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前哨戦の弐


 あぁ、くっそむっかつく!

 なんでじゃ!

 なんでわしらが怒られなきゃいけないんじゃ!

 あと、今日のひるげはカレーじゃ!

 今食べておるが、いとおいしい!

 だ・け・どぉ!

 わしの気持ちがおさまらん!


「いてて」


 少し離れたところで、口にスプーンを含んだジャッカル殿が口を押さえておった。

 華殿に聞けば、わしが意識朦朧としていた時にジャッカル殿が敵陣深く切り込んだらしい。

 いや、ちょっと違うな。

 先に動き出したのは、ジャッカル殿。でもその後に勇殿とよみよみ殿が続いた。

 勇殿にいたっては、廊下に設置してあった個人用の傘かけフックから、あかねっち殿の傘を勝手に持ち出して敵に襲いかかったとのことじゃ。

 先がとんがっておる類の傘ゆえ、相手の顔に向かって突きをしなかったあたりが今回の“ほっと一安心”成分なのじゃが……。


 ――そういえば、傘。

 そうじゃな。あれがあった。あんないい武器が……。

 あれを思い出せんとは……わしも冷静さを欠いておったのかもしれん。

 今後に向けて十分反省せねばなるまいて。

 んで、勇殿とジャッカル殿はまぁよい。どちらもわしの予想の範囲内の行動じゃ。


 驚くべきはよみよみ殿じゃ。

 彼女の普段の雰囲気からこれっぽっちも感じられなかったのじゃが、なんでもよみよみ殿は週2のペースで空手教室に通っておるらしい。

 華殿いわく、「小学2年生ぐらいまでならよみよみの相手じゃない」とのことじゃ。

 やばい。わし勝てないかも。

 そんなレベルの達人じゃ。

 “人はみかけによらない”というのはまさにこのことじゃな。

 よみよみ殿のことをか弱いにゃんにゃん扱いしてごめんなさい。


 それとついでに華殿とあかねっち殿。

 2人はあの時ダメージを受けて朦朧としておったわしにずっと話しかけてくれておった。


 でも……どっちの声かわからなかったけど、「いや、死なないで!」って叫んだ方――おそらく華殿だけど、ふざけ過ぎじゃ。

 その言葉を真に受けた先生殿のうちの1人が本当に慌てて、救急車呼ぼうとしておったからの。

 まぁ、救急車にはわしも1度乗ってみたいし、そのホイールをじっくり観察してみたいとも思うが、あのような悪ふざけはやめた方がいいと思う。


「ん? カレー嫌い? 私が半分貰ってあげようか?」


 思考の流れで華殿の方に目をやると、華殿が鬼畜のごとき提案をしてきた。

 なのでわしはしかめっ面で首を横に振る。

 すると華殿もしかめっ面を返してきて、にわかににらめっこ対決が始まった。


「うげっ」


 そして、顔を歪めることで、顎に一撃を受けた時の痛みが蘇り、わしは短く声を発した。


 くっそ。

 保健室のおねえさん。

 あの方に押さえられてなければ、わしは無傷だったのに……。


 でもあれじゃな。

 わしを背後から抱きかかえるおねえさん。

 そのおねえさんが発したカウンター気味の一発。

 おねえさんを式神として考えてみれば、あの時のわし、戦闘系の陰陽師みたいで結構かっこよかったのじゃなかろうか?

