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陣中の壱



「おっはよー!」

「おっはよー!」

「ぐっもーにーぃ!」


 勇殿の城の前で、わしらは挨拶を交わす。

 最後に異国かぶれの挨拶を発したのはわしじゃ。

 そんでもってお見送りのために城の前に出ておった勇殿の母上にも挨拶をし、わしらは小学校へと出発する。

 と思ったらちょうど勇殿の父上が通勤のために車を車庫から出してきたところじゃった。


「勇君のお父さんも、行ってきまーす!」


 もちろんわしは母上から日頃言われておる通り、元気のいい挨拶は欠かさん。

 運転に集中しておった勇殿の父上もわしらに気づき、車の窓を下げた。


「光君。次いつうちに泊まるの?」


 いや、待て。

 勇殿の父上? 先に挨拶じゃろう?

 それに、そんなギラギラした目つきで泊まれと言われても怖すぎるわ。


 でもこの勇殿の父上の鬼気迫るプレッシャーにも事情があるのじゃ。

 勇殿の父上とは、今も将棋を通じて好敵手のような親交を深めておる。

 物心ついたときからわしに将棋を仕込まれた勇殿の成長ぶりももちろん見逃せるものではないけど、そんな勇殿とわし、そして勇殿の父上。この3人で総当たりのリーグ戦をやっておるのじゃ。


 でも勇殿の父上の仕事柄、わしが勇殿の城に泊りに行けるのは週末のみじゃ。

 だけど週末は週末でわしも色々と忙しいし、試合の頻度はだいたい数週間に1度といったところじゃな。

 そんな感じでわしらは1年を通したリーグ戦を設定し、1回の宿泊で各々2試合をこなす形のリーグ戦をやっておるのじゃ。


 ちなみにわしが勇殿の城に泊りに行く時は高確率で華殿も泊りに来る。

 でも華殿は将棋に興味を持っておらんからわしらが一喜一憂しながら駒を差すのをニコニコ顔で観戦し、と思ったらすぐに飽きて勇殿の母上に絡んでいったりしておる。

 勇殿は1人っ子だから、勇殿の母上は華殿のことをいと可愛がっており、一緒にパンなどを作ったりしておるな。

 そんな感じのお泊りイベントじゃ。

 んで勇殿の父上はそんな夜が次いつ訪れるかをわしに聞いておるのじゃ。


 でーもーなぁー。

 今週末は例によって忙しいし、来週の土日は野球の大きな大会が入っておるのじゃ。

 わしのチームには勇殿も入っておるし、つーか勇殿は4年生でありながら、うちのチームの3番手ピッチャーじゃ。

 まぁ、その件も後々語るとして、試合の流れによっては――あとうちのチームの勝ち残り具合によっては勇殿が投げることも十分あり得る。

 勇殿が投げるときはわしがキャッチャーをしなきゃいけないから、来週の週末の夜はお互い疲れをとることを優先せねばなるまい。

 なのでわしは勇殿の父上の言に、いぶかしげな表情で答えた。


「うーん……再来週か、その次の週……かな?」


 つーか、勇殿の父上? 来週大切な大会があることを、そなたも知っておるはずであろう?


「来週の頭……月曜か火曜に雨降りそうだよ? 雨降ったら俺仕事休みになるんだけど、そうなれば学校が終わった夕方ぐらいから対決出来るじゃん。

 雨降るのが火曜日だったとしても、野球の練習が終われば……いや、野球の練習も休みになるかもしれないし」


 必死か!


 あと雨が降れば、現場によっては大工さんの仕事ができないこともあろう!

 それは認める!


 でもじゃ!

 勇殿の父上は去年現場監督になったのであろう?

 だったら事務所で出来る仕事もあろうが!

 そういうのを出来る時にちょいちょい済ませておくことで、他の日に早く城に帰れるよう努力しろよ!!

 勇殿が「最近、お父さんの帰りが遅い」って嘆いておったわ!


 ふーう。ふーう。


 まぁいいか。

 わしを交えて親子の親睦を深める。

 これも1つのコミュニケーションの形なのかもしれんしな。


「うーん。わかった。じゃあ来週の月曜か火曜のうち、雨が降った日に。それがもし火曜日だったら練習の後ってことで……。でも、平日のお泊りは……お父さんとお母さんに聞いてみないとわかんない」

