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遠征の肆


「ほら降りろ」


 次の日、野球の練習を終えたわしは三原の車に乗せられてグラウンドの近くのファミリーレストランを訪れた。

 こうやってチームのコーチと私的な会合をすると、他の選手の父兄から疑いの目で見られる可能性もあろう。


 えこひいきにしていると。

 だから光成君だけ1年生の時からチームに入団出来たんだし、4年生なのに試合に出ているんだ。ずるい!

 ……とかな。


 何年か前にそういうクレームを入れた父兄がおったけど、実情が逆なだけにむしろわしの方がめっちゃ腹立ったわ。


 でも表向き三原はわしの父上の従兄弟ということになっておるので、入団の件は大目に見てもらうよう三原が他の父兄に話をつけておる。

 わしもチームの中では勇殿専属の3番手のキャッチャーだし、わしらの出場機会が多くなり過ぎないように三原に調整してもらっておるから、チームメイトとの関係は良好じゃ。


 だけどさ。


 関係ないっちゃ関係ないんだけど、今日の練習とんでもなく辛かったわ。

 わしのチームは夏の間、ユニフォームのトップスにメッシュ地の夏用ユニフォームを着ることになっておる。

 でも今日のわし、そのユニフォームの下に着るアンダーシャツを忘れてしまったんじゃ。


 そうじゃ。

 昨日の夕方、お泊りと野球の準備をする時に康高に邪魔されたせいで、忘れ物をしちゃったんじゃ。


 くっそ。

 嫌な予感はしてたけど、やっぱりじゃ。

 でもわしの体はわっぱの敏感肌そのものだから、メッシュユニフォームの下に何も着ないとボールを投げたりするたびに肩とか背中の皮膚が擦れて痛いし、皮膚がぼろぼろになっちゃたりするのじゃ。

