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第35話 先輩、無事ハーレム卒業!


秋生の同級生達と組んでからそろそろ三か月が過ぎる。


世界情勢も落ち着き、案件を振っていた後輩のお兄さんから連絡も来た。

色んな意味でもそろそろ引き上げ時だろう。


当初は不安でいっぱいだったが、もう僕がいなくてもこのパーティは安泰だ。

なんだったら僕がいないほうがいいまである。

中学生のボーイミーツガールにおじさんは土台付いて行けるはずもなかったんだ。

先輩として誇って居ても、色々ジェネレーションギャップがあるからね。

流行には疎いんだ。おじさんだから。


現役中学生の事は現役中学生に任せて引退しよう。そうしよう。


そう思ってパーティメンバーに事情を説明する。

ハワイ生まれの僕の籍は向こうにある。

そのビザが切れたと、そう打ち明けた。


「え、リコさん辞めちゃうんですか!? どうしてですか? せっかくDランクまで目前というところで!」


悲鳴に近い反応を示したのは秋生だった。

ハーレムパーティと揶揄されるようになってからやたらと僕に気持ち悪い視線を送ってくるようになったお前が原因だ、とも言えまい。


他二人は所詮友達。本命はリコさんです!……みたいな視線がそろそろ限界だった。


こういう感情は配信で慣れてたはずなんだが、直接浴びせられると案外耐えられないもんだなって最近気付いた。

僕のメンタルはもうボロボロだよ! おやすみしたーい! が本音である。


「一時帰国という形だね。君たちとの冒険は楽しかったよ」

「そんな、別に辞めなくてもいいじゃないですか。ビザなら再取得すれば!」

「ビザは帰国理由の一つなんだ。他にもいくつかあってね、いつまでも探索者をして居られないんだよね。僕の実家にも事情というものがある。秋生のお母さんと同様に養わなければいけない人がいるんだ」


僕の実家がどこにあるかは知られてない。表向きは後輩の親戚みたいに言われてるが、事実無根である。

お姉さんと言ってるが、血の繋がりとか一切ないもんね。

なんだかんだで巻き込み損ねたんだよな、後輩。

ああ見えて特殊な立場にいるらしいので、僕よりも自由が効かないんだそうだ。

毎日遊び倒しててごめんなさい、って感情がまず先にくるよね?


「でも、世界中で一番稼いでいて、実際太いパイプをいくつも持ってるのでしょう? 少しくらい融通をきかせてくれても……」


後輩はそうだね。でも僕の肩書きは博士号を持ってる以外は住所不定無職のおじさんなんだ。一応米国の要人ではあるけど、それ以外に誇れるものがなんもねーなって子供達と一緒に行動してて思い知った。

あれ? もしかして僕ってかなりまずい立場じゃね? と。


「リコさんに居なくなられると手取りが減って困るのですが……」


僕を引き留める最大の理由はそこなんだよね。

今まで当たり前のように納品できて居た最高品質を手放しかねない。

順風満帆だった探索者生活に翳りが差す。


そんな心配をするのはお嬢様のお友達である優希さん。君はなんだかんだしっかり者だ。君が居てくれるから僕も安心して旅立てるんだ。


この二人、最近毎日秋生といるけど大丈夫? とは聞かない。

秋生には止むに得ない事情があるけど、君ら中学生だよね?

住所不定無職のおじさんに心配されることでもないだろうけど。どうやって親御さんを説き伏せたのか、非常に興味がある。


「確かに僕の強みは品質Sの定期納入。でもね、君たちだってここ最近安定してC判定を出せるようになってきた。稀にB判定すら出してくる。この若さでそれは異例なことだよ。だからね、僕のような足手纏いのガンナーはもうこのパーティに不要なんだ。最初は秋生を一丁前に育てるまでの関係だったけど、彼には頼りになる助っ人が居る。だから僕は何回目かの家族からの申し出を突っぱねずに受け入れることにした。それだけだよ」


本当はアメリアさんに捕捉されたのを回避する為だとも言えまい。

『センパイ、探索者デビューしたのか? 一緒に回ろう!』と毎日のようにメールが来る。どこで捕捉されたのか?

