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遠征の伍


 前兆は明白じゃった。

 3月の終わり。

 わしらが4年生に上がる直前の春休みのことじゃった。


 わしのチームは3月の最週末の日曜日に、4月から入団する新4年生用の説明会が行われる。

 入団予定のわっぱと、今はまだ入団しようか迷うておるわっぱが父兄とともにグラウンドを訪れ、三原から色々と説明を受けるのじゃ。

 勇殿はすでに入団する意思を固めておったけど、そんな勇殿も緊張した面持ちで真新しいグローブを胸に抱いておった。

 わしはすでに入団して3年が過ぎ、古株中の古株と言ってもいいぐらいだったから、5年生や4年生のわっぱたちと普通に練習をこなしておったけどな。


 んで、その日じゃ。

 やつは現われたのじゃ。

 真っ赤な自転車。

 あれがバックネット裏に現われた時、わしは即座に気づいてしまったわ。


 でも説明会の正式な参加者には父兄同伴の旨も伝わっておるはずなのに、華殿は独りじゃった。

 走り寄って聞いてみれば、グラウンドが近かったしただ単に暇だったから足を運んだとのことじゃ。

 とはいえ決して見学だけをしに来たわけではなく、練習環境によっては入団する気満々とも言っておった。

 4年生になってからはあかねっち殿やよみよみ殿の武道の鍛錬が土日に集中するらしく、勇殿がこのチームに入ってしまうと華殿の週末の遊び相手が本当にいなくなっちゃうらしいのじゃ。


 すでにこのチームの練習日程を把握しておるわしからすれば、オフシーズンは毎週日曜日がほぼ休みということも知っておる。

 わしと勇殿であれば華殿の期待に十分応えることが出来るのじゃ。

 もちろんその旨も伝えたぞ。

 だけど華殿は夏場の天気のいい日に外で遊ぶ人材の確保が最重要と言ってきかん。

 これを機会に4年2組の足軽組メイトの交友関係を開拓しろよと言いたくもなるけど、農業に見識のあるわっぱは華殿の足軽組にはいないらしい。


 知らんがな、そんなこと。と言いたくなるのも無理はない。

 あと、わしらがいつ農業の見識を深めたのじゃろうな。

 そういう自覚ないんじゃが……。


 もちろんわしは止めた。

 野球は指先の怪我も多いスポーツだから、万が一ピアノの方に影響したら大変じゃ。

 あと野球の練習とピアノのお稽古を両立させるのは日程的に難しいし、たとえ出来たとしても過酷だと。


 そしたら、

「ピアノは足の訓練にならないから、そろそろお稽古の回数を減らそうかと思ってる。できたら週1ぐらいに。週の頭の月曜日ぐらいにお稽古をさっさと済ませちゃって、他の日はなんか別のことしたいと思ってさ」

 とか言い放ちおったのじゃ。


 んで華殿は何食わぬ顔で、三原から説明を受ける人だかりに入りよった。

 それで体験入部の説明が終わった後は、新入生用のちょっとした練習じゃ。

 キャッチボールをしたり、簡単なノックを受けさせてみたり、あとバットを持ってボールを打ってみたり。

 入団を迷っておるわっぱに“野球ってこういうものだよ”というのを伝える催しなのじゃ。

 もちろん華殿はそれにも混ざり込んだ。


 そんでもって、次の日。

 一軒家城におったわしに、華殿の母上から電話が入った。

 華殿がピアノのお稽古の頻度を減らした旨と、野球チームへの入団を告げられたのじゃ。

 だから――説明会の時の華殿は三原側になんの事前連絡もすることなく、本当にふらっと乱入しただけだから手元になんの書類もない。なので諸々の話をあらためて聞くために、三原の連絡先を教えてほしい、と。