 だから中に何か着ないといけないのじゃ。


 んで、わしは普段着用の派手なTシャツをユニフォームの中に着ることにしたんじゃ。

 もちろん普段着のTシャツに通気性なんて皆無だし、わしはキャッチャーだから練習の大半をキャッチャー防具一式装備したままで過ごしておる。

 昨日梅雨明けしたから今日のグラウンドは30度越えの炎天下だったし、Tシャツは汗をかけばかくほどねっとり重くなるし。

 あとメッシュ地の下に派手な紋様が浮かんで、わしだけすっごい目立つし。

 いろいろと最悪な練習だったわ。


「おい。さっさと降りろ。車に鍵かけなくちゃいけないんだから」


 ファミレスさんの駐車場で、わしより一足先に車を降りた三原が車の外から促しておる。

 でも暑さに若干やられておったので、さっきまで冷房の効いていたこの車内から出たくないし、お店の入り口まで歩くのもだるい。

 なのでぼーっとした視線でフロントガラスの先を眺めておると、三原が武威を解き放ちおったわ。


「おい。いい加減にしろよ」

「お、おう。すまぬ!」


 もちろん武威を放つ三原にわしが逆らうことなどできようもない。

 わしは即座に車を降り、駐車場を歩き始めた三原の後を追う。


 ちなみに三原は8人乗りの大型車を所持しておるけど、インチアップ済みのいとかっこいいホイールとタイヤは練習前にしっかり堪能しておるから、今は我慢じゃ。


 からりんころりんと鳴り響く入り口のドアを開け、わしらは店内に入った。

 土曜の昼間ということで、店内は家族連れでいっぱいじゃ。

 でもいくつかのテーブルは空いておるし、わしらは2名様でございますから待つことなくひるげの席につけよう。


「2名様でよろしいでしょうか?」

「2名様でございますっ!」


 ふっふっふ。この台詞のやりとりがいと楽しい。

 見事なセールススマイルを見せる店員さんの問いにわしが元気よく答えると、いざ侵入じゃ。

 店の奥へと案内され、席につくなり「ふぃー」とご機嫌な声を放つ。

 店内もエアコンはフル稼働。快適の至極じゃな。


 とその時、わしは少し離れたところに見知った顔が並んでおるのに気づいた。


「あーれー? 光君だ―!」

「えっ! あっ、ほんとだ―! おーい! 光くーん!」

「光くーん! おひさしぶりー!」

「おーい! おーい! 元気だったぁ?」


 冥界四天王じゃ。こっちに向かって手を振っておる。

 昨日学校で会っておるジャッカル殿とカロン殿はいつもの感じ。

 久しぶりに会ったミノス殿とクロノス殿はそれを匂わせる挨拶じゃ。


「ん? お前の知り合いか?」

「そうじゃ。ちょっとあっちのテーブルに挨拶しに行ってきていいか?」

「あぁ。でも、店内ではしゃぐなよ? 他のお客さんの迷惑になるから通路に長時間立つな。椅子の隙間に座らせてもらえ」

「あた、当たり前じゃ! それぐらい分かっておるわ! わっぱ扱いするな!」

「ほーう。その発言、確かに聞いたからな。じゃあ俺はさっさとメニュー頼んでおくが、お前はどうする?」

「わしはいつものやつじゃ」

「ん? 子供扱いは嫌なんじゃなかったのか?」

「んな! ……それとこれとは話がちが……」

「冗談だ。お子様ランチ頼んでおくから、さっさと行って来い」


 さっきちょっと怒らせちゃったけど、基本三原とはこんな感じじゃな。

 三原も意外と軽口など叩いたりもするのじゃ。


「2つじゃ。2つ頼むぞ」

「わかったから、さっさと行って来いって。この店の回転率下げんな。迷惑だろ」


 わしは三原に念を押し、席を立つ。

 にこにこしながらこちらを見ておるわっぱ4人の席に向かってとことこと歩き始めると、ベンチシートシートの背もたれに隠れておった冥界四天王の服装が見えてきた。


 鮮やかな露草色のユニフォーム。

 どうやらみんなもサッカーの練習を終えたままの流れで、ここに来たようじゃ。

 練習終わりにファミレスさんで腹を満たすなど、一体どこの大学生じゃ?

 いやはや、彼らのお小遣いはどれほどなんじゃろうな。


 と思っておったら冥界四天王の座るボックス席のさらに向こう側に、これまたよく知った顔が並んでおった。


「あーれ! 光成君じゃーん! こんなところに1人でどうしたの?」

「あー! ほんとだ! あはっ。光成君、ちょっと大きくなったね!」

「きゃー! すっごい真っ黒! うちの子も真っ黒だけど、おんなじぐらいだね!」

「私、光成君とは幼稚園以来だわ! ほんとにおっきくなったわね!」


 ジャッカル殿の母上じゃ。

 しかも他の母上たちも勢ぞろいじゃ。

 あの幼稚園で“ギャルママ一味”の名を欲しいままにし、一風変わった雰囲気を匂わせていたこの集団。

 でも5年もたてば多少落ちついた服装になっておる。


 それでもこの店内におる20歳ぐらいのおなごのお客さんと大して変わらんぐらい若々しい装束だけどな。

 「うぇーい!」とか言いながら意味のないハイタッチをしそうだし、どっちかっていうと、勇殿の父上の若かりし頃とお似合いな感じじゃ。


 でもわしもこのギャルママ一派の勢いが好きじゃ。

 それも否定できんし、このような母上たちに育てられたジャッカル殿たちもノリがよく、彼らとは長いお付き合いを続けておる。

 あの幼稚園の他の猛者どもも、わしの小学校やミノス殿たちの小学校に散開しており、小学校では彼らとも比較的仲良くしておるが、やはりこの冥界四天王との付き合いは一味違うのじゃ。


 さて、それで……。

 どうやらジャッカル殿たちのサッカー練習の送迎にきた母上たちが、ついでにここでママ友の会合を始めておったのじゃろう。

 さすれば別に冥界四天王のお小遣いが上級貴族クラスだったわけではなさそうじゃ。

 あー。安心した!


 と胸をなで下ろしておる場合ではない。

 一安心したところで、ここでジャッカル殿の母上にしっかりと挨拶しておかねばなるまいて。


「ご機嫌麗しゅう。皆様におかれましては、この暑さを忘れさせる華やかさ。薔薇の花束のような美しさを目の当たりにし、わたくしとしても嬉しい限りです!」


 今回は中世ヨーロッパの貴族っぽいパターンじゃ。

 右の掌を胸に当て、左腕はそのまま左に伸ばして掌の向きを天上へ。

 左足は後ろに下げ、上半身だけではなく、体全体を沈めるタイプのお辞儀じゃ。


 むろん笑いの沸点の低いジャッカル殿の母上はこれで大爆笑じゃ。

 ジャッカル殿の母上やカロン殿の母上には学校行事のたびに顔を合わせておるけど、挨拶の時にジャッカル殿の母上を楽しませなくてはいけない自分ルールは今も変わらず続いておるのじゃ。


