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第46話 先輩、アニメにハマる

 こんなはずじゃなかった。

 もっと上手くできるはずだった。

 大塚晃にとって、地上に帰ったら全てがうまく行くはずだった。

 けど今、食事をするのでさえ困難を極めている。


「ハンバーガーってこんな味だったっけ?」


 味覚の変化。

 王から寄越される血の滴る生肉の味が恋しい。

 料理された味の不快感に吐き気さえ覚える始末だ。


「アキオ、これ食うか?」

『お母さん、あんまり食べてない』

「俺は少食なの。お前は育ち盛りなんだからいっぱい食べろよ」

『お母さんがそういうなら』


 最初は空耳かと思っていた。

 ずっと一緒にいるうちに幻聴が聞こえ始めたのだと思った。

 けれど俺の肉体変化は両腕にびっしり生えた鱗だけでは止まらず、味覚を、聴覚さえもドラゴンにチューニングされて言ってるのだと知って恐ろしくなった。


 アキオは俺の命令を聞いてくれるが、都合のいい捨て駒だった。

 しかしここで心変わりしてしまう。

 重苦しすぎる状況を一人で抱えるのに耐えられない。

 精神の脆さを浮き彫りにされたようだった。


 こんなはずじゃなかった。

 俺はもっと強い男だと思っていた。

 頼りにされる状況に甘んじて、状況を的確に判断する思考の鈍化に嫌気が刺す。


 昔を思い出した。

 大手企業に就職して、とんとん拍子に出世して。

 家庭を持ち、子を授かった。

 全てが順風満帆。

 初めてできた子供に恥じない父親になろうと思った。


 けど今は、母親としてそれを引き継いだ。

 頭がおかしくなりそうだった。


 自身の変化が、想定するより早くなって来ている。

 コミュニケーションを取れる相手が増えたのは幸いだが、状況はより一層不味くなる。


「アキオ」

『なぁに、お母さん』

「お父さんは迎えにきてくれるかな?」

『くれるよ、だってお父さんはおかあさんのこと大好きだもん』


 そうかぁ?

 人間のコミュニティとあまりに違いすぎて実感が湧かない。

 でも、生まれたばかりの子供ですらそう考えるのなら。

 間違えているのは自分の可能性もある。

 俺はもっとドラゴンのことを知らなければいけない気がする。


 そこで、どうすれば助けに来てくれるかを考える。

 頭脳には自信があった。

 あいにくと室内には見慣れたものばかり。

 生まれたてのドラゴンであるアキオに比べたらそのツールを使いこなす地頭がある。それが今の俺がすべきことだった。


 しかし実際に見慣れたもののはずのツールに触れ、問題が山積みなのだと認識する。特にひどいのが言語理解だった。

 見慣れたはずのツールの使い方こそわかるものの、そこに描かれた文字を理解するために脳みそが異様に疲れた。

 映像はまだわかる。


 だから食事をもらうのは難なくできた。

 けど、文字に関しては古代言語の如く難解で読みきれない。

 日本で見たことがあるものばかりだから、きっと日本語なのだろう。

 けど頭が、知識が、常識がそれを否定する。

 お前はドラゴンだろう、何故人間の世界に戻るのか? 

 そんな違和感が日を増すごとに強まった。

 戻る場所はここではない。巣穴に戻りたい。

 竜の王の膝下が一番安らげる場所だと、意識が強まっていった時のことだった。

 アキオの変化が始まったのは。


『お母さん! 僕の腕おかしくなっちゃった』

「一体何の騒ぎ……お前それどうした?」

『だから腕が』


 アキオの変化は腕だけに止まらない。

 顔も、体も。俺そっくりに退化している。

 もう首を伸ばして鉄格子に噛み付くなんて真似も物理的に難しいだろう。

 いよいよ持って脱出が難しくなった。


 それ以前に、ドラゴンとして生まれた存在が、この短時間で人型に変化するということの方が驚きだった。

 もしかしてドラゴン形態は一時的なもので、こちらが本来の姿だったりするのだろうか?

 そういえば王の姿もちんまいロリ体型だったな。

 今の自分もそれで、じゃあ進化次第では俺もドラゴンになれるのか?

