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第40話 先輩、にゃん族と接触する③

 前回の生配信から数日後。

 しばらく暇ができるなと新しいレシピの発掘に努めていた時である。


「先輩、プレジデントからお手紙です」

「え、なんだろ。ちょっとまってて、今ちょうどいいところだから」

「じゃあ内容だけお伝えしますね」

「お、ありがと」


 後輩はこういうところで気が利くんだよね。

 僕のちょうどいいところは数日はそっちに気が向かないという意味も兼ねている。

 数分で切り上げるつもりなど、もとよりないのだ。

 これが僕が錬金術一筋と呼ばれる所以。

 予定日以外にまともに働くつもりなんてない。

 そういうわがままを言える立場にあるのだ。


「先日生配信で使った合成金属の件です」

「あー、あれ」


 オリハルコンとダマスカスとアダマンタイトを黄金比で溶解液にぶん投げてできる合成金属のことだな。

 あれをオリハルコンの代用品として使ったわけだ。

 頑丈さを再確認してニャンコを圧倒できて大喜びの報告だろうか?

 いや、わざわざそんな内容を公式の書簡で送らないか。


「はい、それをですね。いっそのこと特許を取るなり学会で発表などしてくれないとずっと米国で持ち続けるのは困る、と」

「はて? 別にあれはあげたものじゃないよね?」

「はい。我々NNPの商品として登録されています。使用期間中は貸し出しの形ですね」

「じゃあ問題なくない?」

「実は前回のは引き金で、その前の生配信で出したのが火種となっています」

「え、トールと一緒に組んでやったあの企画?」

「それですね」


 ゲームのアイテムを現実で作ってみよう!

 難易度ベリーハードのダンジョン用の実用に耐えるやつを!

 そんなコンセプトで作った品が、今になって火種になったと。


「なんで今更これが?」

「前回はまんまと逃げおおせたからですね。後からNNPを設立し、全世界の探索者はコーディさんの制作した武器をレンタルできるようになりましたよね?」

「うん、まぁ」

「それが行き着くところまで行き着いた感じですね」

「つまり?」

「アメリアさんやあのガイウス、キング、トール3バカばかりずるい。自分たちの分も作れ、と各国のSランクから圧力がかけられたとのことです」

「あー」


 今はそれどころじゃないと思うんだけど。

 それともあれだろうか?

 自分たちも同じような武器さえあれば、侵略者など目でもないとか、そういうつもりかな?

 武器与えただけで強くなれるんなら苦労はない。

 あんなピーキーな武器、扱えるのはあのメンツだからこそ。

 それをわからぬSランクではないだろう。

 これは他に裏があるな?

 だとしても乗る理由はないよね。


「お断りしといて」

「いいんですか? 断れば何かと禍根は残りますよ?」

「付き合いきれないよ。僕だって暇じゃないんだ。鍛治の親方を差し置いて、僕の武器を欲しがる連中なんか干されて当然だって。それに僕、作れるのはせいぜいが合金くらいだよ?」


 武器を作るセンスが悉く欠如してるのは、前回でわかってることだしね。その中で合金を作る技術だけ手放しで褒められたのは今も記憶に新しい。


「プレジデントはそれでも構わないとのことです」

「鍛治の親方達の熟練度が育つのを待つ気はないと?」

「一度世に出ちゃってますからね」

「じゃあ次はそのレシピ公開でもするか」

「あ、レシピ公開はせずに、学会だけで技術が渡るようにしてほしいとのことです」

「?」


 意味がわからない。

 まるで一般人に渡るのを恐れてるようにしか思えない。

 あんなの、すぐに模倣できるもんじゃないだろう。

 いや、金に任せた企業はやりかねないのか。

 それが台頭するのをよしとしない?

 または希少金属を安定して入手するアテのある連中がいる?

 どちらにせよ、面倒ごとには関わりたくないね。


「なんでまた?」

「実はにゃん族の別働隊がすでに現地に潜入しているみたいなんです」


 やっぱり裏があったんじゃん。

 で、表向きはそっちで動いてほしいわけか。

 実際は僕を隠れ蓑にして調査をすると。

 この裏を読めるかどうかで僕の評価が変わるんだろうか?

 手紙の内容はあのレシピを学会で出してみませんか? ぐらいの案内だ。

 けどそこに後輩の情報が加わって、全く違う見解が出てきたわけである。

 向こうにしてみたらどっちに転んでくれても美味しいと。

 いいように使われるのは少し癪だな。


「なるほどね、プレジデントは魅力的な餌を撒きたいわけだ」

「そのようです。とはいえ、盤上の駒役なんて先輩には無理です」

「ひどくない?」

「あ、違いますよ? 先輩に役ができないとかじゃなくて、先輩がそんな小物役で収まるわけがないという意味です」


 言わんとすることは分からなくないけど、意味は一緒だって僕気づいてるよ?