「あはははははは! ちょ……恥ずかしいから! こんなところでそれしちゃダメだって! くっく! 光成君は騎士か!」


 武士じゃ。

 いや、それはいいとして、これがジャッカル殿の母上じゃ。

 周囲のお客さんやわしに素通りされた冥界四天王。あと、他の母上たちはポカーンってしておるけどな。


 まぁ、わしとジャッカル殿の母上が毎回こういうことをやっておるのを思い出したカロン殿の母上が次に笑い、それをきっかけとして残りのお2人も笑い始めたから結果オーライじゃ。

 決してスベってはおらん。


「んで、こんなところに1人で何してんの? お父さんか、お母さんは?」


 でもさすがにこの問いの答えにまで、貴族の振る舞いを続けるのはできん。

 何かを始めたらそれを最後までやりきるのも武士の在り方だと思うけど、周りの視線がめっちゃ集まっておるのじゃ。

 さすれば普通のわっぱの振る舞いに戻しておこう。


「ん? いないよ。でも、あっちに親戚のおじさんがいるんだぁ。僕の野球チームのコーチもしてるんだよ」

「あら、そうなの。おじちゃんとおいしいお昼ご飯なんて、素敵ね」


 あっ、いいこと思いついた!

 三原にはひざ蹴りの怨みもあるけど、5年前のあの時にわしを運んでくれた恩もある。

 あの時受けた恩を、こういう機会にちょっとずつ返しておこうぞ!


「おじちゃん、弁護士のお仕事やってるの。もしなにか困りごとがあったら、“三原弁護士事務所”をどうかよろしく! 最近ショッピングモールの中のテナントを借りたから、そこに事務所あるからね! ペットショップの隣だよ」

「え? じゃあもしかして幼稚園の時の“あれ”に手を貸してくれた弁護士さん? 光成君のお父さんに作戦授けたっていう……」

「うん。腕は確かだから、どしどしご相談を!」


 ちなみにこの4人の母上たちはあのPTA総会に出席しておる。

 でもあの会合の内容はとてもじゃないけど他のわっぱに聞かせるなどできないし、ジャッカル殿たちがこっちを見ておるから、“あれ”と濁したのじゃろう。


 あと弁護士としての三原の手腕は本物じゃ。

 なぜなら弁護士業務として身辺調査をする時などに、三原は常人では立ち入ることのできない場所にも入り込めむからな。

 警備付きの立ち入り禁止区域に乱派のごとき動きで警備の目をかいくぐって入ったり、高層建造物を外壁から登って窓から侵入したり。

 極めつけは自衛隊や米軍の基地に侵入し、警備の兵と戦いながら裁判の証拠集めをしたこともあるらしいのじゃ。

 おそらく日の本でも5本の指に入る弁護士であることは間違いなかろう。


「オッケー! じゃあ、困ったことがあったらどしどし行くね」

「うん。どしどしご応募を! それじゃ僕はみんなとお話しするから失礼します」


 ジャッカル殿の母上たちと挨拶がてらの会話を済ませ、わしは綺麗なお辞儀をした後、3歩ほど背後に戻る。


「お待たせぇ!」

「わーい。光君だぁ!」

「やっと来たぁ!」

「座って座って! カロン君? ちょっと奥詰めて」

「うん。おいしょ、おいしょ。はい、光君? どうぞ!」


 待たせたな。野郎ども!

 と言いたくなるぐらいの歓迎っぷりじゃな。

 でも笑いはタイミングも重要というし、ジャッカル殿の母上との戦いは目があった瞬間から刹那の時間を争う勝負なのじゃ。

 待たせてしまって、本当に申し訳ない!


