「実は俺、朝起きたら薄紫ユニコーンになっていたんだよ」
「薄紫ユニコーン?」
土曜日の夜遅くに、先輩から電話がかかってきた。
「なんすか? ふざけてるんすか先輩?」
「ふざけてないわ。ふざけだったら相当面白くないボケだろ」
先輩ならぎりやりそうな悪ふざけだ。
「朝起きて、薄紫ユニコーンになったんですよね?」
「ああ、そうだ」
「一日中ずっと薄紫ユニコーンだったんですか?」
「ずっと、鏡の前にいたわけではないけど、ずっと薄紫ユニコーンだったと思う。蹄あったし」
「それって寝て、明日起きたら案外戻ってるんじゃないですか?」
「そんな簡単に戻ると思うか?」
「すみません。とりあえず夜遅いんで、今日はもう寝て、明日まだ薄紫ユニコーンだったら電話してもらってもいいですか? その場合は、先輩の家に行きます。薄紫ユニコーンになった先輩の姿みたいですし」
スマホゲー厶のログインだけして、すぐに寝たかったので、電話を早く切りたかった。
今の僕にできることはもうない。
※
日付が変わり、6時。みんな大好き日曜日の6時に電話が鳴ったので飛び起きた。
「もしもし」
「おはよう。俺だよ」
「ああ、薄紫ユニコーン!」
「結局、元の姿に戻れなかったんだよ」
電話が鳴った時点で先輩だろうと思った。やっぱり、寝るだけじゃ元に戻らないよな
「分かりました。自分、髭だけ剃ったら着替えて、先輩の家にすぐ向かいます!」
といいつつ本当は、飯を食べて、風呂に入って、少しばかりテレビを見てから行くけれど。
急いで行った所で、状況が変わるわけでもないだろう。今日は日曜日なんだし、それくらいの権利は僕にだってある。
飯を食べて、風呂に入って、なんだかんだしてたら、結局先輩の家に着いたのは10時前だった。
「先輩、すみません道が混んでて遅れました。僕です」
「鍵開いてるから、入っていいぞ」
「おじゃましまーす」
「……うわ、本当だ。薄紫ユニコーンだ!」
座椅子に座る薄紫ユニコーン。
「よく来てくれたな」
間違えなく先輩だった。それくらいすぐに分かる。声とか雰囲気とか匂いとか仕草とか全て先輩だもん。薄紫ユニコーンになっているとはいえ、先輩は変わらなかった。
「見事に薄紫ユニコーンですね。これは紫ではない、薄紫ですね」
「でも、なんでこんなことになったんですか?」
「あーひとつあるとすれば、一昨日な、花粉症の薬を炭酸で飲んだんだよ」
花粉症の薬を炭酸で?
「あーなるほど、それで薄紫ユニコーンになったのか」と納得することはできない。
「面倒くさかったんだよ、冷蔵庫にお茶を取りに行くのが。だから、テーブルに置いてあった炭酸で、花粉症の薬を飲んだ」
花粉症の薬を炭酸で飲んだくらいで、薄紫ユニコーンになってしまうものなのだろうか? 僕の場合は、薬を飲むときはミネラルウォーターって決めているから、そんな過ちを犯すことはないけれど、花粉症の薬を炭酸で飲んでしまったヤツなんて、探せばいくらでもいるだろう。そいつらがみんな薄紫ユニコーンになっていたら、この国が薄紫ユニコーンだらけになってしまう。
「薄紫ユニコーンなのに、会話はできるんですね。飯も食べられるんでしたっけ?」
「飯は色んなものを試したわけではないけど、食パンとラーメンは食べられた」
「じゃあ、そんなには困ってはなさそうですね」
「いや困ってるわ。明日から俺どうすんだよ。会社に出勤できないぞ。俺が会社の門をくぐった瞬間、通報されるだろ?」
「それは、会社に連絡しておけばいいんじゃないですか? 『薄紫ユニコーンになってしまったので明日からは薄紫ユニコーンで出勤しますって』事前に連絡しておけば、通報はされないでしょ?」
「いや、通報されなかったとしても、こんなやつ使い物になるか? お前は薄紫ユニコーンと一緒に仕事できるのか?」
「……頑張ればなんとか」
「頑張ればっていってる時点で無理だろ。それに、この姿でどうやって電車に乗ればいいんだよ」
「そうですよね。先輩免許持ってないから車は無理ですし、自転車を乗れるほど先輩に脚力があるとは思えません」
「薄紫ユニコーンが自転車に乗ってても怖いだろ!」
「じゃあ先輩。薄紫ユニコーンニートになるんですね」
「そうなると困るから、こうしてお前に頼んでるんだろ」