 そう思うと夢があるような気がする。

 今は弱くとも、将来的に強くなれるなら悪い気はしなかった。


 困惑するアキオを慰めるように一緒の布団で寝た。

 抱きついてくる息子(娘?)と添い寝してから、日に日に母性のようなものが芽生えてくる。

 この子は俺が守らないと。

 母親としての矜持は、意外なところで芽生えていた。


 それからあっという間に月日が流れる。

 相変わらずご飯をもらうのは難しくない。

 けど、人間だった頃の知識は時間経過とともに抜け落ちた。

 もうツールの使い方すらあやふやになって来ている。

 そんな時、はっきりとこちらに呼びかける言葉が聞こえた。

 今まで会話らしい会話は絶望的にできないと思っていたからこその驚きがある。

 言葉に耳を傾ける。

 息子と二人だけの空間に、第三者の声が響いた。


『こんにちは、聞こえますか? こちらの言葉がわかるでしょうか? あーあー』


 わかる、はっきりと理解できる。

 脳内に薄くかかっていたモヤが晴れ渡る気分だった。

 久方ぶりの知識人との会話に、俺も当時の記憶が蘇る。

 今なら息子を守るために頑張れる気がした。


『長い間閉じ込めちゃってごめんなさい。今あなた達のいる場所は地上から遥か離れた上空、月面基地です。ようやく連絡ができるようになったので、こうしてお話の機会を設けました』


 は?

 頭にクエスチョンマークが乱立する。

 どこかで聞き覚えのある声。

 しかしその記憶は曖昧のまま。

 それよりも自分たちの軟禁されていた場所の方が気になった。


 テレビのようなものでは竜の王が地上で暴れる姿を何回も確認した。

 場所はわからなかったが、ここで待っていればいずれ助けに来る。

 そんな確信が、その発言で絶望に塗り替えられる。


『お母さん、月面てなぁに?』

「あ、えーとな。地上には天井とは異なる空間があってな、それを空というんだ」

『よくわかんない。それよりお父さんはいつ来るかな?』


「楽しみだね」と零す息子に「そうだな」としか答えられない。

 理解できるのはかろうじて自分だけ。

 ダンジョンで生まれ育ったアキオにそれを理解しろというのは無理だろう。

 だからこそ、俺は義憤に駆られる。

 ここを乗り越えて脱出するには相手を言い負かす必要があった。

 こっちの言語に合わせてくれたのは俺にとっても好都合だった。


「そちらの目的を知りたい。何故我々を閉じ込めた?」

『まるで被害者のようですね。あまりにも自覚が足りません』

「俺たちはあんたたちに何かをしたと?」

『身に覚えがありませんか。あなたの身内は相当に暴れん坊で、きっと遊び感覚だったんでしょうね。私達はその遊びに付き合わされ、多くの死傷者を出しました』

「だから、俺たちを捕まえた?」

『はい。理解が早くて助かります。せいぜい人質……この場合は竜質としての責務を全うしてくださいね。ま、相手はこちらに踏み入ることもできませんでしょうけど』


 どこか侮蔑の色を含ませた声色にカチンとくる。

 確かにドラゴンと人では存在に大きな隔たりがある。

 ちょっとした遊びだった。けど被害を受けた方は必要以上に恐れる。

 だからこうなっても仕方ない、とは受け取れない。

 アキオ以外の子供達が、腹を痛めて産んだ子が危険にさらされると知って、立ち上がる決意を決める。ここで立ち上がらなきゃ、一生このままだ。

 俺は決意のこもった瞳で相手を睨みつけ、法的手段を取ってでもお前たちを後悔させてやると宣言した。立場と名前を明かし、徹底抗戦してやると吠える。

 しかし返事はあっさりしたものだった。


『あ、やっぱり大塚さんでしたか。変わり果てた姿でしたので、最後まで確信できませんでしたが、ようやく尻尾を出しましたね!』

「は?」


 頭が真っ白になる。

 確かに名乗り出た。でもだからって即座に特定されるとは思ってもみない。


『父さん、そんなところでなにをしてるの?』

「あっあっ……違うんだ」


 画面の中の姿が変わり、声の主が訴えかけてくる。

 強烈なフィードバック。

 忘れていた記憶が鮮明に蘇った。

 そこに映ったのは、地上に残してきた大事な一人息子だった。

 幼かった頃の面影を残した顔は、こちらに強い憎悪を宿している。


『それではあとはごゆっくり』

『ありがとうございます、父の責任は僕がしっかり取らせますんで』

『ほどほどにね?』


 声が遠くなり、あんなに会いたかった息子と最悪の形での再会に、俺の鼓動は早くなるばかりだった。



 ◇



「結局あの子、大塚君で正解だったんだ? しかし随分と吹っかけたね? 月面基地とか。そんなわけないじゃんね」


 先ほどの後輩の誘導尋問には思わず笑ってしまった。

 疑心暗鬼になってる相手に、ありもしない鎌掛けをしてるんだもん。

 月面への転送陣の設置は不可能ではない。

 しかしそれをするメリットよりもデメリットが上回るため、計画は先送りにされている。

 彼の修羅場を肴に、僕たちは今酒盛りをしていた。


「あの人、完全に鵜呑みにしてましたよ」


 抑えきれない失笑をあらわにする後輩。

 前後不覚な人間にしていい冗談じゃないけど、彼の場合は犯罪歴が少し洒落にならないからね。

 僕たち以外に捕まってたら解剖一択だろう。

 今は死んだ方がマシの地獄を味わってるだって?