 どうやら華殿は勇殿が3学期の終わりに学校でぼそっと呟いた言から情報を仕入れ、親にも知らせることなく、本当にふらっと参加してたらしいのじゃ。


 もうさ。1人の人間が道を間違える瞬間を見てしまった気分じゃ。

 わしだって音楽に多少のこだわりはあるし、華殿がたまに聞かせてくれるピアノの音色もぶっちゃけ好きじゃった。

 わしの頭の中で、あの可憐な演奏姿がわしらのような泥にまみれたユニフォーム姿に変わったのじゃ。

 華殿の母上と電話で話しながら、ちょっと泣いたわ。


 でも華殿の母上も自分の愛娘に生き方を強制するようなことはしなかったのじゃ。

 ピアノという高貴な嗜み。しかも幼い頃から娘に続けさせてきておる。

 対して、わしらのような野蛮なわっぱが叫びながら球を追う野球というスポーツ。

 母親としては、とてつもない英断じゃろう。

 電話の最後に神妙な声で「光成君? うちの華代をお願いね」とか言われるしな。

 結婚の挨拶じゃあるまいし、重すぎるわ。


 いや、そこまではよい。

 問題は入団後の後じゃ。

 華殿はそれまで野球に特別な興味を示したことはない。

 だから野球の知識は普通のわっぱより遥かに劣っておった。

 ピッチャーの投げた球を打った後、3塁の方に走るという奇跡的な間違いも見せてくれたしな。


 でもじゃ。あの駿駆じゃ。

 華殿は肩が弱いし、それ以外の上半身の力も弱いから、打球も遠くまで飛ばん。

 実際華殿のバッティング練習を見ても、可哀そうになってくるぐらいの非力っぷりじゃ。

 だけどぼてぼてのゴロでも怒涛のダッシュで内野安打に出来るし、守備の面でもフライの着地点の目測を覚えた瞬間から捕球の成功率がうなぎ登りを始めたのじゃ。


 キャッチャーであるわしから見ると、センターで打球を追う華殿の移動速度はわっぱの野球に1人だけ大人が混じっておるかと錯覚するほどじゃ。

 シェパードやドーベルマンのような大型わんわんが“しゅたたたた!”って走ってる感じとよう似ておる。


 宇多華代 4年生

 ポジション:センター

 俊足貧打の右投げ右打ち


 これこそが我がチームの秘密兵器じゃ。

 そして三原はそんな華殿を1週間後の大会におけるレギュラーにしようと思案しておる。

 殿下並みの出世と言ってもいいじゃろう。


 それとついでに……。

 逆に勇殿は突出した肉体能力は持っておらん。

 だけど性格が素直なだけに……いや、たまにおかしな発想するし、意外と悪ガキだから、“性格の割には”と言った方がいいのかもしれん。

 なにはともあれ、勇殿はめちゃくちゃ綺麗な投球フォームを持つピッチャーじゃ。


 腕の使い方もそうだし、下半身の体重移動も惚れ惚れするほど模範的なフォームなんじゃ。

 そんなフォームから繰り出される投球のコントロールも完璧だし、勇殿はわしがキャッチャーミットを構えたところにほぼ間違いなく投げ込んでくる。

 むしろキャッチャーミットの大きさよりも細かいコントロールが出来るから、わしはミットの掌部分にバツ印をつけ、勇殿にはそこを狙うように言っておるぐらいじゃ。


 コントロールミスが起きたとしても、わずか数センチの誤差に収まる精密機械。

 将来勇殿の体が成長し、140キロの球を投げれるようになったら甲子園で“大会ナンバーワン右腕”と呼ばれるレベルの才能じゃろうて。


 んで、それを受けるキャッチャーのわし。

 わしは低めに球を集めるよう、勇殿を巧みにリードしておる。

 少年野球界において、低めの球を綺麗にすくい上げる技術を持っておる打者なんてほとんどおらん。

 でも勇殿のコントロールを持ってすれば低めに投げさせるのは簡単だし、相手のバッターはボールを上から叩くことになるから、ボテボテのゴロが量産されるのじゃ。


 まぁ、勇殿は球速自体は他のどのチームのピッチャーよりも遅いから、それでもヒットを打たれることがあるけどな。

 でも低めに投げ続けさせれば連打を浴びることはないし、そもそも勇殿をリードするのはこのわしじゃ。

