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遠征の伍


 感動の再会を果たし、双方抱き合いながら涙を流すこと30分。


 そういう感じになるかと思っておったら、そうでもなかったな。

 わしだけがぎゃーぎゃーと泣き喚きながら寺川殿に抱きついているだけ。それが10分ぐらいかの。

 寺川殿は大して感動することもなく、泣き喚くわしを軽いノリで受け入れよった。


「おうおう! 泣くな泣くな!

 佐吉? 歴史じゃ徳川殿と天下分け目の戦いをしたらしいじゃん。ずいぶん大きな人間になったね。

 今はすっごいちっちゃいけど!」


 とか言われながら頭を撫でられただけじゃ。

 なんかわしだけ空回っておる感じなんだけど。



 うぬぬ……。



 ――でも、仕方ないのかも知れんな。

 寺川殿の話によると、前世の記憶を完全保存版で持って転生するのはまれとのことじゃ。

 わしらとねね様が長年にわたり豊臣家を支え、殿下を天下人まで押し上げた。

 そういう絆とか長年の苦労とかの記憶はまだ戻っておらんのじゃ。

 むしろ現世の年齢と同じだけの前世の記憶が徐々に蘇るとかも言っておったから、寺川殿の頭の中にはわりと真新しい記憶として、佐吉時代のわしがおるのやもしれん。


 最近思い出したけど、そういえば前世では“佐吉”っていう子の面倒も見てたっけ。

 あっ、この子がその佐吉か。

 みたいな。


 悔しいわ!


 うーむ。

 輪廻転生のルール、いと複雑なり。

 わしらにこのような運命を仕掛けた残虐非道な輩。もしいるとすれば、将来そいつとわしが戦う事になりそうな気がする。


「人々の魂はお前の好きにはさせん! わしがここで終わりにしてやる!」


 とか言いながら、わしがそいつに襲いかかる。

 ラスボスじゃ。


「寺川殿?」

「んー?」


 ちなみに今わしは寺川殿の膝の上に抱きあげられ、2人で仲良くテレビゲームをしておる。

 黒光りする最新据え置き型ゲーム機。家電メーカーとしても名高いあの大商人組織が出した最先端機。4代目のあれじゃ。

 あれでサッカーのゲームをしておるのじゃ。

 映像の迫力がいと半端ない。


 でも……寺川殿はこのゲームを初めてやるわしに対して1対1のドロー。

 わしなんて手が小さいからコントローラすら満足に扱えんのに、そんなわしに対して1対1のドロー。

 寺川殿、下手過ぎじゃ。


「なんでわしらはこの世に再び生を受けることになったのじゃろうな……?」

「んー、それはね……」

「それは?」

「京都陰陽師の人たちの悪戯。社会実験みたいなものかな。とーう!」


 ラスボスおるんかい!

 いや、そうじゃなくて! 初心者のわしに対して爆弾発言しながらフェイントかけるなや!


「くそ! やるわね!」


 もちろんわしは寺川の操るフォワードがかけたフェイントにスライディングタックルじゃ!

 くっくっく!

 背後から仕掛けん限り、レッドカードにはならんのじゃ!


 じゃなくて、京都陰陽師!?

 さっき言ってた地方勢力の一角か!


「んな? じゃあ、そいつらが黒幕か? わしらが将来倒すべき諸悪の根源か?」

「んなわけないじゃん。あの人たち、すんごい弱いよ。武威使えないし」

「じゃあ今すぐにでも京都に乗り込んで、こんな転生ゲームは辞めさせるべきなのではないのか!? わしならまだしも寺川殿の武威があれば皆殺しも可能じゃろう!?」


 そんで、寺川殿が持っていたコントローラでわしの頭をひっぱたいた。


「うぐ!」


 だからそう簡単にぽんぽん人の頭を叩くなよ。

 まぁ、今はその相手がねね様だと知っておるから許せるが、寺川殿だったらわしとて怒りの……。

 ……うーん。

 寺川殿とねね様がごっちゃになってきた。

 まぁ、ごっちゃ混ぜなんだけど……。

 あと寺川殿がコントローラの操作を一瞬だけ放棄した隙を狙って、センターリング上げてやったわ!