きっと後輩が意味深に見てた他人の配信に僕が映ってたのが原因だな。

彼女はVじゃない時の僕の姿を知ってるから。


「じゃあ今日は最後の配信ですね。いつも以上にいい思い出作りをしよう!」

「ええ」

「そうですね」

「あんまり良いところを見せようとしすぎて油断しないようにね? 今後はこの配信のリスナーとして参加させてもらうから。妙に馴れ馴れしいコメントは僕だと思っておいて。コテハンもつけようか?」

「あの、配信の権利を持ってるのはリコさんですよね? 僕はそれを失ってどう配信すれば良いんですか?」

「それは全部秋生にあげる」

「じゃあ、僕はリコさんの分までこの道を続けます」

「任せたよ、後輩」

「はい、先輩!」


こういうやり取りは大学時代の後輩のやりとりを思い出す。

まだまだ年若い子達と、こんな繋がりができるなんて思いもしなかったよ。


「こんにちは、今日は特別な配信になります。いつものダンジョン探索の他にとある人物の引退式も兼ねてます。いつも以上に気合を入れてお送りするので、応援お願いします!」


<コメント>

:だれだれ?

:この時期に引退? 妙だな

:いや、学業的に危ない人が一人おる

:季節はもう10月、中学三年、ウッ……頭が!

:え、リコちゃん辞めちゃうの?


「なんで的確に見抜いてくるのやら。ちなみに高校はすでに卒業している。こう見えておじさんだからね!」


<コメント>

:でた!

:いつものお家芸

:おじさんトーク助かる

:で、実際のところは?

:kwsk!


詳しくも何も言ってる通りだが? なぜみんな僕の言葉を受け入れてくれないのか。これがわからない。まぁ女装してたら説得力もなんもないか!


「お察しの通りリコさんです。今日は彼女の引退も兼ねて、色々見送るのでいつも以上に張り切る予定です」

「手取りが落ちるので切実なんです!」


<コメント>

:優希ちゃんwww

:そら(リコちゃんの稼ぎが消えれば)そうよ

:お捻り投げたくても中学生運営はちょっとな


「なので配信の権限を秋生のお母さんに譲渡します。僕が辞める都合上、大人に任せるのが一番だし。この中で親身になって応援してくれる大人という意味では秋生のお母さんが適任かなって。親だからこそ、子供の心配を最優先にするでしょ?」


<コメント>

:おばさんに出来るかしら? 皆さん応援してくださる?


大丈夫大丈夫、僕もできたし。

同年代らしいしできるよ、きっと。

問題は手取りの扱い方だが。まさか自分の懐に収めたりしないよね?

一応だけど確認。


「編集とアーカイブ化は業者さんに頼むのが一番手っ取り早いかな? 今は便利な編集ソフトがあるけど素人が手をつけるには専門知識が必要すぎるから僕は前者にお願いしてた。お題は頼む内容によってピンキリだけで多くても10万くらい。自分で扱えたほうが一番だけど、始めたては何かと出費が多いので気をつけて。望めば望むだけ仕事量が増えるお仕事でもあるから、最初のうちは加工なしでそのままあげるのがいいよ。なにしろ楽だし」


頼れる後輩はこんなところでも大活躍。

そもそも僕たちの配信も彼女に一任してたし。

パソコンに強い人は一人いたら便利だよね。

何をどう編集してたか僕には一切教えてくれないんだけどさ。


<コメント>

:今はそんなお人が居るのね。分かったわ、お母さん頑張る。秋生も無理しない程度にしなさい? 


「ありがとう、お母さん」


<コメント>

:ええ話や

:良い話か? お母さんの入院費稼ぐための配信やぞ?

:お母さん入院長いですね。病名なんですか?

:↑辞めて差し上げろ!

:全ては逃げた父親が悪い

:別居したのはお母さんなんだよなぁ

:あれ、じゃあ……


コメント欄に陰謀論じみた憶測が流れ始める。


僕もそこ気になってるんだよね。

秋生の話じゃゴールデンウィークから入院して、今は10月だ。

おおよそ五か月。相当に重い病に違いない。

大塚君もそう思うと案外苦労人だったんだなと推測する。


水臭いな、そういう理由があったんなら言ってくれたら良いのに。

まぁ当時の僕は研究キチだったのでとりつく島もなかっただろうけど。


そんなこんなで赴くのは渋谷のFランクダンジョン深層。

本当はEランクダンジョンに行っても良いんだけど、慣れないところで探索するより勝手知ったる他人のダンジョンでいつも通りの配信をするほうがいいとなった。


「今日の目標はダンジョンウルフの毛皮と水くらげの粘液だよ」

「うえー、あのクラゲぬるぬるしててきらーい」

「私もちょっと遠慮したいかな?」


お嬢様はキャスター、優希さんはクレリックなので直接触るのは僕か秋生だ。

彼女たちの役目は目に毒な触手を後方から撃ち落とす、または身体能力の上昇で前衛の秋生と中衛の僕の動きを良くするくらいだ。全く対象に触れることはない。この場合は見るのも嫌って意味だね。


<コメント>

:女子は触手全般苦手よな

:あれ? じゃあリコちゃんは?


