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在城の肆


 父上の許可を得て、わしは勇殿の居城へと向かうことにした。


 一軒家城を出るときは母上がまだ帰ってきてなかったゆえ、わしと母上がすれ違いになるのを父上が一瞬だけ懸念したけど、父上も一瞬迷っただけでわしの外出を許してくださった。

 昨日3人揃ってお出かけしたことだし、今週の家族サービスはあれぐらいでいいじゃろ。

 週末の残りは勇殿とお遊び。これはさっき定められた変えようのない運命じゃ。


「ふんふふーん……ふーうん!」


 一軒家城を出た後、わしは4つほどの城を鼻歌交じりで通り過ぎる。

 わしの一軒家城から目と鼻の先にある勇殿の城は、現代の言い方で言えば、距離にしておよそ50メートル。

 簡易に言えば“ご近所さん”といったところじゃ。

 毎日トラさんバスを待つ集合場所が同じぐらいだから、そんな離れておるわけではないのじゃ。


 華殿に関しては、勇殿の城のさらに向こう側――大きな道路を渡ったところにあるので、華殿の城に遊びに行く時は大人の付き添いが必要じゃが、勇殿の家に行くときだけわしは単独での移動を許可されておるのじゃ。

 思えばこれほど近い距離に気の合う同い歳の友人がおるというのは結構まれじゃな。

 勇殿との友情は後生大事にせねばなるまいて。


 などと頭の中で勇殿の姿を思い浮かべておると、浅葱色鮮やかな勇殿の城が見えてきた。


「ゆーうーたくーん! あーそーぼー!」


 勇殿の居城の前で、わしは声高らかと叫ぶ。

 城門のところに“ぴんぽん”があるので、一応そのボタンを押しておいたし、それに加えてわしの勇ましい声を伝えておけば勇殿も気づくじゃろう。

 案の定、わしを大して待たすことなく、勇殿が玄関の扉を勢いよく開いた。


「早かったね!」

「うん、走ってきた!」


 よし! 勇殿の顔見たら、もっとテンション上がってきた!


 ……と、その前に。


 ここで忘れてはならないことが1つ。わしは巧みな動きで勇殿に近づき、悪い顔で話しかける。


「勇多? 例のアレ、今日はどこまでぶっこんだ?」

「ん? 俺はコマーシャル明け5分。オチムシャロボ“ヨロイノスキマ”が膝に一撃を食らうとこまで。光成は?」

「俺は……多分、その2分後かな。胴周りに内臓飛び出る一撃を受けたとこだ。そこで気分が悪くなっちまったぜ」

「くっくっく。さすが光成」

「いや、俺は途中オチムシャヘルメットを取りに行ってたんだ。オヤジが言ってたけど、その間にえぐいシーンあったんだろ? それを見ていたら俺もお前ととんとんだっただろうよ」

