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前哨戦の参


 厠から戻り、わしはジャッカル殿の姿を探す。

 でも目的の人物の姿が見当たらん。

 代わりに“なぜ”泣いているのかは知らんが由香殿がぎゃんぎゃんと泣きわめいておる。


 なぜじゃろう? まぁいいか。


 ジャッカル殿を探しながら周りをきょろきょろと観ておると、勇殿がわしに気づいて近寄ってきた。


「ここじゃなんだから、園庭の倉庫の裏でお話することになったよ。ジャッカル君たちは先行ったから、僕たちも行こ!」


 勇殿の話によると、一緒に移動するメンバーはわしと勇殿とあかねっち殿とよみよみ殿。

 今週の給食当番だった華殿とクロノス殿はひるげに使った器の始末があり、会合には遅れてくるとのことじゃ。


 ほどなくしてあかねっち殿たちがわしらに声をかけ、わしらは外草履に履き替えて園庭に向かうことにした。

 砂場や小さな山、ブランコといった各種遊具を脇目に園庭の端まで歩くと、すぐに怪しげな雰囲気漂う小さな建物が見えてきた。

 その建物の裏に回り、一足先に到着しておったジャッカル殿たちと合流する。


「んで、用事とは?」


 もちろんその内容については、だいたい予想がつく。

 わしら変態四天王と冥界四天王。

 ジャッカル殿に関しては双方に名を連ねるダブルタイトル保持者じゃが、ここに農業三騎衆を加え――あっ、華殿も変態四天王と農業三騎衆のダブルタイトルじゃな。


 まぁよい。

 選ばれし9人の問題児たち。

 わしが寺川殿の立場だったら、この9人がたむろしている時点で捕縛用の大縄を持ち出す。

 それぐらい危なっかしい面子じゃ。


 いやはや、今日は寺川殿が休みで本当によか……よかないわ。

 なんだったら寺川殿も被害者だし、今は長屋におるはずだけど、あの方の立ち位置はこの事件の真ん中であるといっても過言ではない。

 そういう人物じゃ。


 でもそんな寺川殿もここにはいないし、この集まりを提言したのはジャッカル殿。

 これは意外と予想してなかった流れじゃな。

 さてさて、ジャッカル殿はどのような謀を持っておるのか。

 わしが神妙な面持ちで問いかけると、ジャッカル殿がにやりと笑みを浮かべた。


「まだクロノス君たちが来てないけど……これからみんなでひまわり組の教室に攻めようよ。お返ししよう」


 その言葉にカロン殿とミノス殿がうなづく。

 ややあって勇殿も首を縦に振った。


「そうだね。僕もこないだのお返しちゃんと済ませてないし。僕、用務員さんからチェンソー借りてくるね」

「うん、それもいいね。じゃあ勇君はそれでお願い。僕は重い武器苦手だから、はさみとカッター持ってくる」

「じゃあ、僕は傘」

「じゃあ、僕はテラ先生のバドミントンのラケット」

「うーん。私は剣道習ってるから……箒でいいかなぁ」

「わ……私は……鍛えぬいたこの体1つあれば……」


 これが日の本で生まれ育った5歳児たちの会話じゃ。

 なんという勇ましいことだろう。


 じゃなくて……


 うーんと。

 まず……さ。

 勇殿? チェンソーはないと思うんじゃ。

 相手が死ぬわ。

 あと、勇殿の体じゃチェンソーを持てないと思うんじゃ。

 あれわしらの体ぐらい重いから、持てたとしても武器には使えんと思うんじゃ。

 それとチェンソーなんて危険な武器は用務員殿が貸してくれないと思うんじゃ。


 でも勇殿はそれだけ憤りを感じてるということじゃろうか?