「分かってますよ。何のために僕が先輩の家に来たと思っているんですか」
ああ言えばこう言う先輩だけど、新入社員のときに仕事を一から教えてくれたのは先輩だし、プライベートでも仲よくしてもらってるしな。そんな先輩が困っているのに、協力しないわけにはいかない。
「僕の同級生の寺井ってやつのじいちゃんが
競走馬の調教師やってるんでちょっと相談してみますわ」
「競走馬? ユニコーンて馬なの?」
「ほぼ、一緒でしょ。羽が生えててちょんちょんが頭に付いてる馬がユニコーンでしょ? 今の先輩も馬っぽいですし。あ、先輩がもともと馬面なだけかもしれませんけど」
「お前! 前々から思っていたがちょいちょい失礼なことを言うよな」
「しーっ! 電話するんで静かにしてもらってもいいですか?」
「お、お前!」
寺井は話の分かる男なので、電話で経緯を話すと、すぐに相談してくれた。寺井のじいちゃんが様子を見に来てくれるらしい。 寺井も来たかったみたいだが、夕方から地下アイドルのライブがあるみたいでそっちを優先するみたいだ。
「先輩、とりあえず寺井のじいちゃんがここに来るんですって。口の説明だけではわからないのでぜひ見させて欲しいそうです」
「俺は、見世物ではないんだぞ」
「いえ、大丈夫ですよ。寺井は薄紫ユニコーンよりも地下アイドルを優先しましたので、先輩にそれほど魅力はないようです」
「それはそれでムカつく」
寺井のじいちゃんがやってきたのが14時頃。
「大体の流れは孫から聞いているが、その薄紫ユニコーンてのはどこにいるんだい?」
「中でポップコーンを食べています」
寺井のじいちゃんは、薄紫ユニコーンを見ても特にリアクションはなかった。競走馬の調教師をやっているから慣れているのだろうか。
「花粉症の薬を炭酸水て飲んだと……」
「なんと滑稽な」
「寺井の話だと、元に戻る方法を知っているんですよね? お礼は、この薄紫ユニコーンが後でたっぷりとすると思うんで、お願いします」
「は? 勝手なこと言うなよ」
「何言ってるんですか先輩。戻してもらえるなら、100万円くらい安いもんじゃないですか?
このまま何年も薄紫ユニコーンニートとして過ごすことどっちがいいんですか?」
「元の姿に戻してはもらいたいけど、先週競馬で20万つっこんだから、金がないんだよ。1番人気のマンデーチューズデーが4位になりやがった」
「そんなダサい名前の馬に賭けるから負けるんですよ」
「心配いらぬ。お金を取るつもりはない。わしは孫の頼みはできる範囲内で全て聞くようにしている」
サンキュー寺井。寺井のおかげで、先輩を元に戻せそうだ。
「ちなみに、マンデーチューズデーはわしが調教した馬だけどな……」
「す、すみませんでした」
「いいんじゃよ。薄紫ユニコーン、貴様を見ていると若い時のわしを思い出すわ」
「え? 寺井のじいちゃんも薄紫ユニコーンだったんですか?」
「違う違う。わしはサーモンピンクミドリガメ。あのときは焦った。結婚式を前日に控えた朝目が覚めると、サーモンピンクミドリガメになっていたんじゃ。サーモンピンクミドリガメのままで結婚式に参加するわけにはいかない。結婚式にサーモンピンクミドリガメが参加していたらきっと皆驚く。それも、新郎の席に堂々と座っているのだから」
「幸い、わしの親友のお姉さんが、インチキ霊媒師だったため、元に戻る方法を教えてもらい、無事、戻ることができた」
インチキ霊媒師?
「あの、そうなった原因って?」
「わしは、頭痛薬をココアで飲んだのが原因だったな。横着をせず、冷蔵庫に水を取りにいくべきだったと後悔している」
頭痛薬をココアで?
「あーなるほど、それでサーモンピンクミドリガメになったのか」と納得することはできない。
「それで、薄紫ユニコーンを元に戻すためには? その方法、知ってるんですよね?」
「ああ、至って簡単なことだ。わしが持ってきたこの薬を、水で飲むだけで元の体に戻れる」
先輩は恐る恐る薬を飲んだ。先輩の体からモクモクと煙が出てきた。
「大丈夫ですか先輩?」
「先輩、戻ってますよ。元の姿に」
「ほ、本当か?」
近くに置いてあった手鏡を先輩に渡す。先輩は鏡で自分の顔を見て喜ぶ。
「本当だ。薄紫ユニコーンじゃなくなってる!」
「よかったですね先輩」
先輩は無事、元のチンパンジーの姿に戻ることができた。