「あぁ、あれはガチでヤバかったぜ。ヘブンがゲートをファイヤーしやがった」

「ふっふっふ」

「くっくっく」


 お互いの呼び方と一人称が多少変わっておるがそこはご愛嬌。

 あと、本来この会話は月曜の朝にやっておることなのじゃが、絶対に毎週月曜日にやらなきゃいけないわけではない。

 どちらかというと“視聴後に初めて会った時に行う”という感覚だから、今週はこのタイミングでいいのじゃ。


 加えてもう1つ。

 例によっわしは前世でもっとおぞましい光景を目にしておるので、“オチムシャFIVE”の残酷シーンには十分に耐えられる。

 なんだったら血しぶき舞うシーンを見ながら、トマトジュースとか余裕で飲める。

 でもその事実をそのまま伝えると勇殿たちとの話を合わせづらいから、適当に誤魔化しておるのじゃ。

 人づきあいじゃ、人づきあい。


 前世のわしにはちと足りんかった要素じゃが、勇殿とは気が合うゆえ、それを突破口に今生のわしは十分な人脈形成力を養っていこうと思っておる。

 清正や正則のように、暴れるだけしか能のないバカとは付き合う気さらさらないがのう。


 あいつら……ちょっと戦場で仲良くしてるからって、みんなしてわしを目の敵にしおって……。


 くそ、嫌なこと思い出しおったわ。

 ま、思い出しても仕方なし。

 “武の力”は“武の力”。“治の力”は“治の力”。

 “文民統制”。

 なんという素敵な言葉じゃろう。

 この国では、将来わしが偉くなっても清正たちのような戦うだけの無能者に足を引っ張られることもないのじゃ。


 ふっふっふ! 石田幕府……よき響きじゃ。


 おっと。また妄想が暴走し始めるところじゃった。話を戻そう。

 勇殿と怪しい会話を交わすことで大人の階段を一段登ったようなすがすがしい気分になりつつ、満足したわしと勇殿は本来の振舞いに戻った。


「光君。あがって。将棋しよ」

「うん」


 勇殿にうながされ、わしは城へと入る。

 母上からいつも言われている通りに、脱いだ外草履を綺麗に並べる。我が一軒家城に比べてやや広めの廊下を歩くと、前を行く勇殿が奥の扉を開けた。

 それに続いて部屋に入ると、そこが勇殿の居城の居間じゃ。


「あれ?」


 居間に入ると勇殿の父上の姿が目に入ってきたため、これもまた母上の言いつけどおりに元気のいい挨拶をした。


「こんにちは!」

「おっ、こんにちは。光成君はいっつも元気に挨拶するね」


 勇殿の父上に褒められたため、わしは再び軽い会釈をしておく。


 勇殿の父上の歳は……うーん。20代後半といったところか。

 勇殿の父上はわしの父上より若干肌の艶がよい感じじゃ。

 正確な年齢を聞いたことはないし、わし自身男の年齢を把握する趣味も持ってない。

 だけど土器色に明るく染めた髪と機動力のありそうな体躯からは、若々しい波動が放たれておるのはわかる。

 わかりやすくいえば、寺川殿と同い年ぐらいかのう。寺川殿をナンパしたやつもこんな感じだと思う。


 それと、以前聞いた話によると、勇殿の父上は大工さんとのことじゃ。

 身の軽そうな肉のつき方と、それによる若々しい気配はそこから来ておるのかも知れん。

 あと……別に羨ましくはないが、よくよく見てみるとこの城に使われておる木材もいい木を選んでおる。

 わしの父上と収入は大して変わらんと思うが、勇殿の父上は仕事柄建築資材を安く手に入れられるのだろうな。

 壁面全てを覆い尽くす木材や天井を飾る梁など、圧迫感を覚えるほどに迫力満点じゃ。

 くっそ羨ましい……。


 ……あれ?


 まあよい。

 勇殿の城に侵入したのは久しぶりゆえ、わしがにこにこしながら居間を物色しておると、勇殿が早速将棋の盤と駒を持ってきた。

 将棋の駒を並べ、じゃんけんで先手を決める。

 その後、わしと勇殿双方は深々とお辞儀をした。


「では、お手柔らかに」


 先手、勇殿。8四歩。


 なんちゃって。

 勇殿が飛車の前にある歩を1つ進め、わしもそれに応戦する。

 お互いのこぶしが盤上で静かにぶつかり合い、手を進めるごとにその激しさが増してゆく。

 十数手に差し掛かろうとしたところで、脇で見ていた勇殿の父上が身を乗り出した。


 ふっふっふ。

 勇殿に将棋を仕込んでおよそ1年。

 前世におけるわしは、それなりに将棋をたしなんでおったものの、それを自慢できるほどの腕前は持っておらんかった。

 あとそもそも国取り業務は激務なので、わしがなにかの趣味に没頭することもありえんかった。

 しかしテレビゲームやら携帯ゲームやらが幅を利かせる現代において、将棋がわしの心をつかむのは無理もないことじゃ。


 かつての時代はひとくちに将棋と言っても、“大将棋”、“中将棋”、“小将棋”があって、さらに扱う駒の種類も国ごとに異なったりしておった。

 あの時代の将棋に慣れたわしにとって、駒の種類が減りルールも定まった現代の将棋は比較的理解しやすいのじゃ。

 そんで将棋は相手がいないとつまらんので、入園当初仲良くなったばっかりの勇殿にこれを仕込んだ。

 こういう流れじゃ。


 でもわしのこの行いには思わぬ副産物がついてきおった。

 それが勇殿の父上じゃ。

 見た目はチャラいこの御方。でもなぜか将棋を知っており、というか結構強いのじゃ。

 なのでわしと勇殿が戦っておるのを黙って見ておれなくなったのじゃ。


「うーん……勇多ぁ……? そこ、ダメだと思うよ?」


 わしの予定通り……いや、予定というよりは、(あぁ……どうせそのうち口挟んでくるんだろうな)と思ってたわしの予感なのじゃが、やっぱり我慢できなくなった勇殿の父上が言を発した。

 そんで、もう1つ面白い話。

 父親に口を挟まれると、普段素直な勇殿が烈火のごとく機嫌を荒げるのじゃ。


「うるっさいッ! お父さんは黙ってて!」

「ご……ごめん……」


 かーかっかっか! 面白い! 面白いぞ勇多親子!

 おっ、勇殿の父上と目が合った。わしに訴えられても、何も出来まいて!

 諦めて、お父さん!