 長年プロ野球を見続けてきたわしが、相手バッターのバッティングフォームを分析し、勇殿にはバッターの苦手そうなコースに投げるようにさせておる。

 あと戦国武将たるわしの駆け引き技術でバッター心理の裏をかいたり、敵ベンチのサインを暴くことも可能じゃ。

 というわけで、3番手ながらもわしと勇殿は最近急激にチーム内の評価を高めておるバッテリーなのじゃ。


 それで三原はこの夏の主戦力としてわしらを試合に使うつもりらしい。

 でも勇殿はわし以外のキャッチャーでその能力を発揮できないし、わしも勇殿以外のピッチャーで能力を発揮することができん。


 勇殿が他のキャッチャーと組むとわしのあくどいリードがなくなっちゃうから、勇殿はコントロールのいいバッティングマシーンへとなり下がってしまう。

 逆にわしが年上のピッチャーと組んでしまうと、重いキャッチャーミットを操るわしの左腕の筋力が一試合ももたず、試合の後半にキャッチングのミスを多発してしまうのじゃ。


 武威を使えば左腕の動きも速められるけど、ピッチャーの投球ごとに武威を発動させてたらそれも試合の最後までもたないし、試合を見に来た観客に転生者がいたらそれこそしゃれにならん。


 それに勇殿もわしもバッティングの方はまだまだじゃ。

 わしは武威を発動すれば相応のスィングスピードを出せる。

 でもボールを打つには微細なバットコントロールが必要となるし、武威を使った動きの中で微細な筋肉の調整をこなすなど今のわしには出来ん。

 それに、先に言ったように転生者にばれないようにもしなきゃいけないから、わしはバッティングに関しても武威の使用を控えておる。

 なのでわしらの打力はあくまで平均的な4年生わっぱのレベルじゃ。


 そんなわけでわしと勇殿。

 どっちが欠けても成り立たないバッテリーだし、各々には弱点も多いのじゃ。


 でも、うーむ。


 華殿をレギュラーに抜擢するという三原の考え。

 わしもそれに賛成じゃ。


「ありじゃろうな。でも相手のピッチャーの力量にもよる。相手のピッチャーの球速が速い場合、華殿の打順は7番じゃ。7番センターじゃ。んで、その時はわしを8番キャッチャーとして、勇殿を9番ピッチャーとしろ。

 華殿が塁に出たら、わしの打席の時に華殿を2度盗塁させて3塁まで送り、スクイズで1点を狙う。そんで相手の攻撃はわしと勇殿が何とか防ぎ、その1点を守り切る。これしかあるまい」


「ほう」


「逆に相手のピッチャーの球速が遅い場合、華殿を打順の先頭に置き、6年生のクリーンナップに得点の役目をまかすんじゃ。

 でもどの道今のわしと勇殿の打力じゃ役に立たないから、バッテリーは打力も高い6年生のレギュラーに任せた方がよい。

 乱打戦覚悟の布陣じゃ。

 でもこちらがリードしたまま終盤が訪れたら、わしと勇殿が出てそのリードを守りきろうぞ」


「なるほどな。よし、わかった。じゃあそれで」

「いや、まだじゃ」

「ん?」


「相手のピッチャーのコントロールじゃ。ストライクゾーンの四隅に投げ分けられるぐらいコントロールのよいピッチャーが出てきたら、華殿では打てん。華殿を9番に置き、攻撃力としては考えずにセンターの守りに徹するようにするのじゃ。

 ある程度コントロールが良く、ストライクゾーンに球を集めるのがやっとのピッチャーなら、華殿でも適当にバットを振るだけで、ボールを当てられる。むしろ華殿にとってはいい獲物じゃ。

 その場合はクリーンナップの直前、2番ぐらいに華殿を置き、積極的に盗塁をさせるのじゃ。

 盗塁で得点圏まで進ませれば、ピッチャーの動揺にも繋がるし、その動揺に付け込んだビッグイニングを作ることができる。

 んで、問題はコントロールの悪いピッチャーの場合じゃ」


「ん? 問題?」


「そうじゃ。問題じゃ。華殿はまだ野球に慣れてないから、デッドボールの痛みを異常に怖がっておる。だからピッチャーのコントロールが悪いと、いつでも逃げられるようへっぴり腰で打席に入るじゃろう。