「じゃあ配信でレシピを公開するのは下策か」

「情報が漏れる可能性があると思ってるかもしれません。相手の知識がどこまであるか調べる意味でも学会に出してほしいみたいですよ」

「あの子達ほどバカじゃないと?」


 ホワイトハウスの地下に隔離されていたにゃん族。

 あれは比較的頭が悪い個体。

 情報を渡されず、尻尾切りをするのに問題のない。

 しかし厄介な戦力を持つ先兵。

 今はチュールで釣られてくれるけど、ずっとは閉じ困っていてはくれないだろう。

 別働隊の命令を待っているか?


「あれは本当の意味で捨て駒っぽいですね。本命はもっと賢くて、先輩みたいに可愛いそうです」

「余計な情報付け加えなくていいから」


 後輩にとって重要な部分は【可愛さ】らしい。

 そこでなぜ僕を挙げてくるのかは分からないが。

 まぁ、後輩の言うことをいちいち真に受けていたら気力が持たない。

 それはそれとして。

 もしも賢くて可愛い存在がすでに人類に紛れていたとして。


「そんなに可愛くて頭がいいんなら、もうとっくに配信者としてデビューとかしてそうだよね、情報を集めるならうってつけじゃない」

「実は話を聞いてから探してるんですが」

「お、どうだった?」

「該当するワードの上位は先輩しか出てこなくてですね」


 次いでむくみとりポーションらしい。

 一体どうなっているんだこの国は。

 頭お花畑かよ。


「猫耳と可愛いを取ったら?」

「数件ありますが、大体該当するのがVばかりで」

「あー」


 あまりにもこの世界は潜伏するのに向き過ぎてる。

 己を偽って、それでも承認欲求の高い人物が溢れているからだ。

 そこに入り込まれたらたまったもんじゃない。

 内側から崩されかねないぞ?


