わしの一撃を受け、ばばあは鼻血を吹き出しながら後方に倒れた。
ついでに、倒れた時に反対側の下駄箱の角に頭を打っちゃった。
「……」
やりすぎたか……?
いや、痛みでもがいでおるから死ぬことはあるまい。
そもそもわしだって昨日あやつにぶん殴られたし、これで痛み分けじゃ。
さすれば次に注意を向けるべきは残りの敵兵じゃな。
わっぱたちのコモドドラゴンさんアタックはまだ続いておるから、刹那たりとも気は抜けんのじゃ。
あと、わしのためにこの戦場に飛びこんだ華殿の安否じゃ。
だけど……見れば、華殿は相変わらずの身のこなしで、いつの間にかこの激戦区から退避しておった。
いや、ものすっごい近くにおるけどな。
わしに箒を投げた後、華殿は回転レシーブの受け身の要領で体の動きを制御し、次の動きでわしの立つ下駄箱の上に飛び乗りおった。
と思ったら次の瞬間には壁際にある別の下駄箱に跳び移り、んでもって壁蹴りしながら天井近い高さにある壁の通気口の枠に手をかけたのじゃ。
そんで今はぶら下がったまま体を縮めておるので、下におるわっぱの手は華殿の足にすら届かないという状態じゃ。
「わたしのことは心配しなくていいよう!」
周りに迫る敵兵をわしが箒で打ちのめしておると、上の方からそんな声が聞こえてきた。
心配などするか。
いや、一瞬心配したけどさ。
つーかわしと一緒に戦ってくれるわけではないのだな……?
武威を持っておらんのに桁はずれな身のこなしといい、その脚力を持っていながら四面楚歌のわしを傍観しようとする姿勢といい、わしとしてはいろいろと悔しい。
けれどおなごに戦えというのもマナー違反じゃな。
さすればここは孤軍奮闘せねばなるまい。
さっき華殿が貴重な武器を渡してくれたんだし、ここからは反撃開始じゃ!
「とう! とう! とーう!」
武器を手にしたわしは下駄箱を降り、迫りくる敵に真っ向から斬りかかる。
でも、“斬りかかる”っていっても軽い当て身じゃ。
わっぱの体に本気で箒を叩きつけると、それこそ骨折や臓物破壊になりかねん。
なのでおでこや脛などに手加減した一撃をお見舞いしていく感じじゃ。
「どんどんかかってこーい!」
1人、また1人とわしの手にかかり、玄関に響く泣き声が増えてゆく。
しばらくそんな作業を続けておると玄関の制圧が終了し、わしは廊下に残る敵兵に目を向けた。
敵の残りはまだまだいっぱい。
由香殿の兄上一派も奥に潜んでおる。
箒を握る手に力を込め敵を睨んでおると、その時背後で静かな着地音がした。
しゅた……。
どうやら玄関の制圧具合を見て、華殿が床に降りたらしい。
でも、もう大丈夫じゃ。
ここから先は廊下での戦い。
細長い通路をわしが敵を倒しながら進む。
さすればわしが背後に敵を回らせない限り、敵の手が華殿に届くことはない。
華殿もそれを見越して降りてきたのじゃろうけど、そこらへんの察しの良さも怖いな。
この機動力。その他の行動。
最近続く転生者との遭遇がわしの心に何かを訴え、(もしかして華殿も?)という考えが頭をよぎる。
でも彼女からは武威を感じない。
いろいろと不可思議で、いろいろと怖い存在じゃ。
でも、彼女の件もとりあえずは後回しで。
わしは箒を握る手に力を込め、敵陣突破に向けて動き出した。
「せい! せい! うりゃ! とう! ほい! 沸騰! 沸騰! 必殺、ししおどしっ! ドリフトぉ! あと、ついでに最終奥義! スタッドレス大回転!」
いやはや、雑魚を蹴散らすのは相変わらず楽しいな。
途中テンション上げ過ぎて趣味に関する専門用語が掛け声に混ざったけど、必殺技は大きく叫ばねばならないのじゃ。
およそ25の敵兵を戦闘不能に追い込み、それでも迫り来る敵をバッサバッサと打ち倒す。
1つ悔むべきは、テンション上げ過ぎて武威の無駄使いをしてしまったことか……。
だって楽しいんだもん。だから仕方ないもん。
残りの敵は十数人。ノーマルモードのわしの予想最大撃墜数よりちょっと多いから、最後は本当に死力を尽くして戦わねばならんな。
けど背後には華殿もいるし、わしがピンチになったら華殿が助けてくれるじゃろ!