「じゃあ、ご両親に話しておいて! 泊りがダメでも夜遅くなったら送ってくし! ご飯もうちで食べればいいし! それでよろしく!」

「……う、うん。わかった……お仕事頑張って……」

「お父さん、いってらっしゃい!」


 最後にわしと勇殿が勇殿の父上を見送り、勇殿の父上は勇ましく車を発車させた。

 唯一月曜日にピアノのお稽古が入ってる華殿が、ものすっごい目でわしらのことを睨んでたけど、気づかなかったことにしておこう。


「よし! しゅっぱーつ!」


 わしが意気揚々と叫び、勇殿と華殿も歩きだした。


 とことことこ……


 勇殿と華殿。

 ランドセルを意気揚々と担ぐその姿は、どこから見ても立派な小学生じゃ。

 勇殿と華殿はもちろんわしと同じ小学校に通うておる。

 でも同学年に3つある足軽組にそれぞれ綺麗に振り分けられ、勇殿は4年1組。華殿が2組。そんでわしが3組となっておる。


 ジャッカル殿たち冥界四天王も無事に育ち、ゾウさんバス衆であったジャッカル殿とカロン殿はわしらと同じ小学校じゃ。

 彼らはわしと同じ足軽組に所属しておる。

 でも残念なことにキリンさんバス衆だったミノス殿とクロノス殿の城は隣の学区となっており、この2人は違う小学校に通うことになった。

 まぁ、戦国の世なら幼馴染が10人いたとしてもそのうちの半数は幼い頃に戦に巻き込まれたり、病気や事故によって命を落とす。

 10まで生きることも難しい時代だったじゃ。


 そう考えると皆々10歳まで無事に命を長らえたことは奇跡に等しく、違う小学校に通うておるなど些細な問題じゃろうな。

 それに冥界四天王の4人は地域の少年サッカーチームに所属しており、4人の親交は今も途切れておらん。

 というかジャッカル殿を交えて遊ぶ時などは、わしと勇殿、あと冥界四天王がジャッカル殿の家に集まったりするしな。

 中学生になれば同じ中学校になるというし、あまり大きなことではないのじゃ。


 それと、あかねっち殿とよみよみ殿。

 あかねっち殿はキリンさんバス衆だったからミノス殿たちと同じ小学校。よみよみ殿はわしらの小学校に通うており、勇殿と同じ1組じゃ。

 たまに1組の廊下を通り過ぎる時に教室の中を覗くと、大人しい性格の勇殿と、これまたさらに大人しい性格のよみよみ殿が窓際で日向ぼっこなどしておる。

 まるで老夫婦じゃ。

 その数秒後には超速で廊下を走ってきた華殿が静寂を破り、のどかな日向ぼっこが終わっちゃったりするんだけどな。

 でも結局、放課後に誰かの家で遊ぶ時はこの2人も高確率で関わってくるし、わしらばら軍2組の腐れ縁は今も続いておると言っても過言ではないじゃろう。


 あと、どうでもいいけど由香殿と由香殿の兄は私立の小学校に行きやがったと聞いておる。

 まっ、どうでもいいか。

 由香殿の兄が月謝の高いエリート野球チームに所属しておるけど、こないだの練習試合の時、わしと勇殿のバッテリーでやつらの自信と月謝を打ち砕いてやったしな。


「ふーう。あっついねー」


 空から照らすお日様の攻撃力が徐々に強まり、気温も上がっていく。

 道を行く人の群れも増え、そんな中わしらは集団登校の集合場所に辿り着いた。

 1年生から6年生までのわっぱが計8名。わしらを加えると11人の行軍じゃ。


「よし! みんなぁー! 行くよー!」


 6年生のリーダー殿が大きく声を上げ、わしらも手を上げて答える。

 その後挨拶の波状攻撃をしてくるサラリーマンの群れを、これまた元気のいい挨拶で応戦しつつ、わしらは小学校に到着した。


「んじゃ、帰りにまたここに集合ね!」


 校門の脇でリーダー殿が解散を下知し、こっからは個人行動じゃ。

 校門から玄関まで走り出す者。友人を待つために足を止める者。

 この後の行動は様々じゃな。

 んでわしらは特に誰かを待つわけではないので、すぐに教室へと赴いた。

 その途中。下駄箱エリアで偶然わしらは見知った顔に出会った。


「きゃ! よみよみ! どうしたの、その顔?」


 よみよみ殿じゃ。

 普段彼女が参陣する時間帯を考えるとここで遭遇するのは珍しいことではないけど、よみよみ殿のたわわなほっぺに大きな湿布が貼ってある。

 その痛々しい姿に驚き、真っ先に華殿が言を発したのじゃ。

 でも華殿がさような心配を向ける相手は、結局あのよみよみ殿じゃった。


「き……昨日の稽古で良いの食らっちゃっただけ。でも……大丈夫。あの敵は――我が人生を全てかけてでも、いつか倒すから……」


 かっかっか!