 攻撃力としては期待できないどころか、さっさと打席を終わらせたがるから、適当にバットを3回振って三振するんじゃ。

 ボールが当たって泣いちゃうとそれも可哀そうだし、そういう場合は華殿を試合に出すな。最悪、守備固めか代走。絶対打席には立たせないようにしろ。

 そういう場合のスタメンは6年生のわっぱを起用するんじゃ。6年生なら荒れたピッチャー相手にしっかり四球を選んでくれる」


「そ、そうか……そうだな……うん」


「今日、外野ノックの時に華殿が初めてヘッドスライディングをしたんじゃ。1個ずつじゃ。華殿には1個ずつ恐怖を克服してもらった方がよい。

 でもあの機動力は本物じゃ。それを今使わない手はなかろう。試合前の敵のピッチング練習を見て、わしがどのパターンの布陣でいくか決めるから、各々のパターンのメンバー表を事前に全て用意しておいてもらいたい。

 とはいえわしが今言ったパターンは、相手投手の球速とコントロールを独立した要因として考えた場合の案じゃ。本来は両方関連させて考えるべきだし、もちろんその両方に配慮した新たな布陣も十分にあり得る。

 それも頭の隅に入れておいてくれ」


「お前、相変わらずすげぇな。もはやガキの野球のオーダー作りじゃねぇ。俺もこのチームを立ち上げて10年たつけど、10歳のお前にここまで言われるとさすがに凹むぞ」

「ふん。当然じゃ。おぬしが弁護士の仕事やよからぬ仕事をしている間、わしは毎日のように日米双方のプロ野球を見ておったのじゃ。でも、おぬしも早く監督が出来るようになれ」


 ちなみに、三原“コーチ”と言うぐらいだから、三原は実際の試合で作戦を指揮する“監督”ではない。

 というかこの男、若い頃は野球にまったく興味がなかったらしい。

 毎日武威の戦いに明け暮れ、血で血を洗う生活だったそうじゃ。


 なのでまだ監督を受け持つことはせず、それは野球経験のある父兄に任せておる。

 父兄はわしらの練習を毎日見ることはできないけどゲームの流れは読めるから、試合の時だけ適当に選んだ父兄の経験者をベンチ入りしてもらい、采配を任せておるんじゃ。


 試合中は三原が監督役の父兄から教えを授かったり、逆に選手の特徴を父兄に伝えて采配に生かしてもらったり。

 わしがベンチにおる時は、たまーにわしがこっそり三原に助言したり。

 試合中のベンチ内は、そんな不可思議な空間じゃ。


 でもこの男、伊達に源平合戦で名を馳せたわけではなく、運動神経はなかなかにいい。

 だからプレイヤーとしての三原はすごく上手いんじゃ。

 まぁ、戦場の最前線における斬り合いでは運動神経も必要だから、そういう戦場を生き残ってきた源義仲としては当然なんだろうけど。


 たまにノックを受けるわっぱに交じったりした時に三原が見せるプレーは、夏の甲子園の高校球児のレベルじゃな。

 野球経験は10年程度だとしても、三原は指導者の立場だから己を毎日鍛えることなどできん。

 なのに過酷な訓練を日々しておる高校球児と同じレベルの動きをするのじゃ。

 運動神経がいいから、捕球や送球のコツをすぐつかんじゃうのじゃろう。


 しかも、三原はそのコツを教えるのも上手じゃ。

 なのでわしは細かい技術やコツなどに関しては、三原からアドバイスをいただいたりしておる。

 わしは実際に野球をプレーしてまだ3年ちょいだから、分析や作戦立案には自身があるけど、プレイヤーとしてはまだまだ未熟なんじゃ。


 つまり、試合中と練習中で立場が真逆になるわしと三原。

 わしらも十分不可思議な関係じゃな。

 武威を持つ転生者同士も、野球チームではこんな感じじゃ。


 でも……まさかとは思うけど、華殿の機動力を武威と見なす輩はおるまい。

 華殿は武威を放っておらんし、それは武威を操るわしが保証する。

 興奮したわしが試合中に誤って武威を発動させぬよう気をつければよい。


 最悪の場合、ちょっとじゃ。

 打席ではミートが狂うから使えないけど、キャッチャーをしておる時にほんのちょっとの武威をほんの一瞬だけ使うぐらいなら大丈夫じゃろう。

 ここ一番という重要な局面のみに発動条件を絞り、盗塁阻止やランナー牽制死を成功させる。

 それぐらいじゃな。

 そういう場面以外では使わないようにしよう。


「あぁ、そう言えば、華殿は試合にいっぱい出してもいいと思うけど、わしと勇殿はあまり出さないようにしてくれ」

「ん? なぜだ? まだ体力もないけど、小谷だったら多少疲れてもコントロールが乱れることはないだろう? お前だってもう4年生だ。他の父兄にとやかく言われる学年じゃない」

