目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
上洛の弐


 京の都の東の山。その中腹にある小さな山寺に、わしらは到着した。


「り……輪生寺……?」


 古ぼけた表門の木札にそう書かれておる。寺の名前としてはベーシックなものじゃ。


 でも輪廻転生うんぬんに巻き込まれておる立場のわしからすれば、この名前はここが転生術関係の寺だってバレバレなんだけど。

 京都陰陽師の勢力って秘密めいた組織じゃないのか?


「そう。輪生寺。ここが私たちがお世話になるお寺だよ」

「んで、本当の名前は?」


 質問しながらわしは木札に近づき、それを浮かせる。

 もしかすると一枚目の木札の下に本当の木札が隠されているんじゃないかと思ったけど、下には何もなかったわ。


「何してんの?」

「ん? いや、裏に本当の名前が隠されてるんじゃないかって」

「んなわけないじゃん。ほら。さっさと行くよ」

「おう」


 呆れた様子で門をくぐる寺川殿を追い、わしも輪生寺の境内に入った。

 門を抜けた先は小学校の体育館ほどもある前庭じゃ。

 門から本堂まで繋がる石畳の通路が1本。その左右には砂利詰めの前庭が広がっておる。

 塀際に生えた大きな松の木も見事に曲がりくねった幹をしておるし、本堂の重厚な佇まいも歴史を感じさせるものじゃ。


 でもなかなかに広いといっても、寺の規模から考えればあくまで中規模の寺じゃな。

 山の中腹という位置の関係上、広い面積の確保もままならなかったのじゃろう。

 敷地そのものは決して広いとは言えんし、ここに来るまでの山道もわしらが京都駅で乗り込んだタクシーがぎりぎり通れる幅だった。

 本堂の左奥に檀家の墓がいくつか見えておるけど、墓石の数も決して多くない。

 京の都ならばこの程度の寺はそこらじゅうにあるはずじゃ。


 歴史は感じられるけど、そんなに由緒正しい感じもしない。

 あと山寺だからセミさんの声が異常にうるさい。

 そんな印象を受ける寺じゃ。


 とはいえこの寺も京都陰陽師勢力が支配下におく寺社仏閣のうちの1つじゃ。

 この寺の運営が檀家のお布施だけに頼っているというわけでもないだろうし、バックの陰陽師も含め資金力・影響力ともに現代の寺社仏閣の中では相当上位に位置すると考えてよかろう。