と、敵の攻撃を避けながら背後に目をやり華殿の様子を確認してみると、時を同じくして華殿が敵陣の方を指差し、わしに何かを伝えようとしていた。
「ん?」
その動きに気づき、わしは再び前方に目を向ける。
敵陣のさらに向こう側から、新手が姿を現しておった。
「光君を助けるぞー!」
「おー!」
「こないだのお返しだー!」
「陣形よ―い!」
ジャッカル殿を始めとする冥界四天王じゃ。
おそらく彼らも足軽組拠点に閉じ込められておったのじゃろう。
でもわしに敵戦力が集まっておったから警護が手薄になり、監禁からの脱出に成功した。
んでわしに加勢してくれようとしておる。
手に持っておる武器がフラフープなのがちと不安だけど、戦意は十分じゃ。
あと昔一緒にオチムシャFIVEごっこをした時に、わしが彼らに仕込んだ足軽組の基礎陣形を始めおったわ。
狭地において横一線の戦列を構成し、掛け声に合わせて槍を上下に振りながら前進する戦法じゃ。
「振り上げ……せい! 振り上げ……せい! 振り上げ……せい!」
見事じゃ。よくぞここまで息の合った足軽戦法を身につけたものじゃ。
あと敵陣の背後に由香殿の兄上一派が潜んでおったのも幸いだな。
ジャッカル殿たちが現われた位置的に、足軽組戦法の最初の犠牲者は由香殿の兄一派じゃ。
これまでさぞ悔しい思いをしてきたであろうジャッカル殿たちの仕返しが、今まさに行われておる。
んでさ……。
そんな光景見てるとさ……。
やばい。感動してきた。
遊び半分で仕込んだだけなのにまさか彼らがこんなところでわしの教えを守るなど……。
しかもそれでわしを助けようとしてるなど……。
ちょっと……本当に嬉しいわ。
「ぐす……」
彼らの勇ましい掛け声と、敵の泣き声がわしに近づいてくるのを聞きながら、わしは思わず瞳を濡らす。
だけど戦いの流れはさらなる激流を持ってわしらに傾いた。
冥界四天王の後ろにも追加の友軍が見えたのじゃ。
ジャッカル殿たちと同様に監禁されていたであろう、他のわっぱじゃ。
ほんの数人だけどジャッカル殿たちの後を追って、この場に姿を現したのじゃ。
「何してんの!?」
「いいからそこの傘を武器にして、ここに並んで僕らの真似をして! 光君を助けないと!」
新手の1人がジャッカル殿に問いかけ、ジャッカル殿が指示を出す。
「うん、わかった!」
そして新手の数人も近くの傘を手に取り、冥界四天王の動きと同様傘を縦に振り始めた。
「振り上げ……せい!」
「こんな感じ? ねぇ、こんな感じでいいの?」
「そう……振り上げ……せい!」
「うわ! 楽しい! おいしょ! おいしょっと!」
「声も合わせて! 振り上げ……せい!」
「うん、わかった! 振り上げ……せい!」
急な状況にも関わらず、新手の足軽組メイトはいと楽しそうにしておる。
さすがじゃな。
そもそも我が足軽組は日の本屈指のアウトロー軍団じゃ。
これまで何度か起きた我が足軽組拠点への来襲事件に応戦できるほど冷静じゃないけど、誰が敵で誰が味方かさえ分かれば、好戦的な足軽組メイトの戦線加入は速やかじゃ。
こういうイベントは嬉々として参加する野蛮な獣たちなのじゃ。
廊下に並んでいた冥界四天王の隙間に新手が入り、陣形はさらに強固なものになる。
前門のわし、後門のジャッカル。
これはまさに第四次川中島の合戦じゃ。
信玄公が失敗したあの“きつつき戦法”がこのちんけな幼稚園で成功しようとしておるのじゃ!
