新田殿の本当の想いなのじゃろうな。



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