 砂利の敷き詰められた広場の所々には折れた竹刀の残骸が転がり、境内に並ぶ杉の木々にはこぶしや斬撃の跡が残っておる。

 ここはやはり修行寺であり、それも仏教の徳を積むような修行ではない。

 戦う術を学ぶ武威の寺じゃ。

 見栄えの良い装飾や手入れの行き届いた庭園など必要ないのじゃ。


「おっ! 鴨川さんが出てきた」


 周りを興味深く観察しながら石畳の道を進んでいると、寺川殿が右側の建物の入り口を指さしながら言を発した。

 その指の先を見てみれば、30メートルほど離れた所に2人の男が立っておる。

 寺川殿がその男たちに向かって小走りを始め、わしもその後を追った。

 石畳の道を脇に逸れ不安定な砂利の感触を足裏に感じながら走っておると、5メートルぐらいの距離になったところで片方の男が頭を下げた。


「お久しぶりです。寺川さん」

「お久しぶりです。鴨川さん。新田さんも。お2人ともお元気そうでなによりです」


 それぞれが挨拶を交わす。

 どうやら右のひょろひょろした男が鴨川なにがし殿。

 スーツ姿だけど、見るからにひょろひょろした優男じゃ。

 歳は50前後だと思う。三原と同年代じゃな。


 んで左の住職っぽい恰好をしておるのが新田なにがし殿というらしい。

 にこにこしておる感じが華殿っぽくて、わしからすれば意外と怖い。

 歳は60半ば。いや、もしかすると70に届いておるかも知れん。

 まぁそんな感じじゃ。


 鴨川という名前は寺川殿の口から何度も聞いたことがある。

 おそらく東京で諜報活動をする寺川殿の直属の上司といったところじゃろうか。


 いや、この男たちも寺川殿の前世が誰かを知っておる。

 北政所と名高い“ねね様”じゃ。

 たった今見た挨拶の感じじゃ、やつらも寺川殿のことを現世の名で呼んでおるっぽいけど、ねね様たる寺川殿を配下のごとく使うなどありえん。


 上司というよりは、京都陰陽師とねね様の仲介役。

 または東京におけるねね様の活動を拠点からバックアップする役目であり、いちがいに上司部下の関係とは言えんじゃろうな。


 さて3人は挨拶とともにありきたりな世間話を終え、わしの方に向こうとしておる。

 なれば、わしも挨拶をしておこうぞ。

 でもわっぱと石田三成。どっちのパターンで挨拶した方がいいのじゃろうか?

 寺川殿ってわしのことを詳細にこやつらに伝えておるのか?


 うーむ。


 わしがいきなり石田三成の挨拶をして、こやつらに腰でも抜かされたら面倒じゃ。

 ここは一応、わっぱの挨拶をしておいた方が無難じゃな。


「初めまして! 石家光成といいます! 今日からしばらくお世話になります!」


 ふっふっふ。

 わっぱを演じ続けて早10年。

 全力でわっぱを演じた時のわしの可愛らしい笑顔と軽やかな声質は、世の大人を虜にすること間違いなし。

 行儀よくぺこりと頭も下げたし、この男たちもわしの挨拶に心を射抜かれたことじゃろう!


「……」


 しかし、わしの挨拶を見た2人は怪訝な表情を浮かべる。

 鴨川殿が小さな声で問うてきた。


「ん? あれ? 聞いていたのと違うんですけど。寺川さんの話じゃ、記憶も言動も前世のままだって……。石田三成様……ですよね?」


 くっそ! ミスった!

 そりゃそうだよな! 寺川殿からちゃんとわしの事情を聞いておるよな!

 当然じゃ!

 あぁ、はっずかしい!

 50を超えたおっさんがかわいこぶってるのを見透かされ、挙句それを冷静に指摘されるなんて、切腹もんの恥ずかしさじゃ!


「そ、そうじゃ。石田三成じゃ……」


 ふと寺川殿をちら見してみれば、寺川殿が口を手で押さえておる。

 その手の内側は明らかに笑っておるし、あとで絶対からかわれるな。

 くっそ。京都駅で生き恥さらした酔っ払いのくせに……。


 まぁよい。

 ここはあらためてかしこまった挨拶でも送ってやろう。

 相手もそれを望んでおるっぽいし、今度は石田三成の名にふさわしい、侍っぽいお辞儀じゃ。


「しばらく世話になる。よろしく頼む」


 相手に威厳を伝える類の挨拶など、わしにとってはなんてことない。

 低い声は出せんけど、礼節を込めたお辞儀なんて前世で死ぬほどやったし、その所作もいまだしっかり覚えておる。

 対“ジャッカル殿の母上”戦用として、現世でも多用してるしな。


「あぁ、よかった。寺川さんの報告と違ったんで、一瞬びっくりしましたけど、その雰囲気なら立派な戦国武将です」

「そうじゃ。この外見じゃ立派もなにもあったもんじゃないけど、一応元戦国武将じゃ」

「ではあらためて……わたくし、鴨川隆士と申します」

「石田三成じゃ。いや、石田三成こと“石家光成”と申す。鴨川殿とやら。かしこまった言葉遣いなどいらん。そういう世の中なのじゃろう?」

「そうですね。でも私はいつもこんな感じなのでお気遣いなく。敬語以外で喋ると気持ち悪くなりますので」

「そうか。ならば好きにせい」


 敬語が身について離れないって……。

 鴨川殿? これまでの人生に一体何があったんじゃ?

