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決戦の参


 次の日の夕方、わしは1泊2日の病院旅行から帰り、勇殿の城で遊んでいた。

 西の空に日が沈み、勇殿とだらだらテレビを眺めておる。

 座っておるのは小谷家の居間に鎮座するソファー。一軒家城のソファーよりも座面の高さが低く、座イスのように足をまっすぐ伸ばせるので、わっぱのわしらでもくつろげる仕様じゃ。


 んでそんなソファーに座りながら、夕方あたりに放送しておる国営放送のわっぱ向け歌番組を見ておるのじゃ。

 けど寺川世代の音楽センスを持っておるわしらとしてはいくらか物足りない楽曲編成じゃな。

 と上から目線で番組を見ておったら、やっぱわしの体はわっぱじゃった。

 童謡のリズムに促され、わしの意思に反して体が勝手に踊りだそうとしたのじゃ。


「うぐっ!」


 そして、首に走る激痛に顔をゆがめ、わしは再びソファーに沈み込む。

 昨日の事件。

 意識を失うほどの一撃をくろうたにも関わらず、わしの怪我は比較的軽度なもので済んだ。

 今も首の筋に痛みを感じるけどな。

 病院で化け物のようなドでかい機械で検査してもらったところ、脳髄や頭蓋に大きな傷はなかったとのことじゃ。

 でもしばらく時間を経た後でもう1回わしの頭を検査をする必要があったらしく、今日の昼に同様の検査を施され、そんでわしは病院を後にした。

 一軒家城に着いたのは幼稚園の帰宅時間が過ぎ、送り出しのバスが動き始めておる時間じゃったな。

 わしとしては城に居てもなんだし、あの事件の後の顛末を知りたかったから、それを聞くために勇殿の城を訪れたのじゃ。

 まぁ、母上から城でおとなしくしてろと言われたけど、元気なものは仕方あるまいて。


 あとなんでも今晩は父上の仕事が忙しいらしく、母上が久しぶりに父上の手伝いをしに父上の仕事場に行くとのことじゃ。

 自分の子が退院したその日に2人そろって城を空ける両親。

 わしが入院しなかったとしても、そもそも5歳のわっぱを城に置いて夜遅くまで仕事場に滞在しようとする両親。

 育児に対する姿勢が若干不安じゃ。


 でも怪我をしたところが頭なので、父上も母上もわしの症状の遅発を危惧しておられた。

 父上と母上が電話で相談し、仕事場にわしを連れて行こうとしておったことも事実じゃ。

 そう考えると一応わしの身を気にしてくれておるので、保護者としてはギリギリセーフじゃ。

 そもそもわしはお金さえ預けてもらえれば1ヶ月やそこら単独で生活できるので、ちょっとやそっとのお留守番ごときなんら問題はない。


 もちろん父上はわしがそういうわっぱだということも知っておるので、勇殿と遊びたいというわしの主張は意外と簡単に許可されたのじゃ。