 ジャッカル殿が隣に座るカロン殿と一緒にベンチシートの奥に詰めてくれたので、わしは新たに空いたスペースにお邪魔する。

 ジャッカル殿が“まぁ飲めよ”とばかりにドリンクバーのコップに入った緑色のしゅわしゅわを渡してきたのでそれはちゃんと断りつつ、わしらはわっぱっぽい平和な会話をしばし楽しんだ。


「光君も練習終わったところ?」

「うん。みんなもでしょ?」

「もちろん! 今日、暑かったねぇ」

「うん。暑かったねぇ」


 んでじゃ。

 この四天王。

 実は関東圏の他のサッカークラブから黄金の中盤カルテットと呼ばれ、恐れられる存在となっておる。


 わしはわっぱのサッカークラブの仕組みについてはよくわからん。

 けど三原から聞いた情報によると、サッカーは野球と違って明確に学年ごとのチーム分けが行われておるらしい。


 6年生チーム。5年生チーム。4年生チーム……といった具合にな。


 それで、大会も学年ごとに設定されていたり、1つの大会に各クラブから学年別に分けた複数のチームを出場させることができたりするらしいのじゃ。

 でも下級生でも優秀な選手がいたら、そのわっぱは上の学年のチームに合流したり、人数の足りない学年は上の学年のチームにまとめて合流させたりもするのもあるとのことじゃ。


 んでこの4人。4人まとめて6年生のチームに帯同し、それどころか他チームの6年生を相手に驚異的な連携プレーを発揮するらしい。

 いや、以前わしは彼らが試合をしておったのを見たことがある。

 野球チームが練習してるグラウンドの隣にある多目的グラウンドで彼らが試合をしており、それを野球の練習終わりに観戦したことがあるのじゃ。

 なので言える。

 彼らは強い。


 体躯も速度も6年生には敵わないけど、4人の距離感というか、ポジショニングが絶妙なのじゃ。

 この4人で中盤をがっちり固め、敵の攻撃をことごとく潰しつつ、味方のフォワードが攻撃を仕掛けた時には4人そろって即座に攻撃の2列目を構成し、フォワードとともに波状攻撃を仕掛けるのじゃ。


 結果、わしが見たその試合の最終スコアは14対0。

 相手のチームが都内でどのレベルに位置する強さだったのかはわからんかったけど、やりすぎともいえる蹂躙具合じゃった。


 まっ、そのせいで三原に目をつけられておるんだけどな。

 野球の内野手の数は4人。彼らも4人。

 人数がちょうどいいから、噂を聞いた三原が最近調査を始めたらしい。

 1年生から入団出来るクラブの多いサッカーと違い、野球は基本的に4年生から入団を許すチームが多いから、彼らが今から野球に切り替えようとも全然手遅れではないのじゃ。


 でも冥界四天王の勧誘は、わしが結構昔にやっておる。

 それでもサッカーを選んだ彼らを辞めさせることなどできないのも当然じゃ。

 なので三原にはわしが「チームの評判が下がるから、しつこい勧誘は止めよ」と言い聞かせておる。


「そういえばさぁ。そろそろ夏休みだよねぇ」

「うん。そだね。それがどしたの?」

「毎年やってる自由課題なんだけど、今年はお盆の前にやらない? サッカーの大会がその頃に入ってたんなら他の日でもいいんけど、もしかすると僕お盆の後ぐらいから、京都行くことになるかもしれないんだ。多分だけど、1週間ぐらい……」

「うん。わかった」

「こっちで大会の日にち確認しとくね」

「また近くなったら日にち考えよう!」


 冥界四天王の面々も、わしの都合を考慮してくれるとてもいいわっぱたちじゃ。


「うん。ありがとう。じゃ、僕おじさん待たせてるから、またね!」


 わしは皆に別れを告げ、ついでにもう1度お母さん方に会釈して、元のテーブルに戻る。

 席に座ると、三原がひそひそと話しかけてきた。


「もしかして、あの子供たち……俺が入手した写真より相当日焼けしてるけど、あの子たちが黄金世代と名高い“冥界カルテット”か?

 確かお前と同学年だったよな? 学校も同じなのか?」


 まず、すでにジャッカル殿たちの顔写真を入手しておるのがとても怖い。

 あと、やっぱ彼らは冥界にちなんだ通り名をつけられておるらしい。

 心の中で冥界四天王と呼んでおるわしが言うのもなんだけど、いと可哀そうに。


「そうだけど、辞めとけ辞めとけ。わっぱの夢を大人がいじるな。それに今おぬしの事務所の営業もしてきてやったから。最悪、あの中の誰かが事務所に来た時、ついでに提案するぐらいにしておけ」