「じゃあ」

「とっくに入っているかもしれませんね」

「でも検索しても出てこないんでしょ」

「先輩が上位に出ますからね」

「なら、先方が僕に連絡をつけてくる可能性は?」

「少なくありませんね。わかりました、該当Vからコラボのお誘いがあったらそれとなく裏をとっておきます」

「よろしくね」

「はい」


 僕は研究に戻る。

 こう言う難しい話は後輩に任せておくに限る。

 僕は目の前の研究以外のことはすぐに忘れてしまうところがあるからな。


「ところで」

「何?」


 まだ部屋に残っていた後輩が僕の手元に目を向けて話しかけてくる。その間も僕は手を止めない。


「今は何を作ってるんですか?」

「自動翻訳機だけど?」

「それはにゃん族の?」

「一応、他種族の翻訳をできたらいいよねーって改良中」

「前回のにゃん族のやつは画期的でしたね」

「でしょ? 魔道具の集大成だよねって思ってる」

「いっそそれも学会に持っていきません?」

「その学会にも別働隊が紛れ込んでる可能性があるかもしれないのに?」

「熟練度を誤魔化してこられると?」


 後輩の言葉に僕は首を横に振った。

 ジョブやそれにまつわる熟練度。

 僕はダンジョンから来るものにそれが備わってないとは思っていない。


「この世界にもたらされたジョブ、熟練度が僕たちだけのものだと思わない方がいいよ。ヨシ、狙った反応が出た」

「それってつまり?」

「僕以上の錬金術の熟練度を持つ存在だっているかもしれないってことだ。自分が最上位だと思い上がっていると、足を掬われてしまうぞ?」

「そんな相手が、地上を狙っていると言うことですか?」

「そう思ってた方が裏をかかれなくて済むって意味だよ。もしも僕以上の熟練度をもつ者が敵にいたら、面白いなと思った」

「もしもいたら、先輩以上に厄介そうですね」

「さて、それはどうかな? 僕のように研究一筋のやつが搾取されずに生き残れるなんてことは後輩みたいな物好きにでも見つからない限りは難しいことだよ」

「それもそうですね」


 研究に人生を捧げ、それ以外の私生活がズタボロになっている。だがもし、人間よりも長生きな種族だった場合、それは裏返る。とても簡単に裏返るんだ。


「まぁ、予想通りにならないように僕も考えておくさ」

「じゃあ私は肌触りの良いフォーマルドレスを仕立てておきますね。プレジデントにもいいお土産話ができそうです」

「ねぇ、女装はこの前の一回だけだって話だよね? 次は流石にタキシードで行くよ?」

「え、今更ですか? 探索者でも率先的に女装しておいて、今更男アピールを?」

「あーはいはいわかったよ。だけどこれが本当に最後だからね?」

「ちょろい」

「今ちょろいって言った?」

「言ってません!」


 僕は錬金術一筋で生きている。

 衣食住を誰かに頼ると、こうなってしまう。

 もしも僕以上の錬金術がいるとして、その相手はどんな生活を送っているか、気になってしまうな。


 可愛いって話だし、僕みたいに女装させられていたりして。

 いや、女の子だった場合はその限りではないか。

 にゃん族は女の子ばかりだったし。


「そういえば角付きについての情報は?」

「それについてはさっぱりです」

「頭がいいのはツノが生えてるらしいね。もしVで該当する子がいたら……」

「ツノありキャラなんてそれこそ唸るほどいますよ?」

「先は長いか」

「うまく尻尾を出してくれたらいいですね」

「出してほしいのはツノだろ?」

「言葉のあやです」

「そっか」


 話はそれで終わった。

 それから予定を終えて、僕は学会で二度目の発表をする。

 合金の発表。

 そして運営委員会にあらかじめ設置してもらった自動翻訳機で拾ってもらった音声。

 そこに謎の言語を拾ったとの報告が上がる。


「それで、どんな言葉を拾ったのかな?」

「『ここまでの技術を持っているだと? 想定外だ』だそうだ」


 ローディック氏からのコメントに、コメントを聞いた錬金術師たちが湧き上がる。

 僕と言う技術者が異世界の侵略者に対抗し得ると確信を抱いた顔だった。

 けど僕は真反対の感想を持っていた。


「これ、どこで音声拾ったの?」

「会場だ。関係者以外立ち入り禁止のじゃな」

「ふむ。逆にいえばすでにそこまで入り込まれてるってことだよね? 僕としてはそっちの方がまずいと思ってるけど」

「然り。じゃが先輩の熟練度は相手を驚かせる位置にあった」

「そう、驚いただけなんだよ。負けを認めてない。だから僕はこう思っている。攻略する難易度が上がったな、面白い。どうやって攻略するか楽しくなってきたぞ、ってね」

「!」


 会場中の反応はそれはもう顕著だった。

 僕と言う存在ですらこのように思う。

 熟練度が高いからといまだに驕り高ぶることはしない。

 故に先を夢見ていられるのだ。


「そしてこの言葉は、相手側からの宣戦布告と捉えていいかもね」

「なぜそう思うのかな?」

「単純に、僕と同等かそれ以上の相手が、僕程度の思いつく研究をしてこないはずがない。そう思って事に当たった方がいい」

「自動翻訳くらいはして見せて当然と言うことか」

「わかった上でそれらしいカマかけをした?」

「そう言うこと。もし僕以上だったら、どんな魔道具、錬金術を用いてくるか楽しみだ。なんだったら今まで生きてきてここまでワクワクしたことはないくらいにね」


 ペロリ、と舌なめずりをする。

 背後で「先輩、えっちです」と聞こえたが気にしないでおく。


「さて、諸君。そして侵略者一同へ改めまして」


 周囲がざわつく。

 まだ会場内にいるとは思っていなかったのだろう。

 招待者が周囲を伺っていた。


「僕がこの会場のトップの錬金術師だよ。そして鍛治師で、魔導具師で探索者だ。ここから先は知恵比べと行こう。そちらの戦力とこちらの戦力、どちらが上か確かめてみたくはないかね?」


 周囲に響き渡るように、あえて宣言する。


「僕たちNNPでは探索者向けに新たなラインナップを提供する。それが今回発表した合金を使った強力な武器だ。にゃん族の強靭な爪や牙などを弾き、ダンジョンの壁を穿つ。そんな武器や防具の提供だ。転移陣を扱うので即座に提供が可能だ。もちろん兵隊もね。さて、君たちはどんな戦略で地上を手の内に収めるのだろう。楽しみだね、非常に楽しみだ」


 派手な演説を終えて、僕は会場を後にする。

 さて、相手はこのブラフにどれだけ乗ってくれるかな?

 敵を騙すには味方からという。

 そして、合金の提供をしたら芋蔓式に武器の開発に携わってくれと声がかかるのは時間の問題である。

 遅かれ早かれ、その準備は整う。

 学会での発表はそう言うことだ。

 僕が手ずから用意せずとも、そう言う準備は整うのだ。


 だが僕の発言は、その準備がもう整っていると聞こえなくもない。それを鵜呑みにしてくれればいいが、相手も同様の戦力を持っていると想定しておくに越したことはない。

 別働隊を送り込んでくるってことは現地調査のみならず、いつでも暴れる準備が万端ということだろう。


 どちらにせよ、僕はアイテムを作り、探索者がモンスターと戦う。この関係性は崩れない。


 そうだ、相手の混乱を招くために、もう一度コラボしておくか。どのタイミングで潜入してきたかは知らないが、もしもあの配信の後だったんならもう一度釘を刺しておく必要があるからね。


「後輩、トールに連絡取ってもらえる?」

「いいですけど、また何か企んでらっしゃいます?」

「そんなに悪い顔してた?」

「えっちな顔でした」

「君に聞いた僕がバカだったよ」


 茶化してくる後輩の話を打ち切り、僕は販売用の合金の量産に取り掛かった。

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