「僕はおじさんだから平気だぞ?」


<コメント>

:今日もおじさんトーク助かる

:最近後方腕組みおじさんムーブかますよな

:年齢マウントが極まってる

:年齢たって一個や二個だろ?

:拗らせた結果がこれ


拗らせちゃうわい! 本当におじさんなの!

なんで誰も信じてくれないんだよ!


「しかし急に素材価値が上がりましたよね、これ。いままでの納品査定は¥10だったのに、急に¥3000になるなんて」

「それは確かローパーの体液の代用素材としての価値が上がったとかじゃないっけ?」

「その素材、聞いたことがありますわ。錬金素材で急激に価値を見出したちまち市場から姿を消した幻の素材ですわよね?」

「お嬢様は勉強家だねぇ」

「製薬会社に勤める重役の娘として、これくらいは当然ですわ!」


ちなみに公の場に発表したのは僕。

ローパーの体液より成功率は下がるけど、と付け足したらたちまち素材価値が上がった時は笑ったよね。


なんで誰も挑戦しないんだろう?

同じ系統なら真っ先に調べるもんじゃないの?


<コメント>

:考えてみたら理系パーティか、ここ

:リコちゃんやお嬢様の錬金術知識が豊富すぎる

:それに余裕で着いて来れるアキ君と優希ちゃん

:確か価格高騰は先輩の発表だっけ?

:ただでさえお祈り素材なのにさらに成功率下げてくるの笑う

:成功保証5%だからな

:5%が4%になるなら一緒ってやつ多すぎ

:価格が安い時に爆買いしたやつが優勝か?

:価格が安い時は在庫がゼロ。価格高騰に応じてクエスト受注者が増えた

:そりゃ素材価値¥10のもの集めて売るやつなんかいないわ

:Fランクでも地味に深層だしな

:Fの深層に潜れる時点で素材価値¥10のものに興味を示さないやーつ

:まぁな特にどこかの誰かがバンバン銀鉱石掘り当ててるパーティだったら尚更

:納品額、銅鉱石が¥1,000で銀鉱石が¥4,000だっけ?

:品質Sならな。Cだと半分

:優希ちゃんの憂いはそこ

:他二人が気にしてないだけで、普通にリコちゃんの引退は財源に大ダメージ

:アキ君は気にしてるだろ?

:そりゃハーレムの一員が抜けたら気にはするだろ

:アキ君はリコ教の大司祭だぞ?

:もげろ!

:もげろ!

:もげろ! ハーレム羨ましいぞ!


秋生のヘイトが最高潮に高まった頃、水くらげのいやーんな粘液アタックがはじまる。


装備のみを溶かす体液だ。肉体に傷は負わせず、服だけ的確に溶かしてくる配信者キラーである。


女性配信者から蛇蝎の如く嫌われているこいつの粘液は当然取り扱い注意素材。


だが、僕のカチカチスライム君で粘液を吐き出す場所以外を封じればあら不思議! ただの素材を安定供給するオブジェへと早変わりだ!


<コメント>

:リコちゃんサイテー

:リコちゃんのファンやめます

:違う違う、そうじゃ、そうじゃ、な〜い♪

:リコちゃんと触手のぬるぬる希望

:私はアキ君のぬるぬる希望!

:ムハー高まってきたぁ!

:ここの視聴者は病気持ちが多いな

:秋生にもリコさんにも失礼ですよ! 通報しました!

:でた、保護者からのレッドカード!

:最初は馬の骨みたいに扱ってたのに、急にリコちゃんの肩持ってきたな

:そりゃ息子からの信頼も厚くて通報権限自分に回ってくるんなら味方だろ

:いなくなったらいくらでも過去を捏造できるもんな!