 そんで母上が勇殿の両親にわしの世話を頼んでくれて、わしは今ここにいるのじゃ。


 んで、事件は……なんか最近事件と呼べる出来事が多すぎて、嫌になってくるけど……。

 なんでもわしが意識を失った後、先生殿たちによって早急な事態の収束が行われたらしい。

 まぁ、幼稚園に救急車が来た時点で、早急に納めることなどできるわけないけどな。

 なにも知らない他のわっぱが救急車に興奮し、わしらはその救急車に運び込まれた。


 わしと華殿じゃ。


 勇殿はそこまで重い攻撃を受けておらんかったけど、華殿は頭に衝撃を受けておったから、万が一のためにわしと一緒に救急車に乗り込んだのじゃ。

 でも華殿はたんこぶが出来ただけだったので昨日のうちに退院。わしだけ1泊する流れとなった。

 ここまではよい。


 さっきも言ったけど、事件は早急に収束させられた。

 事件後の処理も含めてじゃ。

 またしても由香殿の祖父がしゃしゃり出て、早急な事態の収束と戒厳令を敷いたらしい。


 結果、勇殿を拉致ったわっぱどもの罪は闇に葬り去られ、わしに暴行したばばあの罪も似たような対応になったとのことじゃ。

 5歳のわっぱを思いっきり殴っておいて、ただの厳重注意だと。


 くっそ……。

 なんと忌々しいことか。


 でも、収穫もある。

 小型カメラとボイスレコーダーのデータじゃ。

 あの時のわしは胴体に衝撃をくろうておらんかった。

 なので忌みなる道具たちは壊れることなく、あの事件をばっちり記録できたことじゃろう。

 しかも2つのからくり道具はデータがいっぱいになった後、かってに撮影と録音が止まるようになっておる。

 スイッチを切る間もなく意識を失ったけど、データを延々と上書きするタイプではないから間違いなくあの時の記録が残っておるはずじゃ。


 と思っておったら、あのからくり道具。

 なんでも救急車の中で横たわるわしのポケットから華殿が取り出しちゃったらしい。

 んでそれを手にとって首かしげておったら、付き添いで同乗しておった寺川殿にとりあげられちゃったらしい。


 おい、それはヤバいって!


 と、わしが慌てても時すでに遅し。

 病院の中で意識を戻し華殿からその話を聞いて慌てるわしに、寺川殿が鬼の形相で伝えてきた。


「これは没収です! おもちゃを持ち込む時点で父兄が怒られる事案なのに、あなたはなんてひどいものを持ってたのよ!? 盗撮なんてありえない!」


 ってさ。


 いや、それはそうだけど、その中には誤魔化しようのないやつらの犯行現場があるのじゃ。

 って言い返しても、そういう反論には「大人しくしなさいって言ったでしょ!」って。


 うーむ。


 今、あれらはどこにあるのじゃろうか……?