 いやはやしかし、このやり取りを何度見たことか。

 いくら将棋を覚えて1年を経たとはいえ、勇殿はあくまでわっぱじゃ。

 暖かくゆっくりと育てておるが、今はまだわしの相手にもならん。

 ならば実力的には勇殿の父上と差したほうがいいとも思うが、でも、そういうわけにはいかんのじゃ。

 わしは勇殿と遊びたいからここに来ておる。

 決して30近いおっさんと遊びたいために、ここに来ておるのではないのじゃ。

 30近いおっさんと遊ぶため、鼻歌交じりで街を駆け抜ける46のおっさん。

 そのような悲劇は起こしてはならんからな。

 だからこの対局はあくまでわしと勇殿の戦い。

 勇殿の父上はそろそろ始まるお馬さんの競争番組でも見ておればいい。


 と、思ったけどやっぱやめた。


 勇殿を育てる手前、わしと勇殿の戦いに“待ったなし”のルールは存在せん。

 間違ったと思ったら、何度でも、何手前にでも、戻ることが出来る。

 これは勇殿のためを考えたルールじゃ。

 でも、それを使って勇殿の父上をからかってやろうぞ!


 そう決めたわしは戦いが中盤に差し掛かったところで、棋譜の流れの分析に全力を注ぐ。


 国営放送のおじいちゃんから昔聞いた話なのじゃが、将棋の熟練者は現状の駒の配置から、その未来を枝分かれるように数十パターン先読みするらしい。

 よく、将棋のプロは百手先を読むといわれておるが、棋譜の未来を1本の線で先読みするわけでもなく、幾十にもパターンを枝分かれさせた上で各々の線を100手先まで読んでいるとの話じゃ。

 ホントかウソか。わしの軍師に欲しいぐらいの逸材じゃ。


 いや、軍師の話も今はいい。将棋の話じゃ。

 自慢ではないが、わしも3~4のパターンは見える。

 その先は“ここにこれを差したら、いい感じになりそうじゃね”程度のあやふやな未来しか見えないけど、それでも各々のパターンで十数手先ぐらいまでは読めるのじゃ。

 まぁ、相手はわっぱだし、わしも将来棋士として生きて行こうとは思ってないから、それぐらいでも十分なんだけどな。

 わしはまず脳裏に見えたいくつかのパターンに優劣をつけ、そのパターンのうち、最も悪手になるものを実行することにした。


「うーん……」


 自信無さ気に銀将を斜め前に出し、勇殿の父上の顔をちらりと見る。


「……」


 ふっふっふ。ちょっとにやけたか?

 これは、わしのことを侮っておる顔じゃ。余裕が見え隠れしておる。

 んじゃ次。


「勇君? やっぱ違うのにしていい?」

「ん? うん。いいよ」


 そんでわしは銀将を戻し、背後に隠れておった角行を斜め前に。

 これはさっき考えておったパターンのうち、下から2番目の悪手じゃ。


「ん?」


 それを見た勇殿の父上が短く声を発した。

 でもまだじゃな。余裕のうすら笑いをしておる。

 なのでさらに次の手へ。


「勇君? 何度もごめん。もっかい変えていい?」

「んー? いいよ。でも、珍しいね。光君がそんなに悩むの」

「うん。ちょっと調子が悪いのかも」


 そんで次は比較的良い一手。遠いところから飛車の目を光らせる感じじゃ。


「おっ?」


 ぶわっはっは!

 勇殿の父上が“そう来たか!”みたいな顔しておる。

 あと、わしに“その流れで行け!”みたいな視線送ってきおった!

 おぬし勇殿の父親じゃろう? わしじゃなくて勇殿の味方をせい!


 と見せかけて……


「うーん。勇君? 本当にごめん」

「えー? まーたぁー?」

「うん。ごめん」


 今度はわしの考えうる最良の一手じゃ。

 角行をやや離れた場所に移動させ、現時点での激戦区に目を光らせつつ、反対からも敵陣深く切り込もうかという、会心の一手じゃ。

 もちろん勇殿はそれに気づいておらぬが、ここで勇殿の父上が頭蓋にゾウさんじょうろの一撃を受けたような顔をしよった。


「え?」


 おそらく、この一手は勇殿の父上にとってもなかなかにレベルの高い一手だったのじゃろう。

 たかが5歳のわっぱにそんなレベルを見せられて、勇殿の父上は嫉妬と称賛を混ぜたような視線をわしに送ってきておる。


 くっくっく。

 そんな……“次は俺と勝負!”みたいな顔されても。

 でもだめじゃ。今日は勇殿と遊ぶためにここに来たのじゃ。

 この対局が終わっても、勇殿を放っておいて父上と遊ぶ気はないぞ。

 あと、わしの謀はまだ終わってないぞ!


「ゆ……勇君? 最後。これ最後だから」

「えぇー……まぁ、いいけどぉ……これで本当に最後だからねぇ?」

「うん。絶対」


 そして最後。

 わしは一番最初に試した最低の悪手をあえてもう一度放つ。


「ちょ……なんでそれ? 光成君!? それじゃなくて、さっきの……」

「お父さんっ!! うるっさいってばッ!!」


 ケラケラケラケラ!