「お見事ですわ! リコ様」

「様付けはやめてって言ってるじゃんか」

「ですが技術を学ぶ師弟の間柄。親しき仲にも礼儀ありと言います。私だったら焼殺一択でした」


出会った当初から変わらず、発想が物騒なんだよね、この子。

まぁ分からんでもない。お気に入りのお洋服を溶かされたらキレる。

それがわかってしまう僕である。


「生憎と水棲系に火炎系はダメージの通り悪いから。雷撃系の方がよく通るよ」

「あら、でしたらお父様におねだりするスクロールが増えましたわ」

「そこは自分でお小遣い貯めて買おうよ」

「スクロール一つ買うにも親の許可がいるのですわ。勿論、代金は自分のお小遣いの範囲で支払いますの」


お嬢様はニコニコしながら述べた。

一体いくらお小遣い貰ってたらマジックスクロールを自腹で購入できるのやら。

あれって一枚30万〜だった気がするけど気のせいだったか?


ガンナーと同様にキャスターも金食い虫なのだが、応用の幅が広がると言う意味では引っ張りだこのジョブだ。


なお、ある程度の魔法が揃ってるキャスターが人気で、数が少ないだけでお声がかからない不遇な面も見せる。


財力=正義なのは探索者に求められる基本スペックだろう。

金が稼げない=どこかに問題を抱えてると見られても仕方ないのが現状だ。


逆にクレリックの魔法は確率。

詠唱に成功率が常に付き纏う関係上、魔法の種類を多く持ってるより高い成功率を維持できる人が喜ばれる。

冷静沈着かつ、あらゆる局面でも動じない鋼の精神力を求められるのだ。


優希ちゃんは最低保証はCなので合格ライン。

案外僕の活躍の陰に隠れがちなので、実際に引退しなきゃ一生日の目を見ない存在でもある。


君の存在は自分が思ってるより高いよ!

秋生もお嬢様もあまりにも好戦的すぎるからね!

僕が手綱を離した後、どうなるやら心配で仕方ないんだ。君だけが頼りだから、ほんと。


水くらげを悉くオブジェに変えて、あとは採掘スポットと採取スポットを転々と回り、締めにダンジョンウルフの討伐。


討伐といっても毛皮の納品もあるので切り傷は御法度。

なのでダメージ源は僕のブルブルスライム君による窒息か秋生のシールドバッシュによる打撃、お嬢様のエアプレスによる圧死が望ましい。


優希ちゃんにはスタミナ回復の魔法を維持してもらいつつ、とりもち弾で一斉に襲いかかってくる数を仕分けする。


僕たちのパーティはこうやって数を制限してからの確殺を得意とする。

秋生のタウントも頼りになるが、それを抜かれたらあとは防御の低い中衛の僕、後衛の同級生が居る。


秋生のタウント失敗はパーティ崩壊に繋がるのでそれを阻止してるのが僕のとりもち弾となる。


ダメージソースにはならないが、相手の動きを牽制する上でなくてはならない立ち位置なのだ。


もう一人くらいアタッカーが欲しいところではあるが、ソードマン系はこのパーティとの相性最悪なのでどうしたもんかね? と頭を悩ませ中。


なんだったらタンク二枚によるダブルシールドバッシュでサンドイッチしちゃうのが良さそうでもある。


問題は性別。女性でガーディアンって数が少ないんだよね。

男は女性多めのパーティで別の意味でも崩壊を促しちゃうし、まず教育ママが許さないだろう。


あれ? 僕が抜けたらこのパーティ本当にやっていけるのかってくらい不安要素しかないな。

まぁ、遅かれ早かれ通る道か。

他の探索者がメンバーを希望するように、この子達にも選ぶ権利がある。


僕と同等を望むと身を滅ぼしそうではあるが、最低限の水準は高くなりそうだなって思う。


だってこの子達、なんでいまだにEランクやってるのか不思議なくらい稼いでるもんね!


普通にD上位かC下位で通じるくらいの実力があるんだよ。とにかくバランスが悪い以外は。


「ダンジョンウルフの処理も慣れてきたものね」

「リコさんがうまく足止めしてくれてるおかげだよ。だから抜けたあと、僕たちだけでやっていけるか不安で仕方ない」

「なーに辛気臭い顔してんだよ!」


僕がやめたところで、秋生なら大丈夫だよ太鼓判を押す。

背中をバチンと叩いて檄を送った。


「いいか、今までがうまくいきすぎてたと思え。だったら自分たちに足りないものが何かわかるだろう?」


秋生は常に僕の影を追って活動している。ストーカーのようなねちっこい視線さえしなきゃいい奴なのに、どうしてこう捻じ曲がってしまうのか。


「僕ならその局面で何をするか考えろ。それができるようになった時、このパーティはさらに成長する。と言うか……ガンナー業界において僕くらいの腕前は普通にいる。上位存在がトールだって言うだけで、基本はAランクにちょっと存在するだけだ。Fからガンナーだなんて普通はやらないよ」