 さすがよみよみ殿じゃ。

 相変わらず空手を続けておるし、その稽古の過程で怪我をしても闘志を絶やすことはない。

 わしの侍魂が震えるぐらいのかっこいい台詞も聞かせてくれたしな。


 でも、流石によみよみ殿の顔に怪我を負わせるほどの使い手がおるなど、想像できんな。

 空手のお稽古がどのように行われておるのかもよくわからんし、そこは聞いてみたい。

 聞いてみよう。


「痛そう……大丈夫?」

「き、昨日よりは大丈夫。腫れも……引いてきてるし」

「そう。ならよかった。でもよみよみに怪我させるなんて、相手はどんな人?」

「うちの流派の師範……」


 そうか。なら仕方ないな。

 自分の師匠を“敵”って断言しちゃったのはどうかと思うけど、師範というぐらいなんだから多分大人じゃろう。

 でも大人だからこそ、手加減すべきとも思う。

 まぁ、やっぱり空手の道場のお稽古システムはわからんし、よみよみ殿もそれだけ期待されているんじゃな。


 頂点を目指すなら、極限まで訓練すべし。

 育てる側も温情の余地なし。


 ゆとり教育やモンスターペアレントなどシカトじゃ、シカト。

 野球の練習中しょっちゅう三原に水分補給タイムを懇願してるわしが言えた義理じゃないけど、わっぱは厳しく育てねばならん。

 それはそうと、ここで話を咲かせておる場合ではない。

 早く教室に行かねば、朝の会が始まってしまうのじゃ。

 でも、その前に……。


 さすりさすり……。


「痛いの痛いの、飛んでけー!」


 怪我をしたところを見せられたら、それを触りたくなるのが人情というものじゃ。

 もちろん、ただ触るだけではよみよみ殿に不快感を与えてしまうから、傷の治癒が早くなるまじないもつけておいた。

 かっかっか!

 ほっぺを触られて、よみよみ殿が顔を赤らめたわ。

 あと、それを見ていた勇殿が少しふてくされた。

 ふっふっふ!

 もちろん、わしが勇殿の機嫌を無視することなどない。

 よみよみ殿のほっぺをさするこの行為も、それを見越した上での布石じゃ。


「じゃ、次。勇君?」

「え?」

「え? じゃなくて。勇君もよみよみのほっぺ治してあげなきゃ!」

「え? そんな……僕は……いいよ」

「よくないよ。みんなでやらないと。早くして。次、華ちゃんだし、後が詰まってるよ」

「う、うん。それじゃ」


 わしに促され、勇殿が照れながらよみよみ殿のほっぺを優しくさすり始めた。

 ひゃっひゃっひゃ!

 わしは勇殿の気持ちもうすうす感づいておる!

 勇殿もそういうお年頃なのじゃ!

 つーか、わしが思うにこの2人は将来結婚するような気がするんじゃ。

 まぁ、それは本人たちが考えることで、外野のわしがとやかく言えるものでもないけどな。

 もしこの2人の結婚式に呼ばれることになったら、友人代表の余興として究極にまで高めた“敦盛”を披露してやろうぞ!