と、前方に意識を向けながら敵の攻撃を避けておったら、背後から思わぬ一撃をくろうた。
「ぐっ!」
すでに倒したはずのわっぱがいつの間にか泣き止み、ジャッカル殿たちに感動して油断しておったわしの背中に一撃をくらわせおったのじゃ。
しまった。まさかこんなに早く復活するとは。
手加減しすぎたか……?
しかもわしの武威もすでに底をついておったから、今くらった一撃が物凄く痛い。
あと鼻血ブーのばばあ先生殿も起き上がり、ふらふらしながらもわしのことを睨んでおる。
他にも2、3人の敵兵が復活し始めておる。
これ、ちょっとヤバいな。
華殿がそやつらに向かって構えておるけど、華殿1人ではさばききれまいて。
これは、本当に死力戦じゃ。
しかし……。
まだ、追加の戦力がおったわ。
「やぁ!」
箒を手に持って構えておるあかねっち殿と、掛け声をあげながらばばあの背中に正拳突きをしたよみよみ殿じゃ。
内草履を履いておるにもかかわらず、武闘派のツートップが玄関の方から乗り込んできたのじゃ。
でも、どっちの判断じゃろうか?
一足早く足軽組拠点を抜け出た華殿。監禁が解けるや否や、廊下に飛び出してここに来たジャッカル殿たち。
対してこの2人はおそらく別行動をとることを決断し、軽組拠点の窓から外に出てここに来たのじゃろう。
あの窓、外から見ると結構高いんだけどな。
野菜を貰う時わしが窓枠に体半分まで身を乗り出し、外におる相手が必死に背伸びすることでやっと野菜を渡すことが出来るぐらいの高さじゃ。
あとあの窓から出入りするのは寺川殿からきつく禁じられておるから、寺川殿への服従を誓った足軽組メイトがその誓いを破るなど、なかなか度胸のいることじゃ。
にもかかわらず、この2人はそういう判断をした。
そもそもこの状況で裏道を模索するなど、本能で動くわっぱの思考とは思えんほどに思慮深い。
でもこの2人の戦力的がとても心強いのも否めん。
助かった。
これだけ面子が揃ったなら、むしろ自城に取り残されておる勇殿が除け者みたいで可哀そうだけど、戦力として十分じゃ。
「あかねっち! よみよみ! ここはまかせるね!」
わしは2人に叫び、2人もしっかりと頷く。
次に華殿がこちらに振り返り、わしに問うてきた。
「光君はどうするの?」
「僕は教員室に行く! あのデータを取り戻さないと!」
当初の予定じゃ。
「じゃあ、私も!」
ん? なんで?
いや、いいか。
わしは華殿の提案に頷き、その時近くにいた敵兵の腹部めがけ、箒の柄で強めの突きを放つ。
「ぐぎゅ」
相手が短い言を発し腹を押さえながらうずくまるその背中を利用して、わしは大きく跳び、もう1人の敵兵を飛び越えた。
んで、その後はひたすらダッシュじゃ。
背後から急襲されてあたふたしておる10人程度の敵兵の間を、箒で身を守りながら駆け抜け、そんなわしの隣では華殿があいかわらずの機動力を発揮しておる。
数秒の後、わしらは敵陣を突破することに成功した。
「華ちゃん? 急ぐよ!」
教員室めがけて移動速度を速め、途中足軽組陣形を組んでおるジャッカル殿たちとすれ違い――いや、ここは感謝の言を言わねばなるまい。
「光君!」
「みんな、ありがと!」
猛ダッシュするわしらの動きに気づいたジャッカル殿が陣形にわずかな隙間を作ってくれたのでそこを通り過ぎる時に軽く挨拶し、ついでにジャッカル殿と笑顔のハイタッチをした。
うし!