 そう! それでいいぞ、勇多親子!

 あぁ、すっごい面白かった。

 特にわしの繰り返す“待った”にいらついていた勇殿がいつも以上の激怒で叫ぶとか、思わぬ誤算じゃ。


 いやいやいやいや……。

 勇殿をからかうつもりはなかった。ほんと申し訳ない。

 勇殿は大切にせねば。大切なお友達だし。

 あと、わしもそろそろ落ち着こう。


 どのみち、勇殿相手に本気を出す気はなかったから、もともとわしはあの最悪手で行くつもりじゃった。

 なので勇殿の父上の言葉に耳を貸さず、わしはこれにて差し手の番を勇殿に渡す。


 その後、手加減したわしと勇殿が一進一退の攻防を繰り返し、最後は勇殿に勝利を譲った。


「参りました……」


 わしが勇殿に綺麗な土下座をしたところで、これで将棋遊びは終わり。

 勇殿の父上が何かを求めるような眼でわしを見ておったが、手加減するというのは逆につかれるのじゃ。


「ふぁーあ……疲れたぁ」


 なので、わしは今日はもう将棋をしたくないといった思いを態度で示し、勇殿の父上に戦線離脱の意を伝える。

 やや遅れて、勇殿が何かに気づいたように立ち上がる。


「おやつの時間だ。光君? おやつ食べよ!」


 そう言って勇殿が菓子の入った袋をいくつか持って来てくれた。


 もぐもぐもぐ……


 居間の机でわしと勇殿と勇殿の父上。3人揃って仲よくおやつをむさぼる。

 勇殿の母上は平日の昼間に近くのパン屋さんで働いておるので、普段はラスクやちっちゃいチーズパンなどを食べさせてくれたりする。

 でも今日は普通に芋を薄く切って油であげたあの菓子。のり塩味じゃ。

 わしとしては勇殿の母上が仕事終わりに職場からこっそりガメて――まかないとして貰っておるパンを少しばかり期待しておったのじゃが、土日は働いてないというし、金曜に貰ってきた分は昨日のうちに食べつくしちゃったのじゃろう。

 まぁ仕方なし。よそ様のおやつまで期待するのは下衆というものだし、この菓子も十分美味しいからな。


 と、ここでわしはふと気付く。

 勇殿の母上の姿が見えん。


「勇君? そういえば、勇君のお母さんは? お出かけしてるの?」


 その問いには、勇殿の父上が答えた。


「うん。幼稚園のPTAの緊急役員会だって。華代ちゃんのお母さんも行ってるってさ」


 そして次に勇殿も。


「さっき光君呼んだあと、華ちゃんの家にも電話したんだ。だけどお母さんについて幼稚園に行ってるって。なんかね、そのお話会が終わった後、そのままピアノ教室に行くんだって。だから遊びに誘えなかった」


 ほうほう。そういう次第だったとは。

 華殿がいたらもっとにぎやかだったろうに。ちと残念じゃな。


 あと――PTA役員会。それも緊急。


 なんというおっそろしい響きじゃろうか。

 戦国の世にありがちな側室同士の争い。現代ではあのクズが開きおった江戸幕府の大奥を想像する者が多いらしいが、似たようなもんじゃろ?

 かかわるべきではない。そういう組織じゃ。

 ……って、わしの父上が言っておった。



 おいおい。おぬしの妻もPTAに入っておるじゃろう? ……とわしがツッコミたくなるのも無理はない。

 でも、PTAの幹部はあのにっくき由香殿の母上と、彼女の周りを囲む“ママ友”なる極悪集団によって固められておるらしい。

 なんかむかつくけど、「運動会とかの時、あの集団だけすっげぇ気持ち悪いオーラ放ってんだ。ぜってぇ近づきたくねぇ」と言った父上の気持ちもわからんでもないのじゃ。


 もぐもぐもぐもぐ……。


 さて、考えながら口を動かしておったら、菓子も無くなった。

 頭の中で怪談話を進めても楽しいことは何もないので、あんな連中のことは忘れて今を楽しむべきじゃな。


「勇君?」

「ん?」

「外でサッカーやろう。お父さんもしようよ? なんだったら公園でやろう」


 わしの提案に勇殿親子が揃って同意し、わしらは近くの公園に移動する。

 日が暮れるまでサッカーに興じ、公園から一軒家城に直接戻る形で勇殿の父上に送ってもらうと、その日の夜、疲れていたわしはすぐに眠りについた。


 そして――

 次の日、幼稚園に行ったら寺川殿が1ヶ月の自宅謹慎になっていた。




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