 相当可哀そうだし、すっごい気になるわ。


「では時間も時間なので、先に昼食などいかがでしょうか? ふもとの店から美味しいお弁当を買ってきてありますので」

「そうか。それはかたじけない。是非いただこうぞ」


 思えばわしは今、わしの素性を知っておる現代人と初めて接しておる。

 三原や寺川殿のような“転生者”ではなく、わしが石田三成と知っておる“現代人”と接しておるのじゃ。

 三原と初めて出会ったときや、寺川殿がねね様だと知った時と同じぐらい、衝撃的で新鮮な場面じゃ。


 しかもこの2人はわしが石田三成だと知っていながら、この態度じゃ。

 本来豊臣政権の五奉行たるわしを出迎えるとあらば、相手は地に頭をつけ、わしがいいというまでその頭を上げずに待つ。

 それが当然であり、わしが石田三成だと知っておるこの2人も、それぐらいの礼儀を示してもおかしくはないのじゃ。


 でもこの態度じゃ。

 まぁ、すでに10年以上現代で生きておるわしとしては、いまさらそんな礼節見せらても絡みづらいだけだし、別にかまわんけど。

 他の転生者の中にはこのような態度にブチ切れた者もいたんだろうけど、これが転生者と京都陰陽師の接し方なのじゃろうな。

 こういう事情もいと興味深い。


 とわしが少し違った視点で感動しておると、鴨川殿が新田殿に視線を移す。

 わしがその視線に気づいて新田殿を見つめると、新田殿もわしの顔を見ながら挨拶をしてきた。


「初めまして。ここの住職をやっております新田と申します」

「こちらこそよろしく頼む」


 わしも頭を下げ、挨拶を返す。


 しかし……。


「あなた様の魂を現代に転生させたのは私です。どうかお許しください」


 新田殿の突然の告白に、わしは言葉を失う。

 六条河原で首をはねられ、あの世に旅立とうとしてたわしの静かな眠りを妨げた人物。

 わしの魂を弄んだ重罪人が、目の前におるというのじゃ。


 ……


 ……


 現世に生まれて10年。

 楽しいことも辛いこともあった。

 目の前におるのが、その全ての原因を作った張本人じゃ。

 さすればやつにはその罪を償わせねばなるまい。

 わざわざ自分から名乗り出たんじゃ。

 命をもって償わせてやろうぞ。


 ……


 ……


 いや、辞めておこう。

 わしは今の人生を楽しんでおるし、この人生に確かな価値も見出しておる。

 現世で知り合った友人もおるし、それはさっき新幹線の中で断言したばかりじゃ。

 新田殿に感謝こそすれ、恨みを持つなどしてはならんのじゃ。

 それが今のわしの心情じゃ。


 でも……。


 新田殿の告白の後黙り込むわしの反応を見て、寺川殿が警戒態勢に入っておる。

 わしが新田殿を殺めないように、わしが動き出したら即座に取り押さえるつもりじゃ。

 それは背後を見なくても分かるし、寺川殿が武威を放っていなくても分かる。

 寺川殿の足元の砂利がそういう音を立てているからな。


 この疑いっぷり。

 やっぱ腹立つな。

 わしってそんなに信用できんか?

 いや、そりゃさっきは一瞬だけ、本当に新田殿をぶち殺そうと思ったけどさ。

 理性ぐらいちゃんとあるわ。


 1ヶ月ぐらい前に寺川殿の長屋で“ピザ眼鏡事件”起こそうとしたし、テレビに向かってガラス瓶を投げつけようとしたけど、わしだっていい大人じゃ。

 あと幼稚園の頃からその場の勢いでブチ切れることが結構あったけど、いい大人なんじゃ。

 現世の付き合いだって結構長くなってきたし、いい加減寺川殿はわしのこと信用するべきじゃ。

 あぁ、腹立つ!


 腹立つからちょっとだけ悪戯してみよう!