 思えば、先週のあれがあって、さっきのあれじゃ。

 ひるげの時の勇殿からはあまり復讐めいた気迫が感じ取れんかったけど、燃えたぎる感情を心の奥底に押し込めていたのじゃろう。

 ジャッカル殿から似たような怒りを見せられて、今の勇殿はその感情を抑え込めなくなっておる。

 その気持ちはわからんでもない。


 でも、さすがにチェンソーはヤバい。

 勇殿はやっぱ危険じゃ。これはしっかり諌めなくてはならんのじゃろうて。


 でもその前に、他のわっぱについて。

 ジャッカル殿ははさみとカッター。

 うん。それっぽい。

 ジャッカルだけに、牙と爪を使って戦う。

 そういう感じを匂わせる武器選びじゃ。


 んで、傘を選んだカロン殿と、バドミントンのラケットを選んだミノス殿。

 前者はさっきの勇殿のパクリだし、後者は寺川殿の私物を持ち出す暴挙じゃ。

 おいおい、待てよ。と。


 特にカロン殿。

 二番煎じは冥界四天王の名に傷をつける。名前に恥じない個性を身につけるべきじゃ。


 あと、ミノス殿。

 ミノス殿が選んだ武器は、寺川殿がわしらと遊ぶ時のために足軽組拠点に常備しておる私物のラケットじゃ。

 あれはわしらが生まれるより遥か昔。寺川殿の肌がまだシャワーの水を弾いていた神話の時代から、寺川殿と苦楽を共にしてきた逸品だという。


 銘は“全国大会8強”。


 中学なのか高校なのかはお教えくださらんが、その名に恥じない一振りじゃ。

 だからじゃろうかのう……わしの顔を掴む時の寺川殿。

 あの右手の握力は、本当にシャレにならん。


 ぶっちゃけ、そんな大切なもん5歳のわっぱが走り回る職場に持ってくんなよともいいたいが……。

 あれを壊したら、それこそミノス殿が寺川殿に殺される。

 絶対。

 ……絶対じゃ。


 なので、そのような危険をミノス殿に侵させるわけにはいかない。

 戦いに勝っても、最後に殺されたら意味がないのじゃ。

 それを各々に重々理解させたい。


 あと、今初めて知ったのじゃが、あかねっち殿が剣道を習ってるとか、よみよみ殿がかっこいいセリフを吐くキャラクターだったとか、いと面白い!

 なんじゃそれ?

 もしかして、機動力高き華殿と合わせて、農業三騎衆は武闘派の集まりだったのか?

 そんなんずるかろう!

 わしじゃ! わしが足軽組で1番強いんじゃ!

 よみよみ殿にだって、あかねっち殿にだって負けないもん!


 あと、わしだって剣道習いたい!

 父上に「防具臭くなるからダメ」って言われたことがあるけど、例によってそんじょそこらのわっぱぐらいならノーガードでも戦える自信あるから、防具要らない! 剣道やりたい!


 今度、あかねっち殿に詳しく話を聞いてみよう!


 わしが周りの雰囲気を読まずにワクワクしておると、給食当番のお役目に従じておった華殿とクロノス殿が遅れて姿を現した。


「僕は斧がいい。ホームセンターから貰ってこようかな」

「わたしはみんなの後方支援に回る。なにか必要な物があったら言って。私がみんなのところまで運ぶから」


 クロノス殿は正解じゃ。

 西洋の神話はよくわからんけど、巨人族が使ってそうな武器だから名前と合っておる。なので正解じゃ。

 惜しむらくは、今は近所のホームセンターに行っている時間の余裕もないし、お金を払わずにただで貰ってこようという5歳のわっぱっぽい詰めの甘い考え。

 でもまあ、クロノス殿はわっぱなのでこれもある意味で正解じゃな。


 あと、華殿も正解じゃ。

 まさか、わし以外の5歳児から“後方支援”なんて言の葉を聞くとは思わんかったけど、華殿は自身の特性を十分に理解しておる。

 一瞬、(あれ? もしかして華殿も前世の記憶持ってんじゃね?)と思ってしまったが、この際そんなことはどうでもいいじゃろ。

 流石華殿じゃ。

 わしも少しずつ乗り気になってきた!