 今度、勇殿と練習してみよう。


 いや、今はそんな事を考えておる場合ではなかった。

 そんでそんで――

 勇殿たち三人が勢いよく乱戦に飛び込むことで、戦いの流れがわしらに傾いた。

 特にこちらには空手の使い手がおったし、ここから友軍が優勢になるのはわかりきっておった。


 でもダメじゃった。

 勇殿たちが動き出すとほぼ同時に、おねえさんから叱咤された先生殿たちも事態の収束に向けて動き出したらしい。

 勇殿とジャッカル殿は敵と数発の攻防をしただけで即座に押さえられ、それを把握したよみよみ殿は自らこぶしを下ろしたとか。

 この頃になって朦朧としておったわしの意識がはっきりしてきたんだけど、もう戦いの気配は完全に消えておった。

 その後負傷したわっぱは例のごとく保健室のおねえさんが連れて行き、泣いてるわっぱは先生殿たちが慰めていたな。

 まぁ、ここまではよい。


 問題はわしらの処遇じゃ。

 わしと勇殿。あとよみよみ殿と冥界四天王もなんだけど、由香殿の兄上たちと同じぐらいの戦犯だと思われたらしく、今さっきまで園長室とやらに連れていかれておったんじゃ。


 あのね。すごかった。

 一軒家城の居間のソファーより滑らかな光沢感を放つ珠玉の逸品が園長室にあったんじゃ。

 あれは是非とも座ってみたい逸品だったわ。

 まぁ、なぜか喧嘩の原因にされてしまったわしらは、それに座ることを許されなかったがの。

 今度試しに忍びこんでみようと思う。

 でも、わしの心が躍ったのはそれだけじゃ。


 年長のあやつらが年中のわっぱたちを怪我させた。

 どう考えてもあやつらに非があるし、こちら側には正当防衛という名の応戦以外何もしていない。

 でもじゃ。園長先生殿の考えは違ったのじゃ。

 いや、考えが違ったというよりは、園長先生殿が何かを隠してると言った方がいいじゃろうな。


 園長室でわしらとひまわり軍が双方並び、相対する布陣。

 そんな状況の中で園長先生殿はひまわり軍のやつらにはわしらに怪我をさせたことを謝らせ、勇殿や冥界四天王、そしてよみよみ殿にも同様の罪を謝罪させた。

 あと、わしは手を出してなかったけど、由香殿の兄上を焼きそば呼ばわりしたことを謝罪させられた。


 もうさ。あほか? と。

 こんなんで双方が納得いくわけなかろうぞ。

 もちろんひまわり軍のやつらはにやついた態度で謝罪の言を発し、わしらも殺気満々の視線とともに謝っておる。


 でも、園長先生は事を大きくしたくなかったのじゃろうな。

 他人に暴力を振るった。なので謝る。

 あの事件をそんな単純な話にすり替え、ちっちゃな問題として収めようとしておったのじゃ。

 結果、なんの解決にもならんまま、事態は園長先生によって無理矢理収められた形になった。


 しっかし……

 なぜ園長先生殿はやつらを庇護するのじゃ?

 そんなにもPTAの力とは強いんじゃろうか?

 うーん。もしかすると、その背後にいる由香殿の祖父に原因があるのか?


 区議会なんとかっていう、貴族のような身分の者たち。

 やつらが何者なのか、一応後で調査しておかねばなるまいて。

 あと、園長殿たちとほかの先生殿たちもほとんどが敵と思っておいた方がいいだろうな。


「まぁ! なんて下品な目つき! 寺川先生の教育がなってないのね! 園長先生! あの方にはやっぱり辞職を促すべきですよ!」

「え……えぇ……まぁ……その……」

「はっきりしてください! この幼稚園がどうなってもいいんですか?」


 それと、耳障りな声でキャンキャンわめいていたあのばばぁ――ひまわり軍の先生殿だったっけ……?

 とりあえず、あのおなごには最大限の警戒をしておこう。

 うん、絶対。


「今日も給食おいしいね!」


 わしが園長室での出来事を思い出しておると、隣に座る勇殿が素敵な笑顔を向けてきた。

 なのでわしも似たような笑顔を返しておく。


「うん。早く食べておかわりしよう。急がないとカレーがなくなっちゃうからね!」


 そして2人そろってカレーライスにむさぼりつく。

 その後カレーをおかわりするためにわしらが立ち上がると、ほぼ同時に冥界四天王も立ち上がり、そんでもって華殿とあかねっち殿も立ち上がりおった。


 ……うーむ。


 こうなってしまっては仕方あるまい。さっきの味方は今の敵じゃ!


「ぐぬぉぉおぉぉう!」


 カレーをすくうおたまの奪い合いが始まり、むしろさっきの戦よりはげしい争いへと発展する。


 この時、遠山殿は騒ぐわしらを諌めることなく、終始無言でカレーを口に運び続けておった。

 その姿がなかなかどうして印象深い。

 でもあの方をフォローする気などさらさらない。

 いや……あの時、遠山殿も無能ながら一応わしらを守ろうとしてくれてたな。その点は認めてやらなくてはなるまいて。

 それにあの時は同僚から見捨てられた感じだったし、そう考えるとちと可哀そうじゃ。


 でもでも、カレーを食う遠山殿の視線が虚空をうろついておる。

 こういう状態の人間に気安く声をかけると、藪からにょろにょろが飛び出しかねん。

 まぁ、放っておこう。


「さーいしょーは、ぐー!」


 結局、わしらの争いを見かねたよみよみ殿がじゃんけんを提案し、わしとミノス殿とあかねっち殿が残り少ないカレーのおかわり権を得ることに成功した。


 ふっふっふ。ざまぁみろ、華殿!