「早とちりしないの! あの人たちにも理由があんのよ!」


 そんで頭に合わせてヘディング! よしっ! 1点もーらいッ!


「おわ! くそ……卑怯よ」


 どの口がその台詞を言うのじゃろうな……?

 まぁよい。


「理由とは?」

「なんかね。人口が増え過ぎて、魂の数が足りないらしいの。100年ぐらい前にそういうお告げを聞いた人がいたんだって。

 だから私たちの魂は浄化する間もなく現世に再利用されてるとか……」


 エコかッ!

 そんで苦労しているわしの身にもなれよ!


「じゃあ、そのお告げを出した輩が黒幕なのじゃな? わしらが倒すべき本当の……」

「あなた、何でさっきからそんなファンタジーめいたことばっか言ってんのよ? ガキじゃあるまいし……」


 ガキじゃ!

 あと、わしらの存在はすでに立派なファンタジーじゃ!


「もう数十年……いつになるかわからないけど、高齢化社会が落ち着くまで。それぐらいまではこの転生でしのぐって……」


 ほうほう。


「あわよくば、武威の力を持つ連中が一般人殺しまくって、人口減らしてくれればなお嬉しい……って主張する派閥が陰陽師の中にあるって、鴨川さんが言ってたわ」

「誰じゃ!」


 あと、おっそろしいわ!

 やっぱ陰陽師が黒幕じゃ! わしの良心がそう決めた! 今決めた!

 と心に闘争心を燃やしておったら、サッカーが試合終了となった。


 2対1。

 まぁ、今回はこれぐらいで許してやろうかの。


「ちっ……ちょっと休憩。お菓子でも食べる? 5分後にもっかいするわよ」


 どうでもいいけど、わし、ここに遊びに来たんじゃないんだけどな。

 どうでもいいか。


 菓子を取りに立ち上がる寺川殿の膝から降り、キッチンに向かった寺川殿の背中に問いかける。


「ところで、殿下はおられないのか? まだ転生しておらんのか?」

「ん? 殿下って誰? 帝(みかど)? 信長様?」


 そうじゃった……。

 今の寺川殿の記憶にあるのは羽柴秀吉だったころの殿下。

 現世に伝わる歴史としては殿下が関白までのし上がり、挙句はその位を秀次公に譲って太閤となったことは知っておろう。

 でもそれを体感した記憶はないから、わしら配下の者が秀吉様を殿下と呼んでおったことはピンとこないんじゃな。

 さっき泣いてたわしとの温度差といい、そういうのがあるとちょっとさびしいな。


「秀吉様のことじゃ」

「あぁ、あの人のことね。それなら……もう生まれてるよ」


「なーーにぃーー!?」

「んで、20年ぐらい前に死んだわ」

「おい、寺川殿! ふざけんな! そういうことは先に……もぐもぐ」


 キッチンから戻ってきた寺川殿から、シュークリームを口の中に無理矢理詰め込まれ、わしは叫ぶ術を失う。


 もぐもぐもぐ……。


 いとおいしい!

 今日はしゅわしゅわも飲めたし、昼げはカレーだったし!

 さらにシュークリームを食ろうことができるなど、なんてグルメな1日じゃ!


 ――じゃなくて、殿下がすでに死んでおるとはどういう了見じゃ!