自分を下げ、それに付き合ってくれた秋生を上げる。


「はい、師匠」

「お世話になりましたわ、リコ様」

「リコさんの教えを反芻し、これからも精進していきます。今までありがとうございました」


素材の剥ぎ取りを終え、納品も終えた後に改めてお別れの言葉を貰う。

まさかここまで慕われてたとは思いもよらない。

僕にとっては一夏の思い出。

趣味、暇つぶしだった探索者生活は、まんざらでもない思い出の一つとなった。


やがて僕の知らないところで彼らがSランクに至るのは、もっとずっとずっと先のお話。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


美しい友情の幕引きを見送り、菜緒は感無量になって涙を流した。


そこへ水を差すように一通の通知。

送り主はリコ。チャンネルURLとアカウント権利。

そしてアーカイブ化について簡単な補足が書かれている。


ビザの再発行にも時間がかかる。

また日本に来る時まで、預かる決心で菜緒は配信業に向き直った。


いまだに入院中の菜緒である為、時間は無限にある。

業者の連絡先も教えてもらったし、早速先ほどの動画にあれこれ指定を入れて発注したところ、すぐにお断りの通知が来た。


ただ臨場感を出すためのBGMの差し替えと残酷なシーンのモザイク処理、秋生以外の活躍シーンの全面カットを望んだだけなのに『番組趣旨が違う』とはどういう了見だと思った。