 おっ、睨まれた。ごめんなさい。


 そんな感じでわしはおかわりのカレーを堪能し、ひるげの時間は終わりを告げた。


「ふーう。おいしかった」


 満腹満腹。

 この後は、そじゃな。

 ショート暇タイムは少しのんびりと過ごして、それが終わったらお掃除タイム。

 そんでもって最後はゾウさんバスに乗って、寺川殿の長屋じゃ。

 あっ、教員室に行って、電話を貸してもらわんとな。

 母上に伝えておかねば。

 ん? もしかすると寺川殿にも一報しといたほうがいいじゃろうか?

 そじゃな。寺川殿が不在じゃとあれだし。

 あの方、自宅謹慎という言葉の意味をちゃんと理解してなさそうだし。

 そうじゃ。そうしよう!


 といった感じで、今後の予定を思索しながらひるげの器を返しておると、不意に背後から話しかけられた。


「光君? お昼の自由時間にちょっといい? 勇君と一緒に……」


 ジャッカル殿じゃ。

 あと背後にカロン殿とミノス殿もおる。

 あれ? クロノス殿は?

 と思っておったら、クロノス殿は華殿たちに話しかけておった。


 ほう。


 大方、クロノス殿が華殿に伝えた要件も同じ旨じゃろう。

 んで……ジャッカル殿のその目。

 悪いことを考えておる目じゃ。


 ……


 あい、わかった。

 話を聞こうではないか。


「うん。いいよ」


 わしも瞳を怪しく輝かせながら、ジャッカル殿に言を返す。


 ところでじゃ。

 わしはやっぱり性根が腐っておるな。

 ジャッカル殿の向こう側に立つ由香殿の顔が見えたもん。こそこそ話すわしらのことを怪訝な表情で見てたんだもん。

 だからついつい言ってしまったのじゃ。


「でもさ! さっきのひまわり組の人たち。あんなことやるなんて最低だよね! 家でどういうしつけされてんのかな?

 もしかすると、わんわんしつけるみたいなことしか教えてもらってないんだろうね! 多分、あの人たちの家族も最低なんだろうね!」


 由香殿? ちゃんと聞こえたであろう?

 くっくっく! あー、すっきりした。


「ん? 光君? いきなりどうしたの?」

「んん、別に。僕おトイレ行ってくるから、その後でいい?」


 とりあえず由香殿がぎゃんぎゃんわめく前に逃げておかねばなるまいて。


「う、うん。どうぞ。じゃ、後で」


 事件の原因が由香殿であると気づいておる者がどれだけいるだろうか。

 気づいておらんわっぱにとって、さっきの恐怖を思い出させるようなことをいきなり言ってしまって申し訳ない。

 でも由香殿を好いとるわっぱが多いのも事実じゃ。

 直接的に責め寄ると、今度はわしがそいつらから責められることになろう。

 内部崩壊を防ぐためには、あーやって遠回りに攻撃するしかないのじゃ。

 皆の衆、こればっかりはごめんなさい。


 その後、わしはプルプル震える由香殿が爆発する前に拠点を出る。

 その途中遠山殿を見ると、鳩さんが火縄銃をくらったような顔をしてわしのことを見ておった。

(なんてひどいことを言うの?)

 といった心の言が顔に出ておる。

 ふっふっふ。

 今さら気づいても遅い。わしはアウトローじゃ。

 あと、なんだったらこの足軽組の半数がアウトローじゃ。

 椅子取りゲームごときで傷つけ合う輩ばっかじゃからのう。


 寺川殿だからこそわしらを統率出来ておったが、並みのおなごにはそれは無理じゃ。

 このままでは終わらん。終わらんぞ。

 そういう目つきをしておる者が多数おる。

 準備を揃えて、逆襲を果たそうと思っておる者どもが静かにその時を待っておる。

 おそらくジャッカル殿の話もその類じゃろう。

 遠山殿? わしらをしばくなら今じゃ。

 椅子取りゲームで戦士を生みだしてしまった罪を無きものにするのは今しかないのじゃ。

 でも、現在心折れておる遠山殿がわしに鉄槌をくらわすことはなかろう。

 かっかっか!


「……ざまぁみろ……」


 この週のわしは給食当番では無かったので、ひるげの後始末は器を返すだけで終わり。

 わしは悪い顔で吐き捨て、軽やかな足取りで厠に向かうことにした。




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