「そうじゃなくて、わしが注目されたくないからじゃ。わしとしては今年の夏に勇殿。そんで来年あたりにわしがちょろっと名を馳せたい。武威無しじゃ4年生離れしたプレーなど出来ぬし、でも武威の利用も上手くできないから、わしの体のパフォーマンスはやっぱり10歳のものじゃ。

 勇殿に限っては4月に野球を始めたばかりだから、肩周りの肉付きがかなり足りん。フォームが綺麗だから長持ちするけど、本来勇殿は5イニングもつだけでも奇跡といえるような筋肉量なのじゃ。あまり酷使しすぎると体を壊しかねんし、今年の夏は6年生バッテリーにエースの役割を任せたい。

 6年生は今年の夏が最後だしな。年上だけど、やつらはわしの初めての後輩じゃ。

 わしより後に入ったわっぱたちがあっさり引退するのもなかなか悲しいし、わしだって決して負けたくはないから、必要とあらばいつでも出る。だけど、それだけは忘れんでくれ」


 ……


「あぁ、そうだな。覚えておく」


 何度も言うけど三原は怒らせると怖いし、武威の観点から考えれば、今のわしらはライオンさんとアリさんの関係じゃ。

 でもわしが三原にもたらす野球の知識だけは三原も認めてくれておるし、結果、わしの価値も認めてくれておる。

 だからわしは三原に殺されることなく、今日まで生き長らえることができた。

 とか言い出すと、捕食者っぽいあの頃の恐怖も思い出し、三原が一気に恐ろしくなるけど、今ではそんなこと考えられんというのもわしの本心じゃな。


「わしらが6年生になる前に監督になっておけ。全国大会に連れて行ってやるわ」

「ふっ。期待しとく」


 さて、野球の話は終わりじゃな。

 会話を優先してたから、わしの手元のメルヘンフードはほとんど手つかずじゃ。

 練習後は腹もすくし、もう我慢できん。


「あっ、忘れておった」

「ん?」

「なんか寺川殿が昨日わしに、“夏休みになったら京都で武威を鍛えろ”って言っておったのじゃ。期間は1週間。でも野球の大会もあるし、後で寺川殿から日程調整の連絡が行くはずじゃ。わしとしてはお盆の後ぐらいがいいけど、野球の大会とかちあわんように寺川殿と話を詰めてくれ。それと、寺川殿がうちの両親に話してくれるとも言ってたから、もし三原がわしの父上に会うことがあっても、わしが京都に行く理由は寺川殿の説明と合わせておいて欲しい。あと、その期間は野球の練習休むからな」

「わかった……。そうか。あの寺か。懐かしいな……」

「ん? 行ったことがあるのか? 寺川殿の話じゃ、陰陽師一味以外の者だと訓練できないって聞いたけど。おぬし、鎌倉源氏の一員じゃろう?」

「前に言わなかったか? 俺が本当に鎌倉源氏の犬になり下がったと思うか? って」

「あぁ、そういえば……さすれば、そういうことか」

「おう。そういうことだ。それで……鎌倉と北条の件が不安だけど、俺も久しぶりに行こうかな、京都。前世の仲間の墓参りもしておきたいし……俺も行っていいか?」


 こんな猛獣と1週間も一緒に生活できるか! 絶対嫌じゃ、そんなもん!


「さ、さぁ。寺川殿に聞いてみれば?」


 ここで嫌と言えないわしの小心が、いと憎らしい。


 その後、先に来店してたジャッカル一味が、わしに挨拶をして一足先にファミレスから姿を消した。

 わしも2人前のお子様ランチを無事に平らげ、それをいらいらしながら待ってくれていた三原に急かされる様に、わしらは店を出た。



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