「痛くない?」

「うん。普通」

「じゃ……痛いの痛いの、飛んでけー……次。華ちゃん?」

「ほいきた! お任せあれーぃ!」


 勇殿が照れながら華殿に順番を譲り、華殿は従来通りのノリの良さを発揮する。

 そんな感じで下駄箱で戯れた後、わしらはそれぞれの教室に向かうことにした。


「おっはよー!」


 教室に入ると、今度はジャッカル殿とカロン殿じゃ。

 野球の練習で日焼けしておるわしが言うのもなんだけど、この2人サッカーの練習で真っ黒じゃ。

 サッカーのチームの平日練習は夜だと聞いたけど、なんか平日も日々黒くなっておる気がするな。


 んでそれぞれと挨拶を交わした後、わしは自分の席へとつく。

 時間割表を見れば、今日は……先鋒が国語。次鋒が理科。続いて中堅に体育で、副将に社会。ひるげを挟んで大将が道徳じゃ。


 教科書のほとんどを机の引き出しの中に置きっぱなしにしておる件は触れないでおくとして……。

 わしはもちろん体育が大好きだけど、理科と社会も好きじゃ。

 今も図書室には足しげく通い、数々の書物を読み込んではおるが、国語の教科書は今のわしには物足りん。

 もっとこう救いようのないクズがストーリーをかき乱したり、圧倒的な権力が主人公の前に立ちふさがったり……みたいな。

 そういう物語を教科書に載せてもいいような気がする。

 あと数学は前世でわしが身につけた算術と比べてもまだレベルが低いし、音楽はやはり寺川殿の英才教育がダントツ過ぎて、他の先生殿ではもの足りん。

 図工やお習字はそれなりに楽しんでおる。


 ――問題は今日の大将戦。

 道徳の時間じゃ。


 そう。

 “花金”たる今日の締め。

 しかもひるげとその後の暇タイムが終わったばかりの眠い時間帯に道徳のお勉強が入るという、悪魔のごとき時間割なのじゃ。

 あのなまったるい逸話の数々。前世で人を殺しまくったわしに、あれらの逸話を参考にしてあらためて道徳心を養えというのじゃ。

 片腹痛いわ。


 わしも現世に生まれ出でて早10年。

 生まれた瞬間から大人の理解力を駆使し続け、前世と現世における善悪の違いはすでに理解し終えているつもりじゃ。

 今さら新たな道徳心を養うつもりなど毛頭ない。

 なんだったら5年前のあの事件の時、道徳心を養ったはずの大人達が行った醜い言い争いも間近で見ておるしな。

 日の本を出ればなおさらエグい世界が広がっておるともいうし、そんな世界の中でこんなもんを参考に道徳心を養ってもいいカモじゃ。

 カモさんがネギ背負うどころか、ネギと一緒にすでにお鍋の中に入っているぐらいじゃ。


 といった考えを持っておるので、わしはあえて着眼点を変えてこの授業に臨んでおる。

 その昔幼稚園に参陣していた頃に日課としておった書物調査。平たく言うとあれと同じじゃ。

 現代のわっぱたちがどのように道徳心を養っておるかの調査が出来るのじゃ。

 しかも授業の最後に先生殿が模範的な感想を述べるので、なおさら有意義な調査となる。

 これと、今も図書室で続けている書物調査を合わせれば、もはや死角なしじゃ。

 でもたまに足軽組を代表してわしが感想を述べさせられることもあるし、そういう時に睡眠欲をかき消して必死に偽善者を演じねばいけないのがなかなかしんどい。


 まぁよい。

 今日は午後の道徳だけ警戒しときつつ、それ以外は普通の授業だから、先生殿の話を淡々と聞いておればいいのじゃ。

 他は――そうじゃな。

 途中次鋒戦と中堅戦の間に設けられた暇タイムの時間に図書室へ赴いて本をお借りしたり、ひるげの後の方の暇タイムでジャッカル殿たち足軽組メイトと遊んだりしておるけど、遊びのクオリティが上がっただけで、真新しいことはない。


 今は懐かしき“オチムシャFIVE”ごっこ。

 わしは今もまだあの魅力を覚えておるが、他の皆々が恥ずかしがって一緒にやってくれん。

 ちと寂しいけど、それもみんなの成長の証じゃ。


 ドッジボールをしたり、サッカーをしたり。あと、たまに野球をしたり。

 そんな感じで日々を過ごしておる。

 それで大将戦が終わったら、みんなで足軽組拠点やその他の施設の掃除を行い、下校時間じゃ。


「光君? 今日帰ったら何するの?」


 帰り道で、勇殿が寂しそうな顔で問うてきた。

 けどわしは寺川殿の長屋に行くのを誤魔化しておく。

 まぁ、たまーに勇殿も一緒に寺川殿の長屋にお泊りしたりするけど、今日は転生者同士の込み入った話し合いをせねばならんので、勇殿にはそれを聞かれとうない。

 なので泣く泣く嘘をつかねばならんのじゃ。


「ん? あぁ、今日は八王子のおじちゃん家に行かなきゃいけないんだ」

「えー? まーたぁ? 遊ぼうと思ったのにぃ」

「うん、ごめん。明日の練習には出るからさ。そん時にまた。ね?」

「うー……わかったぁ」


 なんか最近野球の練習も含めて、いっつも勇殿と遊んでいる気がするな。

 まぁ、ランダムに他のわっぱも混ざるから2人だけってことはあまりないんだけど、基本わしの交友関係の基幹には勇殿がおるのじゃ。

 別にいいんだけどさ。

 でも流石にこんな顔されると可哀そうだから、わしとしても何とかしてあげたい。


「……日曜日は? 日曜日だったら、僕暇だけど。勇君は?」

「うん! じゃあ日曜日に遊ぼう! 僕、ずっと病院に入院しているお祖父ちゃんがその日に手術だから、お父さんたちと病院に行くことになってたけど、そっち辞めにする! なんか遠くから親戚とかも来るらしいんだけど、僕そっち行かないで光君と遊ぶ!」


 勇殿はあいかわらず、たまにこういうことを言い出す。

 なので、詳細はわからないけど多分その日はおじいちゃんの山場だから絶対病院に顔を出すように説得し、わしらは勇殿の城の前で別れた。




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