 次の瞬間、わしは仁王立ちしたまま武威を発動させた。


「おい!」


 わしの偽の思惑に気づき、寺川殿が遅れて武威を放つ。


 ところで、むかーし寺川殿から聞いた気がするけど、やっぱ陰陽師の連中は武威を操れないらしい。

 新田殿と鴨川殿はわしの武威を感じることが出来てなさそうじゃ。

 わしの武威には反応を示さず、遅れて叫んだ寺川殿の声の方にタイミングを合わせて“ビクッ”ってしたからな。


 それとやっぱ寺川殿の動きが速ぇ。

 新田殿たちに意識を向けていたほんの一瞬のうちにわしの背後に回り込み、洗練された武威操作でわしの頭を掴もうとしてきたわ。


 あと新田殿。さっきの告白をするにあたって、わしから殺意を向けられる覚悟も持っておったのじゃろうな。

 寺川殿の叫びにより、遅れてわしの偽の殺意に気づいた新田殿は抵抗しようとするどころか瞳を閉じつつ両腕を真横に開き、“殺すなりなんなり好きにしろ”といった意志を示しておる。

 おいおい。本当に殺してやろうか?


 でも、もしかして……それはつまり、わしに転生術を施したことを後悔しておるということではなかろうか……?

 やばい。ちょっとふざけただけなのに、新田殿の結構重い感情を呼び起こしてしまったっぽい。

 わしそんなつもりじゃないんだけどな。

 新田殿は真面目か!


 ――じゃなくて、そろそろ悪魔の右手がわしの頭髪に辿り着こうとしておるから、それを辞めさせないと。



「冗談じゃ! わしはこの人生が大好きじゃ!」


 わしの叫びを聞き、寺川殿が右手の動きを止めてくれた。


 ふーう。

 このギリギリのスリル。まるでチキンレースじゃ。


「ふっざけんな! マジでそういうことやめろ! この人たち武威扱えないから、ほんとに危ないんだぞ!」


 いや、結局寺川殿に怒られ、頭蓋をむんずと掴まれて持ち上げられ、ついでに足のあたりをビシバシ蹴られ始めたわ。


「ちょ……冗談だって! 寺川殿? 本当に悪かった。だって新田殿がいきなりあんなこと言うから。いた……痛いって……そんな、サンドバックみたいに……け、蹴らないでってば。大丈夫! 大丈夫だから! わし、新田殿を殺めたりしないから!」

「ホントだな!? 絶対ホントだな!?」


 ぐぅ……意外と、しつこいな。

 結構長い付き合いなのに、そこまでわしのことを信用出来ないか?

 なんかむかつくな。

 よし、反撃しようぞ。


「ホ、ホントじゃ。さっき寺川殿が迷惑をかけた京都駅の駅員さんに誓うから!」


 あっ、手が離れた。


「え、駅員さんは関係ないでしょ!?」

「関係ないことあるか! 平日の真っ昼間からビール飲んで、挙句ホームで吐くなど、どんだけ迷惑な客じゃ!? あぁ!?

 吐しゃ物の掃除は駅員さんの本来の仕事じゃなかろう! そもそも酒に弱いくせに、“新幹線の中でビールを飲むのが旅の醍醐味なんだよ”とかほざきおって!

 いい歳して見栄はるな! そんなもん、まわりのサラリーマンにも迷惑なんじゃ!」

「し、仕方ないでしょ。車内販売が通ったんだから……」

「だったらわしも起こせよ! 車内販売じゃぞ!? 小さな車輪の上に簡易型の店舗が開かれておるのじゃぞ? その感動たるや自動販売機の比ではないわ! ゴロゴロ転がるタイヤの上のお店から飲み物を買うというわしの夢をよくもぉッ!」


「光君? 何怒ってるの?」


 その時、よく聞く声がわしらの背後から聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、そこには勇殿と華殿。そして2人の向こう側に三原の姿が見えた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?