今度から自分がプロデューサーなのだ。

チャンネルをより良くしようと意見を出しただけなのに酷い言い草である。

すぐにそんな業者は無視し、ネットで検索して探し当てた。


画像加工費用は少しお高めの30万。


10万くらいで済むと思っていたので、菜緒には寝耳に水だ。

だが、菜緒の思ったような画像の改ざん処理ができたとコピーをもらって納得した上で支払うと『またのご利用をお待ちしています』と嬉しい返し(定型文)があった。


次もぜひ活用しようと菜緒は気に入ったが、公開されたアーカイブはなんの変哲もないただの日常の垂れ流しだった。つまり加工も何もされてないのだ。


指定した箇所のモザイク処理も、臨場感あるBGM差し替えもない。これで30万はぼったくりだ! あのキャッチコピーはなんだったのかと責任を追及する義務感に駆られる。


控えていたTEL番に掛け直すと、そこでは『この番号は現在使われておりません』のコールが響いた。


自身が騙されたのだと知った時にはもう遅かった。

息子が命懸けで稼いだ金を無駄に使ってしまったことに悲観に暮れたが、病院で出された夕食を腹に入れたら秒で忘れた。


菜緒は過去を振り返らない女である。

晃と入籍した時も、甘やかしてくれそうだという考えで結婚を決めたくらいだ。

大学入学前に籍を入れ、ご懐妊。

世間の厳しさを知らずに育った女であった。


特に“30万ならいつも稼いでる”という思考が妄想を爆発させる。


リコがいた時は日の収入がそれくらいだった。

なら少ない損失のはずだ。入院費用から少し足が出るが、これから頑張って稼げば問題ないくらいに思っている。

そこで自分が働いて稼ぐという思考がついてこないくらいにはダメ人間である自覚などない。

自分は養われて然るべき人間であるという高いプライドだけで生きていた。


それにチャンネル登録者数も3,000人を越えた。

配信サイトからスーパーチャットの審査も通った。

すぐにこれくらいの負債は返し切れると高をくくった。


それが間違いの始まりだった。


リコが抜けたあと、秋生たちの頑張りに対して登録者数は減少の一途を辿る。

イジリキャラのリコが抜けて健全なチャンネルになったにも関わらず、チャンネルの人気は下火だ。


菜緒には配信の良し悪しなど分かるはずもない。

ただ楽して小銭を稼げるシステムがあり、リコはそれでお小遣いを稼いでいた。

それが自分にも回ってくるぐらいの思考だ。


が、配信の収入ははっきりいって秋生の稼いでくる収入に比べたら雀の涙だった。リコは別にこの配信で稼ぐつもりなんてサラサラなかった。

対して菜緒はそこに自分の生活基盤を築こうとした。

その差だ。


その決定的な差が秋生からの呆れを生む。病弱の母親への同情が霞む。


いつまで経っても退院の目処が立たぬ母にいつになったら家に帰って来れるの? と痺れを切らした。

別に生活の世話をして欲しいわけではない。

せめて独立して家計の負担にならないで欲しいと当たり前のことを願った。


パートでもなんでも、職を選ばなければ出来るはずだ。

秋生からしてみたら母がなぜそこまで頑なに働こうとしないのかわからないのである。


秋生が中学を卒業し、高校生になっても菜緒は入院中の生活空間を抜け出すことはなかった。

自立する気などさらさらないのだ。


寄生する相手が実家→夫→息子に変わっただけ。

寄生先がないと菜緒は暮らしていけないほど社会不適合者だった。


「配信は止めるよ。これはお母さんの自立を妨げている。そして仕送りは最低限にする。僕の余計な気遣いがお母さんを出不精にしてしまったんだ。こればかりは反省点だ」

「違うの秋生! お母さんの話を聞いて!」

「黙れ!」


もはや親子の会話ですらない。

まだ仕送りしてくれるだけ温情ではあるが、個室から6人部屋(うるさい、自分の時間を優先できない)に移されることを恐れた菜緒は息子に振り向いてもらうために精一杯病弱アピールをする。


しかし秋生はすでに菜緒の事を見限った後だった。

その日を境に秋生は病院に顔を出すことは無くなった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ふぃ〜楽しい息抜きだった。

ちょっと冒険し過ぎたところもあるが、炸裂玉に頼らない探索は苦楽と共にあり、そこに仲間との絆が築けたのはインスピレーションに大きなつながりを見せた。


やはり研究所にこもってばかりではいけないな。たまにはこうして外に出て情報をアップデートしないと。


そうやって女装を脱ぎ捨てて普段着のピンク色の着ぐるみパジャマを着込む。

なんだかんだ気に入ってるんだ、これ。


「先輩、おやつの時間ですよー」

「お、ちょっと待ってて。今いいとこと」

「そのお返事はきっと翌日までかかる奴ですね。そっちにお持ちします」

「はーい」


後輩の声が遠くなる。気遣いの権化だな、彼女は。

痒い所に手が届くというか、実際に配信をかじってみてわかったことがある。

それが……編集作業が鬼疲れるって事だ。


あれを平気な顔してこなす後輩を末恐ろしく感じるよ。


「じゃーん。今日は渋めのお抹茶と水羊羹でーす。京都の方に売り込みに行ったのでその帰りに買ってきました」

「好きな奴!」

「先輩昔からこれ好きでしたもんね」

「手元が汚れなくていいからね」

「分かります。あとチョコチップスティックとか良いですよね」

「あー、お茶が染み渡る〜、日本の心!」

「おじさんですねー」

「そりゃおじさんだもん」


誰からも信用されないが、僕は歴としたおじさんなのだ。


「ところでそれ、何をお作りしてるんですか?」

「これ? 今回探索を経て、こういうのあったら面白いんじゃないかって色々試してる途中。例えばこういうの」


僕は腕に装着したライトシールドを前方に向けたのち、発射した。

的に直撃してもろとも吹っ飛ぶ。

そして伸び切った糸が巻き戻る様に手元に帰ってくる仕掛け。

腕輪そのものが反動吸収剤となってくれるので腕に反動はこない。


「おー」


パチパチと後輩から拍手が飛ぶ。


「お名前は?」

「超電磁ヨーヨー」

「却下です」

「だめかー」

「流石にまんまだと」

「ならシールドカッターは?」


後輩は無言で研究室の一角を指す。

切り傷よりも砕かれた後を見やり、


「シールドクラッシャーでどうでしょうか?」

「凡庸」

「分かりやすいほうがいいですから」

「まぁ、確かに?」

「あと回転できるんなら、矢や礫を弾けるのでそれらの有用性も高そうです」

「自転するのはあくまでも勢いを良くするためなんだけど?」

「実際に判断するのは使う側の人間です」

「そりゃそうだが」


ちなみにキングに貸したら「空も飛べる様にしてくれ」と無茶な前振りが来た。

負けず嫌いな僕は「できらぁ!」と返し、世にフライングシールドなるものが誕生した。ロケットパンチ要素は無くした。軸が安定しないから。

むしろそっちがメインなのに、みんなして酷いや。


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