 寺川殿が幼稚園の教諭の立場として“没収”って言っておったから、寺川殿の長屋に運び込まれているとは考えにくい。

 園児から没収したものを自城に持ち込んだら、それは横領になるからじゃ。

 おそらく教員室のどこか。

 多分寺川殿の机のあたりだろうけど、そこに保管されておると思う。


 でも寺川殿があのからくり道具の中身を消し去っている可能性もあるのじゃ。

 それが心配じゃ。

 ぜひとも中のデータは無事であってほしい。

 そう願うばかりじゃな。


「ふぁーあ……おなか減ったね」


 その時、隣でくつろぐ勇殿が空腹を訴えてきた。

 時計を見ると、短い針が6と7の間ぐらいまで移動しておる。

 わしの一軒家城も、それと勇殿の城も、普段ならそろそろゆうげの時間じゃな。


 でも今日は勇殿の母上がパン屋さんの仕事から帰っておらん。

 逆に勇殿の父上が今日の仕事を休んでおり、わしの隣に座る勇殿のさらに向こう側に座っておるのじゃ。

 んで、空腹を訴える勇殿に、勇殿の父上が反応を示した。


「お母さんがまだ戻ってきてないけど……なんか食べる? 食べ物……あるかなぁ」

「お父さんは黙ってて。僕が光君と僕の分を探してくる」


 そんでもって勇殿がめっちゃ不機嫌な感じで答え、すっと立ち上がった。


 うーん……


 勇殿の父上。そんな顔でわしに助けを求めるな。

 いや、これにも事情があるのじゃ。

 今日、勇殿は幼稚園を休んでおるのじゃ。

 しかもわしはその理由を知っておる。

 幼稚園に伝えた表向きの理由は体調不良となっておるらしいが、そうではない。

 勇殿は今、心に負った大きな傷と戦っておるのじゃ。


 わしがここに来る前、父上の仕事の手伝いに行く母上からちらりと聞いた。

 なんでも、わしが父上と望遠鏡を覗いたあの夜。

 正確にはあの時より数刻前じゃろうな。

 にっくき由香殿の祖父が、勇殿の父上の所属する大工集団組織を通して、勇殿の父上に接触してきたらしいのじゃ。

 事件を収束するために、勇殿が怪我をさせられた先々週の金曜日の事件――わしが寺川殿に取り押さえられたあの事件をなかったことにせよ、と。


 あの時点での由香殿の祖父の考えは、おそらくこうじゃろう。

 自分の孫が毎日のように下級生に暴力をふるっておる。

 それは問題じゃ。

 でも先週の金曜日の方の事件をもみ消せば、月曜日に起きた襲来事件は単独で突発的な、よくあるわっぱ同士の喧嘩と言える。

 突発的な喧嘩ならPTAの会合を開くまでもなく、当事者同士、そして当事者の親同士でかたをつければいい。

 そんな感じじゃな。敵ながらなかなかの手腕じゃ。


 んで、勇殿の父上はその要求を飲むことにした。

 相手は建築業界と強く繋がる区議会貴族じゃ。

 断れば勇殿の父上の大工集団組織に迷惑がかかり、最悪勇殿の父上が仕事を無くす可能性もある。

 一家の生活を考えた上での、苦渋の決断じゃったろうで。

 それで、その圧力に対して勇殿の父上は表向きその要求を受け入れることにしたのじゃ。


 でも勇殿は5歳のわっぱ。正義を信じる穢れなき心の持ち主じゃ。

 なので勇殿のご両親が由香殿の祖父の要求を飲んだことに勇殿は納得できなかったのだろう。

 いや、“納得できない”というよりは、“ショックを受けた”と言った方がしっくりくるじゃろうな。

 先々週の金曜日にあったことは、今後口に出すな。

 あと今後ひまわり軍のやつらにちょっかいを出されても、抵抗せずに逃げろ。

 そんなことを親から言われて、心を保てる5歳児などおらん。


 いや、それでも勇殿は耐えた。

 幼稚園でもやつらの嫌がらせに対して、耐えに耐えた。

 でもじゃ。

 昨日のあれじゃ。

 勇殿個人が単独で襲われ、やつらに厠まで拉致された。

 そして、そこでさらなる暴行を受けた。

 にもかかわらず昨日の夜、勇殿の父上はそれでも我慢しろと伝えたらしい。

 そんで勇殿の心が限界に達したのじゃ。


 見ればわしらがいるこの居間にも、将棋の駒がそこらじゅうに散らばっておる。

 おもちゃやちょっとしたインテリアも荒れ散らばっておるのじゃ。

 それだけ勇殿の怒りが激しかったのじゃろうな。

 今もまだ勇殿の目の周りが腫れ上がっておるし、それだけのことが昨日の夜に起きたのじゃ。

 これは勇殿の父上の失態じゃろうて。


 でもまぁ、わしとしては勇殿の父上の気持ちも分かるがな。

 今、父上たちが計画を進めておる。

 勇殿が触れることのない、大人の次元でな。

 おそらく勇殿の父上と母上は表向きは沈黙を守りつつ、裏で色々と動くことに決めたのじゃろう。

 さすればジャッカル殿の母上と連携する形でわしの父上の計画を今後もこっそりと支援し続けてくれるだろうし、その圧力があったこと自体、どこかのタイミングで大々的に暴露するかも知れん。