 なので、ここで――


「ちょっと待って」


 血気に盛る皆の衆は、わしが止めねばなるまい。


「え?」


 もちろん勇殿たちは肩透かしを食らったような反応を示した。

 でもダメじゃ。

 皆は、重大な事を1つ忘れておる。


「みんな、よく考えて」


 この戦いの優劣。どちらが優勢でどちらが劣勢か。


 そうじゃ。

 園長先生を始めとして、ほとんどの大人があちら側についておる。

 そのような状況でわしらが動きを起こしても、最後の最後で勝ちは掴めん。

 もちろんこのメンバーで乗り込めば、ひまわり軍のやつらに怪我をさせることはできるだろう。

 やつらを壊滅状態に追い込み、完全勝利を掴むことができるじゃろう。

 その戦いではな。


 でも問題はその後じゃ。

 先生殿のうち、大半が敵。

 役員会議の場にわしはいなかったが、おそらくPTAの大半も敵。

 わしらが元凶の事を起こした場合に、さっきのような喧嘩両成敗の謝罪合戦で済む道理はない。

 下手をすれば、わしらがこの幼稚園に通えなくなる。

 百歩譲って、チェンソーやカッターの類を本当に持ち出すなら、なおさらじゃ。


 あくまでわしらはわっぱじゃ。

 わっぱなのに、わしのような存在がいる。相手が同じわっぱなら、わしのいる側が負けることは無い。

 でも、あくまでわしらはわっぱじゃ。

 その後に待っている責任問題については、大人が話を決め、わっぱのわしらは関わること叶わぬ。


 戦いの末、相手に一生残る傷を負わせたならなおさらじゃ。

 相手が先に手を出したなら、その抵抗として相手に多大な傷を負わせてもなんとかなろう。

 でもこちらが手を出した上でさらにそういう傷を相手に負わせようものなら、取り返しのつかないことになる。

 しかも、それを償うのはわしらの両親じゃ。

 皆の者も父上と母上にそんな辛い思いはさせたくなかろう。

 でも、わしのように武器の扱いに慣れた者じゃないと、そういう可能性が十分にあるのじゃ。


 あと、基本的に武器は卑怯じゃ。

 わしは一対多を想定しておったから使ってもいいじゃろうし、そもそも戦国の世は何でもありだったから、わしは構わん。

 でも現代の大人はそうは思わないじゃろうな。

 その点についても、わしらがあとあと不利になる要因じゃ。


「でも、このままじゃ悔しいよ! それに、またやつらが来るかもしれないよ!? まただれかが怪我させられるかもしれないよ!?