 自業自得ってやつだね。


「事前に合金レシピばら撒いてなかったらと思うとゾッとしますね」


 大塚君を取り戻しにきたドラゴンの王の暴れっぷりは見事なものだった。

 特殊武器を装備したアメリカ合衆国の精鋭が押し返されてたからね。

 そこで英雄召喚チケットで他国から助っ人を頼んでなんとか退けた感じだ。

 各国に事前に武器を渡して無かったら負け越していた可能性もある。

 そう考えればプレジデントの慧眼は冴えていたと言える。


「終わってみれば美容関係よりも早く終息したのが解せない」

「女子にとっては永遠のテーマですからね」

「人類、滅亡よりも?」

「です」


 それはともかく、と話を切り替える。

 前回の特殊合金ばら撒きコラボの後、ローディック師からのお誘いについて語る。

 普段であれば、向こうから顔を出す。

 転送陣で向こうの成果物を送ってきて色々融通を聞いてくれる相手からの直接訪問の誘いに違和感があったことを述べた。


「どうして急に呼び出すなんて真似をしたんだろう? らしくないっていうか」

「確かに動きが怪しいですよね。もしかしたらローディックさんを偽った方の犯行の可能性もあります」

「それはない」


 手紙の筆跡の癖は本人のそれだったし、あの人の名前使う犯罪なんてちょっと思い付かない。

 偽るにしたって大物すぎる。捕まったら死刑だってあり得るし。


「じゃあ、考えられるのは……ローディックさんがケモミミ族のスパイの線」

「あー、やたらうさ耳推してる理由はそこから?」


 そんなわけあるか! と一蹴するには情報が揃いすぎていた。

 もしかしたらアレかな? 僕がにゃん族側のスパイで接触を図ろうとしてる的な。

 なくはないな。


「配信中、うさ族の監視がありましたから。もしかしたらと言う勘ぐりです」

「に、してはあまりにも活動が杜撰すぎる」

「それを言ったら先輩の方が出鱈目なんですよね」

「僕のどこが?」

「きっと多分、向こうは完璧に擬態してるところを解除されて正体をあらわにされたと思うんですよ」

「あー、随分下手くそな嘘をつくなと思った」

「どんなに言い訳しても、それで誤解を解けなかったのはきっと向こうとしても誤算だったんじゃないでしょうか?」

「またしても僕の発明が世界の闇を暴いてしまったか?」


 ふふんと格好をつける。


「何かのアニメの影響ですか?」

「わかる? 今やってる天才錬金術師NYAOの名言さ」

「あれ、モデル先輩ですよ?」

「え、聞いてないんだけど」

「言ってませんから」


 まーた後出しジャンケンだよ、この子。


「それに、先輩は女児向けアニメを好んで見ないと思ってましたから」


 え?


「NYAOのストーリー、推理サスペンスじゃないの?」

「推理サスペンスに軸を置いた変身ヒロインものですよ? 最初こそは錬金術を駆使して謎を解くんですけど、途中で悪の錬金術師が出てきて、その薬で巨大化しちゃうんです」

「あー」


 なんか聞いたことのある設定だ。

 マジカルなパワー以外は全部弾いちゃう的な?


「そこでNYAOは自分が非力であることに悩むんですが、一緒に研究に携わっていた仲間がその悪の錬金術師の攻撃で入院して、涙ながらに誓うんです。自分の信じた錬金術師の道をさらに乗り越えると」

「うーん」


 その流れでいくと、錬金術を使って変身ヒロインになるのかな?

 導入がどう考えたって戦隊ヒーローのそれだけど。

 後輩の話を全て聞いた後は、自分の脳みそが話を理解するのを拒んだとだけお伝えしておこう。


 だって変身した姿って、僕がたびたび配信中に変身する姿と全く一緒なんだもの。

 世間ではなんと先んじて変身グッズまで販売していると聞いて頭を抱えたほどだよ。

 仕事が早いって。許可申請してくる方も受諾する方も。

 なんだったら後輩が全面協力して計画が前倒しになったらしい。

 何やってるのさ。


「よかったですね、先輩。これでもし外で戦う機会があってもNYAOの熱烈ファンで誤魔化せますよ」

「君、そこまで考えて手を回してくれてたの?」

「いいえ、趣味です!」


 とてもいい笑顔で返された。

 だよね、知ってた。

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