 PTAの総会の時とか、または選挙の時とか。

 そんな時に、由香殿の祖父から圧力を受けたと公言すれば、威力は抜群じゃ。


 でもその様な画策をできるのは大人だけじゃ。

 勇殿はわっぱだから、下手に計画を教えてしまうと、勇殿の口から敵に情報が流れる可能性もある。

 なので勇殿の父上も余計なことは言えないのじゃ。

 本人にその気がなくてもついつい口を滑らせる。

 わっぱとはそういうものだからな。

 ゆえに、それを危惧した勇殿の父上はなにも言えずに、、勇殿と気持ちのすれ違いが起きておる。


 なんて可哀そうな。

 見かけがチャラい癖に、時たまこういう表情をわしに見せてくるので、わしとしてもついつい同情したくなってしまう。

 それが勇殿の父上という人物じゃ。

 わしの父上のように、どんっと構える威厳はないかもしれないけど、この方はこの方で優しさにあふれる人物じゃ。

 親子の問題に出しゃばりたくはないが、願わくば仲良うしてもらいたい。

 下手にこの関係が長引くと、勇殿の通園拒否が長引いてしまうかもしれないしな。


 でもでも……なんていえばいいか……。


 前世のわしなら、勇殿の父上に“圧力などに屈せず、正々堂々と貴族に立ち向かえ”と言うじゃろう。

 こちらに正義があるからじゃ。

 でも正義や正論だけで問題が解決しないということも知っておる。

 清正や正則。その他大勢。

 わしがやつらと袂を分かつことになった理由じゃ。


 人の世は人と人との繋がりで創られる。

 人と人との繋がりの根底は、あくまで感情じゃ。

 たとえどんなに正義を振りかざそうが、どんなに正論を叫ぼうが。

 大義がどうであれ、法律がどうであれ、人の感情を無下にしては問題など収まらん。

 それを理解しようとしなかったからこそ、前世のわしはやつらと道を別れ、関ヶ原でも裏切りにあった。


 だけど……


 だからこそ、今のわしはその大切さを知っておる。

 勇殿と華殿。冥界四天王と農業三騎衆の皆々。

 現世のわしは表向きの関係ではなく、心の底から彼らを大切にしようと思うように今も勤めておる。

 まぁ、友人なんてものは意識せずとも勝手にできるものなんだろうし、それをあえて“勤めておる”と言っておる時点で何かが間違っておるのだろうけど……。

 あと、前世でも心許せる友はおったし、正義を振りかざすわしを好んでくれた彼らのことを忘れる気はない。

 でも現世では感情という項目に着目しつつ、その繋がりを根底にしてより多くの仲間を増やしていこうと思ってるのじゃ。

 それがわしの成長だと思うておる。


 なのでこういう時も正義がどうとか言わずに、感情穏やかな流れで2人を仲直りさせたい。

 といっても正義を一時的に諦め、感情を押し殺しておる勇殿の父上。

 もちろんその正義が幼稚園側に通じないのが現状だから、勇殿の父上に圧力に屈するなとは言えない。

 でも勇殿はその正義が通ると思っておる。

 正義を諦めた父上に対し、むしろ感情を荒げておる。

 普通に考えたらなかなか難しい状況なのじゃ。


 でも……


 勇殿の父上?

 父親としてわかりにくいだろうけどが、わしから見て勇殿はそのような情報漏洩をするほど愚かなわっぱではない。

 それは同じわっぱとして付き合ってきたわしが保証できるのじゃ。


「勇君のお父さん?」

「ん?」

「僕のお父さんと裏で画策してること、勇君にも全部説明してあげたら?」


 全てを知れば、勇殿も納得できよう。

 説明の途中で、「なんで僕にだけ内緒にしてたの!?」とか言いながら怒りそうだけど、今の状況に比べればそんな怒りなど一時的で些細なものじゃ。

 全てを知り、勇殿の父上の心に宿す戦いの炎がまだ消えておらんことも知れば、勇殿の怒りも確実に収まるのじゃ!


 と、思っておったら……


「そうだね。今頃、光成君のお父さんがPTA総会で戦ってるだろうし。まぁ、おそらくそれでケリつくだろうから、勇多にはもう話してもいいかもね」

「えぇ! 今PTA総会やってんの!? しかもお父さんが出てるの!?」


 勇殿の父上がとんでもないことを言い、それを聞いたわしは勇殿の城を飛び出し、幼稚園に向かって走り出した。




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