次は教員室じゃな。
と、ダッシュの勢いそのままに丁字路を曲がり、教員室へ。
扉を開けてみると、明かりこそついておるものの、部屋の中は無人じゃ。
おそらく――多分だけど、ばばあがここで留守番する係だったのじゃろうな。
ばばあは今日のPTA総会に出るのがまずい立場じゃ。
だからここでの待機を下知されたのじゃろう。
でもそれがよかった。
あのばばあは今頃武闘派のコンビに打ちのめされておることじゃろうし、おかげでこの部屋は無人じゃ。
「華ちゃん? ちっちゃい機械、華ちゃんも昨日見たよね? あれ探してんだ。一緒に探して」
「うん。わかった!」
教員室の中を、寺川殿の机を目指して歩きながら、わしは華殿に話しかける。
わしから没収したあのからくり機械がどこにあるのかはわからんが、大方寺川殿の机の引き出しの中じゃろう。
最悪教員室の奥に潜むでっかい金庫に眠っておる可能性もあるけど、そこに入れると他の先生殿の目につくだろうから、あのからくり道具の存在を隠ぺいしたがるであろう寺川殿がそんなところに隠す可能性は少ない。
「ふっふっふ! いと浅はかなり、寺川殿!」
テンションがまたまた上がってしまったため、わしはすぐ隣に華殿がいることも忘れて古き時代の言を漏らす。
「ん?」
「いや、なんでもないよ。それより……どこだろうね?」
思い出し笑いを誤魔化すため、わしは寺川殿の机の前に到着したところで華殿に問うてみた。
だけど華殿の意見も同じじゃ。
「多分、引き出しの中じゃないかなぁ」
ふふふ。
さすれば、この引き出しを調べてみるか。
でも、このあやしい穴。
これ、鍵穴だよな?
もしかして……
案の定、わしが机の引き出しの一番上を引こうとすると、「がっ」という短い音とともに、引き出しの動きが阻まれた。
「うーん。鍵かかってるね。光君? これ、どうやって開けようか? 工具とかあった方がいいよね? バールのようなものが……」
“バール”って何だっけ? 人を殴ったりする時に使う武器じゃなかったっけ?
まぁ、細かいことはいいか。
「うん、そうだね」
くっそ。ここに勇殿がいれば……。
プラスドライバーマニアの勇殿なら、他の工具の使い方にも詳しいだろうし、しょっちゅう用務員殿のところに行っておるから、この幼稚園のどこにどのような工具が置いてあるとかも詳しいかもしれない。
なんだったらこの部屋にある工具の在り処とその種類も性格に把握しておるかも知れん。
でも、勇殿は今自城にて絶賛のけ者中じゃ。
勇殿の知識は諦めねばなるまい。
プラスドライバーじゃなくても、今使えそうな他の工具――そうじゃな。“釘抜き”のようなものがあれば……
「どうしよう? 華ちゃんは机の上に鍵がないか探して。あと、無かったら引き出しをこじ開けられそうな工具とか。僕は他の引き出しも見てみるね!」
と思ったけど、三段構えの引き出しの一番下は鍵がかかっておらんかったわ。
ふっふっふ。寺川殿。詰めが甘い!
と、わしは勝利を確信して余裕の笑みを浮かべる。
でも寺川殿の詰めは決して甘くはなかったのじゃ。
「これだ!」
引き出しを開けると、すぐに怪しいふくらみをもつ白い封筒が目に入った。
しかも封筒の表には“石家光成 没収品”と記されておる。
なんてわかりやすい。
寺川殿? わしは前世の記憶をまるまる持っておると言ったじゃろう?
だから漢字も読めるのじゃ!
「ん? それ?」
もちろん漢字の読めん華殿は未だこの封筒の中身がわしの求めるものだという確信を持っておらん。
封筒を開けて中に手を突っ込むわしを怪訝そうに見ておる。
でも……ひゃっひゃっひゃ!
見つけたぞ! 1日ぶりの再会! 我がストーカーセットとのご対面じゃ!
「うん、これ! これが欲しかったの! これ持ってお父さんたちのところに行かないと!」
そう言ってわしは小型カメラとボイスレコーダーを高く掲げながら、勢いよく立ち上がる。
でもじゃ。
立ち上がりながら投げ捨てた封筒を華殿が異様な瞬発力で掴まえたのじゃ。
んで、華殿が中に入っておった1枚の紙切れの存在に気づいたのじゃ。
「なんか紙が入ってるよ」
「ん?」
“佐吉へ。残念でした。ドンマイ!”
「へ……でした……ド……ン……マ……イ……なにこれ?」
そっか。
華殿は片仮名も読めるのか。
漢字はまだ無理っぽいけど、確か片仮名を習うのは小学校に参陣してからのはずだから、それを今読めるとは華殿はわっぱなりになかなか勉強熱心じゃ!
そうじゃない! どういう意味じゃ!
ダイニングメッセージのような意味深き手紙を読み、わしはあわてて教員室から飛び出した