 咀嚼をしながら目でいきり立つわしに、寺川殿が遠くを見ながら話し始めた。


「あの人は、もう……昭和の時代に総理大臣までなって……そんで死んだわ」

「もぐもぐ……なんと……んぐぐ。もぐもぐ」

「結局、いつの時代も成り上がりがあの人の生き様……」


 なんかこの寺川殿の言で、小学校を卒業しただけの学歴で総理大臣にまで成り上がったというとある人物の名が浮かんだけど、辞めておこう。

 これ以上は寺川殿が可哀そうじゃ。


「そうであったか……。でも、転生後にどの時代に生まれるのかについては、前世に生きた時代との明確な関連性は無いのじゃな?」


 ねね様と殿下がほぼ入れ違いのように生まれ、わしとねね様の年齢差も前世と微妙に違うとる。

 まぁ、現世のわしが源義仲の転生者と同じ時代に生きておる時点で、前世の時代差は関係なさそうじゃな。


「えぇ……そうね……」


 わしの言に寺川殿が窓の外を眺めながら静かに答える。なんか悪いこと聞いてしまったな。

 あと寺川殿の口の周りにクリームがついておるが、それを指摘するのは後にしよう。


「じゃあ、わしも現世で仲間に会うことは難しいのかも知れんのか……?」

「ん? あなた、夜叉丸たちに会いたいの? 仲悪くなったんでしょ?」


 清正たちに会いたいわけがない。

 でも30前のねね殿の記憶ではわかんないかも知れんが、わしが大名になる頃には仲のいい友人もたくさんおったのじゃよ。


「やつらには会いとうない。ないけど、他にも仲間がおったのじゃ」

「ふふっ。そうなの。それなら会えるといいわね」


 最後に寺川殿が懐かしい笑みを見せてくれた。


 んで2回戦目に突入じゃ!


「寺川殿? これで最後じゃ」


 日が傾いてきたし、これで今日の話し合いは終わりにしとこう。

 ジャッカル殿の城でも菓子が待っておるので、それを貰うためにはそろそろここを去らねばならんのじゃ!

 まぁ、寺川殿とは有意義過ぎる話し合いができた。十分すぎる収穫じゃろうて。


 あとそうじゃな。

 さっき仲間のことを思い出した後、何か忘れている気もしてきた。

 おっ?

 寺川殿は欧州の西の国にある、世界屈指のパスサッカーで有名なあのクラブを選びよった。

 じゃあ、わしは日の本のクラブで、なおかつ比較的弱めのクラブ……。

 これぐらいの手加減が必要じゃろう。

 そんで……


 勇殿じゃ!


 いや、勇殿だけじゃない! 幼稚園のみんなのことじゃ!

 わしがここに来た本当の理由じゃ!


「テラ先生?」

「んな? なによ? 急にいつもの口調に戻りやがって」


 寺川殿は焦った場合も言の選び方が荒くなるな。

 でもそんなことはどうでもよい。


「テラ先生はいつ戻ってくれるのぉ?」

「き、気持ち悪いからやめてよ」

「でもせーんせい? 先生が戻って来ないと、僕たち、寂しいよう!」


 そんでわしの頭に襲い来る衝撃。

 コントローラの来襲、再び。

 もうそろそろゾウさんじょうろのようなトラウマになる気がする。


「いった……すまぬ。ふざけ過ぎた」

「次やったら両目にジョイスティックぶっ差すからね。でも、幼稚園では他の子に怪しまれないように、普段はその口調で話しなさい」

「あいわかった。でも、いつ戻ってくれるのじゃ?」

「園長先生の指示がないとしばらく無理よ。こないだのPTA役員会の後、とりあえずは1ヶ月の謹慎って話だったから。たとえ奇跡が起きたとしても……少なくとも1週間は……」