 そんなの嫌だ! 仕返ししたい!」


 わしの言に、ジャッカル殿が反論をし、他の者も似たような反応を示す。

 そりゃわしだって反撃したい。

 なんだったら2回の襲撃で、わしは2回応戦しようとし、大人に2回阻まれた。

 不完全燃焼この上ないのじゃ。

 だから一番大暴れしたいと思ってるのはわしじゃ。

 みんなを前にしてそう言い切れるぐらい自信があるわ。

 具体的には、やつらの前歯をバッキバキに折ってやりたいわ。


 もちろんここでみんなを諌めておいて、後でわしだけ手柄を独り占めしようなんて考えているわけではない。

 だけど、今はダメじゃ。ダメなのじゃ。

 大人がそろってあちら側についていて、かつ、こちら側もわし以外の全員が怒りで正常な判断をとれていない。

 そんな状況では……


 相手に対する苛立ちと、目の前に放り投げられた餌。あと功名心。それに目がくらみ、餌に食らいつく。

 前世のわしが関ヶ原に出た理由じゃ。

 ちょっと冷静になって考えれば、こんなもん疑いようのない罠じゃ。

 もちろんあの時とは状況が違うし、相手もただのわっぱ。餌の向こうにたいそうな罠が待っておる可能性は低い。


 でも、ダメじゃ。

 この流れ――感情の変わり具合があの時に似ておるのじゃ。

 あの時も、わしは事前にあのくずからやらせの戦をしようと伝えられておった。

 だけどわしの周りは純粋にあのくずを打ち取ろうとしておった。


 ここがチャンスだ、と。

 正義も道理も我らにあり、と。

 豊臣家のために、と。


 事情を知っているわしが冷静で、周りがそれに気づかずに暴走しようとしておる。

 状況は違う。違うが、各々の心のあり方があの時と酷似しておる。

 だからこそわかる。

 今は行くべきではない。

 結果、もろもろがわしらにとって悪い方へと流れる。

 そんな気がする。

 命と引き換えに得たわしの警戒心がそう伝えておるのじゃ。


「わかってるよ。僕だって悔しい。戦おうとすると、いっつも大人が僕を押さえるからね」


 でも、この程度の言ではジャッカル殿たちが納得しないだろうな。

 うーむ。どうしようか。

 相手はわっぱ。

 一時の悔しさと引き換えに、後の勝利を掴む。

 なんていう体験をしたことなどなかろうに。


 と、思案しておると、ここでまたしてもやつが動きおった。


「そういえばさ。ジャッカル君たちってテラ先生が休んだ理由知らないよね?」


 華殿じゃ。あいかわらずいい読みをしておる。

 というか、わしがどうすればジャッカル殿たちを説き伏せることが出来るか。その最初のきっかけを遠まわしに教えてくれた。


 うーん……。


 わしの心読まれ過ぎじゃな。

 華殿、すごいな。

 あと、そういうのをされるたびに、だんだん華殿が怖くなってきた。


「ん、テラ先生が……? なんの話?」


 あかねっちが長い髪ごと首をかしげたので、その言に応じるように、わしは説明を始めた。


 なぜ寺川殿が休んでいるのか?

 PTAの役員会でどんな話になったのか?

 あと、PTAの役員の顔ぶれと、由香殿の母上と祖父の話。

 その影響によって生まれた園長先生の態度と、その他の先生殿の対応。


 説明する内容のほとんどがわしの予想だったけど、華殿は実際に役員会に参列した華殿の母上からもう少し詳しい話を聞いていたので――じゃなくて、母上と父上が夜遅くに会話するのを盗み聞きしたらしい。

 なのでトラさんバスを待っていた時に母上たちがしていた会話にわしの予想を加えたもの――それよりさらに少し詳しい内情を事実として補足説明してくれた。


 うん。

 平たく言えば、由香殿の祖父が邪魔らしい。

 わしの予想は、ほぼ当たりじゃな。


 まあ、それはいいとして……。

 ジャッカル殿たちは園長室で納得のいかない顔をしていただけに、その原因が分かって徐々にすっきりした表情へと変わっていった。

 もちろんこれは裁判じゃないから、ジャッカル殿たちを納得させるために、“確たる証拠”とかを見せる必要はない。


 そもそも、納得させる相手が5歳のわっぱだから、なおさら証拠なんて必要ないのじゃ。

 5歳の正誤の判断基準は“そう言われたから”とか“そう思うから”とかだけじゃ。

 なので“わしがこう思う”という話を伝えるだけで、ジャッカル殿たちはそれを事実として受け取る。

 むしろ5歳のわっぱを相手に、大人の難しい話をおとぎ話のレベルまで抽象的にして説明するのが大変なぐらいじゃ。


「……そういうこと。みんな、わかった?」


 要は、“今は大人たちが敵だから、先にそれをどうにかしないといけない。だから今は待て。僕が何か作戦を考えるから”

 わしがみんなに伝えたのはこんな感じじゃな。

 そして、みんなもわしの意見を呑んでくれた。


「じゃ、最後にみんなで肩組んで……サッカーみたいに円陣組もう!」


 解散の直前、わしは結束を固める儀式を提案し、みんなで肩を組むことにした。


「いつかーぁ、ひまわり組にーぃ、復讐するぞー!」

「おーう!」


 ん? ここはみんなの鬱憤を吐き出させるために、ちょっとばかり過激な台詞でも言っておいた方がいいような気がする。

 うん。そうしよう。


「あいつらーぁ、ぜんいーん、ぶっころすぞー!」

「おーう!」


 最後に景気のいい掛け声をして秘密の会合は解散となった。


 だけど、あれじゃ。

 話が跳ぶけど、由香殿はそろそろ本気で殺してやりたいと思う。


 円陣を解き、ふと後ろを見たら、遠山殿と彼女の膝のあたりに隠れる由香殿がいた。


「あ……あ……あなたたち……なんてことを……人を殺すなんて……」

「ねぇ? 先生ぇー? みんなで悪いこと考えてたでしょーぅ?」


 わしら――わしがここに来る時は泣いておったから、おそらく華殿とクロノス殿じゃな。

 跡をつけられておったのじゃ。

 そんでわしらの会話を盗み聞きした由香殿は、遠山殿にチクりやがった。


「こ……これは……私では手に負えない……なんてくずども……」


 遠山殿、言いすぎじゃ。


 結局、わしらは2度目の園長室行きを余儀なくされた。

 しかも、遠山殿があの場に来たタイミングは、わしが円陣の掛け声を叫んでた時だったらしい。


 うん。

 首謀者に特定されたわしだけすんごい怒られたわ。



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