「うーん。でも……手に入れたい……」


 なんかあれじゃな。

 以前わしの手足をべたべた触った事件。あと、今ジャッカル殿たちを執念深く見つめる視線。

 それらをまとめて考えると、三原は弁護士のくせにあっち系の犯罪者予備軍みたいじゃな。


 でも、怒らせると怖いから、これ以上は言わないことにしよう。

 そんなことよりひるげじゃ。


「いっただっきまーす!」


 わしが席を外しておる間に、小さなワンダーランドがテーブルの上に運び込まれておったのじゃ。

 この忙しい時間帯に、このクオリティの料理を2人前も作る早業。

 しかも三原の頼んだとんかつ定食もすでに届いておる。

 やはりファミレスさんはあなどれん。

 さらには今日の旗印は日の丸と星条旗じゃ。

 幾十年も前に両国の間で起きた大戦のごとく、この2人前を激しくむさぼりつくしてやろうぞ!


 もぐもぐもぐもぐ……


 富士山の型を綺麗に保つチャーハンに、ケチャップのかかったちっちゃいコロッケちゃん。

 その他も言及し出したらきりがないぐらいに色とりどりのラインナップじゃ。

 目の前に座る三原も、とんかつ君の濃厚な肉汁に舌鼓を打って……。


「ちっ……衣がねちゃねちゃだ……。ちゃんと揚げたてのを出せよ」


 くっそ。

 こやつ、そういえば高級取りの独身貴族じゃった。

 このような高級レストランすらもしのぐ、関白級の料亭に出入りしたりもしておるのじゃろう。

 年齢を経ておるから舌が肥えてるのかも知れんが、ここの料理をバカにするとはなんという暴挙。

 おぬしの事務所など、わしがちょこっと悪い噂を流してやれば潰れることになるのじゃぞ?

 石田三成の政治手腕を舐めんな。


「……もぐもぐ……」


 いや、こやつにはよからぬ仕事に関する報酬もあるっぽいし、どっちかっていうとそっちの方がメイン収入のような気もする。

 暗殺やそれに近しい危険な任務。どう考えたって1件当たり数百万の仕事じゃ。

 それに寺川殿ですらあんな軽い口調で人殺しをほのめかしておったぐらいじゃ。

 こやつともなれば、裏の稼業の過酷さは寺川殿の比ではなかろう。

 そんな奴に対してちょっとやそっとの営業妨害をしたぐらいじゃ、なんのダメージも与えられそうにないな。

 諦めよう。


 それにしても、こやつは一体どれほどの惨劇を起こしてきたんじゃろうな。

 聞いてみたい気もするけど、今は土曜の昼下がりじゃ。

 周りは幸せそうな家族が溢れておるし、こんなに平和なファミレスさんでおぞましい話など聞くのも辞めておこう。


 あと、そういえば京都遠征の件を三原に言うておかないとな。

 寺川殿が持ちこんだ案件じゃ。

 三原と寺川殿の関係もあるだろうし、日程の調整は寺川殿にお任せしておるけど、野球の大会もあるから事前に一言伝えておくのがいいじゃろう。


「三原、あのな……」

「来週の大会。お前はどう見る? 俺としては、お前と小谷。あと宇多をレギュラー入りさせて、スターティングメンバーとして使いたいんだが」


 あぁ、なんとまぁタイミングの悪い。

 いや、今絶対にわしが先に話を始めたし、それを三原も確実に聞いていたはずじゃ。

 なのにこの返し。

 三原? 貴様、弁護士のくせに会話能力皆無か……?


 あと、うん……。

 最近は野球をするおなごのわっぱも多くなった。

 そのゆえ、どっちかってゆうと“少年野球”というより、“学童野球”という言の葉の方がよく聞くようになった。

 地域によっては少年野球を中学生、学童野球を小学生と区別したりするところもあるけどな。

 つまるところ野球をするおなごも増え、男女の隔たりを超えたチームが当然の様になっておるのじゃ。


 そして……。


 そうじゃ。


「わっしょーい! さぁこい、わっしょーい!」


 今日の練習でも……いや、練習の時はいっつもセンターでそう叫んでおる。

 掛け声が間違っておるし、試合の時は恥ずかしいから辞めよと何度も忠言しておるのに、一向に改めようとはせん。

 そのくせ足だけは他のどの6年生よりも速いから、4月に入ったばかりなのにすでにレギュラー入りを手中に収めようとしておる。


 そうなのじゃ。


「え? なんで? お祭りみたいで楽しいじゃん! 光君も一緒に叫ぶ? 楽しいよ!」


 うちの野球チームには華殿がおるのじゃ。



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