「なぜじゃ? 悪かったのはひまわり軍のやつらじゃろう? なぜそうなるのじゃ? 寺川殿? 教えてくれ! あの日、PTAの役員会とやらで何があったのか?」

「由香ちゃんの……いえ、由香ちゃんには罪は無いんだけど……」


 そう呟き、そこから寺川殿の話が始まった。

 わしとしては由香殿も十分性悪おなごだけど、それはいいとして……

 やっぱり由香殿の祖父の影響力が強いらしい。


「由香殿の祖父も転生者なのか?」


 ふと疑問に思うのも当然じゃ。

 でも、そうではないらしい。

 あの会合の中で、ブチ切れた寺川殿が思わず武威を放った。

 一般の父兄はそれを感じなかったからいいとして、武威を扱う者は相手が武威を放ったのも感じ取れるので、大なり小なり相応の反応を示すのが通例じゃ。

 でも由香殿の祖父はその反応を見せなかった。

 なのでやつは転生者ではない。

 まぁ、寺川殿の察しも間違いではなかろうて。


 んでんで。

 PTAの役員会が出席する会合なのに関係のない祖父が押し入り、その娘である由香殿の母上も権力を利用してやりたい放題。

 あの時は勇殿が怪我をさせられた件が会合の主題だったから、勇殿の母上がブチギレていたけど、運の悪いことに相手は建築業界と繋がる貴族だったのじゃ。

 当選させてくれたら地域の建築業界に恩恵をもたらす。または問題が起きた時に貴族という立場からもみ消しに助力する。

 なので自分を当選させよ。

 と。

 国営放送のおねえさんから“道路族議員”という言を聞いたことがある。おそらくその建築業界バージョンじゃな。


 んで、勇殿の父上は大工さんじゃ。

 勇殿の父上は由香殿の祖父と直接の繋がりはないらしいが、勇殿の父上が務める商人組織がそういう繋がりを持っておるのだろう。

 由香殿の祖父が勇殿の母上に詰め寄り、商人組織の長の名前を耳元で呟く。

 あと二言、三言脅しめいたことを言って、勇殿の母上を黙らせた。

 耳を疑う話じゃ。立派な恐喝じゃろうて。


 と思ってしかめっ面をしながら寺川殿の話を聞いておったら、オチが待っておった。


「だからね。私、会議の間は黙ってようと思ってたんだけど、思わず武威を放ったまま会議用テーブルに手を置いちゃったのよ。そしたら、テーブルに穴開いちゃって……」


 まぁ、武威を放ったらそうなるじゃろうな。それぐらいの破壊力を持つのが、武威という忌なる力じゃ。

 そしてそれを最悪のタイミングで暴走させる寺川殿。ここまでくるといっそすがすがしいわ。

 でもこれで寺川殿も処分対象じゃ。由香殿の祖父を脅したと受け止められるだろうからな。


「なんでやつは藩立の幼稚園にこだわるのじゃろうな。腐っても貴族。そういう家のわっぱは設備のよい私立のところにいくのではなかろうか?」


 言っておいて、わし自身も発した言に違和感を感じておる。

 藩立だろうが私立だろうが、わっぱはわっぱ。

 でも偏見めいた貴族はそういうとこにも気を使ったりするのではなかろうか?


「議員だから、選挙のために貧乏アピール。そのために、入園当時、行政を経由して圧力があったらしいわ。保育園の待機児童になる子を幼稚園の方で緊急に受け入れたりもするんだけど、それをすっ飛ばして、うちの子を入れさせろって」


 寺川殿? わしもそこに通うておるんだから、貧乏ってゆうなや。


「仮にそれが選挙に効果あるとして、子供ならまだしも孫まで? って思うでしょ?

 でも由香ちゃんのお父さんも近いうちに出馬するんだって。そのための政治活動ね。

 私は庶民の味方です。子供にも贅沢はさせません。って」


 だから、わしの目の前で……もういいや。


 とりあえず――そのような経緯で、入園当初から由香殿の兄がなにをしても先生殿は見て見ぬふり。その歴史に“他の足軽組に乗り込んで、他人に怪我をさせても大丈夫”という歴史を加えた。

 ゆえの今日の事件。

 今後がとても不安じゃ。


 でも、確信を得たこともある。

 やっぱジャッカル殿たちを引き止めておいてよかった。

 あのまま皆で突っ走っておったら、確実にわしらが幼稚園から除外されたであろう。


「私は今はまだどこの勢力にも属していないし、鴨川さんから東京の情報を調べるように言われてこっち来てるだけだから。

 でも、あなたも前世の私を知っているんだからわかるでしょ? 私、子供たちの相手をするのも好きなの。だからこの仕事はしばらく辞めたくないのよ。

 由香ちゃんが卒園するまでの辛抱なんだから、それまであなたも目立つ行動はしないでね。ましてや喧嘩したりとかは絶対しないでね」

「そ……そんなこと言われても……武士たるもの……」

「いい? この時代じゃ武士とか関係ないの。あなたは昔っからそう。気が利くようで、融通が利かない。相手に敵わないならさっさと逃げればいいし、嵐が去るまで静かに我慢すればいいのよ。そうしないから徳川殿に負けたんでしょ? 現世ではそういうところ気をつけて生きなさい」


 結局、途中まで楽しかった寺川殿との話は、予期せぬ寺川殿の下知によって煮え切らないものとなってしまった。


「二心を見抜けず」


 寺川殿の長屋のからくり関所を出る時、わしは空を見ながらつぶやいた。



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